last scene

day-35 :終わらない絶望、始まらない希望
その日を境には、少しずつ精神を壊していった桔梗と同じ様に、精神を崩壊させていっ
た。
母親が傍に居ない事は未だ理解出来たとしても、実の母親に疎まれ殺され掛けるという経験は、幼い子どもの心理状態と精神状態を上手に壊疽へと導いた。
以前は太陽の様に誰にも可愛らしい笑顔と愛想を振り撒いていた少女は、腹の中を探る様な眼差しで人を見るようになり、視線が絡み合っても何の意味も持たな
いような視線を返すだけ。
言葉を交わす事も無く、死んだ魚の様な濁る眼差しを人に向け、部屋に閉じ篭って一歩も出ない生活が続いた。
其れでも、執政の傍らでに土産話を持ってきた父や乳母はしきりにに言葉を掛けていた。
にすれば、無駄な音を左から右に聞き流す程度のものだったのかもしれないが、其れでも周囲
の人々に取って、唯一が受け入れる人間が居るということは未だ救いだった。
「 ねぇ…貴女のお母様が正妻になってたら…そしたら誰も傷付かなかったのにね。 」
突然、が口を開いた。
仲の良かった従姉妹がに土産だと銀に輝く織物を持ってきた時の事だった。
若干6歳にも満たない幼い子どもである筈のは、置かれた状況と環境の賜物か、7つ以上も歳の離れた従姉妹とそう変わりない話し方をしてみせる。
「 …………… 」
従姉妹は曖昧に笑うしかなかった。
彼女の父親はRevalue王国皇子、其れを知る者は城内でも指折り数える程しか居なかった筈だし、自分も10を越えるまでは知らされることの無かった事
実。
自分の母親がRevalue王国皇子の寵妾だという事実を如何して正妻の娘が知っているのだろうと思いもしたが、彼女は其の事実に対して適当なごまかしを
言う器用を持ち合わせていなかった。
「 貴女は差し詰め…私を恨むのでしょうね、私や母が居なければ、正妻になれて皇女になれたのに。 」
「 そんな、そんな恐ろしいことは… 」
従姉妹は頷く事さえ無かったが、完全に否定することも無かった。
其れから、あしげく通ってきた従姉妹の姉は、の部屋に足を踏み入れる事は無くなった。
寂しいとか切ないとか、そんな感情すら芽生える事無く、は季節が移り変わる様を窓越しに見ながら時を無駄に過ごしていた。
あの、忌まわしい夜が来るまでは。
何時もと同じ夜。だが、窓奥から柔らかな街灯の光りに包まれる街を見て、不意に肌に爪を立てるような激しい悪寒がした。
無意識に、何かに惹かれるようにしては、小さな灯火を持って部屋を出る。
もうとうに陽は山の稜線に落ちていて、月明りを遮る様な窓から射し込む光りは僅か、大理石の廊下は薄暗かった。
普段ならば若干は見受けられる街の明かりも、あの日ばかりは窓の端にさえ止まらず、本当に暗闇に覆い尽くされた様な重たい空気だけが其処に在った。
傲岸な風が硝子にぶつかって、弓を弾くような音を上げる。
通年訪れている嵐が来るのかとも思ったが、夜空に雲はないく、星は微かに瞬きする様、光ってい
た。
ただ風ばかりが強い夜。
大広間を抜け、もうじき玉座に抜けようかと言う渡り廊下を歩いていたとき。
-------------- 助けて、私を迎えに来て、Voldmort!
久しく聞いていなかった母---桔梗の悲痛な叫び声に似た言葉と、父の劈く様な悲鳴が響き渡った。そして次に、同じ様に母
親の甲高い悲鳴が空を舞った。
物凄く厭な予感がして、幼いは小さな両の足で懸命に走り、閉じられた玉座の間の扉を両手で押し開いた。
「 ……ヒッ… 」
正六角形の玉座の頂点に位置する大理石の柱が根元から綺麗に粉砕し、砕かれた其の一部がの足元まで押し流されていた。
六本ある筈の柱のうち、二本が折り重なるようにして玉座の台座を占領し、其の真下に血に汚れた手とひしゃげた杖が見えていた。
一体何が起こったのか、理解出来ない幼い子どもは灯火だけを頼りに薄暗い部屋を歩き、其処まで辿り着く。
「 …お父様…?…お母様…? 」
声を掛けても、転がった二つの身体は微動すらせず、大理石の下敷きになる様に其処にあった。
散った金色の髪と夜色の髪が床に波紋を画き、夥しい量の赤い液体が二つの身体を染め上げている。
床に転がる杖を視界に入れても、魔法を使った事の無いには如何する事も出来なかった。
唯、ただ幼いが視界から理解出来る事の経緯は、胸を貫く様に
突き刺さった剣に身体を預けた父親と、柱の下敷きになって事切れている母親。
「 な、に…? 如何云うこと…? 」
これ以上近づくのを躊躇い、は立ち止まったまま。如何して良いのか判らない。如何すれば良いのかも判らない。
誰か、誰か、誰か来て。
そう心の中で祈りを飛ばしてみたが、祈るだけでは状況は変わらない。取りあえず、乳母を呼んで来よう。
だが、踵を返しかけたの両足は、ピタリと制止する。眼の前に、誰か居る。何か、が居る。
一体何が、そう思った瞬間、眼の前に紅い瞳の男が数匹の幽鬼と共に立っていた。
「 お前が、桔梗の産み落とした娘か。 」
眼の前が真っ暗になり、全ての音が消え失せた。肌に触れる空気が、ぴん、と冷たく動きを止める。
今更にして、此処に自分が来るべき場所ではないと気づいたが、それも遅い。
眼の前の"誰か"がを真っ直ぐに見詰め、もまた其の視線に気付き瞳を見詰めたが、見詰めすぎた。
慌てて視線を逸らそうとしたが無駄な事、周りの誰よりも早く、真っ直ぐにを見据えてくる。
笑みもない顔は、随分ときつく、その本性を現すようだった。
数匹の幽鬼同様、音も無く空を歩くようにゆっくりと"誰か"が歩み寄ってくる。
夜色の空間に、夜色ローブが恐ろしい程映えていた。理由なく怖くなる。
「 お前の父は面倒な事をしてくれる。 私とて、死んだ人間を蘇らせること等出来ぬ。 」
穢れたものを見下すような視線をの父に向けた男は、そう吐き棄てた。
の母親がの父親を殺したのだという事は、この状況を見れば誰でも納得できた。そして、最後の力を振り絞り、母の上に柱を倒したのが父だと言うこと
も。
「 さて…初めまして、だな、愛しい我が娘よ。 」
「 だ…誰? 」
「 名等名乗る必要も無い。 お前に名乗ったところで何も生まれぬ。 」
「 ……… 」
「 母親に愛されなかった娘、必要とされなかった娘、生まれてきては為らぬ娘。
可哀相に…お前も一度位は母親に愛されても見たかっただろう? 」
"誰か"が真っ直ぐに指を伸ばし、の柔らかい頬に触れる。
瞬間、ドライアイスにでも触れた様な凍て付いた感触がの幼い身体を侵食した。
--------- ヴォルデモート、その子を身代りに…私の身代りに!
「 …桔梗、忌まわしき男の子とは言え、この娘はお前の娘なのだぞ? 」
--------- この子は生まれてきてはいけないの。 だから、だから私の代わりにするのよ。
「 此処まで愛されていないとは…哀れな娘よ。 」
拡散する大理石の柱の下。
血の滴る美しい顔を覗かせた桔梗は、"誰か"を愛しげに見詰め、そうして残酷過ぎる言葉を吐いた。
の母親とは思えない程、容姿の全てに幼さの残る桔梗が、やがて訪れる死を前に無邪気に笑っていた。
小さな桜貝のような爪をつけた指が、唇を撫でる。触れられた唇は、その途端目に痛い程に鮮やかな
鮮血に彩られた。翻す掌は、滴るほどの赤い血液にまみれて、其れでも"誰か"を乞う様に空へとゆっくりと伸ばされて。
「 初めて必要とされたか、どうだ、生まれて初めて母親に求められる気分は?
初めて必要とされたのが其の命とは…ヒトとは何処まで強欲で自己中心的な生き物なのだろうな。 」
吐き棄てるような物言い。
は小さな掌で必死に耳を覆った。これ以上聞きたくない、これ以上何も見たくない。
だが、現実は幼い少女の小さな願いすらも叶えてはくれなかった。
の柔らかな頬に、幾筋もの涙の跡が付き、紫水晶の瞳からは絶え間無く真珠の様な涙が零れ落ちていた。
理由無く流れるような涙に、幼かったは敢えて理由を付けなかった。
疎まれていた事も、蔑まれていたことも、生まれ出でてはいけないことも知っていた。
だが、ここまで。命を差し出せと言われるまで、生きている価値が無い存在にまで為っていたなんて。
幼いの心は、既に母親への憎悪だけで作り上げられ、今此処に立っていると考えても不思議は無かった。
「 私が生きているのは母のため、私が母の代わりに母の魂になって、私の命が母のものになる。 」
ヴォルデモートがに施した最高にして最悪の魔法、母親が実の娘に願った思い。
其れはの命と桔梗の命を入れ替えること。神に背く背徳的行為だと知りながら、桔梗は其れを欲し、そして死の淵から蘇った。
ヴォルデモートだけを愛し、ヴォルデモートの傍に居る事だけをこの世の幸とする、唯独りの女となって。
は不死となる。
どんな傷も癒え、病で死ぬこともなく、時間に朽ちていく事も無い。
桔梗の魂だけで生きて行くは、生きているとはとても言えぬ存在に成り果てた。桔梗が死を迎える其の時まで、決して逃れることの出来ぬ呪縛に身体ばかり
か魂を蝕まれ、其の一生を桔梗の為だけに捧げる。
だが、其れでもは良かった。
実際、ヴォルデモートに杖を向けられた際、が拒む事は無かった。
其れは最初で最後、が母-----桔梗に必要とされ、存在を認められてる事実だったのだから。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/25