last scene




day-20 : 届かない声V




「 あっ…と、ハーマイオニー? スネイプ教授に用事なら留守みたいよ? 」
「 え?あ、あらそうなの? 人を呼びつけておいて何よ、偏屈自己中教授! 」


見失っては為らないと、急ぎ足で冷たい床を蹴って僅かに見えた小さな背中と黒い影を追いながら地下室へ続く階段を降りようとした矢先、追いかけていた筈の 背中の持ち主と正面から視線がぶつかった。
驚いたのは勿論よりもハーマイオニーの側。よもや出会い頭になるとは思いもしていないためか階段の段差三つ分下方に存在するは仰ぎ見るようにハー マイオニーを見上げる形になった。
突然が現れた事に重なり、後を付けていた時は無我夢中で気が付かなかったが、の後を付ける等と自分は何をしていたのだろうかと、ハーマイオニーは 苦く笑いながら悪態を 付くしか出来ない。
唯、其れでも強い褐色の瞳は臆することなく真っ直ぐに、眼下の紫紺の双眸を見詰めていた。


「 スネイプ教授…、良く判らないけど…如何やらホグワーツに居ないみたい。 」
「 え? 居ないって…確かに今日は魔法薬学の講義は無いけど… 」
「 地下室の教室にね、鍵が掛かってた上に張り紙がして有ったの。 用が有る生徒は明日出直す様に、って。 」


スネイプ教授がホグワーツを開けるなんて珍しい、と思わず驚きの声が漏れるのは致し方ない。
夏休みでさえも自宅に戻らず自室で研究する姿を見掛けると教師間の間でも話題になる位の学校好きだ。自宅に戻った所で帰って来るべき者を待っている奇特な 人間は居る 筈無いと誰もが脳内理解し、其れは暗黙の了解事項として知れ渡ってきた。
ホグワーツ内に蔓延るゴーストよりもホグワーツに蔓延るスネイプが、忽然と姿を消すのは如何も可笑しい。ホグワーツに在籍して三年余り。


「 そ、そう。 じゃあ私は明日魔法薬学講義の前にでも教授の所に行くわ。
 呼び立てておいて本人留守なんて…きっと大した用事じゃないんでしょうから。 」


本当は何の用事も無いんだけど…。
そう口走りそうになる軽快な口を押さえ込むようにして、ハーマイオニーはと共に地上の光りを浴びた。
の華奢な肩と細い手足が、外へ出るなり紅の光に照らされたのが少し見え、窓奥から僅かに残っていた夕闇が照らし出しているのだと知る。
大理石の燭台からの鈍い光は年季の入った廊下を切り裂く様に照らし、其の上を二人は静かに食堂に向って歩いた。いつもそう、するように。


「 ねぇ、。 一つ…聞いてもいいかしら? 」
「 ん? なあに? 勉強のことなら判らないわよ? 今日のマグル学、さっぱり判らなかったしね。 」


無邪気に笑う其の様は、ハーマイオニーから見れば何処にでも居る様な少女が見せる微笑みと何等変わりの無いものに見えた。
脳裏に浮かび上がるのは、マグル学の真っ最中に頭に疑問符を浮かべながらドラコに質問攻めをしているだろうの悪戦苦闘の表情。
横に見る秀麗な面差しは何処にでも在る様な有り触れたものでは無いにしろ、授業の最中やこうして喋っている際に見えるのは彼女の本当の素顔なのだろう。
第一印象で受けた痛烈な印象は何処へ消し飛んでしまったか。の言葉に返答の意を感じられぬハーマイオニーはその瞳を微かに伏せ、何も返さず唯静かに柔 らかく頷いて見せた。


「 スネイプからの課題は順調? 」
「 順調…とまでは流石にいかないけど、明日の放課後までには提出出来そう。 」
「 じゃあ大丈夫ね、良かったわ。 」

「 え?…大丈夫、って…何、が? 」


嬉々とした弾む声で微笑んだハーマイオニーに反して、は幾つかの疑問符を端麗な顔に貼り付けてハーマイオニーを見詰める。
滝が流れ落ちる様、人が動作する事で生じる微かな風を受けて靡くハーマイオニーの柔らかな髪がふわりと空に舞う。
眼を細めた侭微笑むハーマイオニーとの間に痛い程の沈黙が下りて来ることは無かった。の問いを受けてすぐさま、ハーマイオニーが弾んだ声で事の真 相を告げてくる。心から歓迎する、そう、嬉しそうに。


「 一緒にホグズミードに行けるじゃない! あぁ、今から週末が楽しみだわ。 」
「 一緒に、って…ハーマイオニーはハリーやロンと一緒に前回も行ってるんじゃ… 」
「 ハリーとロンと一緒に行くのと、同性の貴女と行くのとじゃ桁が違いすぎるわ。
 三本の箒は兎も角…ゾンゴの店なんて私は興味無いもの。
 それより買い物したり服をみたりアクセサリーを買ったり…其れが出来ると思うと楽しみじゃない。 」


折角仕立チケットを貰ったんだもの、に似合う服を一緒に見立ててあげたいじゃない!


楽しそうに開口されたハーマイオニーの口から漏れる言葉は留まる事を知らない様。魔法雑誌で読んだと云うお洒落なカフェの話や出来たばかりのアクセサリー 店の名前など、何処へ行こうかと其ればかりが会話の中心に為っていた。
にしてみれば、ホグズミードに行ける行けないは愚か、ホグワーツに来週居続けることさえ出来るのだろうかと胸奥に微かに燻ぶる不安要素を一気に消し飛 ばしてくれる嬉しい瞬間だった。
昨日も今日もついさっきも、如何すればスネイプ教授を圧巻させるような展開のレポートが書けるだろうかと、其ればかり。
レポートを書き上げた其の先に待っているだろう日々の予定なんて想像すらしなかった。求めたところで全て無駄に終わってしまったら、と暗雲の中を手探りで 歩いている様なに柔らかな灯の灯りをハーマイオニーの言葉が燈してくれた。
ハーマイオニーと一緒に買い物に行ったら、きっと凄く楽しいだろう。色々な店を回って互いに気に入った商品を見せ合って、似合うだの似合わないだの、互い に笑いな がら。


「 そうだね、うん、そうしよう。 ドラコとの約束は夕方からだから…其れまではハーマイオニーと買い物三昧で! 」
「 約束よ?。 熱が出たとか言っても…絶対に連れ出すから、覚悟しておきなさい。 」


互いに顔を見合わせ、そして、どちらからとも無く笑った。
暮れ始めた橙の柔らかな温かい陽に包まれた侭、背丈の変わらぬ二つの長い影が何時までも廊下に存在を残して。
先程まで心の奥底で立ち込めていた暗雲は顔を覗かせた太陽の光に徐々に消し去られでもするかの様にゆっくりと着実に晴れた青空を形成していった。





丁度同じ、時分。
漆黒のローブに身を包み少しばかり暗がりに溶け込み始めた周囲の色と綺麗に同化した一つの存在が広く大きく取られた庭のど真ん中を足音も立てずに歩いてい た。
背後に見えるのは言葉では言い尽くせ無い程上に伸びた大きなゴシック調の建築物。鈍い銀色に光るポールが等間隔で並び、其の存在を誇張する様な大きな旗が 幾つも立ち並んでは風に嬲られ、翻りながら降り始めてきた雨粒に打たれていた。
人は誰も居ない。
見渡せる景色の中に映りこんで来る情景の中、動有る存在はスネイプしか認められない。
警備する人間が独りや二人居ても可笑しくない様な重役ばかりが詰め込まれた敷地内には厳重な魔法警備が施され、虫一匹すら存在しては居な い奇妙な空気が周囲を取り囲んでいた。


「 判りきって居た事を、何を、今更。 」


言って、ギリ、と音が鳴る位の力を籠めて奥歯を噛んだ。
冷たいシャワーを浴びている様な錯覚をさせるほどの勢いを伴って空から落ちてきた雨粒に気を留める事も無く、唯一言だけ胸の内を曝け出した様な言葉を溜息 に似せて零し、歩き続ける。
もう二度と訪れる事は無いだろう。魔法省、と深く鋭く重々しく刻印された石を後背に置いて。

ホグワーツに向う道中、唯無感情に歩きながらぼんやりと目を見開いて毀れる水の先を見ていた。
上から下に降っては煩わしい水溜りを形成する其の様を見届ける様にしてやれば、少しは気が紛れるかと。時折間違った様に軌跡をずらした雨粒は切れ長の瞳奥 に不躾に入り込んでくる。目が痛いと思う暇さえ無いほど雨脚は強まる一方。
ホグワーツに忽然と現れた東洋の魔女を初めて視界に入れた日の様な、バケツの水を引っ繰り返した様な、雨の光景。
眇められた双眸には殺気めいた光が浮かび、整った顔立ちと相まって、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
思い出せば出しただけ憤りしか浮かばぬ筈の、其の存在。


「 アルバスならば、如何にかしてくれるか、あの時の様に。 」


纏わり付く雨を気にも留めず、純然なものばかりではないだろう雨は髪の表面を溶かす様に特に手入れもしていない自身の髪を梳かしてくれるものだった。
手を入れることの無い混じらぬ有るがままの黒い髪、太めの髪質は気に入るものではない。しかし其れを綺麗だと、独りだけそう言った人間が居た。

麗しき、一輪の白百合。

揶揄する様に口々に彼女を見た人間はそう感嘆の溜息を漏らし、嫉視に似た慕情の瞳で彼女を見た。橙に白を混ぜた様な夕焼けに染まる中庭、一人静かに木に凭 れな がら白く細い指で淡い桜色の花を手折って。
偶然に見掛けた其の光景、息を呑む暇さえ忘れたのは何時の頃だっただろう。すぐさま踵を返す筈が如何しても出来ずに居た。
自分には全くといって関係の無い存在、手を伸ばした所で届かぬ事だと知っていたからこそあの時踵を返すべきだったのだ。
吹き込んで来た風がスネイプの羊皮紙を大空へと舞い上げる、其の、前に。


「 どうぞ。 今朝方雨が降ったばかりだから草が少し水分を含んでて…早く乾かさないとインクが染みるわ。 」
「 ……世話を掛けた。 」

「 近くで見ると…セブルスの髪って一層綺麗ね。 私と同じ黒だけど…でも貴方の方がとても神秘的。 」


露に濡れているのならば如何して木の下に敷く物も用意せずに座っていたのだろうかと、問い掛けそうな言葉を喉奥に仕舞いこめば、綻ぶ花の様に微笑った少女 がそう言って来た。
馬鹿馬鹿しい。そう言い返そうとすれば、少女は羊皮紙を手渡し其の侭元居た木の下に腰を落として静かに花を摘み始めた。
まるでそう、何事も無かったかの様に。

思い返せば、あの日、あの場所で少女は待っていたのではなかったのだろうか。迎えに来てくれるべき其の存在を。
其処に偶々スネイプが居て、風が吹いて羊皮紙が飛ばされ、最初で最後の会話をした。


片手だけ動かして肌を滑らせる。滑る血の感触は二度同じことをすれば消えていった。届く範囲だけで片手を動かして身にしつこくこびり付く乾いた痕を消し流 し、見上げた主の傍らにはあの日見た少女の存在等無かった筈だとスネイプは嘗ての記憶を手繰り寄せる。
闇という世界の間に白さを回復した肌、花の様に笑った少女の表情は少し意識を離れてやけに白く視覚に訴える。妄想か虚無か白々しい。


「 一生に一度位は人生を棒に振ってみても罰は当たるまい。 」


誰に言った言葉か。嘗て胸の中に仕舞いこんだ情景にもう一度錠を落としてスネイプは只管雨の中を歩き続けた。
あれから実に13年の月日。
忘れて居た何か、は確実にスネイプの胸を燻ぶらせて病まない。





























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2005/1/2