last scene

day-32 :其々の、想いV
乾いた音が魔法薬学研究室に響いた瞬間、其の場には当事者達以外、誰の生徒の姿も確認出
来なかった。
元来、忌み嫌う科目でもある魔法薬学。教授するはあのスリザリン寮監というだけあって、必要以上にこの部屋に居座り続ける生徒は存在しない。
あの怪訝な表情を拝むことも、機嫌を伺わなくては言葉を交わせないことも、減点の二文字に脅えることも無い。
講義が終了すれば、其れこそ磁石に反発する蹉跌の様に生徒は姿を晦ます。
其れが不幸中の幸い。
ドラコが少女であるを掌で殴ったと云う事実を、当事者達以外に知られる事は無かった。
此れがもしホグワーツ中に知れ渡り、況して魔法省に勤務するドラコの父君に露見でもしたら、、、
そう想像しただけで、ドラコの顔はみるみる蒼白に為っていった。
「 、大丈夫!? ちょっと貴方、何してるのよ!! 」
「 いいの、ハーマイオニー。 勝手に飛び出した私が悪いんだから。 」
可愛らしい瞳を尖らせ、キツクドラコを睨みあげるハーマイオニーを優しくは宥める。
確かにドラコに頬を張られた事は事実だが、其の事実を作り上げてしまった元凶はにある。其れは誰より本人が一番良く判っていた。
ドラコが殴ろうとしていた張本人は言うまでも無いハリーで、其のハリーはドラコに殴られることを受け入れる様に立ち尽くしたままで、其処に敢えてが其
の身を差し出したのだ。
誰がドラコを咎められよう。咎が有るのだとすれば、寸前で其の掌を止める術を持たなかった心中だろうか。
が手を貸すハーマイオニーの腕を借りて立ち上がろうとした、正に其の瞬間。
握り締めた拳を小刻みに震わせたハリーが、蒼白しているドラコの胸倉を掴み掛からん勢いで言葉を吐き棄てた。
「 謝れ…に謝れ!! 」
普段余り怒りを露わにしないハリーの、其の鳶色の瞳が笑って居なかった。
張り詰めた糸がプツリと音を立てて今にも切れ落ちそうな空気が周囲に立ち込め、横から言葉を掛けようとしたロンの行動をハリーは其の瞳だけで制した。
感情すらも読ませない波長を伴わない冷えた声で、ハリーはもう一度、ドラコに言う。謝れ、と。
鋭すぎるドラコの両眼を、其れ以上に研ぎ澄まされたハリーの瞳が喰らい付く。
冷えた汗が背を伝うのを、ドラコはまるで他人事の様に感じていた。脅えている、眼の前の、あの英雄気取りの弱虫ポッターに。
そう思えば思うほど、長い年月を掛けて培われてきたドラコの高すぎる自尊心とハリーよりも劣るという劣等感が胸中を支配し、其の気位の高さゆえに、堪え切
れない怒りが湧き上がる。
悔しさよりも本能的に怯えが湧いた。
其れが何より赦せ無き感情だと思い知るドラコは、乱暴に目元の髪をかき上げ、ハリーに怒りをぶちまけた。
「 ほらな、だからお前は弱虫なんだ。 お前がを庇いきれなかったんだろう? 」
「 なんだって…? 」
「 お前は守れなかった…お前は逃げたんだよ、ポッター!! 」
「 ………ッ 」
小さく言葉が聞えた気がした。空耳かと思う程の小さな小さな言葉。
誰の耳にも届く事は無かった、空気の波紋の様な音と共に、ハリーは其の顔に何時もの柔らかい微笑みを浮かべた。
其れは普段の周囲を安堵に包み込む陽だまりの様な笑みではなく、心の底から誰かを憎む余り怒ることすら出来なくなった、哀れみの対象物に対する歪んだ笑み
だった。
そうして無言の侭、慇懃無礼な態度を取り続けるドラコの胸倉を掴みあげる。
悲鳴をあげるハーマイオニーと、必死に止めようとするの声を綺麗に無視したハリーが、キツク握り締めた拳を振り上げようとする。
其の、刹那。
「 我輩が講義する教室でその様な行為は謹んで頂けるかね、Mr.Potter。
如何してもこの場で殴らねば気が済まぬというのであれば、此処に居る全員を退学処分にしても構わないが? 」
聞えた声に、何故かハーマイオニーとロンは安堵した。
少なからず、ハリーとドラコが互いの脳味噌と心理的感情を冷やす良い時間稼ぎ程度にはなってくれただろう。
沸点を優に越えた熱湯を冷ますには、通常の水では余り力に為らない。絶対零度の氷の中にぶち込みでもしない限りは。
この状況で、セブルス・スネイプと言う人物はハリーとドラコにとって打って付けの絶対零度な存在だった。
従わない訳には行かない。
少なからず、スネイプならば退学等平気で遣りかねないだろう。
自分たちだけなら未だしも、関係の無いハーマイオニーやロン、そしてを巻き込むわけには行かない、とハリーは握り締めたドラコのローブを無造作に離し
た。
「 皺になった、全く。 」
くしゃりとよれたローブの襟を見て、怪訝そうにドラコが眉根を寄せる。
ハリーは唯、火を噴くような視線でドラコを睨み付けるだけで、怒りに震えていた掌は仕舞われたまま。
其の様に漸く安堵の息を吐いたは、不意に上方から加えられた力によって無理矢理立たせられる。其れがスネイプに腕を捕まれ、引き上げられたのだと知っ
たのは、ハリーに負けない冷めた視線をスネイプから感じたから。
「 何時まで此処に居るつもりだね、さっさと寮に帰りたまえ。 帰り道、余計な騒ぎ等くれぐれも起こさぬよう… 」
ローブを翻し、スネイプは踵を返す。
ハーマイオニーとロンはハリーを、グラッブとゴイルはドラコを、其々寮に持ち帰るべく命を受けたのだと直感した。
勿論、此の侭魔法薬学研究室の外を出た瞬間に二人が特訓見合いに為って貰っては困る。
渋々扉を目指すハリーが、ドラコと共に寮へ戻るだろうに一言声を掛けようとする、だが。
「 其れから…ミス 、君は残りなさい。 」
「 え? あの…私何が教授のお気に触るような事を… 」
「 今日はマダム ポンフリーが所用で出掛けている。 傷薬程度なら直ぐに調合してやる。 」
「 あ、有難う御座います。 」
スネイプに言われて、改めて其の頬に指を添えれば、状態は酷いものだった。
頬の内側が完全に切れ、皮膚の割れ目から血がゆっくりと噴出しているのだろう。舌先で傷口をなぞれば、刀傷を指でなぞっている様な鮮明な感触が伝わった。
痕が残ってしまうだろうか。指先で触れた頬は腫れていて、鏡を見れば青ざめているのだろう。
女の子の顔に傷が付いたとか、そんな事をは気にしている訳ではない。
寧ろ、自分を見て切なそうに顔を歪めるドラコの表情を見ている方が何倍も辛かった。
其れならば最初からハリーを庇う様な真似をしなければ良かったのだろうが、こうなってしまったものは仕方ない。
「 ごめんね、ドラコ。 私は大丈夫だから、気にしないでね? 」
出来る限り笑って言えば、ドラコは奥歯を噛み締め、軋む音を立てた。
そうして無言のまま、かたわらに跪いてくる。愕いた様なの視界に映るのは地面に舞うように広がったローブの裾。
ドラコは、ハリーに対する先程の感情など嘘のような静けさで、漆黒の絹髪に、指先を伸ばして。
そうしてゆっくりと唇を髪の毛に落とした。
「 この身で、贖う。 生涯を、掛けて 」
全てが一瞬、止まった様な錯覚に包まれる。
冴えた響きと、鋭すぎる目元を、は見つめた侭逸らす事さえ叶わなくなっていた。
こんなにも近づかなければ判らない程の、蒼い色彩をしている、その両眼。真っ直ぐに射抜く様に見据えられ、は言葉を発する事を忘れた。
「 …早く、帰り給え。 」
スネイプの絶対零度の声に、皆の意識が覚醒した様に戻る。
ハーマイオニーとロンはこれ以上ハリーの感情を逆撫でさせては為らないとばかり、無理矢理に両腕を固定して引き摺る様に魔法薬学研究室を出て行く。
一方のドラコは、折っていた膝を元に戻すと、ドラコに指図等出来るわけも無く挙動不審に動くグラッブとゴイルに目配せをして、同じ様に部屋を出た。
無言の侭、着いて来いと促すスネイプの後を追う様にして、は魔法薬学研究室奥にある重苦しい扉の前に立つ。
其処は普段スネイプが生活している部屋だということは、直ぐに理解出来た。
しかし、安易に其の部屋に立ち入ってしまって良いものなのだろうかと思案している内、中から苛立った様なスネイプの声が聞え、は意を決して古びた取っ
手を手前に引いた。
ギィと古めかしい音階を奏でて再び開いた扉の奥は、意外な程に簡素な造りの部屋が在った。
必要最低限のものしか揃えていない生活観の無い部屋には、ぽつりと一脚の椅子が置かれ、其処に座るように促される。
今は一体何時なのだろうか。
スネイプが忙しなく魔法鍋に薬草を突っ込む様を見ながら、はふと思う。
もう随分と長い時間、魔法薬学研究室に居た気がする、と確かめるようにして見上げた月は細い。
新月までもう少し。
猫の爪、猫の目にもにている細さが藍色と銀色の混色に引っかかっている。
( …え? )
何処までも広がる闇夜の中。
遠く離れた場所に、ぽつんと黒衣の男が立っているのが見えた。
夜色のローブは輪郭が背後の暗闇に溶け、殆ど判別できない。唯、紅蓮の様に紅い瞳が暗闇の中に際立って浮かび、三日月形に嘲った口が、世界の全てを嘲笑う
様にぽっかりと空いている。
( あれは、ヒト…? )
そう思い、眼を凝らしてもう一度外を見れば、其処には既に何も無い無限の暗闇が、唯静寂と共に広がっているだけだった。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/18