last scene

day-44 :白亜に揺らぐ
懸念した訳でも無いが、偶の休日、態々重い腰を上げて遠出をするなら天気が良いにこした
ことは無い。
何気なく空を見上げれば、其処には色味の薄い蒼空と温度を余り持たない太陽が静かに浮いている。春のような陽気は望めそうも無いが、少なからず此れ以上天
候が崩れることも無いだろう。
隣に置いた幼い子どもは、初めて見るロンドンの-------
否、初めて見る暗闇に覆われた小さな塔とホグワーツ以外の世界に感嘆の声をあげた。初めのうちこそ、騒々しい声と引っ切り無しに飛んでくる質問の山に頭を
抱えたくも為ったが、此れが最後だと思った瞬間、そんな煩わしい思いは泡沫の様に消えてくれた。
もう二度と、我輩とが共に連れ立って何処かへ出掛ける
と言うことは無いだろう。予感ではない、此れは確実に来る未来の為に在る過去でしかない。
今、は隣に連れる子どものペースに合わせよう。大人と子どもの差を必要以上に感じるのは、共に連れ立って歩いている時だろう。身長の差から生まれる差が其
の侭歩幅の差に為っている様な感覚に陥る。
其れ位、周囲に気を取られながらはゆっくりと街路樹が作り上げた舗道を歩いていた。別段、其れに違和感を感じている訳でも無ければ、苛立っている訳で
もない。唯、日頃ゆっくりと歩く事が余り無い為、周りの世界はこんなにも広いのだ、と云う事実を突き付けられた。
「 何処に行きたいかね。 我輩の用事も済んだ、次はお前の用事を足す事としよう。 」
時間を有効活用するため、当初の予定通り行き付けの紅茶屋で、未だ大分残りに余裕の在る紅茶を敢えて購入する。
茶葉が腐る訳でもない、常備備蓄が在るにこしたことはない、唯其れだけの理由だった。
先日買いに来たばかりの茶葉、店主は一瞬不思議そうな表情をしたが、其れでも何時も通りにいつもの茶葉を缶筒に密封し麻をより合わせて作った袋に入れて寄
越した。
其の侭梟便でホグワーツに送っても良かったのだが、店主が何を勘違いしたのか、普段は付けもしない白いリボンを持ち手につけドライフラワーの装飾まで勝手
に付けている。其れに可愛い、と反応したのは隣の娘、天津さえ自分が持ち歩きたい、と言い募るものだから無下に取り上げる訳にも行かなかった。
「 、お前は生まれてから今まで、白百合を見た事があるかね。 」
其れに首を横に振って応える少女に告げてやる。お前の持つ小さな麻袋に添えられた白い花が白百合だ、と。大方店主の心遣いで敢えて其の花を選んだのだろう
が、全く
余計な事をしてくれる。
だが、の口から出た意外な言葉に絶句する羽目に成った。
「 私、ドラコに白百合に似てる、って言われたんです。そして、私が母に持つ印象も白百合と云う言葉でした。
スネイプ教授…私は嘗ての母に…似ていますか? 」
咄嗟の事態に、言葉は浮かんでは来なかった。昔の事ながら、嘗ての桔梗を生き写しかたかの様なの外見に、初めは少なからず恐怖嫌悪感すら抱いた。
昔恋慕を抱いた相手の娘、唯其れだけで脊髄から脳へと渡り、神経を伝って蘇るはあの日最後に見た桔梗の姿。
だが実際、あの頃の桔梗ととを比べれば、似ているのは外見だけだったと云う誤解に気がついた。そして、思う。本当は桔梗はどんな存在だというのだろ
う。傍目から見て存外に、思いやりの深い性格をしていた。だが、とは違う。はまるで親しくもない人間にまで、無意識にか心を砕く。言葉になどとて
もするべくもないが、本当は自分よりも遥かに、優れているのだろうと思う。だが其の性格を、母親から受け継いだものでは無いのだろうと思い知る。
「 我輩の知るお前の母は、孤高な人間だった。 同じ白百合でも…あれは荒地に一輪で咲く白百合だろうな。
逆にお前は…多くの華の中に咲く、一輪の白百合だろう、結果的、お前は母親には似ていない。 」
刹那、が嬉しそうに笑った。あの日、我輩が垣間見た幼い子どもが本当に笑った顔。
太陽の光りを浴びたの絹髪は黒紫に見え、それが青い空を背景にしてふわりと散って、紫水晶に似た二対の宝石がその隙間から零れ落ちる。
精巧な作り物のビスクドールの様に整った表情は、見るものを魅了しさえするが、それだけに終わる。余りにも華奢で作り物のように整った姿、畏怖の念を抱か
せたあの高貴なる瞳はもう見ることは無い。
残念だ、等と誰が思うだろう。そう思う輩を引き釣り出してクィディッチの的にしても惜しい位だ。
「 …で、何処へ行くかね。 」
反れた話題を巻き返せば、暫くが考え込んだよう、困惑した表情を貼り付けた。結果的、道のど真ん中で立ち止まる羽目に為る。大方、何処へ行きたいか
等とは考えても居なかったのだろう。往来する人の数は流石にロンドンだけあって、平日だろうとお構い無しに増加の一途を辿る。
人の往来が激しい道の中央、立ち止まる事は周囲の人間からすれば相当量のストレスに為るだろう。
我輩は何かを言い掛け口を噤んだの腕を引く。突然の事に眼を丸くしたの掌を掴んで、人並みに紛れる様に足を前へと踏み出す。手を繋いで居るのだ、
と気付いたのは大分経ってから。
「 あ、あの、スネイプ教授… 」
「 行きたい場所が無いのならば、少し我輩に付き合え 」
「 つ、付き合えって、如何したんですか、スネイプ教授らしくない発言… 」
会話をしながら、小さい子どもが母親に置いていかれない様に必死に歩く姿を彷彿とさせる仕草でが我輩に付いて来る。ゆっくり歩いてやっても良いのだ
が、よくよく考えても見れば、時間と云うものには限りが在る。もう二度と共に出掛けられぬのならば時間は有効活用しなくてはならない。
この様なことで、一分一秒無駄にする事が実に惜しかった。珍しい、この、我輩がそんなことを思う等と。
「 如何した、文句でも? 」
「 いえ、あの、文句とかそう云う事ではなく…その、 」
「 安心しろ、純血一派はマグルの世界に等来ない上、我輩とお前を知っている人間はそう多くない。
其れとも何かね、共に歩くべきひとが我輩では不満だと? 」
「 いえ、そう云う意味では、 」
「 為らば暫く黙って付いて来なさい。 」
にそう諭しながら、心の底では己が何を考えているのか判らない侭だった。もしかしたら、後悔しているような気もするし、後悔している振りをしている気
がする。
胸の奥には真空の、酷く空虚な空間が広がっていて、身動きするたびに不安定に軋んだ音を立てた。
珍しい。桔梗のときとは異なる、やがて来る確かな別れを知っていながら、如何して少ない思い出作りなど。思いながらも、繋いだ掌を離さないのは最早意固地
に似たものがあった。今行動しなければきっと後悔する。だがしかし、実際にはが我輩の眼前から姿を消した時初めて後悔する
のだろう。
出逢ってしまったことを、関わりを持ってしまったことを、そして、愛してしまった事でさえも。
そして--------
後悔すると知っていて、こうして一時の思い出作りをした己を、呪うのだろう。
「 何処に行くんですか? 」
「 此処を潜れば直ぐだ。 足元に気をつけ給え、 」
ふと、気を紛らわせたくなると、独りで此処へ来ていた。如何も闇を好む傾向にある我輩は、浮き足立ったロンドンの町並みを眺めたり、街路樹を散歩したりだ
とか、そんな事を進んでするような人間ではないことは自分が一番良く知っている。
茶葉を買いに来る序でに、何時も決まって立ち寄る箇所がある。誰の悪戯か、誰かの消し忘れた魔法の残骸か、太古より伝わる神秘の場所か。
昼でも薄暗く、時には闇で包み込まれる其の場所は、ロンドン郊外を抜けた先にひっそりと佇む古城の脇の洞窟を抜けた先に在った。
「 すご…こんなところに、華が咲くんだ------------- 」
溜息のような声が漏れる。一面の暗闇。辺りは湿度が無く、完全に乾ききっていた。だのに、雨でも降った様にしっとりと露に濡れた、名も知らぬ純白の花が潤
いを忘れた大地に一面に
咲き誇っていた。
其処は例えるなら、魔法薬学研究室に少しばかり似ているだろうか。灯りなど何一つ無く、僅かに差し込む陽の光りだけに照らされているだけで、絶望的に密閉
されているに近しい。冬枯れの朝に似た、静謐な空気に満ち溢れていた。
「 凄い、凄いですよ、教授! こんなに沢山真っ白い花だけ咲いているの…初めて見ました。 」
「 我輩も最初に見付けた時はついに酔狂したかと思ったがな。
何の名残かは知らぬが、多少の関わりが在る様に思える。 」
「 誰かが魔法でこの場所を護っている、という事でしょうか? 」
「 さぁな…だが、我輩は今まで此処へ来て、誰にも逢った事が無い。 其れはそう云う意味だと捉えてきた。 」
何所からともなく、花の香りを運んだ風が吹いて来た。の纏う淡い色彩の襞が揺らりと誘われるように靡き、蝶の様に舞う。
其れを押さえる事も無く感傷に浸る様に景観に見惚れるの横で、我輩は其の小さな横顔を見詰めた。こんなにも近くで見詰める等と、赦されるのだろうか。
そう思うのは、やはりが桔梗の血を引継いでいるに他ならない。
今でも思う。親娘(おやこ)とは、血の繋がりのある者とは此処までも似てしまうものなのだろうか。
「 出来ることなら…私、 」
事も無く、が振り返る。風に舞い上げられる綿雪の様な花弁がを柔らかく抱き留める様に包み込んで、まるで慟哭する心を慰めてさえ居る様な光景が広
がった。
切なげに揺れる瞳、何かを言いかけ、そうして禁忌の呪文を口にする様な険しい表情を見せたかと思えば、其の侭口を噤む。朧気に揺れる縋り付く様な眼差し。
「 如何した、」
自分で何かを言いかけておきながら、話の途中で揉み消されると如何も消化不良に陥った様に居心地が悪い。
相手がこの娘ならば尚のこと。傍から見ても直ぐに気付く、知らず知らずの内…周囲の目を気にしながら自分の腹のうちを偽造して喋る癖が付いているのだ、
と。
我輩相手に何かを曝け出したところで、如何にもなるまいに。
思いながら返答を促せば、は哀しそうに笑い、唯一言-------------------- 、
母と代わってあげたかった。 私には、心から愛したひとなんて、居ないから。
声に出せば、願いは叶うような気がした。唯の気の迷いに過ぎないと判っていながら、其れでも微笑ったの声は、溶け込む様に消えてゆく。
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© 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/2/18