last scene




day-18 : 届かない声




真実に辿り着くだけの材料は揃ったのだから、スネイプの顔が興醒めで青々と変化する様をこの眼で見てやると妙に闘志の炎を滾らせたは、寝る間も惜しむ ように机に向かい続けていた。
納言草の正体が明確になったとは言え、実際にレポートに纏め上げるとなると相当の努力を要する事に為るだろう。
単純明快に【納言草=賢者の石を作成する上で必要不可欠な物質であり、数百年前に滅せられたとされる】だけ明記したレポートを素直にスネイプが受け取って くれるとも考えにくい。
あれやこれやと御託を並べて突っ返されることが既に目に見えているのだから、此処はひとつ、眼には眼を歯には歯をの精神で文句一つ付けられず苦渋を飲み込 むしかないような完璧なものに仕立て上げて見せると、は拳を握り締めた。


「 …とは言っても、魔法薬学にだけ構っている訳にも行かないのよねぇ… 」


目の前に広がるのは魔法史の教科書と其の参考書。小脇には、レポートの材料となるだろう走り書きの羊皮紙が置かれている。
ハリー達には事情を打ち明けたけれど、他の生徒や教授はとスネイプとの間で交わされた密約に近しい口約を知る訳も無い。
唯でさえも時間が惜しいに対して、事を知らされていない他の教授が気配りを見せる事等筈も無く、例外無くも一般の生徒と同じように魔法史の宿題を進めざるを得なかった。


「 図書館を借り切れるのも就寝前までだし…此れが無かったら本当、終っていたわね、私。 」


そうして手にしたのは、一遍の栞。
短冊状の紙切れに朱色の紐が括られた其れには、【魔法界における混沌と秩序形成の始まり】と記されていて、タイトルから、魔法史に関する文献のタイトルだ と推測出来る。
は其の栞を掴み上げ小さく魔法を唱えると、淡い朱色の煙が一瞬巻き上り、在るはずの無かった存在が談話室の机の上に姿を見せた。
分厚いこげ茶色の背表紙に擦れた筆記体で書かれて居るのは、が手にしていた朱色の栞に記されてたタイトル其の物。
今は図書館の棚に鎮座しているであろう其の図書の擬似的コピーが、其処に在った。


「 どれどれ……………………………………………………ふーん…… 」


ばたりと重たげに閉じられる文献。挟み込まれた栞を持上げタイトルが記されている箇所を羊皮紙で消せば、途端に本は存在を欠いた。
如何やら目当ての箇所がこの文献には載っていなかったらしい。
改めて別の栞を懐から出しては擬似的に文献のコピーを作り上げ、其れを捲っては傍らの羊皮紙に走り書きを残していく。
無数に存在する文献の中から必要と思われる文章だけを抜き出して、自身が脳内で描いているレポートの構成図を意識しながら文章に纏め上げられるかと、言わ れればは迷わず首を横に振るだろう。
故には今、自身が構築しようとしているレポートの材料集めをする為に自分さえ読めれば良い文字体で必要だと思われる部分だけを列挙していた。


「 …歴史を辿る…ことは、記憶を辿る………っ 」


魔法史のある文献の一文をふと視界に入れて、声にしてみれば、脳裏に蘇る記憶の断片。歴史を辿ること其れ即ち記憶を辿ることと同意。脳内展開された魔法史 の一文を瞳に入れた瞬間に駆け抜けた思い出したくは無い思い出に僅かに触れ、は全てを打ち消す様にかぶりを振った。
余計な事を考えている暇は無いのだ、と眼前に広がる未着手の文献の山を見詰めながら、一行も埋まってはいない提出用の羊皮紙を見て小さく息を吐いた。
明日の夕刻までに仕上げられるだろうかと、物鬱げに為りながら、髪がこめかみに張りつく感触で今の気温を思い出す。
既に夜半も回っている。時間は無限ではない。だからこそ時間に価値が生まれる。
今まで刻まれる時を無きものとして捉えていたが、時間の価値と言うものを知った瞬間でも有った。


「 …あ、…ヤバイかも。 何か眠くなって、きた… 」


机に向い始めてから既に三時間以上が経過し、時も丑三つを数える時分に変わっていた。
最初のうちは気合こそ入れ、齧りつく様に文献を貪っていたのだが、所詮は未だ13歳の子ども。深夜と呼ばれる時間帯に身体が慣れている筈も無く、迫り 来る睡魔に瞼が瞳に重く圧し掛かる。
マズイ、此処で寝てしまっては今日一日の努力が水の泡。せめて論文解釈方向性の糸口だけでも見つけ出してからベットに入らないと間に合わなくなる、と思っ ては居ても如何にも疲労が蓄積された身体は、コントロールが不可能な域にまで達していた。


「 …明日、晴れ……る…か、…な…… 」


転げ落ちた羽ペン。ガクリと落ちる肘。自然に作り上げられた自身の腕を使った枕の上にの小さな頭が完全に乗った。
其れまではぼんやりと目を見開いて、降り始めた雨が齎した窓辺に毀れる水の先を見ていたが、唐突に雨の存在等如何でも良くなり、それ以前に眼前に広げた羊 皮紙の存在等如何でも良くなった。
脳の使いすぎか眼精疲労か。兎に角、目が痛かった。
レポートを仕上げてしまおうと言う心意気よりも眼精疲労を少しでも和らげようとして瞳を閉じてしまった事が全ての元凶なのかもしれない。
が覚えているのは其処までで、其の後は導かれる様に深い眠りの中に堕ちて行った。






暫くして、薄明かりの中に照らし出されていた談話室にもう一つのランタンがゆっくりと侵入してきた。
本来ならば立ち入られることの無い時間帯、談話室の室内は季節に似合わず酷く冷気が立ち込めていて、寒さに慣れてる筈の侵入者もぶるりと寒気が背を駆け抜 けた。
先程までは轟々と音を立てて燃盛っていただろう暖炉の火は薪の供給がストップした事で、既に鎮火していた。
魔法を一つ唱え、朝まで充分もつだろう量の薪を暖炉に入れてから、侵入者はゆっくりと一つの溜息を漏らした。其れは傍から見れば、小さな音を伴った呼吸と も云えるだろうか。


「 態々来て見れば、談話室で仮眠とは。 」


入り口から直ぐ傍のソファーの上。机に突っ伏して浅い寝息を吐きながら小さな背が上下しているのを見て、スネイプはもう一つ溜息を零した。
広げられたままの文献は慣れた者の眼から見れば漸く擬似のものだと気付くほど鍛錬された魔法技術を以ってして作り上げられたもの。
ニ・三枚ペラペラと捲って、完成度合いの素晴らしさに思わずスネイプは文献を睡眠を貪るとを見比べた。素晴らしい。声には決して出さないものの、見開 かれた様に瞼が開いたスネイプの動作で其れは瞭然だった。


「 惜しいな。 此れ程の才能を秘めていながら… 」 ( 未来が無いなど。 )


隔離されていた筈の意識の底で、渦を巻くものがある。
夜の隙間を縫い、己の体から溢れた過去の錆が香るのはこんな夜だ。
決して忘れてはならぬと左腕の印に誓いもしたが、其れでも日常茶飯事24時間体制で気に病む事は無かった。
懺悔の気が無い訳でも無い、寧ろ気が有るからこそこうしてダンブルドアの元で動いている。
自分が気にし続けなければいけないのは過去の過ちのこと。
過去に誰かが犯した過ちを背負ってしまった哀れな転校生の少女を気にしなければ為らない道理は無い。そんな暇さえ無い筈。
普段なら仕事で得た事実や真相によって生まれた一時の感傷など直ぐに捨て去ることが出来るのに、やけに神経が尖り切り替えが利かない。
寧ろ、事実を究明していけば究明して行くほど苛立つ。仕舞いには本人に追究出来ぬ故に其の娘に直接聞こうなどと出来すぎた無神経さと興味深さに、己が己、 神経に障る。


「 …………………… 」


よくも考えてみれば、に何かを問える身分も資格も無いと、漸くスネイプは気付いた。血塗られた過去を引き摺り出してこの少女を無間地獄の中に叩き込み たいのか、と消し飛んでいた理性が叫んだ。
スネイプの眼の前で安らかな束の間の休息を取る少女は、ホグワーツの何処にでも居る様な本当に有り触れた少女にしか見えない。
小さな身体に背負った業罪の重さに押し潰されそうに為りながら、この少女は生きてきたのだろうか。いや、生きていくのだろうか。
考えれば考えるほど、尋常の精神ならば想像もし得ないような物事ばかりが浮かんでは消えて行く。


「 納言草の糸口は見つけたと言うに、魔法史の糸口は見つけられぬか。 変わった少女だ。 」


が枕にしている腕の下で、無垢な羊皮紙と走り書きに汚れた羊皮紙を見つけたスネイプは一瞥し、漏らした。
教員であるスネイプから見れば、未完成な羊皮紙の走り書きをちらりと視界に入れただけで、がレポートの重要観点である糸口を把握できていないことが見 て取れた。
魔法史の教授が出した課題とやらのタイトルが羊皮紙に色濃く記され、他の生徒達はとは変わって既に仕上げに入る為の徹夜をしているだろうことも。
一ヶ月前から出されている課題に対して、数日前に入寮したばかりの生徒に課題を投げるとは、魔法史の教授もサディスティックだと、哂って。

テーブルの上に転がる刃先が乾いた羽ペンを拾い上げインク壷に浸して、スネイプは一文をの走り書きの羊皮紙の脇に記述する。
何、ほんの気紛れ程度に。意識を殺げば見落としてしまいそうなほど、小さな文字で。
別に加担してやろうとか、そんな気持ちは微塵も無かった。唯、哀れに思っただけ。同情、そうだ、此れは唯の同情だ。
文字を書き記し終わった後、無意識に起こした己の行動に対する弁解に似た届かぬ小さな声を心の中で吐き棄てながら、スネイプは指に置いた羽ペンを静かに落とした。
僅かに感じた寒さに本能的に身体を捩るを視界の端に入れながら、スネイプは静かに談話室を後にする。


帰り際、ソファーの端に掛け置いてあったのローブを無造作に掴んだスネイプが面倒そうにの背に掛け置いてやった様を見ていた者は、誰も……居ない。


























[ home ][ back ][ next ]

(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/11/20