last scene




day-1 : 組み分け帽子の誤算




大理石で作り上げられた外壁とは裏腹に、くっきりとした木目調の窓枠の外から漏れ出した 光りは、夜半過ぎから土砂の様に降っていた雨が上がった事を如実に証明していた。
鮮やかに朝を告げる太陽の光につられて踊るように、きららかな結晶が外を浮遊する様が見て取れる様に空気が冷たく澄み切っていた。
冬でも無かろうに、天候まで可笑しければ空気まで変わってしまうのかと、スネイプは苦渋の溜息を零しそうになる。
そんな、最中だ。重たげな音を立てて開かれた食堂の扉の奥から、溜息を押し戻して言葉を失う程眼を奪われた少女を視界に映しこんだのは。


スネイプだけではない。扉が開かれた瞬間、振り返った生徒は皆一様に言葉を失くして少女に見入った。
容姿も然る事ながら、日頃見慣れぬ東洋の魔女を髣髴とさせる見事なまでのアメジストの瞳に唯魅入られる。
瞳だけではない、ハグリッドにエスコートされる様にゆっくりとダンブルドアの元に歩いてくる少女の姿がはっきりと視界に入り込む様に為れば、感嘆は更に続 いた。
美しい瞳を強調するかのように寄添う長い睫、傷一つ無い滑らかな、ふっくらとした頬はうっすらと薄紅色を帯びていて、形の良い唇へと続く。
薄くも厚くも無い、それでいて酷く艶かしい雰囲気を帯びた、紅い唇。
それらのパーツで造られた顔は、文句の付け様が無かった。一言で言えば可愛らしい、だがその可愛い容姿の中にも自然の色香が漂い、見るものを感嘆させるよ うな微妙なバランスがそこに形成されていた。
そして最後に。肩下で僅かに揺れる深い夜色の絹糸は華奢な身体を更に華奢に見せ、漆黒のローブが酷く重たげな印象を与えている。


「 すっげ… 」
「 東洋の魔女…噂通り、凄い端麗な容姿だな。 」


言葉を失くした生徒達は、傍らを少女が通り過ぎると同時に何かの魔法から解き放たれた様に急に言葉を放つ。
あちら此方から聞えてくるのは少女を感嘆する言葉や其れと同等の意を持つ嫉視を含んだ言葉。
賛美の言葉は兎も角として、嫉視を含んだ罵倒に近き言葉には一瞥をくれてやっても罰は当たらないだろうに、何れの言葉にも少女は反応を示さない。

示さない、と云う言葉は余り適していないのかも知れぬ。聞えて居ない、若しくは言葉を理解していない、と言った方が正しいだろうか。
東洋出身と言うだけ有って此方の言葉の認知理解能力に欠けるのか。いや、其れは無い筈だ。仮にも此処はホグワーツ魔法魔術学校。
本人が能力に長けて居ずとも、日常生活を送る上で支障を来たすほどの語学能力が不穏ならばダンブルドアが何か手を打つ筈。


「 凄い綺麗な人だね… 」
「 うん。 でも、何だか人形みたい。 」


同じ女として憧れるのだろうか。明らかに高揚した声色で呟く様に言ったハーマイオニーの言葉に、ハリーがぽつりと呟いた。
言われてよくよく見てみれば、確かに少女は人形か何かの様にニコリとも笑う事無く唯決められた道を歩くことしか出来ないマリオネットの様に、一歩一歩歩い ている。
季節外れのこの時期に遣ってきた転校生。何やら事情でも有るのだろうか。無表情で居る事に何の問題も無い筈が、妙に気になってしまうのは如何やらハリーだ けらしい。
ハーマイオニーやロンは、季節外れの転校生の諸事情に等全く興味無いと表面に貼り付けて、彼女の歳が自分たちと近かったら良いね、だのグリフィンドール寮 に入ればいいのに、だの並べている。


「 ねぇ、さっきスネイプ達が揉めていたのって、彼女のことかな? 」
「 そんな事、如何でも良いじゃない、ハリー。 其れよりレイブンクローの生徒が既に彼女の分の席を空け始めたよ 」
「 未だ組み分け帽子の儀式終ってないのにね。 気が早すぎるのよ。 ねぇ、ハリー 」
「 う…ん。 でもさ、やっぱり… 」

「 朝の話しはもう忘れましょう? 首を突っ込んでもスネイプに減点されて終るだけだわ。 」


確かにそうだとハリーは思う。でも其れは脳内だけで理解している事であって、引っ掛かりが有ると直感的に悟っている心は別人格を植えつけられた様に容易く 納得はしてくれなかった。
何か、ある。そうは思っていても確信的な何かは一つも無い。
眼の前をゆっくりと歩いていく少女は可愛らしい容姿を兼ね備え、其れに見合った華奢な身体付きに見慣れない夜色の髪の毛。寡黙な事を除けばそこ等辺に居る 普通の少女である事に変わりは無い。
大半の生徒も時期外れの転校生としか見ていないだろう。少なくとも、ハリーもスネイプ達の話を立ち聞きしなければそう思って居ただろう。


---------- 魔法省に知れたら其れこそ、ホグワーツの破滅に為り兼ねんかも知れんのですぞ?


ロンとハーマイオニーがハリーの元に辿り着くほんの少し前、言葉に苛立ちと憤慨を織り交ぜたスネイプの声が確かに聞えてきた。
ホグワーツの破滅、其の言葉の後に表れた独りの転校生。結び付く先は一つしかない。
しかし、この少女の一体、何が?
普段は勘の鋭いハリーも流石に疑問は解けない侭だった。解けない、と云うか判らないと言った方が正しいだろう。時期外れの転校生、其れの一体何がホグワー ツに災いを齎すのか。
見たところ本当に普通の少女である事に間違いは無い。


「 じゃあ先ず…組み分け帽子に寮を決めてもらうかのぉ。 」


ダンブルドアの眼前に立った少女はハグリッドから其の身を引き渡される様な形になって、正面を向いた。
小さな頭にすっぽりと被せられた帽子は少女の視界を遮る様に顔半分の位置まで降りて来て、少女の頭の小ささに吃驚しながらも、普段の様に口を歪ませ何やら 考え込んでいる。
組み分け帽子はそれこそ、被せた瞬間に寮が決まるものも居れば、ハリーの時の様に決め兼ねる場合も多々ある。
今回は如何やら後者の様で、組み分け帽子が考え出してから早5分が経過しようとしていた。
その間ざわつく生徒を他所に、帽子を被せられた本人は身じろぐ事も無く唯沈黙を守り通し、最初の内こそ扉を真っ直ぐに見詰めていたものの途中から其の視線 の行き先は床に代わった。


…………Slytherin 。


延々悩んで居たかに思えた組み分け帽子が高らかにそう叫んだ瞬間、ガタリと音を立てて少女が椅子から立ち上がり、反動で組み分け帽子が少女の頭からずり落 ちそうに為る。
見た目からは到底判断が付かない少女の何処にスリザリン気質が備わっていると言うのだろうか。
スリザリンというよりは寧ろレイブンクローかグリフィンドールだろうと云う空気が漂っていた生徒たちは皆、呆気に取られて組み分け帽子と少女に視線を合わ せた。
顕わになる、菫を滲ませたような昏い両眼。一本真っ直ぐに意志が通った様に澄んだ其の瞳の先に、スリザリン寮が有った。
少女は最初からスリザリンに入りたかったのだろうか?そう思わせる位に熱いまなざしが伺えた。少女が此処に来てから初めて見せた、感情だと言えよう。


「 断る! 我が寮に入ることは断固拒否する。 」


組み分け帽子の儀式の後、誰よりも先に声を出したのはスリザリン寮監だった。
普段は見せない様な切羽詰った声色を隠そうともしないで、テーブルに両手を付いて勢い良く立ち上がってダンブルドアに拒絶の意思表示を顕した。
勿論、組み分け帽子が一度下した決断は例えホグワーツを統括するダンブルドアであれど其の決断を捻じ曲げる事は出来ないと皆が知っている。
新入生が組み分け帽子の儀式を行う際に予めダンブルドアがそう告げていたのだから、此処に居る全員は其の事を熟知している筈。
仮にも教師であるスネイプが其の事実を知らない訳等ある筈が無い。知っていて、敢えて口にしたのだ。


「 じゃがの、もう変更する事は出来ん事はセブルスも良く知っておろうに。 」
「 で、ですが… 」
「 彼女は生粋の純血魔法一族の末子。 スリザリンに入寮する最低条件はクリアしているのじゃから諦めんか。 」


如何する事も出来ない、其れはスネイプも知っている事だと言うに、尚も食い下がる様に拒否するスネイプにダンブルドアは困った表情を返す事しか出来ない。
此れが内密に行われた儀式なら未だしも、大勢の生徒が居る其の最中で本人を目の前にして所属寮の寮監自らが入寮を拒否する等前代未聞の事態。
純血の言葉に一瞬は言葉を飲んだスネイプが次の言葉を発しようとした瞬間、寮監の意志を捻じ曲げようとスリザリン寮から盛大な歓迎の拍手が沸き起こった。
鳴り止む事の無い拍手に、スネイプは抗議の言葉すら吐けなくなり、苦渋の溜息だけが零れ落ちる。
小脇を見れば、問題視されている少女が声も発する事無く小さな掌をキツク握り締めて耐える様に只管に力を入れていた。
突然胸を競り上がる例え様が無い感情にスネイプは少女から視線を剥した。理由は如何あれ、大人が子どもに罵倒に近い言葉を吐いた事に間違いは無いのだか ら。


「 彼女は、学年は三年。 所属寮は今聞いた通りスリザリンじゃ。 皆、仲良くする様に。 」


ダンブルドアの紹介に、少女は小さな頭を下げた。其れだけ。やはり言葉を発しようとはしなかった。
言葉を喋ることが、出来ないのだろうか。そんな不安が皆の脳裏と胸中を駆け抜けた矢先、は被りっぱなしだった帽子をゆっくりと椅子の上に乗せる。
何時の間にか拍手は鳴り止み、静寂が周囲を包み込んでくる。大広間に有る大時計の針の音さえ聞こえそうな、沈黙。
これ以上、莫迦莫迦しくて此処には居られないとばかり、朝食も済ませないままに弾かれるようスネイプは立ち上がり、ローブを翻す。
重たげな音が周囲に木霊して、次に聞えるのは厭味な程に響き渡る靴音かと思うと、うんざりする様な眼差しでスネイプを見詰める生徒達。
勿論、スネイプも早々に立ち去り一刻も早く自室に戻りたいとそう願っていた。


です。 此れから、宜しくお願いします。 」


空気に良く響く凛とした玲瓏透明な声が、スネイプの踵を止めた。
喋ることが出来ないかもしれない、言葉を理解しないかもしれないと詮索されていた少女の唇から発せられたのは、海の妖女を髣髴とさせる酷く大人びた声。
つられる様、振り返ればアメジストの大きな瞳が真っ直ぐに此方を見て、不意に視線を逸らされた。
其の態度に、何故かスネイプの心にズシリと重枷が嵌められた様な気がする。


この子どもが……、馬鹿馬鹿しい。


告げたくとも告げられない言葉を飲み込んで、スネイプは扉に向って歩き出す。一度去る事を決めた。今更何事も無かったかのように椅子を引き、腰を落して食 事をする等自尊心が赦さない。
ダンブルドアに引き戻されたなら未だしも、何も言葉を掛けられる事が無い現状では余計に。


静寂の中、響くのはスネイプが去る足音だけ。普段は短く感じる筈の席から扉までの距離が異様に長く感じられ、厭でも背に受ける視線。
勿論見ているのはだけでは無いだろうに、何故か彼女の視線を甚く感じている気がする。


「 …我輩には、関係の無いことだ。 」


重たい音を立てて閉まった扉。途端に湧き上がる生徒の歓声と、朝食開始を告げるダンブルドアの声。
聞えることは無いだろうが、あの少女もまた少しは嬉しそうな顔をしてスリザリン寮の食卓に腰を落すだろう。
自室へ続く長い廊下を歩きながら、確か最初の魔法薬学講義はスリザリン寮とグリフィンドール寮合同だった気がすると、重く圧し掛かる現実にスネイプは再び 溜息を吐いた。



この時既に、狂った歯車が廻り出していた事を知る人間は、誰一人として存在していなかった。





















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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/8/3