last scene

day-27 :熔解する心と、容喙するココロ
「
…我輩が口を出す事では無いのだと承知してはいるが…我輩には如何しても納得が行かぬのだよ。 」
「 納得、ですか? 」
「 がお前を棄てたのだとしても、お前を何かの身代りとでも言うような扱いをしたにしても、
そんな事が…そんな事が赦されて良いのかね。 」
スネイプの怒りの矛先は、俯き掛けたにではなく、がアズカバンに似た牢獄で暮らさなくては為らなくなった事実其のものにあった。
怪訝そうな表情を寄越しながら吐き棄てたスネイプの言葉に、は脳裏に、再び数週間前まで極当たり前だと思っていた、【生きる世界】について思い出す。
其処は黒しかない世界。
陽の光りさえ届くことを知らず、漆黒の暗闇に常時たゆたう様な色彩の乏しき世界、其処にの住まう城は在った。
だが、城と言っても名ばかりで、地位と名誉、名声と栄光に輝いた嘗ての王朝の姿は欠片も無い。
城全体が朽ち果ててしまった様にひっそりと静まり返り、人の話し声は聞こえる事は無く、耳に出来るのは空を舞う様に移動する幽鬼の劈く様な音だけ。
背も凍り付くような凍て付いた温度の中、常に朧月だけが城を包み込んで、の幽閉された、尖った屋根を持つ搭を際立たせていた。
初めて其の部屋に入ったのは、がもうじき7歳に為ろうかと云う年齢。
使いの者達に小さな手を引かれながら、王族の皇女ゆえ、決して外に出る事が叶わなかった幼いは、唯一行動範囲を赦された城の中から外に出られるのだ、
と幼心に胸を高揚
させた。
だが、現実はそんなに甘くは無かった。
の父であり、Revalue王国の長でも在った王が原因不明の病に伏して死期を迎えると、国の全てのモノはから取り上げられ、そして虐げられた。
国民も、豊な生活も、優しかった城の者達も、会話することが無かった母でさえも、Revalue王国にあるもの全てを取り上げられた。
其れを悟ったのは大分大人に為ってからで、全てを理解した時も、此れから如何すべきなのかを決断した時も、全てはあの日幽閉された搭で起こった。
空から水を直接零した様な激しい雨が降り、矢の様に冷たい雨粒が小さな身体を叩き付けている最中、まるで吸い込まれる様には搭の中に入れられた。
切なげに表情を歪めての小さな手を握り締め、最後には離してしまった乳母が扉を閉めれば、其処は灰色に沈む暗い部屋だけが在った。
は今でも忘れる事無く、記憶に鮮明に焼き付いている情景がある。
頭上は吹き抜け、見上げた遥か上は漆黒の闇に沈み、まるで底無し沼を覗いている様な錯覚に陥る。
静寂と暗闇を此れほどまでに恐ろしいと感じた事は、あの日以外、もう無いだろう。
「 赦されるとか赦されないとか…私が言えるようなものではないのだと思います。 」
「 自分が存在している其の意義は、母のためだと、一生そう戯言を抜かし続けていくのかね。 」
「 えぇ、多分…。 私が生きていられるのも母が居るからなのでしょう。
其れは変わらない事実。 またあの搭に戻れば、きっと今までの平穏な生活が戻ってくるでしょうから。 」
「 平穏…、お前は己に非が無いにも関わらず罪を贖う囚人の様な生活を、平穏だと? 」
微かに眉を寄せて問うスネイプ。
そうして視線を眼前のに向ければ、一瞬克ち合った視線の後、直ぐに眼を逸らして俯く。
普段生徒にその様な行動を起こされれば、侮辱に当るとして散々憤慨罵った後に減点を言い渡すスネイプも、今日は如何してか必要以上に【教授】の顔を見せる
ことは無かった。
「 私があそこで大人しくしていれば…傷付く人も迷惑を蒙る人も居ないんです。
ダンブルドア校長が私をあの搭から連れ出してくれた時、"期間限定"であっても嬉しかった。
外の世界を知らなかった私に、普通の生活を教えてくれたダンブルドア校長に言葉には出来ない位の
感謝をしています。
ハーマイオニーやハリー、ドラコにロンに出逢えて、本当に良かった。
でも…あの搭から出ちゃいけなかった。 外の世界なんて、求めちゃいけなかった。
求めたから…だから、私の所為で…、スネイプ教授に迷惑を掛けてしまいました。
魔法省にも足を運んで頂いて…本当にありがとうございました。 」
「 …我輩がお前を虐げて居たのは、己の境遇故…、
迷惑を蒙りたくは無いと我輩の自己防衛本能が働いた、とでも言いたいのかね? 」
「 えぇ、そう思っていますが…? 」
「 誠、莫迦莫迦しい。 何処までお人よしなのかね、お前は。 」
無感情無表情の侭話を聞き流そうと決め込んでいたスネイプが、呆れた様に言った。
己の中の膨大な理性と、其れ以上の意地で自己を縛り上げながら、スネイプは只管に暗い瞳でこの場所に居た。
眼の前で、己以外の人間の罪を其の命で贖おうとする哀れな少女を見て、芽生えた感情は想像だにしないもの。
「 大人しく俗世間から隔離された侭、お前は生き続ければ良かったのだ。
我輩の拒絶によって住処へ帰るのならば、其れが一番良いのだ、と。
悲しみしか知らない者は良い。其れを悲しみと捉えることは無いのだから。
だが、悲しみと孤独しか知らぬ者が、束の間であったとしても誰かの愛情を受ければどうなるかね?
悲しみを悲しみとして、孤独を孤独として、辛苦を辛苦として認識出来る様になった後の人間ほど脆いものはない。
何れは失ってしまうものならば、初めから与えない方が誰より其の人間のためだ。
ヒトと言うモノは、年齢を重ねるにつれ、得たものの代価を支払う様に…
孤独と寂しさに耐えられなくなるものなのだよ。 」
冷え切った魔法薬学研究室に冴える様に響くスネイプの声が、の心に突き刺さる。
叱責を受けるものだとばかり思っていた。しかし意外にもスネイプの口から零れたのは、予想だにしなかった言葉。
疎まれていたのは、己に科せられた皮肉な運命が巻き起こす面倒ごとの所為だと思い込んでいたにして見れば、スネイプの台詞を聞いた後の心境は、歩きな
がら
眠っていて、其の途中で眼を覚ました様な感覚に似ていた。
スネイプの言葉が直ぐには理解できず、暫し呆然とする。
次の瞬間。
スネイプは視界に映し出された光景に、息を飲む。
は、漸く蕾をつけた華が綻んだ様に笑みを零した。
其れは、ホグワーツに転校して以来、スネイプが初めて垣間見る極普通の女子生徒の微笑みだった。
「 優しいんですね、スネイプ教授は。 」
「 なっ…! 我輩は憐れんだのだ、判るかね、お前は事情を良く知りもしない人間から憐れみを受けたのだぞ? 」
「 憐れみでも構いません、スネイプ教授、ありがとうございました。 」
凛とした鈴の様な音色で礼を述べたは、丁寧にも小さな頭を一つ下げて寄越した。
さらりと空気を撫ぜる様に流れ落ちる漆黒の絹髪がゆっくりと小さな顔を覆う様に流れていくのを横目で見ながら、スネイプはふと昔を思い出した。
嘗て、心に仕舞った侭で居ようと誓った想いを。
一輪の白百合と謳われたスリザリンの君を、気にはかかるが、心に留めるだけにしておこうと。
人の心は量れない。本当の心を知るのは、正直怖かった。彼女と何かの繋がりを持ってしまうよりも、此の侭何も知らないでいる方が、ずっと楽なんだろうと。
唯其処に居て、誰からの干渉を受けることも無く常に一人で行動していたは、一匹狼に似た孤独感を漂わせながらも孤高な印象を周囲に与えた。
まるで誰の指図も受けない、澄み切った蒼い空に一つだけ浮かぶ、色を失った真昼の月の様に。
そんな彼女に生き写しの様なを見て、封印した筈の淡い恋心が記憶を辿って蘇る。心を取られてしまいそうな錯覚に駆られる程に。
だが、其れは決して重なる事無く。
眼の前の少女をこの様な境遇に陥れた彼女を赦す対象には置けないと言う感情の方が、恋情を勝り、そして眼の前の少女を出来れば護りたい、と。
の面影を持つ其の娘に、出来ることならば生涯逢いたくは無かった。
逢えば、最早腕を伸ばす事を戒める自分が消える事を、知っていたから。
関わりを持ちたくは無かった。
関われば、全てを敵に廻そうとも狂った運命の歯車を叩き壊そうとする事を、予知していたから。
思えば、納言草について調べさせたのが始まりかも知れぬ。
そして、其れにより終焉が来て仕舞う事も、同時に痛烈に悟った。
同時、夕食を告げる鐘の音が、シンデレラに12時を知らせる音の様にホグワーツに響いた。
静かな、柔らかな鐘の音に耳を澄ませて、は呟く様に言う。
「 お話が出来て嬉しかったです。 お時間を割いてしまって申し訳有りませんでした。 」
「 いや、構わない。 」
「 其れでは、次の魔法薬学の講義に。 失礼致しました。 」
は、スネイプの胸に焼き付いて放れぬあの日のの母親の様に、奇麗に微笑む。
まるで、何も汚い事など知らない子供のように。
小さな身体に流れるその血が、罪に染まっている事など偽りのように。
(これ以上、他に何も、望むものなんてない)
去り行く小さな背が暗黙の内にそう語っている気がして、遠ざかる姿を見詰めた侭、スネイプは自室へと戻って手近に在った椅子に腰を落とした。
無言の侭、扉から眼を逸らす様に左に投げれば、乱雑に引っくり返った屑入が見える。草臥れた羊皮紙に混じって、真新しい羊皮紙巻が、お門違いの様に其処に
在って。
異色を放つ真新しい羊皮紙。それはあの日、調べるだけ調べ上げた結果が纏った羊皮紙。
眉根を寄せたスネイプが面倒そうに立ち上がり、そうして、関わらないと誓った筈のに関する資料をもう一度見直した。
------------------ 関わるのか、これ以上関わって、一体自身に何の得がある?
哀れむように向けられた心の中の言葉に、溜息を殺して、スネイプは少しだけ苦く笑った。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/5