last scene




day-24 : 束の間の幸甚V




ハリーとの昼食を終え、店から一歩外に出れば、良く晴れた午後が在った。
雑踏の中、行く宛ては特に決めずに足を滑らせれば、通りの左右に並ぶ街路樹の葉が鮮やかな緑に染まり、ふわりふわりと優しく風に揺れている。
見上げた空は天高く、雲は混じり気の無い白一色に染め上げられ、綿菓子の様に浮いていた。


の生まれた街はどんな街だったの? 」


歩きながら、ふとハリーが尋ねて来た。其れも、聞いても大丈夫だろうか、そんな問い掛けを語尾に濁らせる様な問い口で。
ハリーの言葉に、久しく郷里の事は思い出して居なかった、とは自問自答する。
物心付いた頃にはあの場所に居た。薄暗く、暗闇と囚人の咆哮に包まれていた、刑務所に似た恐ろしい程凍て付いた牢獄。
けれど、今思い返せば、自分の郷里も其処に似ていたのかもしれない。


「 そうね…綺麗な街だった。 太陽が全てのものを照らし出していたうちは、ね。 」


夜になるとの郷里は、まるでこの世の終わりを迎えたかのような静謐な静寂に包まれる。
誰も居ないかの様に静まり返った小さな街全体を、深遠の森に似た樹木の多い庭園が囲い、暗い影を落とす。
月が輝く夜は、漆黒の夜の方が未だましな位。青白い月光が枝や葉の間から薄っすらと差し、群青色の綿雲が其れを遮る様に鎮座すれば、完全な暗闇の世界に変 化した。


「 東洋の小国…Revalue、私が生まれた郷里はそう呼ばれていた。
 長い伝統を誇ると言われているRevalueは、小さいながらも他の諸国からの干渉を受けない独立した王国だった。
 然して広くも無かったけれど…国土は槍を横に置いた様な独特の長い形状をしていて、槍の天辺に当たる処に
 私は住んでいたの。 」
「 じゃあは其の王国の皇女だった…って事なの? 」
「 さぁ…其れはどうかな。 」


此れ以上は話さないとの意思表示からか、は肩を竦めて曖昧な返答を返す。

最後の日を、は唐突に思い出した。
もうとうに陽は山の稜線に落ちていて、月明りを遮る様な窓から射し込む光りは僅か、大理石の廊下は薄暗かった。
何時もならば若干は見受けられる街の明かりも、あの日ばかりは窓の端にさえ止まらず、本当に暗闇に覆い尽くされた様な重たい空気だけが其処に在った。
傲岸な風が硝子にぶつかって、弓を弾くような音を上げる。通年訪れている嵐が来るのかとも思ったが、夜空に雲はないく、星は微かに瞬きする様、光ってい た。
ただ風ばかりが強い夜。そんな夜に、あの男は音も立てずに数匹の幽鬼と共に城に訪れた。

そして、全てを奪っていった。


家…確か組み分け帽子の儀式の際にダンブルドアが零した其の言葉に、あのスネイプも黙り込んだという事は、きっと名家なのだろう。ハリーは言葉をくれな くなったを他所に、そう考える。
魔法界の資産家と謳われるマルフォイ一族と肩を並べる、若しくはそれ以上かも知れない純血一族の皇女と仲良く並んでおしゃべりをしながら、ホグズミードを 歩いている事自体、間違っ ているのかもしれないとハリーは思い始めた。
ドラコからの、マグルを毛嫌いどころか存在すら認めていないような頑ななまでの拒絶嫌悪を受けているハリーにしてみれば、もドラコと同じ類に居ても不 思議ではなかったから。


「 …帰りたい?…自分の郷里に、 」


ハリーが持つ自分の郷里、それは出来れば戻りたくない場所でも在った。
ホグワーツに居る以上に厭味を言うダドリーや其の両親の事を想像しただけで胸焼けがし、久しく感じて居なかった偏頭痛まで想像の中で感じる始末。
一瞬で其れを思い出してしまった自分を、今居るこの場所に引き釣り戻そうと二・三度頭を軽く振り、ハリーはを観た。
憂いを帯びた様な横顔。切なげな表情だったらば未だ救われただろう。郷里を懐かしむようで居て酷く憎んでいる其の様を、手に取る様に感じたハリーは頭を垂 れた。
またしても、触れては為らない扉を無理矢理抉じ開け、土足で入り込んでしまったのだ、と。


「 帰っても…何も無いから。 だから思わないかな、帰りたいとか。 」
「 ぼ、僕もね、家には帰りたくないんだ! ダドリーとか…あ、ダドリーって言うのは僕の従兄弟なんだけどね、
 アイツが居るかと思うと吐き気がしてくるよ。 」
「 …ハリーも大変なんだね。 」
「 そ、そうかな? うーん…人それぞれだよ、きっとみんな、口には出さないだけで色んな悩みとか大変な事を
 隠し持ってるんだよ。 」


届いた其の声には、責める強さも、諌める苦さも無かった。まるでそうである事を願うような響きだったのは気の所為だだろうか。
ハリーの口から紡がれた言葉を聞いた瞬間、気持ちが治まるべき所に収まったと、はそう感じた。
数瞬、心を隠す事さえ忘れる。
眼の前で優しく微笑み掛けて全てを包みこむように接してくれるハリーに、何もかも投げ出してしまいそうで。

(違う、そうじゃない。知られてはいけない、時が来るまでは)

無意識に脳髄に競り上がった自覚は、混乱を招いたりせず、ただ砂地に水が染みこむように、そうあるのが自然である様な流れで、を納得させた。
そう、悟らせては、いけない。そう思った。絶対に、知られてはいけない。


「 そうだね、ありがとう、ハリー。 」


垂れた侭の頭を上げたハリーの緑青に似た瞳に映し出されたのは、以前と変わらない美しさを保った------いや、一層輝 きが増したとでも言おうか。柔らかい風に、夜色の戦ぐような髪を靡かせたが、穏やかに笑んでいた。
初めて出逢ったあの日に見た、意にも介していない睨み付けるような鋭利な眼差し。
薄紫白淡の両眼に更なる紫紺の色を燈して、其れでも清冽な顔は相変わらずに。
今となっては、ホグワーツで初めて見たのあの戦々恐々としていた残像等全て嘘だったかの様な錯覚に陥る。
其れ位、今ハリーの眼前で微笑むは別人の様に愛嬌を持ち合わせていた。


、君に出逢えて良かったよ…君がホグワーツに転校してきてくれて、本当に良かった。 」


緩やかに巡りながら、降りかかる桜の花弁の様な、愛しさと僅かな切なさを併せ持つ様な微笑みをくれたにハリーは自然とそう零していた。
と出逢ってもうじき一週間に為ろうと言う頃合。ハリーの胸に競り上がる不確かで名の付け難いモノを敢えて声にすれば、想いはより確かなものとなった。
何が起因となって、これ程に想うのか。ハリーは自分の感情を不可解にも思うが、心は裏切れない。
これだけが今、確実な事なんだろう。例え、その理由がわからずとも。

(僕は…ずっと、待っていたんだ。)


「 そうだ、。 覚えてる? 図書館でクィディッチの応援をしてくれる話。  」
「 勿論、覚えてる、忘れないよ。 其れが、どうかした? 」
「 もし僕が…もし、僕がマルフォイに買ったら、…その、僕の頼み事を、一つ聞いて貰えるかな?  」
「 頼みごと? 私に出来ることなら全然良いけど…なぁに、ハリー? 」


急かすつもりは無かったけれど、挙動不審気味に語尾を敢えて濁らせて言葉を吐いたハリーに如何したのかと思い、再び名を呼び促そうとすれば、ハリーは口を 開いてきた。


「 だ、ダメだよ、今は教えない! 僕がマルフォイに勝ったら…其の時言うよ!! 」


やっと声を出したと思えば、そんな突然の叫び声が与えられた。
今は教えないというのだから、これ以上問い詰めた所で話してくれる様子も無いだけに、は諦めた様に小さく頷いた。
其の様を見て、今度は何故かハリーが困った様な顔をして、迷うように口を開きかけて、やはりそこで止めてくる。
そこまで躊躇う言葉は一体何だというのだろう。深く探ろうとして、再び其処で、止めた。
今まで生きてきた中で、人の腹の中を掌で探り合いながら生きてきたにとって、初めて出来た友達の胸の内など無理に探る必要も無い。ハリーがドラコに勝 てば判るだけの事、為らば其れまで待てばいい。

と同時、曖昧だけれど言葉を吐いたハリーの瞳には強い意志が宿っていた。
出逢った時から毅然とした眼差しを持つ人間ではあったが、翡翠の色が揺らめくほどに輝くのを見たのは今日が始めてかもしれない。
ハリーの、何よりの決意を示していた。
其れに気づいたは、これ以上追求するも叶わず、------また、常に他人の意向を気に掛けていたハリーの珍しい我が 儘に似た頼みを、無闇に制する気にもなれずに。




「 もうじきマルフォイとの約束か…、気をつけてね、何かされそうになったら大声で叫んで走って逃げてね? 」
「 大丈夫、ドラコはそんな---------

「 人を変態扱いしないで頂きたいね。 お前の方がよっぽど其れに近い。 判ったらさっさとから離れろ。 」


上から突然降って来た声に目線を上方へずらせば、明らかに不快感を全面に押し出したドラコが其処に居た。
ハリーとドラコの視線が改めて克ち合えば、ドラコの視線に、また鋭さが増す。
もう少し、あと少しだけ時間を。時を刻んでは別れの時間を知らせる時計を見詰めながら、そう心から願っていた今は抑えられそうになかった、行き場のないこ の苛立ちを。
其の最中、最早ハリーに用事は無いとばかり、独特の冴えた声がドラコに投げかけられる。


「 行こうか、


朝霧に似た透ける様な銀糸の髪と色濃く冬の気配のけぶる空の様な両眼。蒼混じりの色が、だけを捕らえ、真っ直ぐに見据えてくる。
唯の友達に向けるような視線ではなかった。ハリーは内心、身が竦んだ。表に出すような真似はしなかったけれど。
ホグワーツ特急が到着する駅を目指しながら、ハリーはそっと瞳を伏せる。胸の奥底に刺さる小さな欠片には只管に気づかぬ振りをした。
にび色に重く迫る空が、雨を予感させた。

また、明日ね、ハリー。

声に振り返れば、が微笑みながら手を振っていた。
強風に、靡く髪に眇めた侭、瞳を向ける。鮮やかな夜色の髪は、無残に散らされてもやはり変わらず、柔らかく艶やかにを彩っていた。





 




 








































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/06/10