last scene




day-15 : 柑橘の誘惑U




「 私はハーマイオニーと一緒に二人を応援する。 …出来れば引き分けが一番良いんだけどね。 」


そう漏らした言葉に、ハリーは告げられる言葉を予感していた様に苦く笑った。
其れはにとって、ハリーとドラコは互い同一線上に位置しているだけではなく、向ける感情も同一なのだと間接的に知った瞬間でもあった。
知らしめられた現実が、悲しかった訳ではない。唯、が申し訳無さそうに笑うから、だから居た堪れなくなって。話題を振らなければ良かったと悔やんでみ ても時既に遅し。
重たげな沈黙が流れ落ちる状況下、如何したら良いのか、先程二人きりに為った時に起こった現象を再現しているかのように次の言葉が何故か脳裏に浮かばな い。
きっと気まずいのはハリーの方ではなくての方だろう。折角返答を返したというのにハリーが其 の返答に対する答を返して無いのだから。


「 そろそろ、行こう? 」


悩みに悩んだ末に搾り出した言葉は、過ぎた時間の経過を実感させるには充分過ぎる程長い時を経てからだった。
案じていた教師による図書館の見回りも行われる事無く、就寝時間を既に30分は経過している時刻を告げる時計の針だけが、静寂仕切った室内に木霊する。
ゆっくりと腰を上げ、音を立てぬ様に慎重に扉のノブを押し開けば、中からは古めかしい羊皮紙で綴られた本を開いた時の様な独特の香が鼻を付く。

途端、予想だにしない冷気が風が通り抜けるように身体を包み込んだ。

季節柄、夏と比べれば少しは気温が低下する夜ではあるけれど、震える様な寒さを感じた験しは無かった。
通常着用するローブの上に透明マントを羽織っていると云う現時点でさえ、ぶる、と震える身体をは自身で温める様に抱き締めた。
扉一枚隔てただけの世界。この異常な感覚の原因、其れは言わずと知れていて、これから為すことを思えば、より一層強まるばかり。
今まで何かが有った世界から、突然何もない空間に放り出されたような心地だった。慣れている筈の恐怖が常に纏わりついてくる。
一番初めに禁書を閲覧した時には感じられなかった違和感に、ハリーは自然と瞳を歪め眉間に皺を寄せた。


…若しかしたら、今日は辞めた方が良いかもしれない。 」
「 え?どうして…? 折角入る事が出来たのに。 若しかして、フィルチの声でも聞えた? 」
「 ううん、そうじゃないけど…如何し様も無く厭な予感がするんだ。 」
「 厭な予感? きっと明日の魔法薬学のテストを控えてるから、そんな予感がするんじゃない? 」


いいからいいから、ハリーも探したい本があるんでしょう?
そう促される様に腕を掴まれて先頭を歩かれれば、狭い透明マントの中ではの後を付けて行くしかない。
いや、其れよりもか細い指で腕を捕まれた瞬間に身体を駆け抜けた温もりを逃したくなくて、指が離れてしまわない様に自然と本能のまま足が一歩前に出て。

音を立てることさえ懸念される程の静謐な空気の中、二人はハーマイオニーから貰い受けた地図のお陰で迷う事無く目的の棚まで辿り着けた。
改めて室内を見回してみれば、扉一つ隔てた一般生徒も閲覧出来る蔵書の倍は有ろうかと云う本がずらりと並ぶ本棚が、幾重にも列を為して立ち尽くしている。
言葉さえ飲み込んでしまう様な夥しい量の本の存在を認めれば、三年前に覗いたあの部屋はほんの一角にしか過ぎないのだと改めて思い知らされた。


「 凄い量だね…。 先にの本から調べよう? 」
「 え?私はハリーの本から調べるつもりで居たんだけど… 」
「 僕のは後でもいいんだ。 前回見た時に大体の場所とタイトルを覚えているから。
 其れよりフィルチが来る前にの本を探さないと…! 」
「 有難う…優しいんだね、ハリーは。 」
「 そ、そ…そんな事無いよ、うん、そんな事無い! 」


照れた様に笑ったハリーは、其の気持ちをに悟られる事の無いように、慌てて下方へ頭を垂れる。
すると、本と本の隙間を縫う様に置かれていた本の背表紙に見慣れた文字を見つけて、条件反射で指を伸ばした。
長年読まれては居ないのだろう。挟み込んでいた本と本が擦れ合って舞い降る埃が、空気の中を振動して落ちる音が聞こえて来そうな程の量の埃が零れ落ちる。
思わず口元を押さえて咳き込んでしまいそうな衝動を堪え、透明マントの外側で毛羽立った羊皮紙にこびり付く埃を簡単に払うと、頁を捲る事で生じる塵埃を紫 苑に掛からぬ様に注意を払って本を開いた。

其の動作を暗がりの中で見ていたは、自分の為に指が汚れるのも構わずに活字を追うハリーの後を追う様に透明マントから手を伸ばしてタイトルから中身を 想像しながらニ・三読み進めて行った。
落ちてきたのは、先程とは異なる心地良い沈黙。
重たげな沈黙は時と共に当たり前の様に其処に存在し、暫くすれば、透明マントの中と言う狭い空間に煩わしさを感じてどちらからとも無く透明マントから抜け 出て読書に勤しんだ。
透明マントから抜け出てしまえば、ランタンの灯かりはかえって邪魔に為るだけの存在だと気付く。

消そうと思って伸ばしたハリーの指先はランタンの橙に触れる事無く空を舞って、ハリーの指より先に唱えられた呪文によって周囲に暗闇が訪れた。


「 星と月の灯かりだけで読書が出来るね。 きっと…外はもっと綺麗なんだろうね。 」
「 今度連れて行ってあげるよ。 シーカー仕込みの速度で、月に届く位上まで昇って、上から星を見下ろすんだ。 」
「 きっと…此処から見る星よりも綺麗なんだろうな…。
 そうだ、じゃあみんなで行こうよ、ハリー! ハーマイオニーとロンと、ドラコも誘って皆で月夜のピクニック。
 楽しいだろうな。 私、ハーマイオニーと一緒にお弁当作るから! 」


無邪気な笑顔で遠く輝く星を見ながら同意を求める様に問われれば、素直に頷く事しか出来ないのが悲しい男の性。
ドラコとだけは死んでも行きたくないと、思っていても口には出せない感情を飲み込んで、ハリーはの見上げた星空を見上げる。

天空に輝く白銀の月が、地上にある全てのものを遍く照らす。目の前に広がる夜色のヴェールは漆黒の空に広がった水面に輝く鏡の様に浮かぶ月を映し、幾千も の星は 煌めく月影に照らされて淡く銀に耀きを増す。
深い闇色の空と白銀が織り成す月との清冽な組み合わせは対照的だからこそ息を飲むほど美しく、その余りにも幻想的な光景はこの世ならぬ所に居るのではない かと錯覚を起こさせる程。
普通ならば眼にも留めない夜の景色を、感嘆の溜息を吐きながらと見る等と想像だにしなかった出来事。ハリーは息をも呑む絶景を、空虚な眼差しで見つめ て いた。

同じ景色でも、心を許した人と見る、唯其れだけでこんなにも違う景色へと変貌してしまうというのだろうか。


---------- 空から見下ろした星を二人で見れたら、本当に綺麗な景色として映るんだろうな。


ぼんやりと煌めく銀幕を見ていたハリーは、今まで考える事も無かった言葉が自然に脳裏に浮かび、慌てて其れを打ち消すように置きっぱなしにしていた本の頁 を捲る。

静まり返った室内に木霊する音は、瘡付いた羊皮紙が立てる音だけだった。
其処に不意に、誰かの足音が聞えて来た様な気がした。


「 …誰か、居るのか。 」


頁を捲る手を休めて神経を耳に集中させれば、聞えてきたのは空気に重々しく響くは紛れないフィルチのしわがれた声。 ランタンを片手に見回りに来たのだろう、壁に反射して揺れる曲系の橙の影がとハリーの視界に入ってきた。
本を元の位置に戻して部屋を出ようと思った時、既に、遅し。
見れば、直ぐ傍まで影が伸びてきている。

躾の為って居ない子どもが音を立てて床を歩く様な靴音を鳴らしながら近付いてくるフィルチから姿を隠そうと、ハリーとは本を元の位置へ戻して透明マン トを頭から被って息を呑む。
ペタペタと冷たい床を歩くフィルチの靴音が、静寂に響く。


「 …誰だ、其処に居るのは。 」


見えて居ない筈の存在を悟られた様に、フィルチは透明マントで存在を消したとハリーが息を潜める其の眼前に立ち尽くして、ランタンの灯かりを二人に向 けた。
勿論二人の存在が見える訳もなく、ランタンの灯かりが照らし出すのは二人が凭れている壁の模様のみ。其れでも執拗にランタンを上下左右に揺らめかせては、 何か変わった事が無いだろうかと憶測しているのだろう。昨日という過去に見た部屋の情景を思い出しているのだろうか。昨日と何等変化等無い筈だと云うに。


「 確かに誰かが居た痕跡が有る。 この辺りだけ温度が高い気がする…が、 」


ずいと空間に伸ばした手は、予想通り空を掴んだだけに終わった。とは言え、フィルチが空を掴んだ場所はつい数ミリ秒前までとハリーが立ち尽くしていた 場所。
如何にも拭い難い厭な予感を感じて気持ち半歩右にずれた事が幸いした。あのまま立ち尽くしていたら、間違い無くある筈の無い存在をフィルチは指先で掴み上 げていたことだろう。
其れを考えれば、一気に押し殺せない緊張感と焦慮感に全身を包み込まれる。
通常よりも何倍も早く打ち鳴らす心臓の鼓動と手に汗を掻くほどにまで高まった体温を、若しかしたら気付かれているのだろうか。

其れを確証付けるように、フィルチは足を一歩踏み出して杖を構える。しわがれた声が第二に紡いだのは、温度を持つ存在を浮かび上がらせる魔法。
幼等教育並の簡易魔法で存在を見破られる日が来たのだ、とハリーは思わず懐の杖を握り締めた。いざと為れば、忘却魔法をフィルチに施して走り去る覚悟が出 来ている。


---------- quiet...


フィルチの唱えた魔法が終わる其の寸前、しわがれた声に混じって微かに聞えたのは、聞き慣れたの声。
静かにしろとは一体如何云う事なのか。訳が判らない侭口を紡いでいれば、ふわりと柔らかな柑橘の香りが周囲に舞った。
仄かに揺らぐ橘の薫りに鼻先を擽られ、出会った事の無い蜜柑畑に足を踏み入れた際にはきっと同じような香りがするのだろうかと、想像力を働かせて。
何が起きたのかと脳が理解する前に更に芳しい柑橘の香りに抱すくめられる錯覚に陥ったと理解すれば、同時にフィルチが呪文を唱え終えて杖を振り下ろした。
視界に映りこんで来るのは、変わることの無かった景色を映し込んでいるフィルチの瞳と、無駄な呪文を唱えたばかりか無駄な時間を費やしたと眉間に皺を寄せ た表情のまま踵を返した後姿。

そして、一瞬にして身体を駆け抜けた絶対零度の温もりと、色味を欠いた頬に柔らかく触れる漆黒の絹髪。

隣に位置していた筈のが向かい合わせで一方的にハリーを抱締めている情景を理解した瞬間、鼻を付いた柑橘の香りがの髪から香るものだと知っ た。
が何をしたかったのかは、判らない。何故にフィルチの魔法…幾らスクイブだと言っても幼子でも間違わない様な呪文をゆっくり丁寧且つ完璧に言っての けた魔法が効力を発揮しなかったのか。
に抱締められて居たからだ、と言えば…一体どれだけの人間が信じてくれるだろうか。に抱締められている現時点でさえも、に抱きしめられただけ で魔法の効力が消えた等…信じられて居無いと言うに。


「 あ、ご…ごめんなさい。 私、体温を消す魔法を母から昔教わって…
 でも他人に施す術を知らなくて、思いついた方法を試してみたんだけど…突然本当に、ごめん。 」
「 い、いや、いいんだ。 僕は全然気にして無いよ! フィルチにも気付かれなかったし、むしろ感謝してるくらいだよ! 」


蜃気楼の様に一瞬で消えた温もりと柑橘の香りに名残を感じながら、ハリーは胸を競り上がった言い様の無い感情を消化する術を知らず、持余していた。
離れた筈の身体から伝わった微かな熱、遠ざかったの残してくれた微かな柑橘と柔らかな感触。
薄れて逝く馨りから漂う鮮やかな影に、申し訳無さそうに微笑む桜色の唇は思わず口付けたくなる程魅力的に映り込んで来た。

知らなかった何かが、知っていた何かが、崩れ去る様な瞬間だった。
色素を奪われたような肌に、揃いの夜色の髪。純度高く精製された紫水晶にも似た、薄紫白淡の瞳色。
自分とは異なる色彩の其れには、自分は一体如何映っているのだろうか。そう考えて、ハリーは眉根を寄せた。
昨日までは思わなかった。昨日、までは。






























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/10/10