last scene

day-22 : 束の間の幸甚
過ぎてゆくだけの慌しい時間がこんなにも心臓に躍動感を与えてくれるものだとは思わな
かった。
は改めてそう思い、素直にそう思える事が出来る様に為った自分に少しだけ苦笑した。
スネイプ教授を筆頭に、ダンブルドア校長、ハリーにロン、ハーマイオニーにドラコ…まとめてしまえばホグワーツに関わるまでは暗闇に閉ざされた世界に
生きていた。
光りの世界への扉を開いてくれたダンブルドアが自分を見て思った第一印象はきっと【惨めな子供】、其れに尽きるだろう。
自分の意思を持とうとしない馬鹿で、不器用で、如何し様も無い無力な、子ども。
強ち間違いではない。周囲から阻害される様に隠れて生きてきたにとって見れば、光りの世界に出たいと願うことさえ罪だった。
一生出られなくても構わない、生まれてきた事さえも間違っていたのだと思って納得してしまう程荒んで居たのだから。
「 ? 何か見たいお店でも在ったの? 」
「 ううん、違うの。 ホグワーツの外に出るのが久し振りだから…ちょっと周囲に眼がいってしまって。 」
前を行くハーマイオニーの柔らかい声にはっと気付く。途端、殺がれていた意識が戻った様に急激に周囲の状況が瞳に映りこんでくる。
非生欲的な思考に自分自身で、見限ってつい笑ってしまう。こんな道を望んだ訳じゃない、真っ当に生きようとそう願っていた筈が、此の侭あの人と同じ道を歩
いているのだと思えば心が酷く痛んで、このまま起き上がらずに空を見上げていたかった。
眼の前で微笑み手を差し延べてくれるハーマイオニーの優しさがもどかしくて、涙が溢れそうになって、強引に押し込めた。
今日は楽しまなくてはいけない。もう二度と、ホグズミードに来れることなんて、無いのだから。
「 いらっしゃいませ、お客様。 本日は如何云ったご用件でしょう? 」
明らかに他の店とは装いも門構えも異なる一軒の栄華な店に足を踏み入れた途端、美しい絹髪を後で一つに結い上げた茜色の瞳の女性が表面上に微笑みを貼り付
けて二人に声を掛けた。
不審者を見るような目付きではないものの、上から下を舐めるように一瞬で見下ろして、身に付けている物の金額を脳内で計算していたに違いない。
此処は魔法界切っての名門呉服店。最高峰の名を持つ商品には値札が存在せず時価で値が決まるとも噂され、マルフォイ家の仕立は勿論のこと魔法省高官お墨付
きの仕立て人が何人も居るという。
年端も行かぬ小娘二人が連れ立ってお菓子屋さんに出入りするのとは訳が違う。其処等の資産家でさえも簡単には出入り出来ない様な清閑な空気が満ちていた。
「 此方から招待状を受け取りまして。 遥々遣って来たのよ? 」
何よ、文句でもあるの?
そう言いたげなハーマイオニーのキツイ眼差しと共にの持つ招待状を定員の女性の眼前に突きつければ、一瞬で態度が180度変化した。
狐が化ける様、認められた紹介者の名を見て茜色の瞳が大きく見開き、一秒でも惜しいとばかりにハーマイオニーを臙脂色のヴェールで覆われた部屋に案内しよ
うと手を差し延
べる。
愛想笑い等幾らでも出来るだろうに、其れを使い分けるとは酷く苛立たしい。
「 違うの、私じゃないわ。 仕立てて欲しいのはこの子。 」
「 此れは失礼致しました。 お客様、どうぞ此方へ。 お連れ様も是非いらっしゃって下さいませ。 」
ハーマイオニーの後背に隠れる様にして立ち尽くすを無理矢理引っ張り出す様に定員の前に踊り出させれば、三度茜色の瞳が大きく見開いた。
ハーマイオニーの醸し出す可愛らしさとは真逆の神秘的な美麗に一瞬言葉を飲み込み、肺に取り込んだ酸素を吐き出す様にゆっくりと言葉を搾り出して。
明らかなる嫉視と憧憬の眼差しを持った定員は、柔らかな白い頬から尖りを持つ顎へ伝っていく漆黒の髪をなぞる様に、背後に感じる視線にが顔を上げれば
茜色の両眼が、鏡の外から自分を見つめ返している。
酷く居た堪れない感覚に心を引き攣らせたは、この場に居る不自然さを改めて実感する。一介の小娘がこの様な場所に出入りしてはいけないのだとしらしめ
られた瞬間であった。
「 あの、私やっぱり… 」
店員が見繕った布地に袖を通すだけ通しはしたものの、鏡を見る事無く振り返り、ハーマイオニーが傍に居ない事を良い事に何も貰わずに店を出ようと声を掛け
た。
貰った招待券だから使わないというのはくれた人に対して酷く失礼に値すると知っては居るものの、よくよく考えても見ればこの様な高級店の仕立チケットを貰
えるほどの事をした験しは無い。
寧ろ…貰うべきなのはあの人なのでは無かろうか。
の脳裏に、不機嫌そうに両の眉根を寄せ腕組みをし、蔑んだ瞳で見下すようにモノを見る姿が浮かび上がった。
あの人が羊皮紙の隅に書き記した言葉が引き金で、このチケットを手に入れられたことを、ハーマイオニーを含めた他の人間は誰一人として知らない。
勿論、当の本人でさえ暫く誰の筆跡か気が付かなかった位なのだ。
気付いた時は其れで非常に驚きもしたが、本人に確かめる所か、あれが本当にあの陰険厭味教授のものなのかを誰一人に聞くことさえ出来ずに居た。
「 似合うじゃない、! 此れにしちゃいなさい、きっとみんな吃驚するわよ! 」
「 で、でも…此れちょっと年齢的に詐欺じゃない? 」
「 全然そんなこと無いわよ、はどちらかと云えばこう云う系統の服が似合うのよ。 」
ふわりと微笑んだハーマイオニーは鏡越しに見たの姿を見て、改めて似合うわ、と言った。
漆黒の絹髪と夜色の瞳に酷く良く似合う純白のスリップドレスは普段覆い隠されているの神秘的な美しさを満遍なく表に出さん勢いで華奢な身体に纏わり付
いていた。
目を凝らさねば見えぬ位に繊細な刺繍を施すのは銀色の糸。折り重ねられる様にして合間を縫う金の糸が白熱灯の光りに照らされ、綻ぶ前の純然な様の薔薇を描
き出した。
曝け出された真っ白な肩越しを柔らかいストールが覆い隠す様に重ねられ、合わせは厭味に映らぬ銀細工の蝶が舞うように縫い止めている。
「 やっぱり此れ… 」
「 いいじゃない、折角だから貰って帰ればいいのよ。
でも残念だわ、この姿のをあんな男に渡さなきゃ為らないなんて。 」
「 着ては行かないわ、ハーマイオニー。 この姿じゃ買い物出来ないもの。 」
「 折角なのに? いいじゃない、来て行きましょうよ、今日は雨も降っていないから大丈夫よ! 」
其れでも、とは小さく申し訳無さそうに微笑んで、臙脂色のヴェールを片手で引いた。
残念そうに瞳を下げたハーマイオニーに申し訳なく思いながらも、は首に掛かる紐を指に絡めて一気に引き抜いた。元身に付けていたハーマイオニーから借
りた服を着る為に。
如何しても、自分はこんな幸せを満喫してはいけないのだという気持ちが強みを増して制御できず、鏡に映った自分が恨めしく思えた。
いっそのこと、正気を手放してしまえれば良いと願った。何時までも、見っとも無く過去と罪と理性になんてしがみついていないで、その扉を開放してしまえば
良いと、もう一人の自分は囁く。
けれど如何しても其れをする事は出来なかった。瞬間、現実へと呼び戻す声は、容赦なく心を抉って神経を通して直接語りかけられる。
------------ 貴女はね、私の…。
「 次は何処へ行こうか、ハーマイオニー。 貴女が良く行くお店に連れて行って? 」
「 そうね…じゃあこの指輪を買ったお店に行こうかしら? 、この指輪凄く気に入っていたみたいだから。 」
絡み付く茨の棘の様な楔の言葉を打ち消す様、店の前で待つハーマイオニーに声を掛けた。
先ほど購入(というか無料で頂いた)服は丁寧に包装し真新しいものに作り変えてホグワーツに送ってくれる、とオーナーらしき人物が証明書と受理票をに
手渡し、丁寧に頭を下げた。
其処までされる様な器ではないから、と焦った様に言えば茜色の瞳の店員とは異なり、オーナーは柔らかい笑みを浮かべて【またお越し下さいませ】と最後にも
う一度丁寧に頭を下げる。
これ以上此処に居たら居た堪れなくなるどころの騒ぎではない。も丁寧に頭を下げると足早に店から遠退いた。
もう二度と、この店に来る事も無いだろう。
「 その指輪、本当可愛い。 最初一体誰に貰ったのかと思ったわよ。 」
「 此れは自分で買ったのよ…誰かが私に買ってくれる訳無いじゃない。 この指輪…一目惚れしたの。 」
舗装されたでこぼこ道を歩きながら、薬指に光る細い指輪を見詰めたハーマイオニーの瞳はクルックシャンクスを見詰める其れに似ていた。
細い銀のラインが二本折り重なる様にして交差している中央に淡い蜂蜜琥珀の石が三つ並んでいる。
細工は其れだけだと言うのに酷く気品高くも可愛らしくも見えるのは指輪とハーマイオニーの容姿の所為だろうか。
「 そうだ、お揃いの指輪を買いましょうよ! 確か他の色も有った筈だから。 」
「 え?いいよ、そう云うの…ハーマイオニーがするから似合うんだよ? 」
「 …あのね、… 」
最後まで言えなかった言葉を遮る様に真剣な声色のハーマイオニーが言葉を投げて来た。
表情を見なくとも判り切った呆れの声色。きっと眼を見れば更に実感は増し、現実味を帯びることだろう。
ハーマイオニーの言いたい事はきっと一つだろう。自分でも思う、最低だ、こんな悲観的な考え方。
ごめん。
それは、ハーマイオニーに対してだったのか、其れとも自分の半身に対してだったのか、もしくは己の過去に対してだったのか。そのどれとも違うのか。
あまりにも多く言い過ぎて使い過ぎたたその言葉は、もう何の意味すら持っていなかった。
如何してそんなにも幸せになる事を拒む様に自身を否定するのか。
そう問うたげなハーマイオニーに小さく笑って呟いた言葉に、ハーマイオニーは何の返答も寄越しはしなかった。
代わり、
「 私が貴女に似合う色を見つけるわ。 だから二人でつけましょう? 」
決して声には出さないの内心の葛藤を知っているかの様、ハーマイオニーは悟って優しい声を出す。
の思考回路と、伝えたいことと、本心の内容が食い違ってしまうことを、彼女はよく知っていた。
だからこそ、ハーマイオニーはの華奢な手首を掴むとアーガイル柄のカーテンの掛かった店の中に引き摺りこむ様に入っていった。
[ home ][ back
][ next ]
(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/5/14