ねぇ、リドル。約束だよ、二人だけの約束。

気付けば嘗ての学び舎ホグワーツに程近い丘陵の上に立ち尽くしていた。
煌々と照らす天に在る陽は容赦を知らないらしく、温度は上昇の一途を辿り上がりつづけたまま、昼下りの空気を生温く、うだったものにしてい た。
体に纏わりついてくる重い空気は、熱波が身体を徐々に蝕絡みつくような錯覚。
其れでも懐かしげに瞳を和らげたヴォルデモートが視るのは、と共に、昔に此処で過ごしたあの記憶。




---------- 傍らに居られるときは少ない。 だからこそ、ひとつでも多くのときを、共に過ごしたいと。





scar episode 3





…空が、泣いてるね。 」





細かな砂塵が氷徹した礫となって空から垂直落下する様な轟音を立て降り注ぐ雨を見詰るの桜色の唇からは、重たげな溜息が零れ落ちた。
季節の変わり目、この時期雨が降る事など決して珍しくない事だけに、突然の雨に見舞われ身動きが取れなくなったとは想像し難い。
通常は気にも留めぬ樹齢1000年を優に越える大木の木陰には居た。
細く華奢な両足を自らの身体に引寄せる様に堅く握り締め、膝の上に顎を置いては、唯降り注ぐだけの雨を飽きもせず眺め続けていた。
彼是、一・二時間は其の体勢の侭其処に居るだろうか。
吹き込んでくる風に巻き上げられた冷たい雨粒が身体に叩き付け様とも、洗い立ての髪の様に漆黒の絹糸が濡れ落ちても、気に留めるどころかまるで其れ自体見 えていな いかの様に。


空が白み始め、そろそろ雨が上がる頃合、其れでも同じ体勢を維持した侭は移り逝く空を唯見詰ていた。
いい加減、身体が冷えると面倒そうに纏っていたローブに手を掛け、を包み込む様に投げ置けば、

其れはまるで其処に何も存在しないかの様に、音も立てず地面に鎮座した。





「 …記憶を、辿っているとでも云うのか。 」





ヴォルデモートは声を挙げた。
漸く再び出逢えた嘗ての想い人の懐かしき姿、記憶か現実か夢現か、其れすらも脳が巧く理解出来ない。
唯一つだけ言える事、其れはヴォルデモートが声を挙げようとも其の声はの耳に届く事無く、投げ置いたローブは湿った土壌に置かれても染み一つ着くこと なく唯 其処に。
名を紡いでも、言葉を投げても、其処に在る愛しき人は振り返らない。
触れようと指先を伸ばして、細い身体を抱締めようとしてみても、透明な何かを掴む様するりと指が反対側へ抜けた。
想いは幻をも生んでしまうものなのだろうか。
先程観たの存在は全て幻影だとでも云うのか、想い出等、所詮煩わしい存在でしかない。早く忘れろと意味を篭めてリドルが生み出した幻影なのか。



再び小さくそう呼びかけた時、気付いた様にが頭を上げた。勿論、其の視界に映し出すのはヴォルデモートではなく、暗く湿り淀んだ雨雲が彼方に去る其の 瞬間。
切なそうな、辛そうな耐えるような表情が忘れられない。





「 …天泣って云うんだよね、リドル。 リドルが来ないから、空が泣いちゃったよ。 」





はにかんだ様に微笑零しながら呟いたは驚きと困惑が入り混じった表情だった。
独特の甘い声は忘れ去った様な、冴えた響き。そこに潜む感情は何なのか。
里親に棄てられた様な痛烈な瞳。拒まれる事を恐れ、手を伸ばす事や縋る事さえ出来なくなったみたいに唯悲愴感情を表面に貼り付けた様で。
嘗て…リドルもまた、惨めな表情を晒しての前に居ただろうか。
拒絶の意を表せば、は音も無くリドルの前から立ち去り、何事も無かった様に翌日また此処に現れて。
何時も何時でもリドルの方が先にこの場所に居て、は後から遣ってきてはリドルよりも先にホグワーツへと戻って行く。
如何しても、を独りに残して置きたくは無かった。けれど言葉で伝えられずに苦虫を踏み潰しながら、拒絶の言葉を紡いで。
が翌日もまた懲りずに此処へ来てくれるだろうと期待ばかりを胸に抱き、立ち去る華奢な後姿を視界に入れ、見えなくなった頃漸く同じ様に本に眼を落す。
そうして一人残された空間には、重苦しい静けさばかりが襲ってきた。





「 …手を伸ばせば届く距離、其処に何時も君は居たのに…手を伸ばそうとしなかったのは僕だったね。 」





ヴォルデモートの恰好で、リドルの頃の口調が蘇る。
よりも早い時間を見計らってこの場所に腰を落し、唯文字を右から左へと視界に入れながら、笑顔で掛けて来る存在を待っていた嘗ての日々。
そうこの日。空が突然泣き出した様な天泣に見舞われたこの日、サヨナラの言葉さえ告げない侭リドルはの前から完全に姿を消した。
あの日の事、忘れて居る筈等無いと云うに、今正に自分が此処に居なかった続きを垣間見ていると云うに如何してもあの時の事を薄ぼんやりとしか思い出せてい ない。
多分、自ら望んで記憶を抹消し作り変えたのだろう。と共に過した日々は今でも鮮明に思い出せると云うに、この日の事だけは何処かすっぽりと記憶が零れ 落ちた様に無くなっている。
覚えているだけの認識力が発生しないのか、の元から去ったのは自分だと云うに待ち構える現実の辛さから其の記憶を消したのか。
今思い起こしてみれば、此れ等は全て自分が引き起こした末路だと云うのに、あの頃の罪も罰も自覚にするには重過ぎて遅すぎた。





「 リドル…オルゴール、あれ本当は意味が有ったんだよ? 」





届く事の無い言葉は、小さな叫びと為って心に響き渡った。
何が、と問い尋ねたい言葉は嘗ての記憶を呼び覚まし、厭きる程聞かせられた切ない旋律が脳内で奏で始める。
土産だと貰った其の箱を棄てる事さえ出来なくて、気が付けば自室のテーブルの上で独り螺子を廻し。
馬鹿馬鹿しいと己を自嘲して叩き壊してやろうと目論めば、持上げた瞬間に楽譜から音符が引き摺り落ちた様な僅かな音色に其の手を留められ。
何時も何時でも、其の音色を聞けば君を思い出し、君を想う。
殺そうとする恋情を押し留め戒めるかの様に零れ落ちる想いから眼を逸らすなと言わんばかりに、叱責にも似たの言葉が胸を刺す。
想い続けること、其れは希望なのか、更なる絶望に繋がるか。


あの日も君は唯柔らかく微笑んで、講義で来るのが遅れたんだと言い聞かせる様に呟いて、雨の中この場所に座り込んで。
止まぬ雨から身を護ることもしない侭、遣っては来ない待ち人を想って唯空を見詰め、唯此処に。約束なんて一つも無かった、其れなのに。




「 …あのオルゴールの意味、教えてあげれば良かった…そしたらリドル、来てくれてたかな。 」





オルゴールの意味。
其の言葉が忘れかけた記憶の断片を紡ぎ合わせていく様、追憶が明瞭になっていくのを感じた。
真っ黒に塗り潰された世界が、少しずつ薄闇になり、忘れて居た陽の光を浴び直した様何かが壊れて弾けた。
手を伸ばし、名を紡いで、音色を聞けば今でも思い出す其の存在の大切さ。
忘れずに居たのは記憶の中だけではない、確かに欲し、今でもあの日を後悔している。
例え離れ離れに為ったとしても、もう二度と出逢う事が無かったとしても、其れでもリドルの心の中にだけは絶対に覚えておかなければいけない。必死で想い、 願った。
呼ぶ事も縋ることも無いだろうけれど、其れでも君にはリドルの事を忘れずに居て欲しいと。
ヴォルデモートと変わり果てた其の姿で再会を果たしても、君だけはこの名ではなく、呼び慣れた名を。
言葉にして表す事は決してないだろうけれど、今も心に刻み込んで。

君が居るなら、この薄汚れたセカイでも構わないと確かに一度は想った筈が。


の幻影を視界に入れながら、厭きる程聞いたオルゴールの音色が木霊する。
其れはあの頃と何一つ変わらぬとても綺麗で、転がるような音で、何処か寂し気な音で鳴り続けた。





---------- この曲、【scar】って云うの。 私が如何してこの曲を贈った判る? あのね、リドル…





思い出し掛けた矢先、次に世界が開けたのは、聞き慣れたの痛嘆した叫び声と紅く染まった大地だった。













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