last scene

day-25 : 束の間の幸甚W
高貴な人がノクターン横丁へでも向うのだろうか。ホグズミードの街道を珍しく蹄を響かせ
て箱馬車が通り過ぎた。
箱馬車が通り過ぎた後には、蹄のお陰で乾いた土埃が引っ切り無しに舞い上がる。
漆黒塗りの箱馬車は左右に若干揺れながら、舗装されていない道を遥か彼方方面へ遠ざかっていく。
其れを眩しそうに眼を細めて見詰めるに、ドラコが呆れ交じりの溜息を吐いた。
「 全く、止めて欲しいね。 服が汚れる。 」
ドラコの眼前に未だ散り散りに舞う埃を鬱陶しそうに片手で払い除ける様に空を掃除すれば、また同じ様に何処からか砂塵は舞いこんで来る。
何度遣っても意味が無い事の様に思える空気の掃除をしながら隣を見れば、は埃等お構いなしな様子で、何かを懐かしむように遠くを見詰めた。
「 葡萄畑が在ったの。 懐かしい、こんな箱馬車が通るのを良く窓から見てた。 」
草木が生い茂る左右の煉瓦道を見ながらそう呟いたの脳内には、記憶の中のなだらかな葡萄畑が広がっているのだろうか。
吹き抜けの天井は総硝子張りで、太陽の眩しい光りが、遥か下に数十本と並ぶ白亜の大理石の柱にゆっくりと降り落ちてくる。
幼心に荘厳だと思った其の景色は、今も色褪せる事無く小さな胸に焼き付いて離れない。
天変地異だと騒がれた、時の大地震の時でさえ、皹一つ入る事は無かった柱は、Revalue国の人々にとって不動の平和安泰の象徴でもあった。
だからこそ、其の大理石の柱が一瞬で全て粉々に破壊された瞬間、全てが音を立ててゆっくりと崩壊へと繋がって行ったのだと悟った。
僅か6歳にも満たない幼なかったから全てを奪い、全てを破壊したあの日からもう何年経ったであろうか。
鋭利な刃物で抉り取られたかのような傷跡は決して癒える事無く、また同時、全てのモノに対し無条件で憎悪を感じ始めた時でもあった。
「 漸く着いた、目的地は此処だ。 」
虚ろな気持ちの侭、ハリーに郷里は何処かと聞かれてから久方振りに思い出した過去を思い返しながら、ドラコに掛けられた言葉に漸くは過去の世界から現
実へと戻ってきた。
促される様に足を踏み入れた其の場所は、八角形の筒型をした煉瓦造りの巨大な建物で、古めかしく如何にも格式ばった建物。
【紳士と淑女のための魔法装束】の時とはまた違った趣のある其の建物は、趣こそ違えど、中身はどちらも一流貴族の為のものだろうと言うことだけは変わらな
かった。
「 アクセサリーを渡そうと思う。 それで… 」
「 うーん…ドラコの渡したい相手はどんな人なの?
イメージとか色とか…何でも良いんだけど印象がつかめる物が欲しいな。 」
------------- 一輪の、白百合。
「 えっ…? 」
「 あ、…印象が白百合みたいなんだ、だから… 」
「 そうなんだ、ゴメン、昔同じ様に言われてた人を知ってて…うん、判った、じゃあ色々見てみようか! 」
ドラコが零した言葉にの脳裏に記憶がフラッシュバックする。
綺麗に切り揃えられた大庭園の芝生の上に、柔らかな絹をふんだんにあしらったドレスに身を包んだ女性は、傍らに咲く華を手折っては自分の周りに鏤めていっ
た。
数分と経たない内に花壇の中に彼女が居るかの様に、彼女の周りには色とりどりの華が無残にも散っていた。
大きな天窓から其の様子をじっと見詰めていたは、無機質な眼で其の情景を映画か何かを見ている様に写しこんでいた。
------------- なんで、なんでっ…!
幼かったは知る。其の瞳の無感情の、正体を。
其れは感情の澱みだった。悲しみと怒りと苛立ちと悔しさと、其れ等全てのやりきれない感情を何ヶ月も何年も澱ませて、破滅的な密度で煮詰めた、負と蔑の混
合物だった。
一輪の白百合のようだと謳われたの実母は、何時もの眼の届くところに居て、けれどどれだけ腕を差し伸ばしても決して手が届く事は無くて。
そうして結局、一輪の白百合を手折る事無くして、母はの眼前から姿を消した。
「 これなんか、どうかな? 白百合じゃないけど…でも硝子珠が光りに当たると銀に輝くの。 」
が手にしていたのは、プラチナのチェーンに絡められた硝子球が揺らり揺らりと揺れる度にプラチナの光りを吸い込む様に反射させて輝く、ブレスレット
だった。
白百合を髣髴とさせるものでは決して無かったけれど、白百合の様な洗練された美しさと儚さを同時に醸し出す品でも在った。
手にとってドラコに差し出してから、印象は聞いたけれども贈り主の年齢は聞いていない、と思い出す。
確かドラコの友人だ、と言っていた。友人だと言う位だからきっと、ドラコと近しい年齢の人なのだろう。
女性専門の貴金属店に出向いた位なのだから、性別は女性。の差し出した品に文句を付けず店員に差し出した時点で、如何やら読みは正しかったらしい。
「 気に入って貰えるといいね。 あ、でもドラコからの贈り物なんだから、突っ返す娘は居ないか。 」
真意を諮るかのごとく投げかけられるの視線と微笑みに、ドラコは文句の付けようの無い苦い笑みを持って応えた。
小さな薄水色のケースに大切に仕舞われ、白と蒼のリボンが掛けられた箱は店の名を箔押しした同系色の袋にキチリと仕舞われ、ドラコの指に柄が握られてい
る。
ゆっくりとした足取りでホグワーツ特急の待つ駅に向うとドラコの間で、小さく小さく揺れている。
渡される事を待望んでいるだろう小さな袋は、意を決した様なドラコの薄蒼の瞳と共に、揺らぎを留めた。
不意に、ドラコが立止まる。まるで何かを見付けて、それに気を取られている様に、自然ととの間に距離が生まれる。
それに気付いたが振り返れば、其処に苦虫を踏み潰した様な複雑な表情のドラコが居た。
「 …ドラコ? 」
「 …此れ、…お前に遣る。 」
「 え?でもそれ、来週誕生日の友達にあげるんじゃ…? 」
「 そんなものは無い、最初からお前に渡すと決めていた、だからっ… 」
最後まで言い切らない侭、ドラコはの元まで走り出すと、半ば無理矢理に近しい形でに小さな袋を押し付けた。
そうして有無を言わさぬ侭にホグワーツ特急が辿り着くだろう駅へと走り去る。
に走り寄った所為で風の抵抗を真っ向から受けたドラコは、あらわになっていた鋭すぎる両眼や額に髪が散り、歳相応の顔つきになった。
投げ渡されたに近いプレゼントを受け取ったは、先ほどの店でドラコが支払った金額を思い出し、こんな高価なものは頂くことは出来ないと、慌ててドラコ
の去った方を見れば其処に既にドラコの姿は無かった。
「 どうしよう、これ… 」
手の内に残る小さな袋を見詰めて、は小さな溜息に似た息を吐いた。
生まれてから今まで一度も、そう、誕生日で在った時でさえ誰かから何かを無償で貰った経験等無いにしてみれば、突然(しかも異性から)貰ったプレゼン
トに如何対処して良いのか判らなかった。
如何し様。
其ればかりを考えながら、は左右から迫ってくる花壇の花々の中を頼り無い足取りで駅舎に向って歩いていた。
金色や薄紫色の鮮やかな赤い花が、四角く切り取られた花壇の其処で思い思いに咲き乱れている。
普段ならば可憐でもあり逞しくもある花壇の花に眼を奪われるであろうは、今は如何して良いのか判らないプレゼントを片手に只管ホグワーツに向ってい
た。
一度誰からから貰ったものを突っ返して良いものだろうか。まして、この様な高価なものを貰える処遇に等居ないはずなのに。
「 ホグワーツに戻ったら…やっぱりドラコに返そう、そうしよう。 」
独り言の様にそう呟いたは、ドラコが絶対に受け取らないだろう事は判っていながら、そう決心する。
それからの足取りは思った以上に軽くなり、ハーマイオニーと約束した夕食の時間に間に合うように、と足早に歩き出す。
ほんの一瞬だけ雲が風に流れて太陽を隠したらしく、ぽかりと開かれた青空から差し込んできていた射光が、ゆっくりと翳った。
それからまた、柔らかみを帯びた陽射しが差してきて、の上を照らし始めた。
僅かばかりの風が吹いて、の小脇の花々を一斉に揺らした。
その、翳り。
黒くゆっくりと動いたモノがの直ぐ後で手を、否、手とおぼわしきものを伸ばしたことには気付いていなかった。
背中から流れてくる空気が一瞬酷く冷たいものに変わり、何かが其処に居る気配が一気にの神経内を駆け抜けた。
「 誰っ…!? 」
幾重にも花が咲き誇る花壇の翳り、一瞬影の様なものが見えた気がしたが、暫くしても其処には誰も居なく何も無い。
気の所為だろうか、とは再び歩き出した。
花壇の翳りに消えた影は、空気表面に張り付くように存在し、空気に溶け、あるいは浮かび上がりながら正しく亡霊の様にゆっくりと揺ら揺ら蠢いていた。
遠ざかるの小さな背を見送るように見詰めた其の影は、の姿が完全に見えなくなると、ゆっくりと霧の様に消えていった。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/06/29