| レプリカエデン ![]() #01:舞い降りた破壊神、再会と運命の始まりの音 抱えたく為る頭を如何にか堪え、昌浩の視線は、眼前で凄絶な神気を迸らせながら延々と父君への暴言を撒き散らす独りの少女に釘付けに為っていた。 晴明は予て以来の親友にでも再会したかのように、しわがれた貌に嬉々とした表情を浮かべ、十二神将は其々神気迸らせる少女を見詰めては同じ様に安堵の表情を浮かべている。 其れはまるで、遠い昔に離れ離れになった娘にでも再会したような、元気そうで何より、そんな思いの丈から作られたような安堵だ。 問答無用で安倍家の屋根をふっ飛ばし崩落させた上、第一声を『クソ親父』と吐き棄てた容姿端麗な少女は漸く父君への恨み辛みの暴言を吐き終えたか、静かに瞳を閉じて怒りに拳を作っていた左手をす、と地面へと降ろす。 「……………………………………」 昌浩は最早開いた口を閉じる事さえ億劫に為って、静かに黙って光景を見詰めた。 仮にも稀代の天才陰陽師、安倍晴明の末孫。囁かれるは安倍晴明の後継者、実力は現在の安倍家当主と藤原道長のお墨付き。超常現象やら、妖討伐やら、高淤の神に遭遇している事もあって、そう些細な事で驚いたりはしない。 ………しないのだが、昌浩は俄に今起きている現象にまなこを開いたまま閉じる事を忘れてしまっている。 安倍家の庭のざわめきが、昌浩を中心とした其々の者を包み込んだ。 ざわめきと言っても時は宵の刻、夕餉を始める人々が家路に着いているだろう時間の為、人のざわめきではない。 少女の左掌から発せられる桁なんて幾つ違うのか判らない霊力が、庭の生ある全てのもの、池の水飛沫一つにさえ伝わり、歓喜に打ち震えている。 暗闇の中、微かに浮かぶものは瓦礫と化した安倍家の屋根。たった今、少女の凄まじい霊力をモロに真上から受け支え切れずに爆発した貴族とは言え末端貴族のしがない、屋根。 其れがゆっくりと朧月の光りの下に浮かび上がり、全ての欠片が空へと舞い上がると、少女は下げた左手をまるで刀で空を切る様に斬った。 「……さ、再生した…?」 思わず感嘆に似た言葉が昌浩の口から零れた。 少女が手刀で空を切った刹那、まるで万物に本当に意思があるかのように、瓦礫のだった筈の屋根が一つ一つ猛烈な速度を伴って右往左往しながらくっ付き合い、自分の在るべき位置が何処で在るかを認識している様に自分の居場所を求めて移動し始めた。 要した時間は実に10秒。僅か10秒、瞬き数回したら終わる様な微少な時間の間に、少女の霊力によって昔の姿に再生したしがない末端貴族の安倍家の屋根は元通り。 心成しかぶっ壊れる前よりも綺麗になっている様な気さえする其れは、浮力を伴っても到底浮かび上がらない筈の重量を兼ね備えているにも関わらず、ゆっくりと移動してぼんやりと月見が出来そうな程見事な深遠の月を見上げることが出来る吹き抜けの家を覆った。 ズドン、そんな衝撃も無くまるで何も起こらなかった様に安倍家の屋根へと還った"元・屋根"をあんぐりと見詰めながら、昌浩は思う。 神とは、ことの世だけではなく全てを統べる神の実力とは、一体如何なるものなのだろう。 あの高淤の神に遭遇した時も其れは其れは肝を冷やし困惑し、所詮人間など小さな生き物でしか無いと思い知らされた。 思い知らされたが、今は其れ以上の心理が昌浩の心を覆い尽くしていた。 経った10秒で木っ端微塵に等しかった屋根を再生させるほどの霊力を兼ね備えた神が、眼力だけでそこ等の低級妖の息の根を止める事など造作無さそうな神が、 ……第一声に『クソ親父』とは一体如何云うことだろう。 「お久しぶりに御座います、御子」 静寂を破ったのは、晴明。 顔に皺が刻まれるは歳の所為ばかりではない。何の前触れ無く安倍家の屋根をぶっ壊し、凄絶な神気と霊気を迸らせながら『クソ親父』と一吼えした少女と再会出来た事を本当に喜んでいるのだろう。 恭しく述べた晴明に、十二神将…あの、天空でさえも腰を曲げて少女に一礼する。 まぁ、神と云う位なのだから、神将如き存在の者が敬意を払わない筈も無いのだが、高淤の神とは違い統べるべき地を離れて安倍家に顕現した神に、内心昌浩は冷や汗を掻いていた。 神と云うものは自己勝手で面白そうな事が在ると人の意思とはまるで無関係に、闇雲に難事に放り出す悪い癖がある。 此方に居られる神は一体どの様な超難解な問題を抱えて安倍家屋根をぶっ壊したのか、と昌浩は其ればかりを考えていた。 対して、未だ怒気を孕み言いたい事はすべて言い終わって無いが述べたら確実に朝が明けるから今は我慢してやるとばかりに引き結んだ口元と、印象的な強い金色の眼をした少女。 彼女はゆっくりと此方へ向き直る。宵闇の風が、ゆっくりと彼女の外套を静かに吹き流していた。 「久しぶりだな、晴明。そして十二神将。随分と老け込んだみたいだけど…魂はあの頃と変わらない侭。流石だな、晴明」 「光栄に御座います。」 少し低いが玲瓏な音程。威圧感と威厳たっぷりの物言い。 彰子と然程変わらぬ筈の年齢は最早見てくれだけだと昌浩は痛感した。神といえど、朱雀の様に子どもの姿をした神将が居る位だ。子どもの姿をした神など昌浩が知らぬだけで、実は幾らでも居るのかもしれない。 だが、昌浩の小さな胸に引っ掛かる晴明の言葉が在った。 確か晴明は、この少女を『御子』と呼んだ。神ならば其れなりの名があるだろう。高淤の神にも其れ相応の名がある位だ。 だが、其の名を呼ばずに御子、と呼ぶ。少女も其れを憤慨とする訳でも無く、受け入れているようにも見える。 如何してだろうか、名を呼べぬ特別な事情でも… と昌浩が思案している矢先、何処かの記憶の片隅に、神話の時代に『御子』と呼ばれている人物が居た様な気がした。 気後れと戸惑いを抱えた侭、昌浩は記憶を手手繰りながら、当分は少女と晴明ら十二神将の会話に入れないだろう事を予測する。案の定、『クソ親父』と吼えた少女の第三言葉目は、昌浩の理解し難いものだった。 「………で、晴明。私は先ず頭を下げて『ごめんなさい』とでも言えば良いのか。」 申し訳無さそうな表情一つ零さず、決められた科白を棒読みでもする様に吐き出した少女は、黙していれば美少女の類に入る美麗な顔を態々仏頂面に曲げて言う。 晴明は穏やかな笑みを、少女に向けた。 「私には解りかねます、御子」 素直に「さぁ、どっちでもいいんじゃ無いかの、お前の好きなようにすれば良い、わしゃ、知らん」とでも言えば良いのに。 晴明の曖昧な返答に、昌浩が率直に思ったが口に出していない意見だ。 だが、この神と称される少女が頭を下げて謝る事態とは一体なんだ。 晴明も十二神将も何等疑問に思わずに口も挟まないと云うことは、@皆が周知の出来事か、A彰子と昌浩以外は全員知っている出来事か、の何れかだ。 ならば答えは簡単、先程晴明も呟いていた、「安倍家の屋根を吹っ飛ばした」事への謝罪だろう。 しかし、それが解り切っていながらも、胸の中ではずっと違和感と疑問が渦巻いていた。 安倍家の屋根を吹っ飛ばした事への謝罪なら、一体誰にする。晴明に聞いた位なのだから、露樹だろうか。 いや待て、そもそも屋根を吹っ飛ばし崩壊させ瓦礫の山と化した事は事実だが、少女は自らの手で屋根を再生させ(一部綺麗にしたぐらいにして)元通りにしたではないか。 はて。では少女は一体何に謝ろうと云うのか。 昌浩が心の中で自分で自分に首を傾げている状況で、話は先に進められ、皮肉を混めた口調で少女が呆れた声を零した。 「私は気が長い方じゃない、しかも久々に目覚めたと思ったら問答無用で人間界に叩き落されたんだ。蟲の居所は超絶に悪い。だからこれ以上私の気分を害するな、青龍」 「………………………………せ、…………………青龍!!?」 物思いで聞き逃しそうに為ったが、危うく其の言葉は昌浩の耳に入り、思わず声を上げた。 同時、気配を殺し隠形していた筈の木の神将、青龍が顕現した。意外にも誰よりも少女に近い位置に居た青龍は、流れる様な蒼い髪を夜風に靡かせ、明らかに不機嫌を貼り付けて真直ぐに神である少女を見遣った。 だが、其れよりも俊敏に、床冷えする金色の双眸が昌浩の方へと向いた。 「あ、…あの、僕は」 今初めて存在を認めたかの様な凍てる視線に晒された昌浩は、眼を引くほどの整った容姿に不機嫌を上塗りした色を浮かべて此方を一瞥する神に、何故か名乗らなければ、と焦燥した。 そうして、醒めた様な瞳で一瞥する其の凄みに、昌浩は思わず身を強張らせた。 深まる深遠の闇、死神の様に佇んだ【本物の神】は、血の気が失せた様な白磁の様な凄絶な美貌で昌浩を見詰めた。 殺される。 否、殺されるまでとはいかずとも、あの神の発言に横槍を入れたのだ、訳の判らない攻撃の一つや二つは喰らうだろう。 思いながらも、足が地面に張付いたみたいに微動だにしない以上、昌浩は呆然と彼女を見上げるしか術は無い。 御子、と呼ばれた少女はそんな昌浩を暫く見下ろしていたが、やがて興味の矛先を青龍から昌浩に移した様に静かに口を開いて言葉を返した。 「――――――――知っている。晴明の孫、次期晴明の跡取、安倍昌浩。其処の姫は藤原の一の姫。」 「……あ、」 如何して、と云う疑問は黙殺された。 相手は神だ。晴明の魂でさえ見えるというこの少女にすれば、一目見ただけで素性が判っても不思議ではない。 「本当は其処の仏頂面の不機嫌丸出し男に先に用事が在ったんだけど、まぁいいか」 仏頂面不機嫌丸出し男と揶揄された青龍以上に不機嫌オーラを醸し出している少女は、毅然たる態度と冷酷染みた言葉で言った。 そして間違い無く、不愉快気に青龍の眉根が寄せられる。 一体何が始まるのか、僅かな恐怖と緊張が張り詰めた。矢先、マシンガントーク宛らの自己紹介の火蓋が叩き落ちた。 「初めまして、安倍晴明の後継者、安倍昌浩。そして、藤原の一の姫、彰子。 我は…天竜八部衆に位置する太陽神、又の名を戦闘神、あぁ破壊神とも云われたか。 六道の一つである阿修羅道を主して、毎日馬鹿みたいに帝釈天と野山翔けずり回って暇さえあれば剣交えて、良い歳して最終的にはを打ちながら平和的に帝釈天との中を見繕うクソ親…最高闘神・阿修羅王の御子、あぁもう面倒臭っ!私の名前はだ、以上。」 「………………………………………………………………………………」 昌浩、開いた口が塞がらず。 御子、の言葉に漸く記憶が、古代メソポタミア文明のシュメール、アッシリア、ペルシア文明の中に阿修羅王の一説が書かれていた事を思い出した。闘神・阿修羅王が統べる阿修羅一族の子どもは其の地位を継ぐまで、【御子】と呼ばれるのだ。 通りで高淤の神とは桁外れの霊力と神気を兼ね備えている訳だ。高淤の神は日本の古代神でしか無いが、阿修羅は古代なんてもんじゃない、何千年と続く神話の時代から受継がれた天を統べる帝釈天に次ぐ最高神。 戦能力だけで言えば天界一の最高闘神。 其の神の降臨の折、安倍家の屋根を吹っ飛ばした位で(しかもご丁寧に修復してくれた)済んだのだから、世の中は本当に不思議なものだ。 その気に為れば此処に居る一同どころか、平安京でさえ一瞬で壊滅させられるだろうに。 思い出したら思い出したで、最高神と謳われるあの阿修羅の御子が眼前に居ると認識すれば認識したで、強烈な恐怖が沸き上がってきた。 最高闘神と謳われ語り継がれている阿修羅の御子に対して、其の発言を捻じ曲げる様な行為をしたのだ、自分は。 緊張と恐怖が張り詰め、息をすることすらも忘れた時間は永遠に続くように思えた。 昌浩は、と名乗った阿修羅の御子から視線を逸らす事がこの上無い冒涜の様に思えてきて、瞬きすら出来ずにと対峙したまま、空気に凄まじい重圧を感じたように呼吸さえも出来なかった。 「…また世話に為るな、晴明。宜しく、一の姫。そして…」 「あ…彰子で構いません、阿修羅の御子様」 「為らば此方も、で良い。私は未だ即位した訳では無いからな、まぁあのクソ親父の気分一つで明日即位するかも知れんが、私の名はだ。其れ以上でも其れ以下でも無い。」 の言葉を遮り、一の姫から彰子へと訂正させた彰子に憤慨を覚えた訳でも無く、は会話を続けるように昌浩に向き直って、 「宜しく、昌浩。お前も呼び難かったら、で良い。」 其の一瞬、何が言われているのか昌浩には理解出来なかった。 いや、理解は出来ているのだが、の言葉の直ぐ後で、彰子の時には無かった確かな変化が在った。 青龍が、怪訝そうな表情で昌浩を睨み上げる。 「不愉快だ、お前如きがと」とでも言いたげな表情、と同じ氷のような冷たい眼差しと美しい端整な顔立ちを真直ぐに昌浩に向けて。 「よ、宜しくお願いします、」 無言で降って来る青龍の威圧。怒りを押し殺した様な双眸に睨まれ、昌浩は逃げ出したい衝動に駆られた。 阿修羅の御子であるの『宜しく、昌浩。お前も呼び難かったら、で良い。』の譲歩した挨拶に無言を以って返す事など出来る訳も無く名を呼べば、これでもか、と云う程睨みあげる青龍の視線に晒され続ける事態に、疎い昌浩の脳が一つの関連性を導き出す。 いや、多分彰子でも容易に想像が付いたのだろう。脳裏に連想させる事が出来る、青龍との関連性。 「……も、若しかして青龍って、のお兄さん?」 流石の彰子もこの発言には絶句した。 彰子だけではない、晴明を初めとした十二神将一同が固まり、眼にゴミが入った所為だろうか、青龍だけが怒りに打ち震えているように見えなくも無い。 「もしかして、弟…?」 昌浩の口から、小さく言葉が漏れた。 兄で無いのならばきっと弟だ。クソ親父と云うのが居るのだからきっと、兄か弟に違いない。 確証染みた疑惑を口から吐き出せば、晴明はやれやれと言うように眉間に指を添えている。 そうして、再度の言葉を昌浩の口から聞いた瞬間、青龍の秀麗な蒼い瞳がこの上なく厳しく鋭く細められた。 怒りを含んだような表情で、一歩足を踏み出す。青龍は、神将だから空の上を歩く。だから庭先の小石を踏締める音なんて聞こえない筈だのに、じゃり、と云う不吉な音さえも聞こえてきそうだ。 怒りを押し殺した瞳とは対照的、驚くほど静かな歩みで青龍が昌浩の傍へもう一歩近寄ろうとした矢先。 触れれば切れるような間合いは突如として、笑いを押し殺しきれなくなったの、歳相応の笑い声によって崩壊した。 「ッッ…く、っはは、あははは!くくっ、あはは、はは、くくっ…やば、笑い堪え過ぎて腹、痛い…っ、」 愕然とし、引き笑いすら起こせない昌浩は、本日五度目を数えようかと云う放心状態と云うヤツに陥った。 笑っている。其れも大爆笑だ。 最高闘神・阿修羅王の御子と謳われた少女が、腹を抱えて目尻に涙まで浮かべて其れは其れは愉快なものに遭遇したかの様に笑っている。 晴明や他の神将…例外として青龍以外のすべての存在がの笑いに攣られる様に其々思い思いの方法で笑いを堪えている。 何故だか独り仲間外れにされたような疎外感を味わうことになった昌浩は、未だ笑っているを見遣った。 最高闘神・阿修羅の御子が持っていた凄絶な神気と霊気は完全に消えうせては居ないものの、怒りに似た"凄み"が消え去り、彰子と歳が幾つも変わらぬ歳相応の表情を零している。 「昌浩、御子は宵藍の兄君でも無ければ、弟君でもないぞぃ」 「……其れはこの大爆笑を見て判りました。ですがじい様、とすればと青龍の関係は、?」 「―――――――――――――貴様に、関係無い」 真っ向から青龍に睨み付けられて、昌浩は一歩後づさる。 今まで幾度と青龍の憤慨さながらの表情は拝んできたが、此処まで気分を害した様な低い声色を聞いたのは久しぶりだ。 此処は謝るのが得策なのだろうか。 兄と間違えたことに、弟と間違えたことに、軽々しくと青龍との関係を聞いたことに。 だが三度口に出せば其の時点で最後の審判を下されるような気がした昌浩がぐっと何かを堪えるように、何かを飲み込むような表情を零す。 間違い無く、此処で何も問わないのが得策なのだろう。 そんな昌浩の意思を汲んでか、が、穏やかな抑揚を殺し声色で昌浩に応えてやる。 「人の言葉で言えば一種の腐れ縁、だ。なぁ―――――――――"青龍"」 が青龍に"青龍"と呼んだ事が拙かったのだろうか。 青龍は厳しい眼差しを昌浩からに移し、昌浩が受ければ先ず間違い無く硬直するだろう鋭さを増した視線を投げつけている。 だがは秀麗な相貌に妖笑を浮かべて其れを静かに受け流し、話をするのだろう、穏やかに微笑んでいる晴明の元へと足を進めた。 青龍、紅蓮、天一、太裳を残した面々がに一礼して隠形し、残った者だけが晴明の部屋へと踵を返す中、昌浩は今更ながらに先程が零した科白が脳裏に蘇ってきた。 ―――――――――私は先ず頭を下げて『ごめんなさい』とでも言えば良いのか。 何故最高闘神・阿修羅の御子であるが、一体誰に頭を下げて『ごめんなさい』を言わなければ為らない事態を引き起こしたのか。 些細な昌浩の愚問は、後に本人の口から話される事となる。 [ home ][ back ] [ next ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/8/10 |