last scene

day-36 :砕けた硝子の心
バチン、と何かが弾けた様な軽い音と、グシャと何かが拉げる音が交互に沸き起こり、そう
して最後にバンッと凄まじい音を立てて、眼前にシネマの様に映し出されている過去の情景内のステンドグラスが爆散した。
色彩豊な厚い硝子の破片が滝の様に、真上から垂直にスネイプ達に向って降り注ぐ。
過去の情景を見ているだけだと言うに、怯む身体は幼いを護ろうと両腕を前方に伸ばしていた。
届かない腕。掴むことの出来ない存在。
小さな身体に幾つもの硝子が突き刺さる光景が視界を埋め尽くし、凶器が撒き散らされる雨の様な音が聴覚を埋め尽くし、音を拾う耳を無意識にスネイプは両の
掌で塞ぎたく
なる。
幾重もの硝子の破片を其の身に浴びた筈のは血を流すどころか、傷付く事無く、まるで浮遊物か何かの様に其処に立ち尽くしていた。
「 わたし…もう、生きていないの…? 」
小さな掌。硝子が突き刺さった侭無残な姿を晒した。
大きな瞳を見開いて、自分が置かれた状況を必死に理解しようと、回らない思考回路を懸命に動かす。
ふと、思い出した様に視線を掌から眼前に戻せば、眼の前に居た筈の"誰か"の存在が見当たらない。
代わりにあるのは、事切れる寸前だった筈の、床に蹲る桔梗がか細い両の腕を使って立ち上がろうとしている姿。
立ち上がろうとする桔梗の身体から、ぼたぼたと音を立てて黒い液体が床に零れ落ち、其処から輪の様に大量に広がり始める。
「 …お母様…? 」
此方を見ようとしない桔梗に言葉を掛ける。だが、桔梗が此方に視線を寄越すことは無かった。
暗闇の中で黒に見える液体は、留まる事無く桔梗の身体から拭い落とされた様に床に落ち、其の度に鼻を覆いたくなる様な噎せ返る血の匂いが玉座の空気に凄ま
じい勢いで広がった。
----------- お前はもうヒトではない。 永遠の時間を孤独に生きていくのだ。
血に塗れた桔梗が、愛しげに"誰か"の名を呼ぶ。やっと来てくれた、やっと私を迎えに来てくれた、漸くこの柵から解放される、と。
桔梗にはに見えない"誰か"の姿が見えているのだろうか。
は乞う様に空に向って手を伸ばし、誰かの胸に飛び込む様に只管に歩き続ける桔梗の姿と向かい合いながら、もしも生まれ変わる事が出来たら何になりたい
かに思いを馳せた。
傷だらけになりながら、自らの娘の命を犠牲にして尚、愛しい男の元へと歩み寄ろうとする浅はかな己の母親を見て、は口元に寂しい笑みを浮かべ運命を受
け入れるようにゆっくりと瞼を閉じた。
( この命を捧げれば、貴女は私を愛してくれますか? わたしという存在を、必要としてくれますか? )
そして、はゆっくりと瞼を開く。
「 お母様が愛した人…其れがお前、ヴォルデモートッ! 」
食い破らん勢いでモノを吐いたの声に、スネイプは過去の世界から現実の世界へと覚醒した。
血みどろの桔梗と幼いが姿を消し、ヴォルデモートの魔法によって時間と過去が歪められていた事を知った。
原因不明の病で急死したとされていたRevalue国王は桔梗によって其の命を削がれ、桔梗とて事切れる寸前だったが、ヴォルデモートの闇の魔法によって
の命を与えられ蘇る。
幼かったは桔梗がなる筈だった魂だけの存在となり、騒ぎを聞き駆けつけた乳母によって、他者から護る為に高い高い塔の中に入れられた。
泣いても叫んでも喚いても暴れても、誰も扉を叩く事は無かった。
魔法なんて施されることも無い、唯、ヴォルデモートの傍に浮遊していた数匹の幽鬼が見張っているだけの小さな搭。
暗闇だけが支配する其の世界で、魔法が施された幾重にも重なる青銅色の鎖にか細い手首を縛り上げられ自由を奪われた子ども。
古めかしい木の椅子の上で膝を抱え、細い足を抱締め、俯いて声を震わせる。
泣くことも何かを欲することも望むことも、生きることさえもは全て放棄し、唯其処に居続けた。
そうすることが、其れだけが全てで在るかのように。
浮遊物の様に唯揺らぐ幽鬼は一言も語らず、主に言い使わされた事だけを忠実に護る狗として其処に在り続けるばかりだった。
唯一の光りを取り込む窓から外を眺めることもとおの昔に止めてしまった。
窓の外から見える景色、其処に嘗ての美しい王国の姿は無かった。地位と名誉、名声と栄光に輝いた嘗ての王朝の姿は欠片も無い。
城全体が朽ち果ててしまった様にひっそりと静まり返り、人の話し声は聞こえる事は無く、耳に出来るのは空を舞う様に移動する幽鬼の劈く様な音だけ。
背も凍り付くような凍て付いた温度の中、常に朧月だけが城を包み込んで、の幽閉された、尖った屋根を持つ搭を際立たせていた。
「 お母様は…今、何をしているの? 」
" お前と入れ替わったのだ、今は魂だけになって私の住まう城に居る。
全く、アルバス・ダンブルドアも厄介な事をしてくれる。 幾ら【期間限定】とは言え、桔梗とお前を入れ替えるとは…"
は見上げる。眼の前で腕を組み、この世の物とは思えないほどの魔力を放つヴォルデモートの姿を。
は幽閉された搭で、何時も来る宛ての無い誰かを待っていた。何時か此処から出してくれるだろう、
差し伸べられるだろう誰かの手を、待っていたのだ、きっと。
母親に愛される事無く、誰からも必要とされること無く、誰からも存在を理解されず存在を赦されない自分。
其れでも何時か、誰かが此処から出してくれると、そう信じて、痛みも喜びも感じることなく、
ただ虚ろに、待っていた。
"辛かろう、愛しい我が娘よ。
アルバスに連れ出されることさえ無ければ、誰かに必要とされることさえ無ければ、
失う辛さ等…愛されなくなる寂しさなど感じる事も無かっただろうに。
知らぬという事は何より幸せなことぞ…お前は其の幸せさえも奪われてしまったのだな。"
自分の傍には如何して母親が居ないのか、そんな小さな疑問さえ浮かばずに城に居たあの頃、どれだけ近く感じられても、本当に欲しいものには決して手が届か
ないことを知っていた。
知っていて、空を乞う翼の折れた小鳥の様にその空に乞い、一心に小さな手を伸ばした。
もしも、手が届いたら。
その先にどんな夢を思い描き、想像を馳せていただろう。
硝子球の様なあの小さな世界の中で、自分は確かに幸福だったけれど、それが永遠に続く事は無いと何処かで知っていた。
いつかは終わるものだと知っていた。だからといって、何を望むことができただろう。
わたしはただ、愛されたかった。必要とされたかった。
自分を産んでくれた母親に、唯の一度でも良いから、抱締めて頭を撫でて欲しかった。
お前が居て良かった、と嘘でも良いから、そう言って欲しかった。
は唯、決して叶うことの無い其の情景を脳の中でリフレインする。叶わない願いに、其れでも手を伸ばしていたかった。
「 殺せばいいのに…貴方なら、簡単なことでしょう? 」
"失笑だな。 お前を殺せば桔梗の命が失われる。 私に出来るはずなど無い。"
「 でも私は貴方の娘じゃないのよ? 貴方から母を奪った男の子どもなのよ? 」
"其れでもお前は桔梗の血を半分は受け継ぐ桔梗の子どもだ。"
" 愛しい我が娘よ、精々限られた時間を愉しんで生きるんだな…
堪え切れなくなった桔梗がお前を殺めに来ても…私は助けること等無いと熟知しておけ。
28日後…お前がどんな悲愴な顔をして悲嘆に暮れるか…まこと、楽しみだ。 "
残酷な言葉と歪んだ笑みを残し、ヴォルデモートはゆっくりと其の身体を闇夜に紛れさせていった。
瞬間、今までとは質が違う空気が一斉に流れ込んできて、小さなシャボン玉が割れる様に弾けて壊れる。
景色が霞み、一瞬朝陽でも昇った様な光りが溢れ拡散し、二人を包み込む。
咄嗟にスネイプはを庇う様にローブを翻し、そうして二人静かに瞳を閉じた。
…、……、、…・!!
暗闇の中から急激に白熱灯の光りに汚染された瞼を抉じ開ければ、ぼんやりとした意識の知覚に飛び込んで来たのは、普段怪訝な表情しか浮かべぬスネイプ
の蒼白気味な顔。
一体何が起きたのかと周囲を見渡すように視線を泳がせれば、出番さえ与えられなかったスネイプの杖が床に転がっている。
「 ………え……? 」
その時は何が起きたのか全く判らず、唯ただ混乱するばかりだったが、其処から徐々に時を重ねていっては漸く自分の身に何が起きたのかを理解する。
遠くで爆破された何かの光だけが時折視界を掠め、其の後から来た押し潰されそうに圧倒的な暗闇に、は全てを思い出した。
思い出したくは無い、忘れて居たほうが何よりも幸せだったであろう、其の残酷な過去を。
「 大丈夫かね、何処か痛む場所は? 」
「 いえ…大丈夫です。 済みません…私、またご迷惑を… 」
沈鬱した表情をした顔を見せまいと、がスネイプから顔を背け、スネイプもまた無理にの表情を覗き込む事は無い。
だが、は唐突に小さく息を吸って、それから少しだけ、微笑んだ。
「 忘れて下さい、今起きたこと、全てを。 私も忘れます。 そうすれば、誰も傷付かずに済みますから。 」
其れは何処までも純粋な子どもの心を映し見ているような光景だった。
耐える様、無数の涙が、の柔らかな頬を伝わり落ちた。
泣きじゃくる子どものように泣けば良いものを、嗚咽を堪えるように両の手を握り締め、必死に言葉を殺して。
見ている此方が悲愴に為る位の切なさを伴った涙。
其れを見て、スネイプは思う。
死喰い人として生きていた過去がある以上、大切なモノの殆どを失って、其れでも何かに縋るよう生きていた。
死喰い人で無くなった今、其れでもきっと多くのものを犠牲にし、其の犠牲の上に自分と言う人間は立って歩いていくのだろう。
何かを失いたくない、他の何を其の代わりと犠牲にしてでも護りたい存在(モノ)があるなら、迷うことは赦されない。
迷いは隙を生み、生まれた隙は自身の首を絞める結果に為ることが眼に見えている。
もう、迷う事は無いだろう。
刃向かう相手が例え嘗ての主で在ろうとも、例え其れが、他の誰かの大切な人を殺すことだったとしても。
独りの少女を護るためならば、喜んで神に跪くだろう。
だからもう、これ以上、悲しみの涙に少女の頬が濡れることが無い様-------------。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/30