last scene




day-39 :密やかに想うこと




窓が開いている。
ドラコは椅子に浅く腰を落とし、背を椅子の背凭れに預けて、普段の彼の素行からは考えられないだらしない態度。
そして、其の侭ぼんやりと停滞した思考で捉う。
窓から見える景色は漆黒の闇と朧気な黄色に彩られた弓張月。
地面に視線を落とせば、視界に見慣れた色が映り込み、ドラコはゆっくりとなぞる様に其れを辿った。
机上には先程配られた魔法薬学のテスト結果の書かれた羊皮紙が無造作に置かれ、父から勧められた読み古された幾つかの書籍、そして…渡そうと思って渡せな かった一 巻の羊皮 紙。

それらを見詰めながら、ドラコは小さく息を吐く。
渋るパンジィを宥めるように、スリザリン寮にが帰ってきて居ないかを確かめたのは、就寝時刻の5分前。
談話室でドラコはずっとを待っていた。だが、一向にの姿を捉えることは出来ずに、すれ違いでが先に寮に帰ってきているのかもしれない、との淡 い期待を抱いたのが其の時刻。

だが無常にも、パンジィから返って来た答えはドラコの期待したものではなかった。


話がしたかった。ただ、二人きりで話がしたかったのだ。其れが談話室で何時間もかの姿を待ち続けた理由。
如何してももう一度、の瞳を見て、謝りたかった。
腫れさせて仕舞った頬、切れてしまっただろう咥内、大丈夫だと笑ってくれた其の横顔。脳裏に描かれるそれらは酷く痛々しい。


「 僕はなんて…酷い事をしてしまったんだ… 」


悔やんでも遅い。其れは誰よりもドラコが知っていた。
振り上げた手、加減も知らずに振り下ろした其の先にはの薔薇色の頬が在った。
不味い、此の侭では、、そう思った時にはの頬を張り飛ばしていて、天津さえ、自尊心からか、ハリー達の前でに謝ることさえ出来なかった。


「 こんな時間まで帰って来れないなんて…余程酷いのか… 」


項垂れる様、自分の仕出かした罪の重さに押し潰されるように、ドラコは両手で頭を抱えて机に伏せた。
如何してもベットに行く気には為れない。況して、談話室に戻ることも出来なかった。
今日は寮監督による見回りが行われる、という事は、ホグワーツ生ならば誰しもが知っていることで、スネイプに呼び止められたがスネイプの見張り時間に 寮に返される事は安易に予想が出来る。

だが、は未だ寮に戻って来ていない侭、スネイプの見張りも遣って来ない。

如何して、如何してこんな事態に為ってしまったのだろう。そう思えば、左手でぐしゃりと乱雑にかき上げたドラコの銀糸を風が攫った。
カーテンはきちんと引かれた侭、吹き込む風に小さく揺れている。
思考の帰結へ染み 入るように、通り抜けてゆく風は心地良い。伏せっていた身体を起こすことも無い侭、ドラコは長い夜の帳が開けることを今か今かと待ち侘びながら、薄い瞼を 閉じた。







時を同じくして、見回り序でにをスリザリン寮まで送り届けたスネイプは、既に役目を無くした灯りを消して独りホグワーツ校内を歩いていた。
本来の役目で有る筈の見張りなどすっかり頭の片隅から抜け落ちているスネイプは、足音を立てることも無く、唯静かに自室へと向っている。

明け方の空気は未だ其処此処に夜の露を含んでいた。
視界に入れては過ぎ去っていくだけの、窓から見える景色は、薄く白く引き伸ばされた朝靄。
過ぎる春にはとりどりの花に彩られていた庭も、今は穏やかな緑に包まれている。其れを、通り過ぎる窓越しに見詰めながら、スネイプはつい数時間前までの情 景 を思い出しては、独り苦悶している。


( 何故…あの娘に護って遣る、等と…あのお方から護ること等、並大抵の事では無いと誰より熟知している筈が。 )


久方振りに見た嘗ての主は、スネイプが最後に記憶している彼とは異なり、昔より少しばかり口達者になった気がした。
しかも、己の血が一滴も混じらぬ子を、"娘"だと言ってのけた。更に加えれば、裏切り者である筈のスネイプ等其処には存在していないかのよ うな立ち振る舞いで、一度も此方に眼を向けることさえなかった。


( 何を期待している、 あの情景を見せた意図は何だ、 …我輩に、見せたかった…? )


作り上げられた轍の上を歩いてやる気は毛頭無かった。
ヴォルデモートが態々スネイプに見せたの過去、そして桔梗の罪。にも思い出させたかっただろうが、其れ以上にヴォルデモートはスネイプに其の情景 を見せたかったのではないだろうか。
だが、一体、何の為に。

嘗て、唯の一度だけ会話をした桔梗に抱いた恋心を見破られでもしたのだろうか。いや、そんな筈は無い。
あの日以来、自分の心を押し殺し伸ばしても届かぬ先に在る花は手折らぬと決めた。
そして其れは、今も変わる事は無い。


唐突に、と出逢った頃を、思い出す。
今思い返せば、運命という言葉でしか言い表せない出逢いは確かにあると、知った。昔惚れた女の娘に出会い、そうして其の娘を、、、、、


「 散歩ですかな、セブルス。 」


気配無く掛けられた声に、一瞬精神が竦む。


「 ダンブルドア校長…、如何して此方に? 」
「 なに、昨夜の"騒ぎ"の所為で眠れなくて、じゃ 」


の過去から桔梗へと繋がり、其処からヴォルデモートへと移って再度の現在を、と思考していた脳内は、突然後方から掛けられた声によって阻まれる。
独特の音程、柔らかな物言いの声に、スネイプはゆっくりと振り返る。重たいローブがふわりと空を舞って、風に揺れるカーテンのよう。其のカーテンが再び 閉じられる様に体勢を変えたスネイプの身体に戻れば、其処にアルバス・ダンブルドアの姿が在った。


「 …やはり、お気づきに為られてましたか。 」
「 気付いておったが、如何する事も出来んかった…あれの侵入は、ワシの監督不行き届きじゃ。 」
「 いえ、我輩も傍に居ながら…杖を向けていながら何も出来ずに居ました。 」


項垂れる様なダンブルドアに続いて、スネイプも苦虫を踏み潰したような表情を零す。
ホグワーツの見回りが済み、あの忌まわしい存在の気配が完全にホグワーツから消えたのを確認したダンブルドアが此れから自室へと戻るというので、スネイプ も共に連れ立って歩いた。

閑静に静まり返るホグワーツ校内の廊下を、二人分の足音が響き渡る。
もう数時間もすれば、此処も生徒達の歓声や笑い声、そして幾つもの足音で満たされる事だろう。


「 ワシは… 」


あの時と同じ様、言いかけて言葉を呑んだ。
此れから先、真実を知ってしまったを護ると誓いを立てたのは、恐らく隣で無表情の侭歩いている男も同じことだろう。ダンブルドアが心の中で、自身にそ う言い聞 かせる。
がホグワーツに転校して来たあの日。
バケツの水を引っ繰り返した様な豪雨。窓硝子を伝い落ちる滴は、まるで届かない感情に涙を流すの心の様だった。
そして、誓った。がホグワーツに居る以上、悲しみの涙を流さないように、小さな其の手を護って行こう、と。

過去を知り、スネイプもダンブルドア同様、同じ思いと誓いを胸にしたに違いない。
そう思うのは自分の傷心が己と同じ痛みを分かち合ってくれる対象を見つけたからなのだと、ダンブルドアは少し後に気づくことになる。
思いながら、真横を見れば、訝しげな表情のスネイプと真正面から視線がぶつかった。


「 …何です、ダンブルドア校長。 」
「 いや、何も無い。 其れより、に伝えて貰えたかの? 休暇届の話。 」
「 其の件ですが…がロンドンに行きたい、と申しておりまして… 」
「 ロンドン? 」


流石のダンブルドアも、顔を顰める。
魔法が使用出来ない世界への休暇届を、出して良い物だろうか。大方そう考えているだろう事は、スネイプにも見て取れた。
マグルの世界を知らな過ぎるが、よもやマグルの世界に行きたいだなどと言い出すとは思いもしなかったに違いない。あの時の、スネイプと同じ様に。


「 我輩が…同行しようと思うのですが、如何でしょう。 丁度紅茶の茶葉が切れ掛けておりまして。 」


流石に、を騙せても、ダンブルドアを手玉に取る事は出来ないだろうか。
あの時咄嗟に思いついた嘘に、綻んだの顔。其れを忘れる事が出来なくて、出来れば、共に、と。
に、見たいと言っていたロンドンの街を見せて遣りたい。そう思ったのは何より考えるまでも無い、純粋な気持ちからだった。


「 …何時、が良いんじゃ? 」
「 は、?何時と言いますと… 」
「 茶葉が切れるのだろう? 何時までに買いに行ければ切らす事は無いのかな。 」


子供騙しに近しい嘘に、柔らかい眼差しで騙されてくれたダンブルドアに、スネイプは苦笑する。
全てを見破られていて、其れでも尚騙されようとする其の寛大な心に、スネイプは心の中で礼を述べた。


「 早ければ早いほど、 」
「 為らば明日にしようかの。 明日は丁度記念日で講義は無しじゃし…色々と都合も良いじゃろう。
 にそう伝えなさい。 では、の…セブルス。 」


明日に。そう言ったダンブルドアに肯定も否定も出来ぬ侭、ダンブルドアは丁度良く現れた自室へと消えて行った。
独り残されたスネイプは、今日の魔法薬学講義後にに如何告げようかと思いながら、自室へと踵を返す。


無為なことばかりが繰り返される日々には飽いていた。
あの過去を除けば…否、加えたとしても、己ととを比較すれば大概のことに恵まれて生まれてきたのだと思う。
何を不満に感じたこともない。此れからも、感じる事は無いのだろう。

スネイプの瞳は見るともなしに辺りの視界を過ぎる。
外を見れば、もう大分薄い陽光が蒼い空に広がりを見せ、気まぐれに明日に思いを馳せてみたりした。


( さて、何処へ連れて行って遣ろうか )


思いながら覗いた窓の奥。
こんな所に白百合が在っただろうか。
隠れるように咲く花を見つけては、無意識にも苦笑が零れた。
白百合を見て脳裏に思い出す人間は、何時の間にかあの日の桔梗から今のへと摩り替わっていった。




 









































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/01/23