last scene

day-34 :過去の逆説
暗闇の中、しん、と降る月の光りが、景色から色彩を奪っていった。
煌々と照らし出す月光は山に落ちる影を色濃くし、其の闇夜は視界を阻まないにも関わらず、酷く暗い印象を見るものに与えていた。
スネイプとが居た筈の、スネイプの自室の床を其の侭に、周囲の全ての壁が消失し周りには停止した闇が無限の広がりを見せ、延々と広がっていた。
ヴォルデモートと同じフィールドに立たされている。そう実感したのは、周囲の壁が暗闇に変化したからではない。
ピリリと張り詰めた空気が動きを止め、時が刻むことを忘れた様に静止したことを、本能的に悟ったから。
"全てを知る者と、全てを知らぬ者、断片的に知る者、一番辛いのは誰だと思う?"
ニヒルな笑みを浮かべながら、紅蓮の瞳が揺らいだ。
止めろ、それ以上モノを吐くな。そう吐き棄てたいが、喉が潰れてしまった様にスネイプは声を発せずに居た。
ヴォルデモートの標的はに在る。を中心に物事が進んでいき、其れは周囲からの干渉を赦さないヴォルデモートが轍を轢いて無理矢理乗せている様な感
覚。
ヴォルデモートはに全てを想い出させたいのだろう、ダンブルドアが悲嘆した、幼い頃の記憶と赦し難い其の行為を。
「 …貴方は、誰だと思いますか? 」
"私はお前が一番可哀相だと思うが? 母親の愛を受ける事無く、寧ろ捨て駒にされた愛しい我が娘よ "
--------------- 捨て駒、愛しい我が娘、母の愛。
ヴォルデモートの言葉がの脳裏に鐘の様に響き渡って、絶え間無い木霊となって永遠に思える長い時間其処に在り続けた。
瞬間、の脳裏に幼かった頃の記憶が鮮明に蘇って来た。忘れ去っていた記憶を引き出されたのだろうか、其れとも元々持っていた記憶だっただろうか。
の脳裏に浮かぶ記憶が、どの経緯を持ってして現れたものなのかは、最早如何でも良かった。
唯、が脳裏に記憶を侍らせたと同時、暗闇に包まれていた世界が一瞬で色を取り戻した世界へと変わる。
が思い出した記憶を辿っているのだ、とスネイプが悟ったのは、純白のウェディングドレスを着たの母------桔
梗が其処に映し出されたから。
【厭よ、私はこの子を生みたくは無い、私はあんなヒトの元になんて嫁ぎたくない!】
"愛しい我が桔梗…あの忌まわしき男の元へお前を渡すわけ等無いだろう"
【でも…でも、お腹の子は間違い無くあの男の子どもッ!殺してやりたい、今直ぐ殺してやりたい!】
"必ず迎えに行く、だから其れまで待っていろ、必ずだ…"
眼の前に映し出されたのは、桔梗と消え逝くヴォルデモート。
清廉とした教会で祝福の鐘の音が響き渡り、純白のドレスを身に纏った桔梗が、闇灰色のタキシードを着たRevalue王国の皇子と連れ立って誓いの口付け
を交わす。
Revalue王国の中庭で王族に見守られながら淡々と伝統に記した婚姻を行い、終始作り笑顔を浮かべて居た桔梗、其の脳裏にも胸中にも思い描く人物は
唯独りしか居なかった。
Revalue王国皇子が愛したのは、魔法界でも一・二を争う東洋の上流貴族の一人娘。街で一目惚れして、権力にモノを言わせ、家と血筋を盾に無理矢理婚
姻させられた。在り来たりな話だ。
契りを交わすしかない、例え桔梗が愛した人物が皇子ではない他の男で在ったとしても。桔梗の膨らみかけたお腹の中には、無理矢理に作られた皇子の第一子が
静かに息衝いているのだから。
殺して遣りたかった。望まれない子だった。生まれてきてはいけない子どもだった。
この子が居なければ、この命が無ければ、私は自由になれた。皇子の元なんかに嫁ぐことも無く、愛しいあの人の妻に為れた。
この子が居なければ、この忌まわしい存在が無ければ、私は幸せに為れたのに…!!
Revalue王国皇帝に生まれた子どもが女の子だと判った瞬間、街と城内は歓喜に満ち溢れたが、桔梗は独り落胆し、そうして壊れた。
生まれた子どもが男子なら、後継者として迎え入れられ、用済みの桔梗は解放される筈だった。
しかし生れ落ちた子どもが女子だと云う時点で、桔梗の未来は確定し、其の残酷過ぎる現実は脆い精神を崩壊させた。
「 ねぇ、お母様は? 私のお母様は何処に居るの? 」
「 、お前の母はあそこで花に囲まれている。 見えるか? あれがお前の母だ。 」
漸く独りで歩き出せるように為った年齢まで成長したが、皇女の正装である装束を身に纏い、父親に抱かれて王城を歩いていた時のこと。
生まれて物心付く今でも、の知る人間は片手に足りる程しか居なかった。優しかった父、の世話をしてくれている乳母、が実姉の様に慕っていた従妹
の姉。
の知っている人間の中に、本来知っているべき筈の母親と言う存在は含まれて居なかった。一番身近に居るべき筈の当たり前の人間の欠落に違和感を感じ始
めたのは、幼心に居ないと思い続けていた母親の存在を少しずつ人伝いに聞いていたから。
「 あれが、の…お母様? 」
「 あぁ、そして、私の妻だ。 」
抱き上げられ、鉄格子の嵌め込まれた窓枠から覗き込んだ外には、が見た事も無い多数の花に囲まれるようにして腰を落としている優しそうな面影の女性。
何処を見ているのか焦点の定まらない瞳で、イロトリドリの花を手折っては自分の周囲に花壇を作り上げる様に散らしていった。
暫くが眺めていると、視線に気付いたのか、花を手折っていた桔梗が白い花から此方に視線を変えた。
細い指に絡める様にして緑の茎を拉げ、柔らかな色合いの白百合の様な優しげな印象と、に似た紫紺の瞳が其処に在った。
だが、其の瞳が幼いを映しこんだ其の瞬間。
修羅を宿した様な残忍なものに変わり、桔梗のものと思われる拡散した悲鳴が響き渡った。
--------------- いやぁぁぁぁっっ、あの子を見せないで、私にあの子を近付けないでぇぇっ!!
耳を劈く悲鳴が、柔らかな木漏れ日に映し出された大広間に似つかわしく響き渡り、折れた周囲の花を散らしながら顔を掌で覆って首を左右に振り続ける。
慌てて駆けて来た女中に身体を押さえ付けられながら、其れでも尖った眼差しをに浴びせ続け、そして突然哄笑した。
立て続けの恐ろしい狂騒に一瞬身を竦ませたは、抱き抱えてくれている父親の外套を小さな指で握り締め、大声で泣き叫んだ。
其れからは6歳に為るまで、城から出てはいけない、と父親にキツク言われ続け、何の疑問も持たぬまま城内で暮らしていた。
あの日母に初めて逢った事等、きれいに忘れ去った様に、が母親の面影を思い出すことも無く。
「 …鍵が、開いてる? 」
普段は何重にも魔法の錠が落とされている門が僅かに開いているのを見つけたは、童心の興味本位で門の片方を押した。
ギィと古びた軋む音を立てて開いた門に、何処かワクワクしながら、ドレスの裾を汚さない様に少し捲り上げて草木に覆われた道を進んでいった。
幼い頃に読んだ冒険物語の冒頭の様な薄暗い道を抜け、太陽の柔らかい陽を浴びた時にはすっかり視界が開けていて、幼い子どもの眼が大きく見開くような光景
が其処に在った。
無数のイロトリドリの花が咲き誇り、また、咲き誇ったばかりの花が無残にも手折られ散っている情景は、壊れた小さな万華鏡を覗いている様だった。
「 あれ、此処、何処かで見たこと… 」
この情景、何処かで見た事がある、でも一体何処で…
そう思いながら芝生の上を覚束無い足取りで歩いていけば、広大な庭の中心部分にいっそう咲き誇る花々を見つける。
嬉しくなって小走りに駆けて行って、目的の場所まで辿り着いた先で、無数の花に囲まれて横たわる独りの女性が居た。
昔、寓話で読んだ事のある、毒林檎を食べて永遠の眠りに付いた白雪姫を髣髴とさせる美しい女性。
綺麗…誰だろう、このお姉さん…
そう思って小さな可愛らしい顔が端麗な顔を覗き込んだ瞬間、閉じられていた筈の両の瞼がカッと見開いて細い指が幼いの小さな首を締め上げた。
「 ……ッ 」
声を出す暇もなかった。
加減を加える事無くストレートに痛みを憶える程に、容赦なく締め上げてくる指の強さ。
芝生を背に敷いている女性がを引き摺り込む様に下方へと引いて、耳元すぐ傍に、桃色の口唇。
息がかかるくらいの距離で囁く言葉。
「 殺してあげる 」
恐ろしい程の激しさ。容赦ない力、女性とはいえ、全てが大人のものであり、小さな手で必死に首の呪縛を解こうとしても余計に首が絞まるだけで叶わないと思
わせられる。
ギリギリと締め上げる指の力は弱まるどころか、徐々に強まり、身体に水素が行き渡らなくなって行く感覚を幼いは薄れ逝く意識の先で感じていた。
殺される、本当にこの人に殺される。本能的に怯えが湧いた。
「 消えてしまえば良い、お前は要らない子なんだから、、 」
壊れた機械の様な声がの鼓膜を振わせる。
遠退く意識の果てで、悲痛な乳母の声をは聞いた。
顔を青白くしたの乳母が瞳に涙を溜めながら必死にの首に絡まる細い指を引き剥がし、力が弱まった瞬間に身体毎抱き上げてキツク抱きしめ、声を震わ
せて赦しを乞うた。
「 要らない子、必要の無い子、誰にも愛してもらえない子 」
楽しそうな声で、笑顔を浮かべて、愛しい子どもを見詰めるように桔梗はにそう言った。
は乳母に抱締められながら、耳元で嗚咽交じりでごめんなさい、を繰り返す乳母の言葉を聞きながら、身が震えているのを感じた。
だが、にっこりと本当に邪気の無い笑みを浮かべる桔梗がに浴びせる人道外れた言葉に、幼い可愛らしいの顔が変化する。
少しずつ眉がつりあがり、凄まじい怒りを身の内に内包して、に向って微笑む母親を静かに見下ろしていた。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/23