last scene

day-37 :黒曜石の嘆きと一つの誓い
先程まで暗闇に三日月が浮かんでいた情景に、慟哭した心を映し出した様、冷たい雨が音を
立てて降り注いだ。
忘れてくれ、と押し殺した嗚咽と零れ落ちる涙を堪えて零したを見て、我輩は抱えたくなる頭を垂れたくなった。
眼の前に繰広げられたの過去。其れはアルバスから聞いていた話とは比べ物になら無い程の残酷さと現実味を帯びていた。
真剣な眼差しのアルバスの話を聞きながら、頭では桔梗の事を残忍非道な人間だと豪語していたが、心の何処かではアルバスの誇大妄想が若干入っているのだろ
うと軽い気持ちで感情を昂ぶらせていた。
しかし。
先刻繰広げられた茶番劇にしては誇大過ぎる余興だと、芯から来る恐怖感と憤怒感を押し殺せなくなっていた。
察するに…アルバスも知らなかったのだろう。の深層に抱えている精神的外傷が此れほどだったとは。実の母親から、眼を背けたくなるほどの酷遇を受けて
いたなどと。
だが、知ったところで、一体己に何が出来るのだろう。
祈りの言葉でさえ、幾ら声を張り上げようとも、叫べるだけ名を繰り返しても、神に祈ろうと悪魔に願おうときっと、届かない。
思いつく限り何も、、、出来る事等、有りはしなかった。
「 忘れて欲しい、だと? 失笑だな。 」
「 …でしたらせめて…あと、28日、素知らぬ顔をしていて下さい。 」
「 …お前は何か重要な勘違いをしている。
同じ秘密を共有出来ただとか、仲間意識が芽生えただとか、我輩がお前を憐れんでいるとか…
それ故に我輩に更なる迷惑を掛けているのだと自負して言っているのならば止めて頂きたい。 」
薄紫白淡の瞳が見開かれる。
大方、が思っている事は、自分が見ていたものと、同じものを我輩もみたのだろうか。自分が感じていたものと、同じように、我輩も、感じたのだろう
か。…大方、其の程度の疑問だろう。
事実、我輩が見たものはが見ていたモノとは厳密に言えば異なるものなのかも知れぬが、其れでもヴォルデモートに無理矢理見せられた過去は四つの眼球に
同じように映り込んで来ただろうに。
「 …お前は…あの日から、どれだけ眠れぬ夜を過ごしてきた? 」
我輩はの過去を見せ付けられながら、あのお方を見て、己の過去を思惟した。
死喰い人で在った過去を忘却する事等、出来はしない、忘却すること等赦されない事なのだ。
あれから、眠れない夜を幾度か過ごした。死喰い人で在った過去を、一過性の病気の様な境遇だと考える事もとうに止めた。
忘却する事は、過去から逃げるより更に恐ろしいことだと熟知していた。
だからこそ、幾許かの眠れぬ夜を過ごそうとも、毎夜血の海に沈むヒトの手を夢に見ることも、全て自分に科せられた罰なのだとそう思い続けて生きてきた。
死喰い人であった頃の己を、意識せずとも思考の向かう先、零れ落ちそう罪と罰を抱えて生きていかねば為らぬ、そんな自覚はあった。
「 眠れぬ夜…と言うより、眠れたことが無いのかもしれません。 …私、"生きて"居ませんでしたから。 」
澱み無い涙に濡れた瞳でそう微笑んだ少女に、心にズシリと鉛が置かれた様な衝撃を受けた。
我輩はふと、あどけなさの残る少女の顔に、この世の全てを嘲笑しているかのような歪んだ笑みを浮かべる桔梗を画いていた。
描いて、そして、自覚した。
初めてに出逢った時は余りに桔梗に似通った其の容姿に、背に駆け抜ける冷たい汗を止めることが出来なかった。
を見ているうち、殺しきれぬ恋情が蘇ったのだろうか、天津さえ娘のに母親の桔梗を重ねるなど、浅ましい事を。
だが、現実は其れ以上に醜悪だった。
に惚れている等と言う実情を、桔梗に惚れ其の姿を映し込んでいるだけなのだと自身を欺いていただけだと。
知って、そうして知った。
世界で一番愛した人を、世界で一番憎んだ瞬間だったのだ、と。
「 我輩は…けして他言出来ぬ過去が在って…其の過去の罪を今にも夢に見て眠れぬ時を過ごす。
現実は酷く残酷で…生きて罪を償う事を酷だと感じる時でさえ、眠りに堕ちている時は自由に為れる。
お前は…夢の中でさえ、背負う必要の無い咎を背負って行かねば為らぬのだな。 」
「 …聞きました、ダンブルドア校長から。
…でも、スネイプ教授の過去が何であれ…今こうしてハリーを護っていらっしゃる事実は変わりません。
私は…実の母に殺されるのですね。 一度も愛してもらえる事は無いと判っていましたが… 」
「 ポッターを護るのは我輩ではない、あの人に敵対する全ての人間だ。
…同情した訳ではない、だが、我輩はお前の母からお前を護って遣ろう。
後28日間…、"期間限定"で在るにしろ、其の身体と其の命は…お前だけのものだ。
お前は誰にも愛されていない訳ではあるまい? 少なからず…ポッターやグレンジャー達はお前を愛している。 」
幼い身体を抱締めたのは無意識だった。
触れたいと願うのも、あるいは受け入れてくれるのではないかなどと莫迦なことを考えるのも、いつも、己の感情はひどく利己的だった。
薄い目蓋の上、落ちかかる髪を脇へ流すようにそっと指を落とす。
絹髪に隠された青黒く変色した頬に触れたのは一瞬のことだったが、の低体温さがさざ波の様に震えとなって指先から伝わる。
視線の下、見上げる様な薄紫白淡の瞳と薄っすらと桜色に色付いた頬。
瞬いた瞳が緩やかに綻んでゆく。
「 有難う…ございます。 」
細い喉が震え、がそう言葉を零した。
先程は押し殺し、掌で乱雑に拭っていた涙を其の侭に溢れさせ、堰を切った感情はもう止まらなかった。
優しく背を撫でてくれるスネイプに身体を預け、は今まで長い年月を掛けて堪えてきた涙を全て破棄するかのように長時間泣き続けていた。
一度零れ落ちた感情の欠片は再構築する事が出来ないかの様に、の瞳から絶え間無く流れ続ける。
気が付けば、既に夕食の時間は過ぎ去り、就寝時刻さえ迫っていた。
「 も、申し訳有りません、こんな時間まで長居をしてしまって…私、寮に帰ります。 」
スネイプの胸の中で一頻り泣いたがふと壁に掛けられた時計を見れば、あと数分で就寝時刻を迎え様と言う時刻を指し示していた。
幾らの所属する寮の寮監の所に居るとは言え、例外等認められる訳が無い。私情にて迷惑を掛けてしまうのならばせめてホグワーツ生としては迷惑を掛ける
訳には行かない、とは慌てて瞳を拭う。
と、同時。
先程までは昂ぶっていた感情から気付きもしなかったが、今改めて状況を整理してみれば、あのスネイプ教授に抱締められその胸で泣いていたなど、顔から火が
出るような思いだった。
昨日までは、疎まれ迷惑がられて居た其の相手に抱締められ慰められていた等、の乏しすぎる経験には重圧過ぎる経験だった。
恥ずかしくて、の頬が燃える様に熱くなる。今直ぐにでもこの場から立ち去りたいと言うに、其のに対してスネイプは言葉で制した。
「 待ち給え、其の顔で寮まで帰るというのかね?
青黒く腫れた頬に兎の様に紅い瞳、引裂かれたローブ。
誰が見ても、何処ぞの輩に強姦されたとしか思えぬ醜態だ。 」
「 で、ですが… 」
「 次の巡回時刻は夜半過ぎ…マクゴナガル教授の見回りが終わった後に寮に送り届けてやる。 」
「 そ、そんなご迷惑を掛ける訳にはっ。 顔を覆って寮までダッシュすればなんとか間に合う筈です! 」
必死のの説得も、意思を堅くしたスネイプの前では何の抗力も発揮せずにいた。
夜半過ぎまでは軽くニ・三時間はある。其れまで此処で一体如何していれば良いのか、重たい空気に為る事が眼に見えている情景を如何回避すれば良いのか、は一瞬にして其れを考えなければ為らなくなった。
しかし…迫り来る刻限の中、回避策等、何も浮かんでは来なかった。
如何し様か、此の侭スネイプの腕を振り切ってでも寮に戻ろうか。
「 …大方…マルフォイは談話室でお前を待っているであろうな。
お前の其の姿を見て…逆上したマルフォイがグリフィンドールに殴り込みに行かない保障は無い。 」
「 で、でも此れはハリーの所為では… 」
「 そんな実情が通じる相手なら…お前の頬はそんな状態に為らなかったのではなかったのかね? 」
確かに。そう言えずに、は唯沈黙した。
スネイプの言う事は何一つ間違っていない。スネイプが今述べた事は、にさえも安易に予想できる未来だ。
ドラコはきっと待っているだろう、談話室で、が帰ってくる事を。あの日もそうだった。スネイプに送って貰ったあの日も。
そして、この姿を晒したとすれば、どうなるか…其れは想像すらしたくない未来だった。
ドラコならばどんな手段を使ってでもグリフィンドールに乗り込み、ハリーに彼是因縁をつけては杖を向けるだろう。
其れだけは避けねば為らぬ事態だという事は、スネイプよりもの方が何倍も身に染みていた。
「 何も、魔法薬学講義を行おうという訳では無い。 腫れが引くまで、大人しくして居給え 」
「 …魔法薬学の講義を…講義以外で聞きたいとはとても思えません。 」
驚いたという感情を驚いたという風にそのままぽんと放り出したような表情をして、が呟いた。
「 我輩とて、講義時間以外で講義をする気に等為れぬ。 」
「 …じゃあご飯にしましょうか!…あ、って言っても夕飯はとっくに終わってるんでしたね。 」
さて、如何し様かとが一つ一つ試行錯誤の方法を挙げ連ねていくと、最初は呆れていたスネイプの表情にかすかな苦笑が混じる。
「 案ずるな、此処は簡単な食事程度なら作れるだけの設備はある。 」
そう告げると、スネイプは襟元を緩め、羽織っていたマントを椅子の上に無造作に投げ置く。
一体何をするのかと思ってが見ていれば、スネイプの踵は自室の更に奥へと進んでいった。如何やら其処にキッチンらしきものが在るのだということを
が知ったのは、それから数分後、芳ばしい香りと美味しそうな香りが其処から薫ってきたからだ。
あのスネイプが料理をするなんて。しかも自分が食べるためではなく、疎んでいた筈の生徒の為に。
真っ先にハーマイオニーに報告したら面白いだろうと思いながらも、此れは自分の胸のうちにだけ止めて置いておいたほうが
良いような気がして、はスネイプの消えた扉を見詰めた。
腫れた頬、抱き寄せられ撫ぜられた背、節くれ立った指に、繊細な仕草。
唐突にスネイプの行動を思い出したは、胸に競り上がる妙な想いに燻ぶられながら、其れを見過ごす様に頭を抱えた。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/8/2