last scene

day-16 : 真実
閉め切られた図書館の静謐な空気はこれ以上穢される事無く、初めて扉を開かれた時の侭の状態に戻っていた。
フィルチが何人かの教師を連れ立ってもう一度念入りに見回りに来るかもしれない、来ない確証は存在しないと、未だ呆けたように大理石の床を見詰め続けるハ
リーにが声を掛ける。
夢現から問答無用で現実に引き戻されたように一気に理性が覚醒すれば、克ち合った紫水晶の瞳を直視出来ずに居た。
自分の行為によってハリー不快な思いをしたのかと案ずるの誤解を解こうにも、瞳を見るだけで抑揚してしまう心を押し留める事が出来なくて、自然と視線
を逸らしてしまう。
仕方ない、見詰めてしまえば思い出してしまうのだ。数秒前に確かにこの身の上に起きた、奇跡に似た出来事を。
「 あ、ごめん…違うんだ。 僕、お母さんにも抱締められた事が無いから、だから…
気にしないでって僕が言うのも可笑しいけど、本当気にしないで。 」
「 判った。 私も気にしないから、ハリーも気にしないで?
早く探さないと今度はスネイプやダンブルドアが来ちゃうかもしれないから。 」
目を細め、言及する。
垣間見たの表情は相変わらず読めない侭、それでも話が核心を触れたことでハリーは少なからずの忘れていた緊張感を張り巡らせた。
勘を最大限に働かせてタイトルから内容を探し当てようと躍起に為るハリーを見詰めるのその笑顔は、優しかった。
再び落ちた沈黙の合間を縫い止める様に聞える羊皮紙を捲る音がとハリーの会話の一種に為りつつある時分、ハリーはふと真横のに視線を映した。
途端、声を失う。
ほんの少し、盗み見るだけだった表情は先程見た柔らかな微笑とは真逆に位置し、眼差しは羊皮紙越しの活字を突き刺す様に射抜いたようなものだった。
初めて出会った、あの日に見た純粋に冷静に相手を分析する視線。理性を保ったままの瞳は、一切の感情を読ませない。
視線の先、ぶつかった先で背から悪寒が一気に駆け抜ける程の恐怖を与えてくれた冷涼な視線が其処に在って。
見た事を、再び出遭った事を認めないかのように、ハリーはその瞳からゆっくりと視線を剥した。
「 納言草…エリクシール…あった、、此れだよ!! 」
偶々広げた頁に飛び込んできた異国の文字を見つけたハリーは、傍らで腰を落として活字を追うのローブの裾を引っ張った。
スネイプが見付けろと投げ打った問題が、の国の言葉であった事が幸いしたのかもしれない。英国英語で記述された羊皮紙がずらりと並ぶ図書の中、異国の
文字…特に楷書体で書かれた漢字は左から右へと流れるアルファベットに比べると形も大きい上に画数が多い為に存在感も遥かに大きい。
今までも英語以外の言語で書かれていた文献は目にしていたけれど、やはり捜し求めていた文字と云うのは頁を開いた瞬間に脳裏に焼きつき染み込むのだろう。
虫眼鏡を駆使しなければ全てが見えない程細かく記述された古びた文献を膝の上に広げ、の眼にも見え易いようにと月夜の逆光で反射する羊皮紙の脇に灯か
りを燈したランタンを置く。
暗がりの中、朧気な柔光りに浮かび上がった文字を追う様に、ハリーがゆっくりと詠唱する。
「 卑金属を金や銀に変える究極の物質であり、また永遠の生命をも可能にする生命の秘薬と言われている。
…其の物質の名をエリクシールと呼び習わし、此れを求める者は可能な限りのインスピレーションを働かせ、
火や触媒を使ってエリクシールを作り出そうとした。
しかし、全てが失敗に終わった。それはそうである。 卑金属を金に変える物質など常識的に考えてあり得ない。 」
「 エリクシール…? エリクシールって納言草の事なの? 」
「 ちょっと待って、この先に書いてある。えーっと… 」
急かす様に小脇から言葉を投げるを宥めながら更に活字を追った。
幼い子どもが新しい玩具を手に入れ、自慢げに友人に見せる時の胸の高鳴りに似た感情を持余しながら、指先で頁を捲る。
しかしそこで、指が止まった。誰かが破り捨てたのだろうか。其れとも初めからこうなっていたのか。
開いた頁の羊皮紙は草臥れていると表現するには事足りて居ないほどに窶れ、インクの所為だろうか…掠れて消えかけた文字の原型を想像しながら活字を追わな
くてはいけない状況下に叩き込まれた。
今思えば、読み進めることを禁じられた頁なのだと言うことを如実に現していたというに、気づかない侭。
「 えぇっと…
エリクシールを作り上げる上で必要不可欠な材料は、納言草。
しかし、遥か数百年前に世界から根絶したという噂を持つ幻の薬草で、東洋のとある地域にしか根を張る事は無い。
この納言草の存在無しにはエリクシール…つまり…、 」
其処まで読み進め、ハリーの顔面に蒼が走った。
活字を追うの視線がハリーの読み進めた場所まで到達して居ない事を知っていたハリーは、続きを声に出さない侭勢い良く文献を閉じた。
バタンと重々しい音が禁じられた棚の中を木霊して、長年開かれることの無かった頁同士の隙間に生じた埃が一斉に空に舞った。
暗がりの中でも明瞭に見える埃が漂う空気を払う事もしない侭、ハリーは手にした本を何事も無かったかのように棚へと移そうと腕を伸ばした。
其の腕を、が掴む。
「 ハリー? 如何したの?如何して急に閉じたりしたの? 中に…一体何が書いてあったの? 」
躊躇した様、視線を逸らす様に孔雀緑の瞳を放浪させたハリーはの腕を振り解く様に文献を棚の中に納めると一つ息を吐く。
それは心の底からやっと搾り出した様な酷く重たげな溜息。
向き直る様、ハリーはを見た。
映りこんで来るのは、一体何が在ったのかと真っ直ぐに見詰めてくる澄んだその瞳。驚くほど繊細な睫に囲まれたそれは、白淡の透明度が高い癖に底知れぬ夜色に似た紺紫
の奥深さをも隠し持つ湖面の静寂。
見つめるもの全てをその中に捕らえてしまおうとでもするかのように、余りに吸引力が強すぎる。視線を剥そうにも、もう剥せない絶壁の状況に追い込まれてい
た。
食い入る様に見詰められ、躊躇いがちに言葉を濁すハリーを許そうとはしないの瞳に、漸くハリーは告げる。
意識する事無く握り締めた拳が、恐怖からか怒りからか、定かではない感情で震えていた。
「 気付くべきだったんだ。エリクシール、其の言葉を聞いた瞬間に。 如何して僕は忘れて居たんだろう、如何して。
…納言草を材料とするエリクシール…卑金属を金に変える物質。
納言草は…賢者の石を精製する為に必要不可欠とされる薬草だったんだ。 」
殺風景な空間に、怒りに満ちたハリーの声だけが静かに響いた。
認めたくない真実は、其れでも全てを繋げる唯一の確証。これ以上に、整った納得をさせることの出来る答えなどは何処を探してもどこにも無いだろう。
エリクシール…嘗て滅び去った太古の文明では賢者の石をそんな字で呼んでいたと云う。
ヴォルデモートの復活にさえ力を発揮し、不老不死の効果を齎すと銘打たれた呪われた石。其れを精製させるために使われる薬草だからこそ、世界から根絶した
といっても過言ではないだろう。
きっと憶測でもない。
普通の生活をしていれば、間違っても行き着かない答え。ありとあらゆる文献から最高峰の禁忌とされていたのはこの為だったのか。
何て、出来過ぎた答えだ。
禁書の棚を閲覧することで、こんなにも綺麗な答えを簡単得ることが出来てしまうのだろうか。
見なければ、良かった。此処を閲覧しなければ一生知ることの無かった真実を知ったところで、何とスネイプに告げられようか。
自ら【禁書の棚を閲覧しました】とでも言えばいいのか。言えば間違い無く退学が言い渡されるだろう。
出来すぎた答えには、出来すぎた結末しか待っていないと、そう云う事なのか。
「 賢者の…石って、例のあの人が復活の時に使おうとしていた、あの賢者の石? 」
「 Sorcerer's Stone…あんな忌々しいものを精製する為に使う薬草を調べろだなんて、スネイプ…
一体何を考えてるんだ!! やっぱりアイツはヴォルデモートと…ッ! 」
感情に左右され感傷的に言葉を並べていくハリーの瞳には、確かなる怒りの焔が揺らいでいた。
誤解かもしれない。スネイプは二度もハリーを救ってくれた。本当にヴォルデモートの手下ならば幾らでもハリーの命を殺ぐ機会はあっただろうに、其れを行使
せずに今日まで来た。
だからといって、本当に信用の出来る相手かと問われれば、其れはまた別次元の話になる。
「 ハリー、お願い、落ち着いて? 今日はもう戻りましょう? フィルチが戻って来るかもしれない。
今日はゆっくり寝て…また明日、みんなで考えよう? 」
「 あ…うん、ゴメン。 そうだね、きっとハーマイオニーなら良い案をくれると思うよ! 」
自分がよく知っている、ハーマイオニーの性格ならば、手伝って遣る事位しか力に為れない己を責め、行き場のない自分を持て余し、そして全てを一身に背負お
うとするだろう。
嘗て三度に渡って共に逆境の渦に身を沈めてくれた時、そうであったように。
友達としてハリーの傷までも背負おうと、そして今まで癒えなかった傷に、其の侭新しい傷を擦り込んで其れでも自分を気に掛けてくれる優し過ぎる存在。
擦り込まれた傷みは決して簡単なものではないだろうということも容易に想像出来るのに、なのに何時も迷惑を掛けて傷を負わせてばかりで。
巻き込まれ、傷つき、悲しみ、苦しみ…蓄積された憎悪をぶつけられても文句は言えない筈だのに、其れでもハーマイオニーとロンはずっとハリーの傍に居てく
れた。
甘えて、居るのかもしれない。
全く、本人の意志とは無関係な、むしろ最初からハーマイオニーとロンという人間を踏みにじった形で。
だからこそ、ハーマイオニーとロンがそうしてくれた様に、今度は僕がを護ろうと。
再び巡ってきた【賢者の石】は偶然なんかではなくて、が転校してきた其の意図は此処に有ったのかも知れないと。
---------- これが因果な運命だ。
というのならば、そう『廻させた』世界を壊してやりたいとすら、ハリーは思った。
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/10/24