last scene




day-40 :きみのために出来ること




食堂へと掛けて行く生徒が多く世話しない朝の雑踏。
昨日寮の自室へと戻ったは、薄暗闇に良く映える朝焼けを見つけた。夜の帳はとうに降りていて、何時の間にこんなにも時間が過ぎてしまったのだろうか、 と一人思い悩むほどスネイプの自室で過ごした時間は長いようで短かった。
少しばかり肌寒い様な凍て付いた空気がゆったりと流れる中を、は一人思い悩むように歩いていく。


(…愛しい、我が娘よ。)


感情を持たぬ冷ややかな声色が脳裏から消えない。
思い出してしまった嘗ての記憶を手繰り寄せる様に思い返せば、差し迫った朝日に身を委ねて眠ってしまおう等という考えは、浮かんですら来ずに。
如何して私に其れを思い出させたかったのだろう。ヴォルデモート卿の戯れの一興か、其れとも意図した画策の一つか。

何れにしても、自分の過去にセブルス・スネイプと言う人物を関わらせてしまった事に、酷く気を削いでいた。
自分の母親がスネイプの同期であったとか、スネイプが過去にデス・イーターだったとか、そんな繋がりからヴォルデモート卿が催した出来事ならば指して気に 病むことも無いだろう。

だが、は予感していた。予期せぬ直感が知らせてくれる様に。
ヴォルデモート卿の出現は必然であり、スネイプがこの出来事を知る事になったのは、蓋然などではないのだと。


「 浮かない顔をしているな。 …やはり僕が付けた傷が痛むのか? 」


突然真横から投げられた声に、脳内で試行錯誤していた考えが飛散した。
振り返る様に顧みれば、昨日同様、痛惜を帯びて蒼白気味のドラコの秀麗な顔が眼に入る。
傍目から見ても容易く判る位、痛みを心中に押し込めて無理やりに作りこんだ表情に、の顔も強張る。
こんな顔を、こんな思いを、こんな状態にさせることを望んで身を挺した訳じゃない。だが、結果的にそうなって仕舞った事態に、は居た堪れなくなる。

が、しかし。
細く長い指がゆっくりとの柔らかな頬に触れ、昨日は痛々しいまでに腫れ上がっていた傷跡が無い事を確かめると、ドラコの表情が一瞬和らいだ。


「 流石はスネイプ教授。 昨日の傷跡が嘘の様に消えているな… 」


良かった。


胸の奥から気持ちを吐き出す様に呟くと、もう一度の頬を撫ぜる。
ドラコの指は滑らかな感覚に包み込まれ、昨日の惨劇が嘘であったかの様に、の頬は傷跡一つ無い絹の様な指触りの肌に戻っていた。
戻らなかったら如何し様。ドラコが案じた結末は発生する事無く消えた。勿論、はドラコ程傷を気にしては居なかったのだが、改めて言われて見れば確かに あの凄惨な傷跡は綺麗に消えていた。


「 スネイプ教授は薬草学の権威…僕が尊敬する人はやはり素晴らしいな。 」


さも自分の事の様に自慢げに語るドラコに、は苦笑した。
スネイプが魔法薬学に関して、常軌を逸脱した豊富な知識と類稀なる才能を持ち合わせていることは、も熟知している。
数回の講義を受けただけに過ぎない魔法薬学であれど、難解という言葉で現すには表現し切れないほど奥が深く、高度な理解能力と探究心、そして計り知れない 程の分析力が必要となる。
其れを面白いほどに簡単にこなし、幼いこどもが積み木を組み上げていく様に経験を積み上げていったスネイプを目標とするのはスリザリン生ならば当たり前で はないだろうか。

況して、セブルス・スネイプと言う男は、ホグワーツ在籍中スリザリン寮の主席だったと言うから尚の事天上人であると言える。


、昨日のことなんだが… 」
「 そのことなんだけど…、傷も残らなかったし、何より私が飛び出した結果起こった出来事だから、
 ドラコはもう気にしないで? 」


がそう告げて笑めば、ドラコは表情を険しくさせた。如何やらが今しがたドラコに告げた言葉は、ドラコ側からすると適切ではなかったのだろう。
先の言葉が続けられずに押し黙るように口を噤んだに代わり、ドラコが重々しく口を開く。


「 昨日、君を護ると言った言葉は嘘じゃない、僕は君を傷つけた、其れは眼に見える傷が消えたから無効に為る様なものじゃない。 」
「 でも、ね? 本当に大したことでは無かったし、私は何かから護って貰わなければならないような… 」


立場には居ないから、大丈夫。


そう笑って言おうとして、昨日のヴォルデモート卿の言葉が脳裏に過ぎる。冷え冷えとした感情の篭らない単調な音程と、さも愉快そうに含み笑いを籠めた表情 で言ってのけた台詞。
実の母親に一度ならずに二度までもこの命を狙われて居るのかと思えば、自然と身体が強張り、ヴォルデモート卿と初めて対峙したあの幼い時と同じ様----------、 身体の芯から凝る様な感覚に苛まれる。

そうしてその瞬間、時を同じくして告げられたスネイプの言葉を想い出す。

護る、そう言ってくれたスネイプの低音低、驚く程に温もりが篭っていて泣き出しそうに為った。
の眼前に居るドラコとそう変わらない台詞だった筈だのに、如何してあの時は素直にスネイプの言葉を受け入れたのだろうか。
護るという言葉、告げてくれたのはドラコが先だと、知っているはずが。


「 昨日、一晩中考えたんだ、僕がのために出来ること、何があるのかって。 」
「 私のために…? 」
「 あぁ、でも…結局何も思い浮かばなかった。 だから僕は…君の傍に居て、探そうと思う。
 僕が君のために出来ること、を。 」


ドラコが笑む。普段の厭味を吐く様な顔でも無ければ、憂いを帯びても居ず、況して威嚇する様な眼差しでも無い。
ただ、唯静かにゆっくりと深呼吸をする様に表情を和らげて、告げてきた。
初めて見るかも知れない、その穏やかな表情に、は一瞬息を詰まらせる。ドラコと知り合って、笑いあって来たことも沢山あるが、其れでもこんな表情は見 た験しが無かった。

この表情を、他の生徒…ハーマイオニーやハリーに見せることが出来るなら…もう少しスリザリンとグリフィンドールの仲は友好的に為るのではないだろうか。


思っても告げることは出来ぬ思いを胸に秘め、はドラコに「ありがとう」と告げた。
そして、足早に食堂へと駆けて行く生徒の雑踏に混じり溶け込んで行くかのように、ドラコと共に連れ立って歩き出す。
先ほどまでの、騎士が使える姫に忠誠を誓う様な厳かな雰囲気は霧の様に拡散する。
頭一つ分以上背の高いドラコを見上げる様に上を見て話をすると、の足らぬ身長に合せるように歩幅を縮めて歩くドラコ。

棚引きそうな二つの影と影の主を気に留める事も無く、周囲の生徒は散り散りに食堂へと足を運ぶ。
自分達以外の事など然して興味対象外とでも言う様に、とドラコの間に割って入る人間は居なかった。





ただ、其の二人のさまを、射抜く様な眼差しで見詰めるひとが居た。
否、ひととは到底言えない様な冷涼たる冷え冷えとした雰囲気を纏い、空気の上を這う様な足取りでゆっくりとホグワーツの廊下を我が物顔で歩いている。
周囲の人間は、其の禍々しいまでの殺意に似る視線に気が付かないのか、まるで何も無い様に食堂に向かって歩いて行く。誰一人、其の存在に気が付いて視線を 投げることはしない。


柔らかい絹の様なヴェールが見える。日の目を迎える前の銅像の様に容姿を隠したモノが、ヴェールの隙間から白く細い指を差し出して、一気に鋭利な爪先で闇 を切り裂く様に引き千切る。
そして、聞こえた、憎しみに滾る重低音。


--------------- 私から全てを奪ったお前を、私は決して赦さない。


ニヤリ、と秀麗な顔が拉げた。傍目から見れば、未だ二十代に満たない幼い見てくれに、際立つ羞月閉花の様。
美しい形状を保った侭憎み過ぎて破顔する様な表情は、其の御姿が見えて居ようものなら、誰もが悲愴な声を挙げるに違いなかった。
だが、誰一人として其の存在に気付かぬ侭、大広間へと続く廊下を渡る生徒の数が疎らになった、其の刹那。


何かに射抜かれた様、無理やり後ろ髪を引っ張られる様な強い衝撃を感じたは、来たばかりの道を振り返る。
がらんどうの廊下を視界に入れ、其の瞬間に一瞬以上、両手で腕を擦らねば耐えられぬ程の凍て付いた空気に抱かれた。


「 …? どうか、したのか? 」
「 ううん、…何でも、無い。 」


何の前触れ無く、はねものでも付いた様に突然後を顧みたに、ドラコは怪訝そうな声色で状況を問うた。
なんでもない、そう己で言っては見たものの、背中に感じた恐ろしい程の視線は【気のせい】等という簡単な言葉では片付けられない程。
尖る切っ先で柔肌を垂直に斬り付けられた様な感触と気配を感じた。其れも、ヒトとしての本能で。


「 …何か…ディメンターでもいたのか? 」


其の問いに、は普段と何ら変わらぬ笑みで応えた。気の所為だった、と一言付け加えて、訝しがるドラコを無理やり其の場から引き剥がす様に背を向け大聖 堂へと向かう。
普段よりやや大きめの歩幅で、一刻も早く大聖堂へ向いたかった。腹の虫が泣き喚いて居たからでもなく、食事の時間が終ってしまうからでもなく、先程の気配 が恐ろしかった訳でも無い。

唯、何時もの様に眉間に皺を寄せ、不機嫌な空気を隠すこともせずに一意専心の侭教授席から喧騒な生徒達に一瞥を投げるあの人の許へ。

知らせなければ、ならない。
振り返った其の刹那の時間。黒いヴェールに包まれたモノが泡沫の如く霧散したのを確かにこの眼で見た。

黒いヴェールに包まれたモノ。
見間違える訳も無い。其れは、嘗ての記憶に痛いほど焼き付けられた、優しい面影何一つ残らぬ、あどけない少女の様な自分の母 -------- 桔梗の生前の姿を晒していた。
















































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/1/26