last scene

day-26 : 冷たい陽炎
「 …厭な空じゃのぉ、セブルス。 何か…良からぬ事が起きそうな気がして為らぬ。 」
「 あの娘が不幸を持って帰ってくる可能性は高い、と…そう仰りたいのですかな? 」
少し息詰まりするような人肌の暖かさに似た、指先に染みるようなちっぽけな寒さに似た、窓からさす間接的なやわらかい陽光がダンブルドアとスネイプを照ら
し出す。
ホグズミードに出掛けられる休日。もうじき暮れようかと言う頃合と有ってか、大きな紙袋を抱えた生徒達が楽しそうに談笑しながら此方へと遣ってくる。
スネイプとダンブルドアの脇を通り過ぎる生徒は皆笑顔を浮かべて小さく会釈し、スネイプがジロリと其の蛇の様な視線を向ければ、慌ててホグワーツ正門を
潜っていった。
「 空が啼いておる。 あの夜も、こんな風な空じゃった…最も、ワシはこの眼で見た訳では無いのじゃが。 」
「 我輩は…事の経緯すらも知りませんぞ。 最も、彼女の母親とは…同期ではありましたが。 」
「 セブルスよ、時には知らぬ方が良いと黙される事もあるじゃ…全てを知ってからでは人は後戻りは出来ぬ。 」
「 ダンブルドア校長…貴方は、 」
「 …全てを知ったから、ワシはあの娘をこの世界に連れて来たのじゃよ。
運命と言うものに、逆らう事が出来るのかは…判らんのじゃが。 」
スネイプの話そうとした意図を悟ったのか、言葉を遮る様に淡々と己の中で芽生えた感情と経緯を述べたダンブルドアの言葉に、一瞬詰った呼吸。
とダンブルドアが初めて逢ったと言う其の日の事を断片的に思い出したのか、揺るぎ無き硬き精神で作られている筈のダンブルドアが、一瞬、震えた。
瞬きをすれば逃していただろう其れを、スネイプは見逃さなかった、見逃せる筈がなかった。
競り上がって留めることが出来ぬ感情で歪んだ顔、其の中で唯一曇りもなく灰色を滲ませた空を見つめるその両眼。
其れは、正義を信じて疑うことなど知らない、あのダンブルドアの曇りの無さ過ぎる眼。
「 我輩が知っている彼女の母親は…否、知っていると言っても人伝いでは有りますが。
彼女はもう大分昔に亡くなった、と窺っていますが? 」
「 彼女は…死んでは居らぬ。 いや…心は生きているとは居えぬかもしれぬな。 」
「 其れは如何云う… 」
意味ですか。
そう問い尋ねようとして、視界に映り込んで来た小さな影に眼を細め、其の口を噤んだ。
「 母を…ご存知なのですか? 」
驚愕が支配した顔。小さな身体が動いた反動と、風の抵抗も手伝って、しゃなり、と彼女の美しい髪飾りが音を立てた。
華を押し付けた様な鮮やかな赤い唇を、柔らかい絹髪がそっと触れて隠す。
ホグズミードに行っていた筈の彼女はマグルらしい服装をしており、小さな手には見慣れぬこ洒落た紙袋を下げていた。
神が作った人形のように美しく映るは、真っ直ぐに此方を見て、何処か薄く笑んだように見える。
そうして、深く甘やかな声音で、彼女はゆっくりと述べる。
「 母は…生きているのですか…? 」
其の問い方から言って、如何やらは己の母親とは早くに離れて以来、連絡を取って居ないことが伺えた。
ホグワーツ正門付近で立ち止った侭、エントランスに居るスネイプとダンブルドアを見上げる様に見たの脇を、何も知らない生徒が通り過ぎて行く。
然して興味も無さそうにチラリとも見ない生徒も居れば、一体何を仕出かしたのか、と野次馬根性を視線に変えて見る者も居る。
しかしそんな視線には眼もくれずに、は唯二人を見据えた。
さて、ダンブルドアは如何答えたものか。面白そうに視線をダンブルドアに促せば、其の瞳が笑った様にスネイプには感じられた。
「 スネイプ教授とお前さんの母親は同期だそうな。 」
「 なっ…何を、校長… 」
「 其の頃の話でもしてもらいなさい。 ワシは所用が有るのでな、此処で失礼するぞい。 」
逃げたな。スネイプはそう確信する。
自慢の長い顎鬚を掌でゆっくりと撫でたダンブルドアはくるりと方向転換し、帰宅する生徒に混じってエントランスを抜けてホグワーツ校内に入っていく。
其れから、お互い何も口に出せぬ侭、暫く生徒の雑踏だけを聞いていた。
夕立が空を、地面を、覆い尽くす。暗雲が切れ間なく上空の隅々までも行き渡り、まるで治まる気配を見せない。
そろそろ雨でも降り出すだろうか。そう思ったと同時、ポツリポツリと雨粒が地面に小さく落ちて、やがて其の水分を土壌に飲まれた。
「 …雨が、降ってきてしまいましたね。 」
両者無言の侭に対峙し、何かの切っ掛けでも無ければ変わらぬだろうかと言う状況の中で、が重たい沈黙を破った。
空から大粒の水滴が数え切れない程落下してきて、其れが地面に当たり砕けて、バタバタと跳ね上がる。
何もかも押しつぶしてしまいそうな圧力が、目の前に押し寄せる。
この時期の雨は容赦が無い。降り始めは大人しかったものの、一度降ってしまえば滝の様に大粒の飛沫を上げて空から零れて来る雨に心底冷え、の頬が浅く
紅潮する。
身体中にくまなく浸透するかのような、その冷たさ。我慢比べをしている場合ではない、此れでは風邪を引いてしまう。
けれどは母親の事を聞きだすまでは一歩も引く気は無いのか、其の場を動こうとしなかった。
「 夕食の時間までだ、其れでも構わなければ付いて来なさい。 」
「 あ…有難う御座います…! 」
根負けした。今思えば如何して我輩がこの様な小娘に過去を語って遣らねば為らぬのか。寧ろ其の任はダンブルドアが適任だろうと、心の底からスネイプは愚痴
る。
けれど何時までもこうしている訳にもいかなかった。スネイプが言葉を投げなければ、は無言の侭其処に居続けただろう。
母親の事を聞くまでは一歩も引かぬと云う暗黙の強意識が空気を伝ってスネイプに伝わっていたからだ。
其れに気付いてしまったスネイプは、雨によって僅かばかり重量を増したローブを翻し、エントランス奥へと入って行く。
其の後を、小さなが付いていく。周りから見れば、あのスネイプ教授に強制連行される哀れなグリフィンドール生に映るのだろう。若干の同情の眼差しを其
の背に受けて。
「 我輩が知っている事はそう多くない、寧ろ、人伝いに聞いたものばかりだが? 」
「 構いません…私は母の記憶を驚くほど持っていないのです。 」
通された魔法薬学研究室は独特の薬草の香りに包まれ、何処か懐かしい様な感情をに与えた。
無機質な音を立てて燃え上がる暖炉の火は、冷え切ったの身体と地下室と言う独特の空間を暖め始める。
差し出されたティーカップからは白い湯気が登り、普段は教卓と対峙している机の一つに腰を落とせば、其の数席隣に同じ様にスネイプが腰を落ち着けた。
お互いにびいろの黒板を見詰めて会話を交わす光景は異様に思えた。
「 は…スリザリン生だった。 同期とは言え、口を利いたのは唯の一度きりでな…こんな破天荒な空の日だった。
偶然ホグワーツの裏庭で雨の中座り込む彼女を見付け、傍を通り過ぎようとした際に手にしていた羊皮紙が飛んで、
彼女は其れを拾って我輩に手渡した。
彼女と口を利いたのは其れきり、だ。 」
「 …そう…ですか。 」
「 だが、話しは此処で終わりではない。 其の日以来、はホグワーツから忽然と姿を消した。
何処へ行ったのか、其の行方は誰にも判らず、家に問質しても何の解答も得られなかった、と。
そうして風の噂で、彼女が誰かの許へと嫁いだと知り、同時に一人娘が生まれた事も知った。
其れが、お前だ。
だが不幸にも、其の娘が母親の愛情を受け取る事は無かった、と聞いている。 」
「 ……えぇ、間違い有りません。 私は、母に愛された記憶は持ち合わせて居ませんから。 」
「 は…己が身の可愛さ故に、実の娘を…自分の代わりに神に捧げたのだとも噂されている。
我輩が知っているのは、残念ながら其処までだ。 」
あの晩。
がホグワーツに転校してきた日、ダンブルドアに聞かされたと家の経緯の中から見出したの母親の愚かなる行為に憤慨した事を思い出した。
何を思ってして、自分の娘よりも自分の方が大切だと思うのか、スネイプには如何しても理解に欠けた。
愛情とか友情とか、ソンナモノに興味の無いスネイプで在れど、母親が子に示す愛情は少なからず一片でも有るのだろうとそう信じ続けていた。
「 …母に愛された事の無い私ですから、きっとこんな仕打ちを受けても尚、
母を心の底から憎めないのかもしれません。だから…逃げ出すこともしなかった。 」
何も考える必要などなかった。ただそうすることしかできなかった。たぶん、何度過去に戻れても、そうする私を
止めることなんて出来ないだろう。
母親を憎いと思えど、心の底から憎悪を滾らせられる訳でも無い。
母親の愛情を知らぬ哀れな少女は唯ただ、無心に其れを欲しがって乞うて居ただけなのだ、と。
「 ヒトに生きる意味があるのだとすれば…私は母の為に生きているのでしょうね。 」
の小さな指が、弓形に整えられた爪が、ギリと机に突き刺さって音を立てた。
横目に見れば、驚くほど強い力で、可哀相な程に震えていて。
大きな瞳にいっぱい涙を溜め、爪を立てることで全ての怒りを堪える様な彼女を見て、スネイプはその時ようやっと気付いた。
彼女は、無力なのだと。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/7/2