last scene

day-13 : 秘密の共有U
見渡す限り不可思議なもので埋め尽くされている室内は、の興味を駆り立てるには充分過ぎるほどで、足を踏み入れた途端夢の世界に入ってしまった様には吐息と同じ位の小ささで感嘆の声を上げた。
様々な肖像画が並ぶ壁を見渡し、積み上げられた本の隙間を縫って左手に階段が見え始めた頃、丁度正面に大きな水槽の様な硝子箱が現れる。
覗き込もうとして、透き通った硝子の向こう側に飾り物の様に置かれた小さな羅針盤が、微かな音を立てた。
眺めていただけだと言うのに、気付かない内に指が触れてしまったのだろうか。慌てて身を退ける様にすれば、大きな本棚の上から柔らかい笑い声が降って来
た。
「 気にするでない、其れが動いたのは君の所為じゃない、時計の意志じゃ。 」
「 意志…? 時計に意志があるのですか? 」
「 あぁ、あるとも。 時計だけじゃない、世界にある全てものは皆、意志を持っておる。 」
そうじゃろう?
そう問われ、は柔らかな微笑みにつられる様に自然と顔に笑顔を浮かべると同調の意を表して見せた。
沢山のものが犇き合うダンブルドアの室内は想像以上に明るく、何処からか光りを取り込んでいる様な柔らかな木漏れ日に似た温もりが室内に立ち込めていた。
差し出された椅子に腰を落とし、淹れてくれた紅茶を喉奥に落としながら尚も興味深そうに室内を見渡せば、鋭利だけれど端麗な眼差しに克ち合った。
不死鳥。確か、其の存在を耳にした事がある。500年に1回、自ら劫火に入って其の身を焼かれ、生まれ出でた灰の中から若い姿で再生すると言われている不
死の鳥。
世界を覆いつくす様な橙に似た朱で染め上げられた身体は極上の布を張り合わせた様に美しく輝き、切れ長の瞳からは癒しの涙が流れ落ちるという。
普通に生きていては一生見ることの出来ないだろう生き物に出逢い、は興味本位で小枝の様な指をゆっくりと伸ばす。
微かに上下に震える指が不死鳥の眼前に来るとピタリと止まり、小さく人啼きした不死鳥は甘える様にの指に小さな頭を乗せ、其の侭大きく羽ばたいた。
空から雪の様に舞い降りてくるのは、純度高く精製された混じりけのない金と痛々しい陽に似た払暁の朱い羽根。
「 どうじゃ、身体の方は大分慣れたかのぉ。 」
「 ご心配をお掛けして居ります。 万端…とまでは行きませんが、日常生活に支障は有りません。 」
取り繕う事を知らないような表情の侭、は柔らかく笑んで、宙に舞う羽根を一枚拾い上げた。
其れは金と朱が綺麗に織り交ざりあった絹糸が縒り合わさった様な細さの毛が幾つも重なって、一枚の羽根を形成していた。
大人に対する言葉の遣い方を熟知している子どもは、無意識に心の内、全てを晒す様な瞳をする時があるが大抵は其の全てを呑み込んでしまう。
今でさえ、本当は楽では無い筈だろう其の生活をひた隠しにする様に当たり障りの無い言葉を告げてきて。
これ以上の迷惑を掛けたく無いと言う意思が問わずとも伝わってきて、遣る瀬無い気持ちに為る。悪いのはこの子どもではない。この子どもがに降りかかった罪
過…其れが全ての始まり。
「 最近ハリー達と一緒に居る所を見掛けるが…寮の異なる彼等と如何知り合ったんじゃ? 」
「 魔法薬学の講義で席が隣だったんです。 ハリーもハーマイオニーもロンも、ドラコも…皆良くしてくれます。 」
「 其れは良かったのぉ。 そう言えば…スプラウト教授が話しておった。
ドラコとハリーが昂然と言い争いをしながら同じ頼み事をしに来たとね。 」
普段周囲に知れ渡っている程仲が良くないあの二人が共に連れ立って歩く事は愚か、同じ頼み事を競う様にする等と言う事は、ホグワーツ始まって以来の出来事
だとスプラウト教授が話して居た事を思い出してダンブルドアは笑った。
初めてダンブルドアがに出逢ったのは、一ヶ月ほど前の事に為る。
あの時も、組み分け帽子の儀式の際もそうだった。時折光りの加減で薄紫白淡に見える紺紫の視線は随分とキツく、子どもの緊張が手に取るように判った。
脅えている。他でもない、初めて逢った人間に対して、明らかな脅威の心境が知らず防衛反応の様に彼女の瞳を鋭利なものにしたのだろう。
今までの経験か、自身が置かれた状況がそうさせているのか。
何と残酷な事を。
人を睨み威嚇する術を知るよりも、微笑っている術を熟知している筈の子どもは、やり場の無い憤慨を抱えた侭身体を拘束されていた。
魔法が施された青鈍色の鎖は幾重にも重なって、か細い手首を縛り上げて自由を子どもから奪い去った。
泣く事さえ赦されて居ない存在に置かれた少女は扉奥から現れたダンブルドアと視線を交わす事無く、豪華な大理石の上に見世物の様に立たされていた。
両脇にはやつれた衣服を纏ったディメンターが守護霊の様に少女に寄添い、背筋の奥底から緊張が引き摺り出される。
今思い出すだけでも、おぞましい光景だった。
どれだけ辛くとも酷くとも、人には成すべき時があるというのを知っていながら、其れを捻じ曲げた。歪みが生じると判っていながら、気づけば口を突いて嘘が
毀れていた。
其の子どもを、引き取る、と。
「 君は…スリザリンに選ばれた事を後悔しとるかね。 」
「 …後悔…はしていません。 納得も出来ては居ませんが。 」
「 スリザリンではもしかして 君はまことの友を得る どんな手段を使っても
目的遂げる狡猾さ
来週も君とこうして話が出来る事をワシも祈っておる。 」
組み分け帽子の儀式の際、高らかに己の所属寮を宣言した帽子が口ずさんだ唄を、ダンブルドアはゆっくりと柔らかな眼差しで言い直した。
あの時は唯の唄だと気にも留めずに聞き流して終わったけれど、今再び思い返して見ればスリザリン寮に入寮するだけの気質は備えているかもしれない。
ホグワーツに残る為に如何なる手段を用い誰を犠牲にしようとも、一向に構わないと思っていた。つい数時間前にハリーに透明マントを貸してくれるように頼ん
だ事も、禁書の棚の閲覧を誘った事も、全ては自分の為。
使えるものは全て利用する、そう教えてくれたのは他でもないたった独りの肉親だった。
何よりも確実な方法で其れを教えてくれた肉親は、たった独りの娘を天秤に掛けて、自身よりも軽いと判断した。
裏切られたのだと知ったのは、もう大分大人に為ってからのことだった。
「 わしは… 」
言い掛けて言葉を呑んだ。
魔法界だろうとマグル界だろうと、大人であろうと子どもであろうとも、犯した罪を償うと云う義務は変わりない。
あの頃とは違う、硝子球に唯見える物を映し込んで輝いて見えた贋作の瞳とは違う生きた瞳を真っ直ぐに見れない侭、告げようとした言葉の善悪が付かなくなっ
た。
割り切れない怒りと、如何して遣る事も出来ない憤りを覚えながらも、護ってやりたいのだとスネイプとマクゴナガルに告げたあの日を思い出す。
判ば公然の誓いにも似た言葉を否定するような問い掛けを落とせば。あの時告げた言葉が嘘になる。
これ以上、少女から信じられるものを奪い去りたくは無かった。
「 ダンブルドア校長? 」
「 あ、あぁいや何でも無いんじゃよ。
わしはホグズミードからの土産、ヒキガエル型ペパーミントをお願いしたいのじゃが…と言おうと思ってな。 」
「 ヒキガエル型ペパーミント…? 聞いただけでも妙な効果が有りそうなお菓子ですね。
週末ホグズミードに行けたらお土産に買ってきます。 では、私はもう寮に戻ります。 」
「 気をつけて帰りなさい。 何か有ったら、何時でもおいで。 」
長く蓄えた髭を片手でゆっくりと撫でながら、ダンブルドアは傍らのフォークスの頭を撫でる。
別れを惜しむ様に小さく鳴いたフォークスに小さく手を振ったは、慇懃に頭を下げて校長室を後にした。
カツカツと響き渡る足音が重圧な扉の向こうに消えて行くまでダンブルドアは其の扉を見詰め、音が聞こえなくなったところで初めて小さく息を吐き出した。
---------- わしは、君を見付けなければ良かったのじゃろうか。
麗しき一輪の白百合。
そう呼ばれていた彼女生き写しの様なを思い出して、ダンブルドアはゆっくりと其の瞳を閉じた。
そのたおやかな美しさで人の目を惹きつけるも、一人佇む姿はあくまでも清冽に孤高。
酷く彩度の高い紫水晶の瞳。
ぱっちりと美しいアーモンド型のそれはいつも酷く澄んでいて、何処までも透った夜の帳を思わせる。
奥に淡い白淡色を隠し持ち、光の加減やその時々の感情に随順して様々な白と黒と紫のコントラストを見せる不可思議な宝石。
嘗て思い出の中にだけ生きていた彼女が、この世に蘇った様な錯覚さえ感じた。
「 娘を犠牲にする等…残酷な事をしてくれたものだな、。 」
嘗ての同胞の名を口にするのは何十年ぶりだろう。娘が居る事さえ知らず、父親と為るべき者が誰なのかさえ判らなかった。
あの頃は何も知らずに生きていた。何も知らない侭でホグワーツに戻ってきた。
憎悪と悔恨に塗れた独房に似た室内で見たのは、サラサラと揺れる極上の絹糸の様な夜色の髪と、傷ひとつない白磁の肌に天使のカーブを描く頬。
ふんわりと甘い口唇は桜の花びらを押し付けたようで、揺れる薄紫白淡の瞳は稀代の宝。
其の瞳を見た瞬間、疑心は確信に変わった。
開かれた羊皮紙には調べられるだけ調べ上げた痕跡が事細かに記され、時系列で其れを追えば知らぬ間に憤りが胸を競り上がった。
同じ遺伝子を受け継ぎ、容姿はぞっとするほど似通っているものの、母娘の性格は相反するものだった。
彼女は間違ってもグリフィンドールの輩と口を聞いたり頼ったりする事の無い気高い思想の持ち主だった。マグルを嫌い、徹底的に排除した。
片や娘と言えば、楽しそうにグレンジャーと居るところをここ二・三日の間にかなりの頻度で見掛ける。麗人冷然なスリザリンの氷姫と呼ばれた母親と比べれ
ば、同じ容姿を兼ね備えていながらは陽の日だまりの様な穏かさを身に纏った春の精に似て。
「 …莫迦莫迦しい。 あの娘がどうなろうと、我輩の知った事ではない。 」
瞬間、己の思考に違和感を覚え、スネイプは怜悧な眉を強く顰めてテーブルの上に置かれた何巻もの羊皮紙をゴミ箱へと投げ入れた。
ガコンと音を立てた箱が揺れ倒れ、中身が毀れ出るも構わずに、スネイプは寮の瞳を手の甲で押し潰すようにして、溜まった疲労を回復させるかのように浅い眠
りに身を委ねた。
(斜体部分表記:『ハリー・ポッターと賢者の石』P177組分け帽子の歌より引用)
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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/10/3