last scene




day-17 : 真実U




「 …其れで、お前は怖気づいて逃げ帰ってきたと云う訳か、情けない。 」
「 お前に…何が判る…! マルフォイ、お前なら如何してたって言うんだ!! 」
「 僕なら本を持ち帰って徹底的に調べ上げたさ。 例え退学が掛かっていようともな!! 」


図書館にハリーとを残してきてから実に一時間が経過しようとしていた頃合、グリフィンドールの談話室には認められてはいない者の存在が在った。
図書館に背を向け其々己の寮に帰る筈だったハーマイオニーとロンは、口を紡いだ侭後を付いてくるドラコを怪訝そうに見ていたが、咎めたところで大人しく寮 に帰る様子でも無かった為に見て見ぬ振りをしてきた。
案の定、グリフィンドール寮の入り口の前で大げさに溜息を吐いて見せたハーマイオニーに対してドラコは、ホグワーツ始まって以来の頼み事をした。其れも、 穢れた血と嘲笑って居たマグルの少女に対して。
不機嫌そうに一文字に閉じられた薄い唇から毀れた言葉は、世間一般の人間が他者に対して行う頼み事をする態度や言葉とは掛け離れていたが、ドラコの口から 毀れたものだと思えば希少価値も増す。
まさかドラコの口からそんな言葉が漏れる等とは想像だにしていなかったロンは口を大きく開け呆けた状態で唯ドラコを見ているばかりだった。

その最中、神妙な面持ちで一人グリフィンドール寮に姿を見せたハリーの首根っこを掴み上げ今にも殴り倒さん勢いで食って掛ったのがつい先程。
寝静まったグリフィンドールの談話室に響く怒りに塗れたドラコの声に漸く俯いていた顔を上げて見せたハリーの瞳は曇り切り、表情とは裏腹に緩やかに笑って 事の次第を告げた。


は? ねぇ、ハリー…は如何したの? 」
はスネイプに出す為のレポートを書くって言ってた。
 どうせ此の侭何もしなくても退学だろうから、だから当て付けに完璧に書いて提出するって。 」


其の言葉に、返す術無くドラコは掴み上げたハリーのローブから指を離した。
唯遠くを見ているような緑の視線の先を窺おうと、ハリーに眼をやるけれど、結局ハリーが何を見ているのかは分からずじまい。
込み上げる憤りを何とか堪えようと冷静さを事欠いた瞳を下げれば、例のあの人に悠然と立ち向かったハリー・ポッターと謳われている人物の指が震えていた。
再び賢者の石の領域に無知と言う土足で踏み荒らし始めた事への恐気が一気に競りあがって来たのだろうか。
よくよく見てみれば、其の表情は青ざめて居た。

「 …僕は寮に戻る。 こんな事位で怖気付く位ならから手を引け、ポッター。 」


何か言い返しなさいよ、とハーマイオニーが言葉を投げながら背を軽く叩いて見せるけれども、ハリーは背を向け談話室から去ったドラコに可否すらも述べない 侭口を紡ぎ続けていた。
呆れた様に溜息を零したハーマイオニーは、立ち尽くすハリーに餞別の言葉を言い渡すように「私はに協力するわ」と宣告する。
そんなハリーとハーマイオニーとを見比べながら、ロンはきっとハーマイオニーに付いて行くんだろうな、と腹を括る。
明日も講義が有るから、と自室に戻ろうと踵を返したハーマイオニーは何かに服を掴まれ、後のめりになった。
見れば、微かに震えた指先がハーマイオニーのローブの裾を掴んでいる。


「 …ハリー? 」

「 知り合っても間もない僕のこと、本気では心配してくれたんだ。
 賢者の石の真実に近い場所に触れて動揺した僕に何度も何度も謝って、頭を下げて…
 僕が首を突っ込んで知った事実なのに、は本当に申し訳無さそうで…僕の指を掴んだんだ。
 其の指が余りに温かくて、本当に温かくて… 」


繋いだ手の、絡めた指の、合わさった掌の熱を、今でも覚えているから。
其れを思い出しただけで、鋭利な刃物で何度も突き殺される様に疼いた否妻の傷跡も、酷い頭痛に魘される今でさえも癒される。
本を閉じた後、知ってしまった現実、気付いてしまった真実からも逃れられずに立ち尽くす事しか出来ない情け無い自分が居た。
怯えから来る震えか、震えから来る怯えかさえも判らなくなって、力の入らぬ手を動かして押さえようと力を入れてみても遮られて動かず、何度か試した後に諦 めて自然に下に落とした。

其の時包み込まれる様に握り締めてくれたの手の温もりが驚く程温かくて、不意に泣き出しそうになった。
何時から自分はこんなにも弱くなってしまったのだろうか。
ヴォルデモートに等、恐れている訳無いと思っていた筈の現実を間接的に知らしめられた瞬間だった。


「 大丈夫よ、ハリー。
 何が有っても…行き着いた先にアイツが腰を据えて手招きしてても、私とロンは着いて行くわ。
 嘗て…シリウスやルーピン先生が貴方のお父さんにしたように、ね。 」


ふわりと薄い色素を伴った髪が揺れ、ハーマイオニーが胸元を叩いてきた。小さな子どもをあやすようにして柔らかく。
続けられた言葉は気を逸らしすぎて理解するのに時間が掛かった。
瞬き、揺れた髪。憮然とした表情。
何時でもこの表情に救われて居たのだと、仲間が居てくれたからこそこうして地に足を付けて立っていられるのだと。


「 貴方はきっとを助けに来ると思ってるわ…其れが恋情か友情かは知らないけれど。
 其れにね、私の勘だけど…スネイプはきっと何かを私たち、ううん、に気付かせたいんだと思う。
 彼は絶対に禁書をが閲覧するとよんで、敢えて【納言草】について調べさせたのよ。
 何に気付いて欲しいか、其処までは私には判らないけれど… 」


だから不本意だけれど、マルフォイにも手伝ってもらおうと思ってるの。利用出来るものは全て利用しないとね。

そう言って微笑み、ハーマイオニーは自室へと戻って行った。
胸の内を曝け出したハーマイオニーの言葉は終始ハリーの返答を期待する様な画策は仕込まれては居らず、大きな独り言を零してったかの様に思えた。
ハリーを気遣ってからの意図か其れとも本当に独り言だったのか、今のハリーに其処まで憶測するだけの余力は残って居なかった。
静まり返った部屋にロンと二人残されたハリーは、夜の帳をおろした漆黒の闇夜を見詰めながら、蟠りのような息を吐いた。
代わり映えのしない黒をぼんやりと眺めていると、漠然とした不安が込み上げたりする。

けれど、この手で護ってあげたいと思った事は、事実。
安心感を齎してくれたのは驚く程に細い指先で、伝わったのは確かに温かな温もり。未だ縮まらぬ距離を縮めたいが為に、傍に居て欲しいが為にに協力した 己の欲望が生んだ結末が此れとは、何と情けない事か。

そんな自分を戒める為にも、更なる誓いを立てる為にも、ハリーは無言の侭闇を見詰め堅く拳を握り締めた。
爪が薄い皮膚を破って鮮やかな紅の川が造られ様とも気にする事無く。

ロンはハリーに声すら掛けられない侭、直に明けるだろう朝を想って瞳を閉じた。
明日に為れば、また皆で笑いながら食堂で逢いたいと。そう小さな願いを胸に秘めながら。






「 …気付いたか。 だが気付いたところで…如何する事も出来ないと言うにな。 我輩も過ぎた真似を。 」


暗がりの中、魔法で照らした灯かりに浮かび上がったのは、確かに二人分の足跡の形が浮かび上がった灰色の埃。
昨日は確実に無かった筈の真新しい埃と、長年開かれることの無かった本に残った指の跡。
其れ等が如実に示すのは一つしかない。
誰かが此処に忍び込んで禁書を閲覧したという、其の事実。
事実に気付いていながら、スネイプは全ての証拠を消去るかの様に魔法を一つ唱え、床に散ばる埃を跡形も無く消す。

優等生だと言われ、ホグワーツきっての美女だと謳われた
其の彼女が、何処で生きるべき、歩むべき道を踏み外したのかなんて、知らない。の父親が誰か等、其の人物ととの間に何が有ったかなど…其れが二人の 在り方なら、それでも良いだろう。
始めから、正しい道なんて歩む気も無かったのだろうから。

だからと言って、実の娘をあのような境遇にしなくても良いだろう。
ダンブルドアは何かの拍子にこの事実を手に入れ、そして全てを知っていて受け入れようとした。其の行動は人として賛美に値するだろう。
しかし其れは、にとって逆に苦痛を齎す結果に為るのでは無いだろうか。

限られた時間を生きるしか出来ない、人間にしてみれば。


「 何時かは喪ってしまうモノを欲する等… 」


他の何を喪っても、きっと生きていける。痛みを抱えながら、それでも足を引きずるようにして歩いていける。
スネイプは、そんな自分がいることを、確かに知っていた。
本当の意味での現実を知らなかった学生時代の幼かったあの頃は、喪う本当の意味を知る前の自分は、何を喪っても平気だと思っていた。
今も其れは、実のところ根本ではあまり変わらないだろう。
唯、喪った時の痛みが、辛いばかりだから、今は何も喪いたくないだけ。
だからこそ、最初から心を赦す事をしなければ楽だっただろうに。彼女がホグワーツに来て未だ、数日。
其の数日の間に自分がした事はなんだったか。
持てる全てを利用駆使し、出来る事は無いだろうかと悩み考えた末の結論。馬鹿馬鹿しい、神への冒涜だ。そんな言葉が朝目覚めては夜眠りにつくまで付いて廻 る。
もう沢山だ。そう投げ出したい事は数え切れるほど、其れでもそうしなかったのは執拗に興味をそそった家の令嬢、其れだけ。
喪う事を知って、諦めることを覚えた。そんな事を、に覚えさせたくは無い。驕りだと判っていても、其れでも芽生え始めた感情を留める術は無かった。


あの子どもはきっと、忌み嫌っているだろう、この存在を。
初めて出逢ったあの印象を拭いきる事は出来ないだろうから。嘗て見た生き写しの瞳を直視することさえ出来ない貧弱な精神しか持ち合わせない己を知ったて いたから。
このまま面影も執着も、何もかも忘れてしまえればいいのにと思う事もある。しかし叶う筈が無く。本当の所、忘却など望んではいない。


「 自分が生み育てた子だからこそ、何をしても赦されると思うな、。 」


もうこの世界の何処にも存在しない人間を咎めたところで、一体何に為ろうか。
行き場を失った憤りを噛み締めながら、スネイプは長いローブを翻し、図書館の扉を閉める。


脳裏に浮かぶのは、あの日見た光景。
橙にほんの少しばかり白を混ぜた様な夕焼けに染まる中庭で、彼女は一人静かに木に凭れて居た。
白く細い指が淡い桜色の花を手折る。一本、また一本と永遠に叶わぬ願いを込めながら。

ホグワーツから独りの少女が忽然と姿を消したのは、其の翌日。
其れから忘れ去られた様に彼女の話しは出なくなり、あれから実に13年の月日が流れ落ちていた。


再び同じ瞳色をした少女と出逢ったのは、何かの因果か神の気紛れか、其れとも......


































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/11/3