last scene




day-30 :其々の、想い




ダンっと鈍い音を立てて開いたドアは、周囲にハリーの憤慨を其の侭伝えた。
普段余り軋む事の無いドアが悲鳴をあげ、談話室の机を囲んでいた数名の生徒が、怒気を放つハリーに倦厭するようにそれぞれの自室へと散った。

大広間を出る時にはしっかりとロンの腕に掴まれていたハリーの腕は既に自由に為っていて、ここまでハリーが怒るのは珍しいと、一人ロンは愕く。
其処まで、あの少女が大切なのだろうか。
勿論、ハリーとドラコの仲が犬猿以上に仲が宜しくない事は百も承知している。其れは今まで三年以上掛けてハリーと培ってきた共有時間の結果だ。
しかし、此処までハリーがドラコに食って掛かるのも珍しい。自身のことや友達の事に関する事なら未だしも、相手はあの一週間足らずの転校生。
其処まで他者を引き込むのは彼女の魅力か、其れとも魔力か。


「 …で? 如何云うこと? 」


きっと土産なんて物は嘘なんだろう?
そう顔に貼り付けたハリーがどっかりと床に腰を落とすと、ロンも漸くハリーを此処に連れて来た本当の目的を思い出した。
ハッキリとハリーに問うてみるまでは判るまい。何時もの節介であの転校生に絡んでいるだけかもしれない。
惚れているのかどうかなんて、聞いて見なければ判らない。
大きく息を一つ吸い込んで、ゆっくりと吐き出してから、ロンは静かにハリーに問うた。


「 ねぇ、ハリー。 如何してに其処まで関わろうとするのさ? 」
「 如何してって、友達だから 」
「 友達? ハリー、君は本当にの事を"友達"だと思っている? 」
「 君は何が言いたいの、ロン。 僕はを友達だと思ってる。 其れの何が悪いって言うんだ! 」
「 悪いなんて一言も言ってないよ、ハリー。 君はを…出逢って未だ一週間のを友達だって言うんだろう? 」
「 だからそうだって言ってるじゃないか! 」


此れではまるで、先程のドラコとハリーの論争と少しも変わらない。ただ、ハリーの相手がドラコではなくロンへと摩り替わっただけ。
其れを重々承知していて、ロンは口火を切った。ハリーが真っ向から反論するような、無意識に己の本心を吐き出しそうな内容を。


「 じゃあ別に問題は無いよ、うん、大丈夫。 」
「 …大丈夫って、何が? 」
「 君は気付いていないようだけど…マルフォイのヤツはを"友達"として見ている訳じゃない。
 君がを"友達"として見ている以上、何の問題も無いって訳。 」

を友達として見ていない? じゃあ如何見てるって言う… 」
「 恋愛対象、だよ、ハリー。 気付かないのか? マルフォイはを好いている。 だから君が邪魔なんだ。 」


軽く眼を見開き、ハリーは驚きの表情。これは多分演技ではない。
ロンは一体何を言っているんだ、そう言わんばかりのハリーは頭の中で色々と試行錯誤を始めたのだろう。
たっぷり30秒は黙った後、ハリーはロンに笑顔を向けながら、こんなことを言った。


「 何言ってるの、ロン。 そんなこと、ある訳ないよ。 」
「 如何して? マルフォイのに対する態度を見れば、誰でも気付くけど。 」
「 もし…もし仮にマルフォイがを好きでも、はきっとマルフォイなんか好きにならない。 」
「 何でそんなことが君に判るの? 」
「 相手はあのマルフォイだよ? 有り得ない、有り得る筈が無い。 」
「 君の中では有り得なくとも、の中では有り得るかも知れない。 はスリザリンだから。 」

「 だから何だって言うんだ! スリザリンだからスリザリンのマルフォイを好きになるって言うの!?
 僕は認めない、がマルフォイを好きだなんて、認めない!! 」
「 君が認めるか認めないかなんて、何の関係があるのさ? 」
「 関係なんて無い! でも…嫌なんだ、マルフォイとが…そう考えることすら嫌なんだよ! 」


瞬間、ロンが笑った。


「 君はが好きなんだろう? 自覚してみても、いいんじゃない? 」

「 僕が、を…好き? 」


ロンの言葉がぐるぐると螺旋を巻いてハリーの脳内を支配した。
グリフィンドールの談話室に響いていたハリーの声が聞こえなくなると、外の硬質な床に靴音が硬く高く響く音が聞こえる。
単調な音が壁に反射し、拡散して、やがて静けさが落ちる。
音のしなくなった談話室は暗黙の侭睨み合う様なロンとハリーを残して、水を打った様な静寂に包まれた。

押し殺した呼吸の隙間、抑揚に欠けた声にも躊躇うそぶりはなく、静かにロンの口が開かれる。


「 マルフォイが大広間で言ったのはそう云う意味だったんだ。  」


それ以上、掛ける言葉を見付けられないように、ロンはそれきり口を噤んだ。
一方のハリーは、未だに己の中の感情と格闘を繰り返していた。ドラコの言葉、ロンの言葉、そして自分の口から出た言葉。
今までは確かに、出会った時は確かにに対して友情を持っていた。其れは間違い無い事実。
では、今は?今はに対して如何云う感情を抱いている?に対する想いなんて、あの日から変わらないと思っていた、運命に逆らってでも護り抜こうと決 めた、あの夜から。

そこで、はっと気がついた。
あの夜。ハリーがを護ろうと決めたあの夜。其れはと共に【閲覧禁止の棚】に入り込んで、納言草の事実を知ったとき。
が如何絡むのであれ、賢者の石となれば必然的に忘れもしないヴォルデモートの影が揺らぐ。
相手にするのが例えヴォルデモートであったとしても、それでもを護るとハリーは確かに誓った。
そうして、心の中で誓った。絶対の想いを誓うような言葉を。
心の中で口にしながら、ハリーは微笑んでさえいたかもしれない。

そして、全てが脳内でフラッシュバックする。
に出逢った日のことを。と初めて話をした日のことを。と【閲覧禁止の棚】に入った事を。

そこで、柔らかい柑橘の香りに包まれたことを。
絶対零度を保つ魔法を掛けられながら、氷徹した温度しか感じられない筈のから、泣きたくなる位の温もりを感じたことを。


「 僕は…誓ったんだ、あの日…図書館で、を護るって決めたんだ。  」


ハリーが正直な想いを述べると、ロンはいつも通りの笑顔を作って肩を竦める。
其れは彼なりのハリーに対する肯定だった。口には出すことさえないけれど、ハリーが自分自身でに対して恋愛感情を抱いていると思わせることには成功し た。
その結果、此れから如何なるのかは判らなかったけれど、一先ず此れでよかったのだと思う。
確かな確信は無いにしても、何か、何か良からぬことが起きてしまうのではないのかという不確かな未来への不安が胸を過る。

何か知らないところで、ロンやハリーやでさえ知らない何かが、此れからの未来を嘲笑っているかのような不安が。





「 またお前か…、今度は何の用件かね、ミス グレンジャー 」


けたたましくなる目覚まし時計の様な一定の和音を持って鳴った扉を面倒そうに開けば、其処にグリフィンドールの秀才少女が居た。
スネイプが微かに口を歪め、眉間に皺を寄せて明らかな不快の意を放っても、当の本人は引き下がるどころか食って掛る勢いで物を言う。


「 単刀直入にお尋ねします。 夕食時…何処にいらっしゃいましたか? 」
「 我輩が何処へ居ようと貴様には関係ない。 」


一体何なのだろうか。如何してこの娘は事在る毎にこうして足を運んでは一方的に物を言い放ち、必要となる情報を聞き出して帰っていくのか。
そもそも、この少女は少なからず我輩と不得意としていた筈だ、其れはこの三年の月日の中で形成されたことに変わりは無い。
だとすれば、如何してこうも毎回訪れてくるのか。我輩には遣らねば為らぬ事が、成さねばならぬ事がある。
早々に立ち去って貰いたいものだ。


と…共に居たのですか? 」


真っ直ぐに矢を射る様な眼差しで問われ、スネイプは自分の顔が引き攣るのを感じた。
心臓がつかまれたような感覚が胸に突き刺さり、一瞬、息が詰まる。
ぎっ、と唇の内側を、強く噛んだ。滲む血の味など感じないほどに。そうでもしなければ、理性とプライドが崩れそうになる。
だがしかし、想像以上に誇大なスネイプのプライドと理性は、ハーマイオニーの言葉への抗弁を行わないことを、許さなかった。


「 だとすれば、如何なのかね。 少なからず、貴様には関係あるまい。 」

「 何故…のホグズミード行きを許可されたのですか?
 スネイプ教授との間に…その、何かあったのではないかと思いまして。 」

「 …友達思いも結構な事だが、我輩は残念なことにそれ程暇ではない。
 ダンブルドア校長から直々に言われては断る訳にも行くまい。 其れだけだ、判ったかね。 」


其れだけ述べると、スネイプは右手に持った扉の柄を離し、魔法で施錠を行った。
再び扉を強く叩かれるのかと思いきや、それ以降何の音沙汰も無いために、スネイプは先ほどと同じように自室へと戻り、羊皮紙を広げた。
纏らない考えが渦を成す、何も意識してなかった瞳はただ流れる様に続くアルファベットを映しているだけ。
浮かんでは霧散し、再び渦へと戻る考えは、スネイプに軽い偏頭痛を引き起こす。

其処には呪いに似た言葉が書き記されていた。


-------------- この子は生まれてきてはいけないの。 だから、だから私の代わりにするのよ。


溜息が出そうになるほどの寂寞が、胸に空いた。
唯其れだけの為に己が娘を犠牲にした母親の面影は、もう思い出せない。
精錬で繊細で、野馳に咲いた一輪の白百合の様に可憐だったの母親は、心ごと悪魔に魂を売り渡したに等しい。

幾つもの凄まじい思考と感情が螺旋を描いてスネイプを支配し、厭がおうにも其の事実を突き付けんと鎮座する羊皮紙。



「 セブルスよ、時には知らぬ方が良いと黙される事もあるじゃ…全てを知ってからでは人は後戻りは出来ぬ。 」


ダンブルドアの言葉の意味を理解したスネイプは、軽く項垂れて無造作に髪をぐしゃぐしゃとかき上げ、そして苦く笑った。
改めて読み直したの経歴は、理解することを不必要とし、理解すれば後戻りは赦されなかった。
残酷すぎる現実が、唯の歴史を連ねる教科書の一文の様に、其処に延々と書き記されていた。














































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/13