last scene

day-33 :堕ちた色彩、望まざる再会
桜色の頬を青白く腫れさせた少女を見ながら、スネイプは無言の侭、茜色に染まる魔法鍋を
只管に掻き混ぜていた。
ドラコの放った、感情を逆撫でする安い挑発に、言葉と其の行為。
憤慨を感じたのはハリー達だけでは無かった。自室に戻って居ながらも、随分と前から会話を耳にしていたスネイプは、額に汗を掻き、唇が若干震えるのを堪え
ていた。
胸の中で爆発しそうな感情に圧迫され、息が止まりそうになった。胸の奥から、凄まじい密度の衝撃が塊になって競り上がり。
全身の血液が脈動した。莫迦な生徒に憤慨する感覚とは違う。怒りと憎悪が噴出して胸を焼いた。
抑え等、効かなかった。気が付けば、乱暴に自室のドアを蹴り破らん勢いで、特訓見合いの喧嘩をしている舞台である魔法薬学研究室に声を挙げていた。
我ながら、大人気ない事を。そう思ったのは、のか細い腕を掴み挙げた時なのだから、既に後には引けない状態に叩き込まれていた。
「 申し訳有りません、教授。 」
「 …マダム ポンフリーの代わりをする事が、かね。 其れとも、騒動を引き起こしたことかね。 」
「 …両方、だと思います。 」
「 お前が項垂れる事は無い、反省しているならばもう二度と捨て身覚悟で間に等割り入らん事だな。
男の力を甘く見るな、口を切るどころでは済まされない事態に為ってからでは遅い。 」
「 …………申し訳、有りませんでした。 」
消え入る様な声を発して、は小さな頭を垂れた。其の小さな胸中を後悔の念が競りあがっているのだろうか。
匙を握り魔法鍋を掻き混ぜながら後方を見れば、足りぬ背丈の所為か、腰を落とした椅子から落とした両足をプラプラと前後に揺らしている姿が見える。
頼り無い細い腕、男が本気で殴り掛かれば折れてしまいそうな柔な身体、小枝の様に脆い存在。
護るに値しない存在、何故、我輩が此処までせねば為らぬのか。たかが、一介の、女生徒に。厄介毎を背負えるだけ背負い込んだ面倒極まりない生徒を、如何し
て。
思えば思うほど、考えれば考えるほど、けして狭くは無い筈の脳内はの事でいっぱいになり、膨れ上がってはちきれそうになる。
「 …此れを飲みなさい。 直に腫れが引く。 」
の事を脳内から追い出す様に魔法鍋から液体をゴブレットに詰め込む。
そうして、出来上がったばかりの茜色に色付いた液体が半分程度入ったゴブレットを差し出すと、は丁寧に小さな頭を下げて受け取る。
魔法鍋で薬草を煮詰めたのだから熱い筈だと、恐る恐るゴブレットに手を触れ、途端に伝わる冷感に愕いた様に大きな瞳を見開いて。
飲む事を躊躇うかと思いきや、潔く一気に細い喉奥に液体を流し込むと、空になったゴブレットを机の上に置く。
此れで直に腫れも引くことだろう。安堵に似た溜息が自然に零れるのを感じた。
しかし、幾ら咄嗟の事とは言え、小柄なを床に叩き落す様な力を籠めた拳で殴り掛かる等、赦せ無き事。
何点か減点してくれようか。我が統治するスリザリンの生徒とは言え、寛大な処置が出来るような事態ではない。
如何してくれようかと、腕を組み壁に凭れかかりながら一人思案していれば、が言葉を掛けて来た。
「 あの、スネイプ教授…一つ、お聞きしても構いませんか? 」
「 なにかね。 」
「 ホグワーツには多数のゴーストが居る事はダンブルドア校長から聞いておりますし、この眼で見ても居ます。
ホグワーツに…人型のゴーストは居るのですか? 」
「 de Mimsy-Porpington, Nicholas ,SirやDelaney- Podmore, Patrick ,
Sirのことかね? 」
「 いえ…もっとこう、本当に普通に生活している人がゴーストみたいに宙に浮いているんです。
私の眼の錯覚かとも思ったのですが、スネイプ教授に寮まで送って頂いた日も、つい先程も…
窓奥に立って空中に浮きながら此方を見ているような気がするんです。 」
「 人の様な物体が宙に浮いている、だと? 」
怪訝な表情を零すスネイプに言葉を述べるの瞳は、真剣そのもの。
嘘を吐いているとか、無言が支配する空気に居た堪れなくなって、其の場凌ぎの会話を紡いでいるとか、そう言った部類の物ではない。
一体何を見たというのだろうか。そう思って言葉を促す様に問うて遣れば、耳を疑いたくなる様な答が返って来る。
「 はい…暗闇に、浮かんでいるのを見たんです。 夜色のローブを纏った紅い瞳の男のヒトを… 」
途端、地震も起きていないと言うに、ゴブレットが机の上から滑り落ち------------乾いた音を立てて、床へと落
ち、砕け散った。
「 ! 」
そして其の瞬間、二人の意思を合わせたかのように、ゆっくりと外の景色を映し出す窓に視線を送り、そうして其れを見た瞬間、世界が凍った。
眼の前が真っ暗になり、全ての音が完全に消え失せ、スネイプの自室が世界から切り離された空間に移動した様な不可解な空気に包まれる。
窓の奥。黒い水面の様に広がる空に、夜色のローブを纏った"誰か"が確かに、そして静かに立ち尽くして居た。
二人が其の存在に気付いた瞬間、"誰か"が、其の顔を上げた。
歪んだ世界を愛しているかのように柔らかな微笑みを其の青白い顔に浮かべ、紅蓮の瞳を真っ直ぐに此方に向ける男の姿。
「 …ッ 」
言葉を、名を、発しそうになって、スネイプは息を殺した。
長年、忘却し、けれど忘却し切れなかった存在を目の当たりにして、思わずキリリと古傷が痛み出す左腕を押さえ込んだ。
ローブに隠された腕、其の下に残る黒い痣に似た刻印。過去を思い知らされる、墨色の痣。
だが、無意識にスネイプは悟る。"誰か"の目標は裏切った我輩ではない、小刻みに震えている、小さなスリザリンの生徒である、と。
そう理解出来れば、何をすべきかは、考えるよりも身体が先に動いて教えてくれた。庇う様にの前に躍り出て、敵う訳は無いと知りながらも、懐から杖を取
り出し切っ先を向ける。
刃向かう相手が誰か、という問題ではない。護るべき相手が誰か、ただ其れだけがスネイプの行動を制していた。
「 …誰…? 」
後の少女は鈴の様な声で、"誰か"にそう問うた。少なからず、目的は自分であるのだと、そう悟ったのだろう。
ヒトの防衛本能、いざと為れば本来の百倍の力が生まれるなんて、本当にあると信じる方が莫迦だと思っている。
そんなモノがこの世に有ること等、有り得ないと遥か昔に思い知らされた。
取り敢えず持っていればいいのは根性だけだ。光りの射さない部屋に何年も閉じ込められることも、言葉を交わさぬ幽鬼と共に在ることも、其の幽鬼と共に居続
けなければならないことも。
すべて受け入れて慣れてしまえるだけの図太い精神がものを云う。
その信念を叩きこまれたのは、随分昔、幼かったあの頃だったか。
だからこそ、は眼の前の"誰か"を恐れる事は無かった。
其の勇ましい態度を気に入ったのか、目の前の"誰か"が、音も無く笑った。
"大きくなったな"
其れは言葉に為らない言葉。心の中に冷たく鈍く響き渡る言葉。けれど、眼前の相手が発した言葉だと言う事だけは理解できた。
「おおきくなった」、其れは如何云う意味だろうか。
考え込む様に止めていた思考を再開させたが、更に強気で言葉を吐く。
「 …だれ? 私を…知っているの? 」
の問いに、"誰か"は面白そうに顔を歪めて此方を伺っているだけだった。
其の態度には段々と苛立った表情を隠しきれずに居たが、スネイプにしてみれば、"誰か"が何も云わない事を不幸中の幸いだと思っていた。
何故か、何故だかは判らないけれど、良からぬ事が起きるような気がして為らない。自分がこの"誰か"の名も存在も知っているからだろうか。
杖を握り締めた指先が、微かに震えているのが自身でも痛い程伝わる。此処で魔法を放っても、あの人に敵う訳は無い、判っていながら其れでも杖を背ける事は
赦されなかった。
に何の用事が或るのか、聞きたくて、だが聞きたくない感情が意識の底で渦を巻く。
"我が名はVoldmort…Load Voldmort"
「 ハリーの…ッ 」
良からぬ勘は当り易いと良く言われているが、当って欲しくない時に限って、勘は当るものだ。
から【紅い瞳】だと言われた瞬間に、腕の痣が疼き出した其の瞬間に、"誰か"の正体等掴みきれていた筈。
だが、正体が掴みきれたところで、我輩に何が出来るだろうか。
何か出来る事ならば、姿を認めた其の瞬間に既に行使しているだろう。何も出来ていないと言うことは、即ち、何も出来る事が無いと言うこと。
無力な己の実情を知るには画期的な機会かも知れぬが、確実に残酷な現実を実感するには足るものである。
"何の用事か、と言ったな、よ"
「 如何して私の名前… 」
如何やらヴォルデモートの本当の目的は、恐ろしい事にスネイプではなくである事が決定的となった。
ヴォルデモートにもスネイプの存在は見えているのだろうが、存在を認めては居ない様な態度を取り続ける。
最も、本当に邪魔ならば会話を始める前に排除するだろう、そう云うヴォルデモートしか見てこなかったスネイプにしてみれば、今此処に己が居るのは何が意図
が有るからだろう。
偶々居るのではない、今、ヴォルデモートに生かされているのだ。
そう考えれば考えるほど、想像付かない未来に恐怖を感じる。
嫌な予感ばかりが、先ほどから胸中を走ったが、表に出さぬよう努めた。隙をつくるな、そう言い聞かせながら。ざわめく気持ちを抑えこむ。
"一人娘の名を…私が知らぬとでも思うか?"
瞬間、世界が破裂した。
絶望していた。頭の中で懐かしい声が響く。目を瞑れば網膜に焼きついた紅い空の色が、切れ掛けた蛍光灯の様に断続的に光る。
広い庭の真ん中で、一人座り込んで華を手折っていた母。周囲に折れ花の花壇を作り上げていた母は、何時も誰かを愛しげに想い、柔らかな顔に憂いを乗せて。
時折、ヒステリックになりながら、父ではない誰かの名を叫んでいた、母。
其の様子は何処か忘れ去ろうとしている光景に似ていると思う。如何して忘れて居たのだろう、あの時母が恋しげに呼んでいた男の名。
思い起こしてみれば、彼が帰ってきた其の日に、父という呪縛から開放された其の日に母は姿を消した。
-------------- 助けて、私を迎えに来て、Voldmort……
眼の前で歪んだ笑みを見せる男を睨み上げ、怒りを堪える様に折り曲げられた指に感じる重みは、きっと触発されて浮かびあがる記憶だった。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/20