痛みを感じる事の無いココロは、忘れて居た感情を呼覚ますかの様…眼前に繰広げられた茶
番劇にも劣る情景に慟哭した。
漸く明るく為り始めた空が再び漆黒に包み込まれ、黒のヴェールを纏った死神がこの地に再び舞い降りる。
其れは一瞬にも満たぬ刹那の刻の出来事だった。
一体あれは何だったのか。そんな事さえ思ってしまう程、数メートル先の情景に眼を心を覆い、乾いた咥内から競り上がってくるのは酷くむせ返る程に強い絶望
感。
嘗てのヴォルデモートが起してきた殺戮の数々、つい昨日までの其の出来事は日常的に酷く見慣れたものであった筈が、何故か今眼の前に広がる赫色に、時が止
まる。
生まれて初めて人を殺めた時にも思いはしなかった。禍々しい程の赫色に心が泣叫し、視界を遮る様に目を刺す陽光が、今の血の匂いが染み付いた己の姿を断罪
するものか。
あの時の記憶が、一瞬にして甦った。
忘れて居た訳じゃない。封印した訳でもない。
あの時君を失えば、斃れてしまうと解っていたから...唯、現実を直視出来ずに真実を捻じ曲げ事実を偽った。
---------- サヨナラさえ上手に伝えられなかったのは、また逢える様な気がしたから? それとも......
scar episode 4
「 ……… 」
数年前の出来事、今まで思い出さずに居た事が不思議な位に、脳裏に刻み込まれた忘れ得ぬ記憶が蘇る。
記憶と共に抹消した、あの日。
にサヨナラの言葉さえ告げずにもう二度と逢わないと決め、この地に背を向けた其の日…リドルは途中中で踵を返した。
共に居きる事が叶わなくとも、せめてにだけは共に過した愛しき日々を忘れずに居て欲しかった。
愛しい人に背を向けて、気付いていながら其の想いに応える事無く、況して己の気持ちを告げる事も無く。
胸を競り上がるのは純粋なへの想いと、歯止めの利かなく為った自身の私欲。
天秤に掛け双方が釣り合った所で犠牲に為るべくモノは最初から何か判っていた。だからこそ、敢えて何も告げずにの元から去ろうと決めて、一瞬だけ躊躇した。
きっと己は、この先何年経とうが以外の人間を愛する事は出来ないだろう。
以上の人間が現れた所で、所詮本人で無ければ意味が無い。
生まれて初めて愛しいと感じた人間に言葉一つ告げぬ侭孤独に生き、そして逝くのだろうか。
其れを背を向け初めて気付いた様に、悔いた。
今までの己を支える理由は様々だったろう。しかし一番に大きな理由は其の存在だった筈。
「 …そう僕は、あの日この場所に戻って来て、この光景を見たんだ… 」
そして、其の事実を捻じ曲げた。
息を切らせて走ってくるよりも先にあの場所に着いて居なくては為らない。
自然と歩みが速くなり、一秒でも早くの元へ。在るべき存在が無いと不安に駆られる其の感情を経験させたくなくて、唯リドルは其れだけを思って。
普段自分が居るべき時間から既に二時間以上も経過していること等気付く暇すら無い侭に漸く辿り着けば、其処に在ったのは真っ白い華がアカく綺麗に染まった
モノで埋め尽くされた紅い大地だった。
其れを見て、涙が頬を伝う其の前に咽喉奥が潰れ、声すらも出せない侭眼の前の真実が信じられずに居た。
手を伸ばし、呼吸すらしない冷えた身体を抱き寄せ、あんなにも必死で何かを願った事は後にも先にも、一度しか無い。
愛しい者が完全にこの世界から消えてしまった其の現実、襲ってくる絶え間無い渇望と、絶望にも似た孤独感に気が狂いそうだった。
何故背を向けてしまったのか。何故今日この地を去ろうとしたのだろうか。何故君を手放そうとしたのだろうか。
脳裏に浮かんで消えるのは、馬鹿げた執着。
失って初めて人は其の存在の本当の価値に気付き、本当の願いが口を吐いて出ると云うが、其れが現実に自身に起こるなどとは予想すらしていなかった。
何もかも全てを投げ出しても構わないから、君が笑っていた数時間前まで時よ遡れと、効力を持たぬ杖に何度も詠唱して。
凍り付いた侭の時がゆっくりと熔解する様に、記憶が鮮明になり、眼前の情景と重なる。
映画のワンシーンの様に真っ白い花が空を舞い、其の華に抱かれる様に紅を抱いたが横たわる。
。
そう自然と唇が慣れ親しんだ音で紡がれようとしているのが判った。
記憶を辿っているだけの現時点で、其の名を呼んでもに届く事は無いだろう。先程のローブがの身体をすり抜けてしまった様に。
今なら未だ、間に合う。あの日失われる筈の無かった命が、消えた筈の存在が蘇るかもしれない、判っていながらも何も出来ない自身に腹が立つ。
己を攻め立てる言葉だけが浮かんでは消え、そんな言葉を口にしながら、には決して届かない事を判っていながら水膜張った瞳でを映し込んだ。
がもう二度と、此方を観ない事は判って居ると云うのに、如何しても愛しいと思う気持ちを止められず、今此処に在る存在に気付いて欲しかった。
想い出さない方が幸せだった。捻じ曲げた現実なら、螺旋など解き解して欲しく無かった。
傍に在る事が叶わなくとも、何処かで生きていて欲しいと、其れだけを願って其れを糧として此処まで歩いてきた。
あれから何度も何度も君への想いを、感情を忘れさせてくれないかと思い、出逢わなければ良かったのだろうかと。
有り得ない仮定を想像するのは馬鹿げている。出逢いは為され、胸奥に競り上がる恋情は確かなモノ、だからこそ現実に耐え切れなくて毀してしまったのだ。
あの日自分は振り返る事無く、歩むべき道を真っ直ぐに歩み、何時か再びと巡り会える其の日を思って記憶を毀した。
さえ、忘れずに居てくれれば其れで幸せだと、自分の都合の良い解釈だけを求めて、現実から眼を逸らした。
「 …オルゴール…? 」
微かに聞えた其れに、全神経を研ぎ澄ませた様に耳を欹てた。
そうして何処から音が漏れ聞えるのだろうかと周囲を見渡せど、其れと思しき存在は見当たる事無く。視界に飛び込んで来るのは雨上がりで露に濡れた緑の絨毯
だけ。
けれども途切れる事の無い柔らかで懐かしい音が、自分の頭の中で鳴り響いているのだと云う事に気付いたのは、其れから直ぐの事。
音でしか聞いた事の無かったこの曲、唯の一度だけ春の麗の陽光に負けて泡沫の眠りに落ちた際、が傍で歌っていたのを脳が記憶していた。
眼を開いたと同時に歌うのを止めてしまったに【何の曲?】と問えば、照れた様に微笑いながら、
--------- この曲、【scar】って云うの。 私が如何してこの曲を贈った判る? あのね、リドル…
そう云って微笑みながら、二人だけの約束だと小枝の様な小指を指に絡ませて来た。
其の時君が何を言ったか、如何しても其れだけは思い出せずに居た。
覚醒しない混濁した意識の淵で聞いたからなのか、この時を同じくした様に記憶を、現実を作り変えてしまったのか。
絶え間無く鳴り響くオルゴールは、思い出してくれとまるで悲鳴をあげているようで居た堪れない。
鳴り止まぬ旋律、其の度に思い出すを失ったあの日の慟哭、其の存在の大切さ。
喪われた全てを取り戻すには、時は既に遅すぎる事等は最初から判っていた。
代わりに年老いて行く様にくすんでゆくオルゴールが一年、二年も経って、容赦無く過ぎて行った月日を思い出させ、暦を見る事無くともあれから幾許の月日が
流れ落ちたかを悟る。
只管に恐れたのは、現実を諦めて仕舞う事よりも、の名を呼び、現実を知る事。そうなれば、全てが終わる。
悔やんでも悔やみきれない過去をもう一度消し去りたくて、幸せだった思い出だけに身を沈めたくて、全てを終らせたくて。
が告げた言葉の先とオルゴールの其の意味。
忘れた侭なら幸せだった。けれども、思い出してしまった今、この状況で為らば全てを知っても悔い等無いだろう。
が敢えてこの曲を選んで贈った其の意図。
其れを知る事が出来るのならば、と紅い華を抱いたの傍らに膝を付いて、あの日以来一度も呼ぶ事の無かった名を紡ぐ。
「 …、君はきっと…裏切った僕を赦してはくれないだろうね。 」
。
呼びたくても呼べずに居た愛しい者の名を紡いだ其の刹那、脳裏に鳴り響いて居たオルゴールの音色がピタリと止んだ。
そうして頬に温かな温もりを感じて眼を開けば、其処には、紅い華に抱かれながらも何時もの微笑みを浮かべたの姿。
驚愕に見開く紅い瞳は確かに薄紫の瞳を映し出し、はリドルに触れ様と力の入らぬ腕を懸命に伸ばし。
伝わる温もり、肌に感じる指先の感触。
此れは記憶なのか現実なのか、其れとも夢を見ているのか。
其れすらも理解出来ぬ侭、全てが偽りなのだろうかと、其れすら思考する間も勿体無い程リドルは脳を働かせる。
其れが全て現実のモノだと悟った瞬間、リドルはヴォルデモートの井出達の侭、其の腕に華奢なの身体を抱締めていた。
リドル。
優しくそう呼ぶ嘗ての想い人の声色が、やっと来てくれたと嬉しそうに瞳を和らげた様が、確かに其処にリドルが存在している事を如実に証明した。
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