last scene




day-21 : 喜びと悲しみと




激しい雨が世界を叩く。真っ黒な帳が落ちたかのような真夜中は、星さえ望めなかった。
突然滝の様に降り注いで来た長雨に頭からずぶ濡れになったスネイプを出迎えたのは、皮肉な事に帰りを待ち侘びていたであろうホグワーツ魔法魔術学校校長。
何時も和らいだ表情を崩す事無く両の瞳を細く窄め、水分を完璧に含みきれなかった鴉色の髪の毛から滴り落ちる水滴と門の奥とを見比べながら、小さく魔法を 唱える。
ふわりと温暖な風がスネイプの身体を包み、其れから何を言う訳でもなく唯表情を悲観的な哀を含んだものに変えて、小さく首を横にニ三回振って後背を向け る。
何を言わずとも、真意に秘めたる想いは通じたのか、同時にスネイプの口から落胆の溜息が漏れた。

ホグワーツ大聖堂を真正面に置いたダンブルドアの小脇には、天井まで続く大きく広い魔法鏡が置かれていた。普段は気にも留めない其れに偶々眼が行けば、鏡 にに映った彼の瞳と、一瞬視線が重なった。
嘗て闇に覆い尽くされた世界に身を置いていた時の様な人を寄せ付けない、鋭利で鬼気とした不敵な表情。
ホグワーツの学生時代より、他者に良く思われたいが為に無理強いに近い形で顔を作る事等まるで考えた事も無いだろう事が表情を見ただけで読み取れる。
無感情なと言えば聞えは良いが、何時の頃からか感情を表に出すことが出来なくなったと言えば其れは憫笑に値するだろう。

其の、彼が。
鏡の中で視線が交錯する其の僅か一瞬前に怒号の音を立てて心を壊す様な憤怒の火を燈した。
誰に、対してか。
正体を知りながら、敢えてダンブルドアは何も見なかった様に其の侭歩き出した。
彼を追う者は居ない。スネイプは独り静かに宵を迎えたホグワーツの中を月明りだけを浴びながら静かに自室へと戻って行った。





翌日。
普段は想像を絶する程の歓喜に満ちた生徒の笑い声で満たされるホグワーツの食堂には人影が殆ど疎らの状態で、通夜か何かでも有った様な静寂が立ち込めてい た。
多くの者は食事すら取らず、愛梟に籐籠を括り付けて焼き立てのパンを運ばせると、自寮の部屋でレポートの仕上げに入りながら時間は一秒でも惜しいとばかり 手短に食事を済ませ陰気臭い地下室へと猛烈なダッシュを図る。
其れも、其の筈。
何故か如何して毎回毎回難解な課題を出したがる陰険な魔法薬学教授は、先週の最後の魔法薬学の時間に【来週の土曜日】までの課題を言い渡したのだ。
勿論、土曜日中に提出ならば問題は無いのだが、生憎今日はホグズミードに行ける稀な週末。
楽しみにしている生徒も多く、我先にレポートを出していざ行かん!と地下室の前には羊皮紙の束を持った生徒が列を作っていた。


「 まさか本当に課題を提出に遣ってくるとは。 余程の暇を持余していると見える。 」
「 いえ、本当は昨日お渡ししたかったのですが、生憎教授が留守でしたので仕方なく、今日持参しました。 」
「 ほぉ、ミス。 我輩の出した課題に余程自信がある、と? 」
「 お気に召して頂けるかは判りませんが…私なりの努力は講じてみたつもりです。 」


野生の硬い棘に覆われた薔薇の花束を其の侭手掴みで思い切り投げ渡し続ける様な言葉の遣り取りに、硬い木の扉奥で身を潜めるハリーとハーマイオニーとロ ン、そして少し離れた位置からドラコが事の行方を冷や汗を流しながら息を殺すように見守っていた。
見えない火花でも飛び交っている様な光景の中、の細い指から掠め取るようにして羊皮紙を掴み上げたスネイプは億劫そうに羊皮紙に眼を通す。

降りてくる痛い程の沈黙。互いの心臓の躍動さえも聞えてしまうのではないかと思う位の凄烈な空気の重み。
スネイプの瘡付いた指先を同じ様に瘡付いた羊皮紙が滑る音が妙に空気に反射して、扉奥で事の真相を見守る彼等の緊張を誘った。


「 …此れが、君の答えかね。 」
「 …はい。 」


残り、数センチの位置まで視線を泳がせたスネイプは視線を羊皮紙から上げないままでそう問うた。
其処まで読めば既にスネイプには判りきっているであろう。この論文に書いてある真相を掴む為に禁じられた棚の図書を閲覧し、其れを特に伏せる訳でも無く半 ば堂々と【納言草】についての文献を片っ端から挙げている事実を。
親筆とは言え、禁じられた棚を閲覧するには独りでは無理だろう事も予想が付いているに違い無かった。
きっと、扉奥で息を殺す様にしてじっと事態の収拾を見守る彼等が手を貸したことも其処に居る事も判っている事だろう。
鋭さを伴った一瞥が一瞬扉の方に向けば、矛先を向けては為らないとが口を開く。


「 スネイプ教授、お咎めならば… 」


私独りに、どうせホグワーツを去るのならば其れ位の願いは叶えて下さっても罰は当たらないでしょうに。


そう呟こうとして、眼の前に羊皮紙を付き返される代わりに羊皮紙半分にも満たない小さな紙を押し付けられた。
一体何を、と二つ折りの其れを開いて見れば、ハーマイオニーから見せて貰って居たホグズミードの許可証。
両親が許可すべきサインの場所には寮監督であるスネイプの直筆のサインとダンブルドアのサイン、そして魔法省高官のサインの三つが並んでいた。
受け取り開いた時こそ実感は湧かなかったものの、スネイプがの羊皮紙を他の生徒の課題と同じ様にスリザリン寮用のボックスに仕舞いこむのを見詰めなが ら、夢じゃないかと片手で頬を抓る。

…痛い。

駆け抜ける鈍痛は紛れなく夢で無い事をに告げ、更に其れを裏付けるかのように冷たいスネイプの一言が待ち草臥れた彼等の緊張に凍る心を溶かす。


「 【紳士と淑女のための魔法装束】への道順を示した羊皮紙だ。 ビンス教授から預かっている。 」
「 あ、あの…このチケットは私が貰う訳には… 」

がスネイプに認められた…? 」

「 やった、やったよ、ハーマイオニー、ロン! 此れで一緒にホグズミードに行ける! 」
「 一緒に、だと? は僕と共に行くと約束しているんだ。 抜け駆けは見苦しいぞ、ポッター! 」
「 抜け駆け? 其れはお前の方だろ、マルフォイ。 との約束は夕方からなんだろ?
 だったら其れまではは僕等と一緒にホグズミードに居るんだ! 」


一つの玩具を取り合う子ども同士の喧嘩の様な言い争いが眼の前で繰広げられ、ロンは中に居るスネイプの耳に届き怒鳴られるのではないかと言う恐怖心から顔 を引き攣らせ、ハーマイオニーは相変わらず進歩しない二人に数日前と同じ様な溜息を零した。
自分まで迸りを受けては面倒だと、未だ口論を繰広げるハリーとドラコを横目に顔面蒼白に近しいロンのローブの裾を引っ張る様にして上へと続く石段に一歩足 を乗せる。

背後で老木が痛みを訴える様な音を聞いた。
衝動的に振り返れば、其処に居たのは脳裏に描いていた部屋主の憤怒の表情ではなく、何処か物鬱気なの小さな顔。


! 良かったね、此れで一緒にホグズミードに行けるね。 」
、約束、忘れてないだろうな? 」
「 勿論、ドラコとの約束もハリーとの約束も覚えてるわ。
 でもごめんね、一緒に、はいけないの。 ハーマイオニーと買い物三昧する約束してるから。 」


だからハリーとはお昼過ぎに、ドラコとは夕方ホグズミードで逢いましょう?


そう言ったの表情が悲憤に満ちている様な気がして、ドラコとハリーは思わず口を噤む。
表面的には笑っている。其れは紛れない事実。嬉しそうな笑顔の反面瞳奥に覗く微かな憂いに似た何かが本能的に二人の瞳を侵食し、染み入るように心の中に溶 け込んできた。
こんな状況、でハリーとドラコは先程までの喧騒を取り戻すことは愚か、Yesの返事さえ出来ずに居た。


、早速行きましょう! もうじき列車が到着するわ。 其れまでに着替えなくっちゃ! 」
「 あ、でも…私、何も服持って無い。 」
「 大丈夫よ、私の服を貸すわ。 去年のクリスマスに両親がくれた服があるんだけど、私には似合わなくて。
 でもならきっと似合う筈だわ。 」


嬉しそうに顔を綻ばせたハーマイオニーは呆然と立ち尽くす男三人を尻目にの手を掴むと意気揚々と湿気で今にも黴そうな石段を登っていった。
疾風の様に駆け抜けていった少女二人を呆然と見詰めながら、ハリー、ロン、ドラコの三人は背後で重圧な音を立てて閉まった扉の音に漸く我に帰った様、これ 以上こんな場所に用事は無いと慌てて二人の後を追う様に石段を駆け上がった。





---------- スネイプ教授が…直々に魔法省へ印を貰いに行かれたのですか?
莫迦な、自惚れも甚だしい。 我輩はアルバスに頼まれて行っただけの事、誰かその様な。


ホグズミードへの許可証を渡した際、は記された三つのサインの並び順を見て疑問をスネイプにぶつけた。
本来養育の義務を持つべき者が記さねば為らぬと決められたホグズミードへの許可証のサイン欄に並んでいたのはダンブルドアの名と魔法省高官の名、そして最 後にスネイプの名が記されていた。
勿論此れだけならば然しても疑問を抱かなかっただろう。問題は其の並び順。
本来は両親二人の名を記すべき其の箇所に切り詰める様に書かれた三人の名は、ダンブルドア・魔法省高官・スネイプの順に並んでいた。
大方ダンブルドアが一番最初に書き記し、其れをスネイプに渡して魔法省まで出向くように告げたのだろう。
だからダンブルドアの直下に魔法省高官の名が記されている。

しかし、此処で疑問が生じる。
昨日ホグワーツを空けていたスネイプが此れを持って魔法省へと赴いて居たというのならば、昨日の時点での残留は決定していた事になり、今日提出するべ きの課題の出来等如何でも良い、という事に為る。

いや、其れだけではない。
態々スネイプが出向く必要も無いのだ。コークスに運ばせれば魔法省の連中にだってダンブルドアからの書だと一発でわかるだろうし、直接的な話でも無い限り はスネイプの時間の無駄にも直結するだろう。


「 …スネイプ教授、ありがとうございました。 」


言葉の後、嘗ての女と同じ様な洗練された秀麗な顔と眼差しで少女は礼を述べた。丁寧にも一つ小さな頭を下げて。
目を閉じれば、あの日見た笑顔が浮かび上がる。ホグワーツに居た頃の何も変わらない日々、何をする訳でもなく安穏とした時間に唯身を任せていた毎日。
其れがあの日、張り詰めた糸がぷつり切れたように、何もかも全てがその日で【御終い】になって【始まり】になってしまった。
あの日、彼女を止めていればこんな事には為らなかっただろうか。眼の前で無邪気に笑う独りの少女が嘆きの涙を落とす事が無かったのだろうか。

だが、もう、来ない。
今どれだけ渇望しようとも、どれだけ乞おうとも、あの日が繰り返されることはもう無い。
憎しみに自分の全てを奪われ、悲しみに全てを忘れて、痛みにもがきながら、其れでも歩き続けたこの命が唯只管に苦しく重く、悲涙すら忘れた様に如何し様も 無く。

少女が流す心の涙の重みを、改めて、感じた。
































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/5/8