---------- 其れはたった49日間の、キセキだった。







last scene









朝から、何十メートルもある滝から垂直落下した水が其の侭ホグワーツに注ぎ込んでいる様 な酷い雨が、絶えず降る日だった。
普段は気にも留めない様な雨音、ホグワーツに居てから一度も聞いた事が無い様な空を劈く雷、深い眠りの淵に沈んでいた生徒たちが一斉に飛び上がって眼を覚 まし た。
時計を見れば、太陽が昇り朝食を告げる鐘の音が鳴り響いても良い時間帯。普段ならば誰かしらの話し声やゴースト達のざわめきが聞えても良い筈のホグワー ツ、其の日は何故か水を打った様に静まり返っていた。
気だるい身体を起こせば、隣で寝ていた生徒もゆっくりと上体を起こして窓に反射する稲光と雨に身体を震わせ、時計を見ては如何してこんな時間まで寝ていた のだろうと独り言を漏らす。
独り、また独りと溜息混じりに言葉を漏らす生徒は増えて行き、次第に談話室には不可解な空気が漂い始めた。
誰も何も、覚えては居ない。一体何時ベットに入り、灯かりを落して隣人にお休みと言い、眠りに落ちたのか。
まるで、誰かがホグワーツごと魔法を掛け、皆同時刻に一斉に眠ってしまったみたいな現象に皆首を傾げるも、疑問は一瞬で終わりを告げた。
此処はホグワーツ魔法魔術学校。学校全体が睡眠魔法に掛かろうが、皆が一斉に目覚めようが深く詮索する程の事でもない。

だって、皆、魔法使いであり、誰しもにこの現象を引き起こす事が可能なのだから。


「 今日は可笑しな天候ね。 まるで何かの予兆みたい。 」
「 其れより僕は今日ある魔法薬学の講義が厭で厭で仕方ないよ…終ってないんだよなぁ、レポート 」
「 それは貴方が悪いんでしょう? ロン。 だからいつも言ってるじゃない、早く終らせなさいって。 ねぇ、ハリー? 」


朝食へ向う為に大広間を抜けて歩きながら、何時もの様に他愛無い話をしていた。
ハーマイオニーはこの天候は何かしらの因果が有ると、朝の挨拶よりも先に言い出し、ロンはロンで魔法薬学のレポートの事で頭がいっぱいで其れどころでは無 いらしい。
また、ハリーはハリーで全く別な事を考えていた。如何も、胸騒ぎがする。ハーマイオニーの言っている様な予兆なのかもしれないし、もっと悪いものかもしれ ない。
何が、そう断定は出来ないけれど目覚めてから真っ先に思ったのは、胸倉を摑まれ暗闇の中に無理矢理引き摺りこまれるような卒倒感。
以前にも、同じ感覚を受けた。そうあれは、生まれて初めてディメンターに見詰られた時。身体が芯から凍り付き砕ける様な例え難い感覚。
思い出せば今でも震えが走る其の感覚を如何して急に思い出したのか、別に怖い夢など見た記憶は無かった。


--------- もしも何か問題が起きたら如何するおつもりですかな。
何も問題等起きまい。 大丈夫じゃよ、そんなに案ずる事は無い。
--------- 起きてからでは困るのですよ。 兎に角、我輩は断固拒否する!!


大広間を抜け、大聖堂を抜けもうじき食堂に辿り着こうと云う頃合、廊下の隅でから言い争いの様な会話が漏れ聞えてきた。
聞き覚えがある独特の声色は客観的に聞いているだけでも随分と憤りを含ませていて、指先で触れれば途端に破裂しそうな程に怒りは膨れ上がっているだろう。
一方言葉を返した相手はといえば、怒りどころか温厚温和其の物を表した様な柔らかい物腰で諭す様に言葉を続けた。
それだけで、判る。如何やらあの陰険根暗厭味贔屓教授兼スリザリン寮監と、ホグワーツを執るダンブルドアの会話だろう。
聞き耳を立ててしまった訳では無いのだけれど、普段聞きなれているスネイプの怒り混じりの声に如何も身体は過剰に拒絶反応を示すらしく、他愛無い会話をし ながら歩いていた三人の歩調は緩くなり視線は自然と声のする方向を向いていた。


「 何だろうね? 朝早くから…  」
「 さぁ? そんな事よりも早く行かないと朝食の時間に遅れそうよ? 急がなきゃ 」
「 そう言えば誰も居ないね…って、何処行くんだよ、ハリー! 」


遅刻しそうだから急がなければ為らない。確かにそう話していた会話が聞えている筈のハリーは、ハーマイオニーとロンの会話に混じる事無く食堂がある方向と は真逆の方向に踵を返していた。
声すら届いていないのか、まるで引寄せられる様に真っ直ぐに歩くハリーの目指している先には一枚の扉が在った。慌ててハーマイオニーがハリーを連れ戻しに 行こうとすれば、僅かに開いた扉の向こう側からまた声が聞えた。
如何やら先程のダンブルドアとスネイプの会話は、此処から漏れ聞えて居たらしい。
確かに、微かに聞えてきたスネイプとダンブルドアの会話の内容真相が気に為らないと言ったら、嘘になる。けれど、通り過ぎてしまった道を敢えて戻ってまで 詮索する様な程の事でもない。


---------- 魔法省に知れたら其れこそ、如何なるか…貴方一人の問題では無いのですよ?


もう一つ、聞きなれた声がする。
ダンブルドアと同じ物腰の柔らかい優しそうな声色は、マクゴナガル教授の声だ。スネイプとダンブルドアの話し合いだけならば未だしも、其処にマクゴナガル 教授が加わり…スネイプと同じ立場に立って物を言っているとは相当に珍しい。
盗み聞き上等のハリーを連れ戻そうとしたハーマイオニーも、流石に興味を惹かれ僅かに開かれた扉に漸く眼を向けた。
重大な話ならば、隠れてこっそり…そう、例えば鍵の掛かったダンブルドアの自室で遣るだろう。
だがしかし、此処は大広間と食堂を繋ぐ単なる廊下の一角、其れも閉めて置くべきはずの扉が僅かに開いているのだ。
重要な話までとは行かずとも、此処まで聞いてしまえば人間誰しも話の内容を聞き出したい、何についてそんなにもめているのかが知りたいと思うのは仕方の無 い事だろう。
三人も、例外ではなかった。最初のうちこそ興味の無かったハーマイオニーとロンも何時の間にかハリーと一緒に聞き耳を立てる形でピタリと扉に耳を貼り付け る。
一体何について話しているのか?せめて其れ位は聞き出さないと、気が済まない。三人の表情は一様にそう物語っていた。


---------- 如何しても、と言うのでしたらスリザリン意外で。 我輩は、責任を蒙るのは…


もう少し、もう少しで聞き取れる。
討論も終結に近付いたのか、結果的にスネイプとマクゴナガル教授が折れる形で幕引きが行われたらしい。
スリザリンだのグリフィンドールだの、寮の名前が飛び出したかと思えば、責任転嫁の話。
一体何について揉めているのか、次第に扉に詰め寄る形で三人の身体が扉に張り付いて微かな軋みを立てる。
…と、同時に勢い良く扉が開き、三人は扉とは逆の方向に押し戻される形に為った。


「 うわっ、スネイ… 」
「 …貴様等何をしている。 既に朝食の時間は始まっている。 朝から減点されたいのかね? 」


扉から急に現れたスネイプの姿を間近に見たロンは、扉の中の秘密の話し合いにすっかり忘れて居た未完成の魔法薬学のレポートへの不安が蘇り、頭が真っ白に なって思わずスネイプの名を紡ぐ。
だがしかし、普段の倍以上に機嫌が悪い事が伺える鋭利な一瞥に出逢えば、出掛けた言葉も一瞬で咽喉奥に入り込んでしまった。
一体何の話し合いをしていたんですか?そんな容易く聞ける雰囲気では無いと悟った三人は、慌てて食堂へ向って走り出す。
廊下は走るなと日頃キツク言っているにも関わらずに、事も在ろうかスリザリン寮監の前で堂々と見事な逃げ足の早さを疲労する三人の後ろ背を見ながら、スネ イプも面倒そうに食堂に向けて歩き出した。
バサリと重たげな音を立てて翻るローブは纏わり付く様に空に舞い、スネイプの身体に触れる其の直前にまた空に舞う。
カツカツと音が鳴る冷たい廊下を渡る者は既にスネイプしか居ない。


「 …全く、如何してこう、厄介事が多いのだ。 ルーピンの次は此れか、莫迦莫迦しい。 」


独り言の様に呟いたスネイプが食堂に足を踏み入れた途端に、何時もの様に羊皮紙やら小包を加えた梟が小さく啼きながら旋回して、主の元へと降り立ってゆ く。
親からの贈り物に歓喜の声を上げる生徒や、吼えメールを受け取っては叱られる生徒を横目で見ながら、既に食事の用意されている席へとゆっくりと腰を下ろし た。
其の様を、ハリーを初めとした三人が見詰ているのをスネイプは知っていた。またしても、面倒な輩に聞き耳を立てられたものだ。
吐きたくなる溜め息は今日何度目を数えただろうか。
けたたましく鳴り響く雷よりも先にダンブルドアに起こされた時点で、其の日の運命は決まったも同然。
シリウス・ブラックが脱獄した日もルーピンがホグワーツに教授として赴任することが決まった日も、スネイプは直々にダンブルドアから厭な目覚めを味合わさ れている。


「 食事の前に…皆に転校生を紹介しようと思う。 」


煩い程に騒がしかった食堂が、ダンブルドアの意外な一言で水を打った様に静まり返った。
今の時分はもうじき夏休みを迎え様としている頃合。転校生というには酷く不似合いな時期である事は間違いない。
いっその事、もう一・ヶ月待てば厭がおうにも夏休みがあけ新学期が始まるのだから、其れまで待たせておけば良いものを。
何故に時期外れの今この時期に?あちこちから聞えてくる疑問の声に、スネイプの米神に青筋が一本また一本と増えていった。
面倒な事になる。其れはダンブルドアから聞かされていた時既に予感していた事だった。だが問題は其れだけに留まらない。
相手が男であるか女であるか、この際転校生の性別等如何でも良かった。これ以上面倒厄介事を被りたくない、其れだけが脳内思考回路を征服し、スネイプは気 を紛らわせる為に普段は口にしないワインの入ったグラスに指を掛けた。


其の時。
閉められていた筈の大広間へ続く扉がゆっくりと開いて、ハグリッドに案内される様に大男の脇を歩く独りの少女の姿が眼に入る。
グラスに掛けられた指が止まり、大勢の生徒が振り返り其の瞳を剥せなくなると同じ様、スネイプもまた少女から視線を剥せなくなっていた。
何処に焦点を合わせているのだろう。真っ直ぐに射抜く様な純度の高い黒曜石の両眼はまるで飾り物の様に其処に在って。
ゆっくりと歩いてくる少女の顔立ちや姿がはっきりと視界に入れば入る程、スネイプは言葉を無くした。



 













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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2004/7/30