last scene




day-38 :黒曜石の嘆きと一つの誓いU




先程の出来事を忘れるよう、改めて、スネイプの自室をぐるりと見渡したは心の中で驚 愕の溜息を零す。
が知る、スネイプの統治する魔法薬学研究室の印象は、スネイプの自室と似て非なるもの。
地下室に在る魔法薬学研究室は、残暑の陽射しや暑ささえ感じられず、何時もひんやりとした冷たい空気に満ちていた。
おまけに、何に使うのかも良く判らない夥しい量のホルマリン漬けと、黒ずんだ骸骨の様な薬草と、じめっとした湿潤の厭な黴臭い香りが鼻を付く。

死装束の様な印象を拭いきれない不吉な魔法薬学研究室に比べ、スネイプの自室は開け放たれた白砂漠の様な印象だった。
必要最低限のものしか置いていないために起きる生活観の無さと、必要以上に存在しない黒がそう云う印象を与えるのだろうが、其れでもの想像を優に超え た部屋だった。


「 人の部屋をジロジロ見るな。 お前の玩具になるようなものは何一つとしてない。 」
「 別にスネイプ教授の部屋で玩具探そうとしていた訳じゃ…って、これ、スネイプ教授が作ったんですか!? 」


厭味拭い切れぬ言葉を吐いた声がした方向に視線を向ければ、飛び込んできた甘酸っぱい香りを放つジャムが詰められた小瓶と焼き立てのブレッド。
更には、ふんわりと焼き上げられたスクランブルエッグに、紫水晶の眼を見開いた。
其の態度に、明らかにスネイプの眉間に皺が余計に刻まれる。


「 人を珍獣を見るような目付きで見るな。 …夏期休暇は我輩とて家に戻る。
 毎日外食をしているとでも思っていたのかね。 何年一人身を遣っていると思っているのだ、此れ位造作無い。 」
「 何年遣ってるんですか? 一人身。 」
「 彼是…って、お前に言う必要性が何処にある。 減らず口を叩く暇が有るならさっさと食べ給え。 」


一人乗り突込みをするスネイプを見て、は珍しいモノを見たような表情から一片、口角を下げてはにかんだ様に微笑み、そうして声を挙げて笑った。
先程まで怒りと悲しみに満ちていた表情は何処へやら、思い出すことさえ難しくなる程の笑みを浮かべるに、スネイプは苦く言葉を失くす。

極当たり前の家庭に生まれ…否、ヴォルデモートと桔梗との間に生まれた子どもならば、こうして笑うこと等何時でも出来ただろうに。


…と、スネイプが稀に見る感傷に浸っていれば。


「 美味しい…此れ、お世辞無しで本当に美味しいですよ、教授! 」
「 煩い。 大人しく食べ給え。 静かに食べることも出来ないのか、お前は。 」


「 …済みません、誰かとご飯を食べることとか…小さい頃にも経験した事が無くて。
 だからホグワーツでみんなでご飯食べたりするの、凄く嬉しかったんです。 …申し訳有りませんでした。 」


天真爛漫に笑って居たが、突然寂しげに陰った声を出し、憂いを帯びた表情に変わる。
歳相応に笑う少女から一片、幼い頃から染み付いていたのだろう、人の機嫌を伺う様な静かな笑みに変わる様を見せ付けられ、スネイプは息を呑む。
そうして、其の様を目の当たりにしたスネイプは、己でも線が一本途切れたのではないかと思う言葉を吐く。


「 喋るな、とは一言も言っては居らん。 」
「 …静かに喋りながら食べる事は…? 」
「 好きにしたら良い。 だが、生憎…我輩はお前に提供できる話題等持ち合わせていない。 」


つまり、お前が喋れ。
そう言わんばかりの物言いをすれば、はなんとも形容しがたい憂鬱が混じる表情を一変させ、酷く優しく無邪気な笑みを零して言葉を紡ぎ出した。

暗く閉ざされた搭の中で生涯の三分の二以上を過ごしてきたであろうから紡がれる話は、スネイプが想像していた沈鬱な物語とは異なり、先週許可を得て 行ったホグズミードでの出来事や他愛無い世間話が殆どだった。
最初のうちこそ、搭の中での話や過去に触れないのは、触りたくも無い古傷を再び開くことを恐れる事故だと思っていたのだが、実際はそうでも無いらしい。

人に話して聞かせることが出来るほど、話題に為りえる程の出来事など、牢獄の様な搭では存在し得なかっただけなのだ、と。

それから暫く、とスネイプは他愛無い、悪く言えば子ども染みた話をしていた。
通夜の食事の様な沈黙の中で食べる夕食、無理矢理楽しい話題を振り撒いている様な気さえ感じたが、の話しに時折頷くスネイプの反応が新鮮で。

はスネイプの反応だけを楽しみに、自分が持ちえる少ない出来事を話題に代えて、スネイプに振り続けた。


「 アルバスに言われていた事を今、唐突に思い出した。 お前に一日、外出許可を出すように、と。 」
「 …外出許可、ですか? 」


やれホグズミードで食べたミートパイが美味かっただの、ハーマイオニーと講義で必要と思わしき品を大量購入しただの、先日の休暇の話をしていた矢先の事。
"ホグズミード"の単語に、スネイプが思い出した様にに告げた。
本当は講義終了後に話そうかと思っていた事だったが、スネイプが一旦自室に引き戻った際にハリーとドラコの騒動があり、加えてヴォルデモートの出現…と話 すべき話は今の今まで忘却の彼方に居た。


「 最初は我輩も難色を示したが…まぁ、好意は受け取っておいて損は無い。
 外出届承認欄にサインをしておくから、後で同行者が決まったら我輩のところに外出届を取りに来給え。 」


そう告げると、は、ダンブルドアからこの話を聞いた時のスネイプの様に顔を顰め難色を示した。
ホグワーツの生徒ならば、外出届が得られると判った時点で、天にも昇る気持ちの侭嬉しい雄叫びを上げることだろう。
勿論、ホグワーツから生徒が出れるということがどれだけ貴重なことか、が熟知しているとも限らないのだが。


「 …如何した、 」
「 …恐いと…生まれて初めて、人を恐いと感じた相手が私は実の母でした。
 可笑しい事ですよね、あのヴォルデモートと対峙したと言うのに…
 私の中の絶対の恐怖対象は今も昔も母唯独り…だから、もしも外出先で… 」
「 母親に遇い、僅かに与えられた時間を奪われる事が、恐怖、だと…そう言いたいのかね。 」


見れば、無言の侭、は小さく頷いた。
握り締めて居た筈のフォークが何時の間にかテーブルの上に置かれ、行き場を失った様な二つの掌がゆっくりと握り締められ、僅かに震える。
眼の前の子どもは、心の底から母親を憎み、だが何処かで憎み切れずに憎悪が恐怖と成り代わっているのだ、と。痛感した。


「 忘れたか、護ってやると言った言葉を。 少なからず、お前よりも魔法に長けている自信はあるが?  」


憮然として、それでも倫理を伴ってスネイプは腕を組んだ。挑むようにして見下ろされ、其れが逆にの心に僅かな安堵感を齎した。
実際問題、を護りきれるか、と問われれば其れは判らないと答えるしかない。スネイプ自身もを完璧に護れる等とは思っても居なかった。
だが、己がヴォルデモートに杖を向けた様に、桔梗が杖の切っ先をに向ければ、盾位には為って遣れると。

釈然としないが、理由無く、唯単純に、、スネイプはそう、思ったのだ。


「 …でしたら、頂ける休暇にスネイプ教授が同行して頂けませんか? 」
「 は、? 」


間の抜けた声。他の誰でもない、己が発した声なのだとスネイプが気付いたのは、との間に重たい沈黙が流れ落ちた時だ。
の発した言葉の意味が咄嗟には理解出来ず。否、正しく述べれば、が発した言葉が返答で返ってくる等とは予想もしていなかった為、スネイプの脳内処 理装置が追いつかなかったのだ。
脳が考えるよりも早く、言葉が口を付いて出る形と為り、其の反応には申し訳なさそうな表情を浮かべる。

またしても迷惑を掛けてしまう様な発言を。
瞬時にがそう思っただろう事を安易に想像出来たスネイプは、が前言撤回する前に言葉を無理矢理続ける。
会話を続けながら、如何し様か、脳内回路をフル回転させて。


「 いやその…ミス グレンジャーやミスター ポッター達と、ではなくて構わないのかね? 」
「 ハリー達とはこの間出掛けましたから。 それに私…休暇届を頂けるのなら、行きたい場所があるんです。 」
「 ほぉ、其の場所とは? 」


よもや、魔法省等と言い出すのではあるまいな。
一抹の不安が過る中、がゆっくりと深呼吸し、そうして行き先を告げた。
魔法省であった方が何倍もマシで有ったであろう、其の場所を。


「 …ロンドンに、行って見たいんです。 」
「 ロンドンだと? 」


まさかマグルの街に行きたい等と。盛大な溜息はスネイプの心の中だけで呟かれ、そして音にならずに消えた。
大方、ハーマイオニーか誰かから、ロンドンの街並みやキングスクロス駅の話でも聞いて、実物を見たくなったのだろう。
其の気持ちも判らなくも無い。だが、幾ら何でも魔法を使うことを禁じられたマグルの世界に行く、等と。この娘は自分の置かれている状況が理解出来て居な いのだろうか。

その中、ふと心を過ったのは、数分前に映し出された幼い頃のの姿。未だ無邪気に笑うという事を知り、無意識に其れが出来た時のあの嬉しそうな笑顔が印 象に残っている。
微笑まれた対象はスネイプでは無いと言うに、もう一度、あの笑顔を見たいだ、等と。


「 …丁度、紅茶の茶葉が切れている。 ロンドンまで買いに出る予定だった…其の序でで、構わぬのなら。 」
「 本当ですか!? 有難う御座います…! 」


朝陽を浴びて、幾数多の花が一斉に咲いた情景のようだった。
礼を言っても言い足りない、思いつく限りの言葉を伝えようと思うのだけれど。
けれど結局、一番相応しいと思えた言葉だけをは口に乗せ。

無表情の侭にブレッドを口内に放り込んでいたスネイプが一瞬、酷く無防備な表情を見せてい た。
普段無愛想で無感情な骨董品の様な作り物の顔を嵌め込んだ様なスネイプが、本当に一瞬だけ、困ったような瞳で苦い笑いを向けた。

其れはスネイプさえも気付かぬ、極自然で極僅かな時間だった。
其の僅かな時間を、の瞳は見逃しては居なかった。其れは、染入るほどに温かなぬくもりをの心に齎した。











































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/8/30