| レプリカエデン ![]() #04:十六夜の幕間にエデンを委棄した天子の話を 現れた時と同じ、月から零れ落ちた影がゆっくりと暗闇に溶け入る様に、彰子を抱えた夜叉は音も無く安倍邸から消えた。 夜叉が居た時に感じていた凄絶な神気が急激に滅せられた所為か、先程までの身に染み入るような冷気は嘘のように失せ、宵闇が無数の星を纏って平安の世の大地を覆う、普遍の夜が横たわっている。 夜叉の消えた方向など、 昌浩を初めとした一行にはまるで煙でも身に纏った忍者の様に存在を欠いた為予測することすら不可能だったが、は怒り孕んだ金眸で行く末捕らえたのだろうか、とある一点を見詰めていた。 数分し、緊張を孕んだままの相貌が何もかも見透かしてしまいそうな表情へと立ち戻った瞬間、皆が理解した。 は夜叉の気配を黙したまま目線だけで追い掛け、完全に人間界と隔絶された世界へと立ち入った刹那に、表情を崩したのだ、と。 否、若しかしたら夜叉の腕から彰子を取り返すべくタイミングを狙っていたのかもしれないし、何か良い策は無いかと試行錯誤していたのかもしれない。 皆瞠目したままに、其々の胸中での心情を画策する。 だが、胸の内に抱えた思いを吐瀉しないの胸中を見透かすことは酷く難しい。 一体何を思いあぐね居ているのか、と昌浩がの横顔を見詰めた瞬間、タイミングよくが振り向いたので、自然と目が合ってしまう。彼女はその黄金の目を逸らさずに、真っ直ぐ昌浩を見て静かに口を開いた。 「――――昌浩、済まない。助力を得るつもりが、彰子を巻き込んだ最悪の幕開けになってしまった。私が晴明の元へ来なければ彰子は…」 先程の夜叉の顕現で得た絶対零度の気温を忘れたように、安倍低の庭を柔かで温い風が通り抜けていく。 背に垂らしたの髪も、濃紺の外套の裾も、熱を僅かに持つ風に吹かれて小さく舞った。 出逢って未だ間もないが、無感動に切々と言葉を話し弱音染みた音程など聞いた覚えが無い筈だったと記憶しているが、徐々に苦渋に濁った声を漏らし始めた。 昌浩もそうだが、晴明もが息を呑む。年季の入った顔に刻み込まれる皺は、普段から在るだろう歳相応から来るものばかりではない。 勾陳は、別にの所為では無いだろう、そんな表情を貼り付けたままにを見詰めている。 まさか最高闘神である阿修羅の御子に切ない表情引き下げて謝られるだなどと想像すらしていなかった昌浩は、顔を上げ、真剣な声で言った。 「は知らないかもしれないけど、彰子は強い。夜叉に攫われた位じゃ悲しまないし、怯まないし、泣きもしない。 …それに、僕もそうだけど、彰子もの所為だなんて思ってないよ。其れより、がじぃ様のところに来てくれなかったら、僕達一生出逢えなかったかもしれない。僕も彰子も、そっちの方が何倍も悲しい。」 次に何と声を掛けようかと迷っている昌浩を助言するように、晴明も表情を綻ばせながら言う。 「左様に御座います、御子。彰子様はこの晴明が命に代えても、必ずや―――――」 護ると誓いし彰子を奪われた昌浩が感情に身を任せ、怒鳴り散らした声で吐き棄てられるだろうと予想していた事態とは裏腹、表情の色を全く読ませぬ声色で昌浩が発した言葉に晴明が同調し、が話を切り返す。 「いや、あんな男の為に晴明の魂など勿体無い。刀の錆でも余りある」 晴明や昌浩は、神であるの手を煩わせるばかりか、同じ位置に属する神を相手に剣を交える事がどれ程の罪に相当するかを知っていた。勿論、最高の陰陽師と謳われた安倍晴明とその後継者であり、その実力たるやかの藤原一族ばかりか高淤の神のお墨付きである事は確かだ。 しかし、たかが一介の人間如き存在、神に敵う筈も無ければかすり傷一つさえ付けられないだろう事は予想済み。 だが其れでも、晴明や昌浩は気付けばそう口から言葉を紡いでいた。盾にすら為りえないと判っていながらも。 これ以上が悲愴に秀麗な顔を歪めない様に、憎しみを心に滾らせない様に、出来る事ならば身魂砕けようとも。 ……だが一蹴され、事態はの自己完結的な言葉で締め括られる事となった。 代わり、 「作戦会議…でも、開くか、」 静かで平穏そのもののような言葉が、勾陳から紡がれる。 こうして黙した時間が在るのならば、時間を僅かでも有意義に、とそう助言したかったのだろう。 だが、は作り物の様な秀麗な顔に僅かばかりの焦燥の色を宿したが、十二神将達は兎も角昌浩や晴明と云った人間を天界へ連れ帰る訳にも行かないため、結局は人間界に留まって夜叉の言った十六夜の晩を待つしか方法は無い。 「直にでも彰子様を奪還すべく話し合いの場を持ちたいと思っておりますが…我々人間が天界へ入ると云う禁忌を"二度も破る"訳には行きません。御子、十六夜の晩まで此処で作戦を立てながら待つ、と云うのは如何でしょう」 晴明の言葉を聞き、怜悧な美貌を更に冷たく冴えわたらせ、は双眸を伏せたまま隣に置いた昌浩を見遣ってから口を開く。 「そうだな…お前は如何思う、昌浩」 秀麗な相貌に訝しい表情を作ったを見て、昌浩は唸った。 「え…っと、十六夜の晩は明後日だし、僕らは天界へ行けない?んだとしたら…そもそも何で天界に行けないのかとか、夜叉って何者なのかとか、との間に何があったのかとか、如何してじぃ様と知り合いでじぃ様は天界に行ったのかとか…頭が混乱してるから、出来れば今後のためにも説明して欲しいな、って…」 昌浩は難しそうに眉根を寄せて、そんな返事をした。 この状況下で流石に無神経かな、と昌浩は直ぐに自身の吐いた言葉を悔やむ。と、言うのも、の隣で只管に瞠目していた青龍が、昌浩の言葉の後に、す、と切れ長の瞳を擡げたからだ。 「…………………」 だが何も口にせず、青龍は苛立った表情を作り上げた侭昌浩を見た。 自分ならば何を優先し何にも変えて護ると誓った相手を取り返しに行くというに、彰子を奪われた当人である昌浩は彰子の事を一先ず置いておき、話の内容についていけない様子できょとんとしを見返している。 其の様子が、益々腹立たしかった。 常々思っていたことだが、この昌浩と云う晴明の孫の言動は、如何にも青龍の調子を狂わせる。存在だけで己を苛立たせるのは、後にも先にも騰蛇だけだと思っていたのだが。 そんな事を脳裏に常駐させながら、青龍は眉根を寄せて、昌浩を睨む。 其の様子を見ながら、晴明が小さく溜息を吐いた。 「宵藍、御子に名を呼んで貰えない怒りを昌浩に八つ当たりするのは違うとおもうぞぃ」 目尻に笑みを刻みながら今落ちる雰囲気を根底からぶち壊す様な飄々とした声と、有り得る事の無い完全なまでの濡れ衣に、あからさまに青龍が不機嫌の度合いを高めた。 怒りに満ちた青龍の声は聞こえなかったものの、殺意の籠った冷えた一瞥が真直ぐに昌浩に向かい、醒めた眼で見下すように見下ろされた。 「…………………(じぃさまは本当は俺のこと、嫌いなんじゃないのか?)」 またか、また良く判らないけど青龍に在らぬ疑いを掛けられているかのように睨み付けられ射殺して仕舞いかねないほどの厳しい表情を向けられ、絶句する。 もう如何して良いのか昌浩には理解不能だった。 に関わればこう云う類の眼差しを青龍に向けられるオプションがもれなくセットで付いて来るならば、いっそ戦線離脱しても良かったのだが、生憎昌浩は彰子と云う大切な存在を人質として奪われている。 戦線離脱どころか頭でも下げてに願い入れなければ為らない程の悪状況下なのだ、内心ではかなりの動揺をしていたが、青龍の一瞥に迎え挑む勇気すら無く項垂れるしかない。 其れが益々青龍の機嫌を悪化させる原因なのか、聞けもしない昌浩が取った手段は、青龍の視線から逃れようと眼を泳がせる事だった。 そんな昌浩と青龍を、は食い入るように見詰めた後、咽喉奥で笑いをしきりに堪えていた。 良いよ、昌浩、お前に話してやろう。 含み笑いを押し殺しきれないが外套を揺らし軽い足で地を蹴れば、ひらりと空を舞う様に華奢な身体が空を飛んで、昌浩たちが居た部屋へと降り立った。 物々の擦れ合う高低様々な音のアンサンブルを響かせながら、薄く色付いた唇が、雄弁に昔語りを始めた。 「――――――私が、晴明と出逢ったのはもう、70年以上も昔に為るか。あの頃は今とは違って、別に晴明の家の屋根で無くとも良かったんだ。だが偶々落ちた先が、かの天才陰陽師安倍晴明と彼が従える十二神将の住むこの家だった」 そう、今回と同じ様に、最高闘神と謳われた阿修羅王の御子が一番最初に人間界に降臨した時も、彼女は今回と同じ様に安倍家の屋根を問答無用に木っ端微塵に破壊して顕現したのだ。 青龍を初めとした、神の末端に座する十二神将の記憶はつい先日の事の様に、何の記憶弊害も起こさずに湧き上がって来た。 と初めて出逢った日のあの衝撃を、青龍は今でも覚えている。其の記憶は、漆黒、だ。 宵闇のほの暗い黒ではなく、墨と黒漆を何重にも折り重ねて色付けたような、黒。 打ち滅ぼされた貴族の家の様に破壊された天井から見上げた月が光りを為さない夜空も、 棚引く影の様に真直ぐに引き伸ばされた様な絹髪も、 ゆっくりと翻る群青の外套でさえも最初は漆黒と見紛うほどで、何の前兆無く気配すら感じさせないままに、影絵の様に安倍家の庭に降り立った一人の少女。 まるで、死神が佇むような、暗鬱で清冽な静止画のような光景。 一瞬何が起きたのかを理解出来ない面々は、先程まで下らない談笑していた筈の言葉の狭間にただ、静けさしか降り立たなかった。 迸る、想像と既知を超えた神気を纏う少女は、血の気が失せたような白磁の凄絶な美貌で晴明たちを見据えた。 ぞっ、とおぞましい程の悪寒と共に、晴明だけでなく十二神将までもが、全身から恐ろしい量の冷や汗が吹き出るのを知覚した。 そうして、昌浩がつい先程経験した、あの科白が薄く開いた唇から吐き出されたのだ。 「あんのクソ親父―――――――――!私は便利屋でも迷子探し屋でも家出人捜索隊でも無いっつーんだ!!!」 吐き出された怒号を皮切りに、晴明と晴明に仕える十二神将を巻き込んだ物語が幕を開けた。 が人間界に降臨してきた一番最初の理由、其れは後を継ぎたくないと我儘大爆発させた、天界を治める天帝の息子である天子を探すことだった。 天帝から直々に阿修羅王に下った其の勅命を阿修羅王が自らが行使するとは考えにくかったが、其の後釜に選ばれたのが、阿修羅の御子であるだ。 問答無用で人間界に叩き落されたは何の因果か、稀代の天才陰陽師と謳われている安倍晴明の生家に見事落下し、余りに凄絶な神気が降り立った為に、安倍家のしがない屋根は耐え切れなくて木っ端微塵。 唖然とする一行を余所に、は人間界での天子捜索を晴明に願い出た。 勿論無償で、と云う訳にもいかないとは、晴明と従える十二神将を天界へ招き入れる事を許し、は人間界で天子捜索、晴明と十二神将は天界で晴明の母である晶霞を探すべく、共に共謀した。 …勿論、晴明らが晶霞を探し出すことは不可能だったのだが、結果的には無事に人間界で天子を見付け出し、天帝の前に引き摺りだした。 天子と云っても成人している訳でも無ければ、立派な大人なわけでも無く、人間の年齢すれば7歳にも満たない様な稚児。 小さな顔に幾つも青筋を立てて父親である天帝に罵声を飛ばす天子を呆れた眼差しで見遣ったたち一行の前に現れたのが、今問題になっている夜叉王の嫡男、現在で言うところの夜叉王である。 昔馴染みと云うよりも、同じ天界で天竜八部衆に位置する者同士、仲が良いかと聞かれれば先ず頷く人間は居なかった。 昔から夜叉が一方的にに恋情を抱いているもののにその気は無く、況して人間界に降り立った時期にが青龍を見初めたのだから、話はトントン拍子に厄介な方向へ転がっていった。 「……とまぁ、此処まで話したが、面倒臭くなってきたから、明瞭簡潔に話すから、良く聞け昌浩。 何で天界に行けないのか、と聞いたが、此れは天界の掟だからだ。天界の者は人間界へ降り立つ事が出来るが、其の逆は禁忌とされている。余程の事情が無い限り…況して、天帝の赦しも無しに入れる事は死に値する。 …………と云うことを、晴明たちを招き入れてから知った」 「えっ!?じ、事後に知ったって事?」 昌浩の顔が蒼白し、驚きと疑問の声を出した。 だがは、過ぎ去った懐かしい記憶を辿っている所為か、口許に柔らかな笑みを刷き話を続けた。 「そう、事後だ。…が、天子を引き摺り出し……無事に連れて来た功績も在る故に、其の件は帳消しになる筈だった。 だが、人の弱みを握る事に長けているのかそもそも生粋のサディストなのかは知らんが…夜叉は、掟は掟だと言い張り、天界に押し入った人間達に何か咎めを、と天帝に直談判した。勿論、私がそんな事を赦す訳は無い。晴明達を無事に人間界へと還す代わり、私が受けたのは――――――」 人で言えば百年の永きにわたる、眠り、だ。 外界から遮断隔絶され、阿修羅城の地下で、私は眠りに堕ちていた、と告げるの言葉に、あぁそうか、だからじぃ様は「生きているうちにもう一度逢えるとは」と言っていたのか。そう昌浩は納得する。 「今思えば、あれだな、俺らが総動員で止めるべきだったな。そうすれば、コイツも此処まで捻くれる事は無かっただろう」 騰蛇の言葉に、床冷えのする青龍の瞳が睨みを以って答えた。 昌浩は其の視線の元に晒される事は無かったが、唐突に理解した。数分前はに大爆笑され青龍に一蹴された、と青龍の関係、其れは正しく六合と風音の様な関係。 「黙れ、騰蛇」 「本当のことじゃろうて、宵藍。昌浩や、御子もあの日までは、宵藍、と呼んでいたんだぞぃ」 「……其れが、如何して?」 昌浩が純粋に問うた言葉に、が纏っていた雰囲気が変貌したのが伝わる。 挟まった沈黙は、明らかに先程のものとは質を異ならせていた。またしても余計な事を言ってしまった、と昌浩が鋭く息を吸い込んだ音が聴こえたが、其の声が届く前にひと知らず口の端は吊り上がっていた。 「あの男が…夜叉が、天帝に向ってこう吐き棄てた。」 【聞けば、とある十二神将がかの安倍晴明に与えられた二つ名を阿修羅の御子が口にしていると。神の位置に座する者が神の末端眷属の十二神将を愛するという行為が赦されるので御座いましょうか。況して、その眷属が神を愛するなど…我等天界に存在するものへの冒涜に御座いましょう。】 昌浩の頭の中で、口元に笑みを浮かべながらの告げた言葉を、微笑さえ浮かべながら恭しく吐き出す夜叉の姿がはっきりと思い浮かべられる。 先程と何等変わりなく、終始穏かな表情を浮かべながら、告げたのだろう。 そう天帝に告げることで、と青龍を引き剥がすことを目論んで。 そんな単純な画策に嵌って遣る程も青龍も暇ではなかった筈が、天帝が見せた芳しくない表情を見たと同時に、は心の中で阿修羅王の言葉を受け取った。 【時を待て、。此処で荒立てては為らぬ。全てが無に還るぞ。】 其の声を聞いて、は一瞬瞳を鋭く細め夜叉を睨みあげると刹那に凄絶な美貌で不敵に笑み、視線を晴明たちの方へと向けた。 息を呑む、その瞬間に咄嗟に咽喉へ力を含ませて、皆嚥下の音を籠もらせる。 先程と何等違う訳でも無い。こちらを真っ直ぐに見据える金色の双眸は、常と変わらぬものの筈だった。色も、その毅然とした眼差しも、青龍達にしか見せない穏やかさも。 だが、何かが決定的に違っていた。何が、と告げる前に、 「……………さよなら、だ、"青龍"」 最後を予感させるその響きは、絶望的な距離感を与える。 それだけの台詞が、無駄に広い天帝の玉座にいやに辿々しく響いた。 あどけなさを残した面立ちの中、漆黒の睫毛が、ふ、と震える。 他に如何すれば良いのか判らなかった。この結末が唯の自己満足だと分かっていても、最愛だと誓った筈の人を裏切ろうとも、もう二度と大切な人たちに逢えなくなってしまうかもしれなくても。 夜叉は心の中でこの結末を嘲っていることだろう、でもだからこそ、大切な人だからこそ護りたかった。 別れがどんなに傲慢な事だろうとも、誰に馬鹿だと詰るられても、憎まれても恨まれても構わない。 ただその願いだけを胸に刻んで、揺るぎない金色の眼差しを、向けた。 謝っても許してくれないだろうけれど、どうが、私の我侭をどうか、許してくれ、宵藍。 100年の眠り如きで、晴明や十二神将…そして、宵藍、お前を護れるのなら。 彼らは、どんなにか心を痛めるだろうか。其れを判っていてもなお、こうすることしか出来なかった。 一介の人間とその人間に仕える十二神将の生を望んだ我侭な自分自身の自己満足の独りよがりだと分かっていても、其れでも…、こんな、愛し方しか出来なかった私を赦して欲しいとは言わない、だからせめて、忘れてくれ。 そうして、実に70年の歳月が流れ落ちた。 、と云う…またの名を阿修羅王の御子と云う位置に座する少女を失った時の青龍は、騰蛇が今まで見てきた彼の表情の中のどれにも属さないものだった。 夜叉に対してゆっくりと向けられた蒼の双眸は、かつて無いほどに美しく邪謀に歪み、そこに潜む光には既に苦渋や感傷の色は無く。 晴明以外の誰にも固執することの無かった青龍が、己の全てを掛けて渇望した唯一を失った時の、あの胸を焼かれ血を流す様な悲愴を忘れる事が出来ない。 「まぁ、ざっとそんなところだ、昌浩。質問が有るなら受け付けるが?」 「待て、。未だ肝心な話が出来て無いだろう」 「肝心な話?何だ、私は何か言い忘れているのか?勾陳」 「………本気で別れたつもりなのか、」 鼓膜を震わせた青龍の声には、努めて隠そうとはしているものの疲弊と気鬱、そして苛立ちが滲んでいた。 だが、その刺があからさまにに対して向けられているとは思えない。少なくとも、昌浩は、青龍が自分自身へ当てたものも含まれていると感じていた。 焦燥や不安、そういった情感が零される寸前で内包されているような物言いは、恐らく彼なりの矜持であり、また実際に口にすることでそれらをなおさら色濃くしない為のやり方なのだろうと思う。 誰しもが、あの時選べた未来への選択肢は1つしかなかったのだと思い知っていても、其の未来が間違いだとしか思えなかった。 [ home ][ back ] [ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/2/1 |