Thus, Liar lovers(かくして 嘘つきな恋人達は)




今日は厄日に為るに相違無い。
この間も似た様な第六感が走り、見事に自分の勘を褒め称えて遣りたい出来事が起きた。
「あぁ、お前がマルフォイ家の嫡男か、中々良い男じゃないか」
そんな揶揄と共に重要書類の束とひと巻きのヴェールを、投げられた瞬間から、彼女に生殺与奪権まで握られることに為ろうとは。
魔法省最高責任者の手すら煩わせ、現在魔法省長官と云う立場に在りながら、由緒正しき純血一族家嫡子としての称を持つ彼女――――に。
ともあれ、彼女と共に過ごす日々は満更暇では無い分、日々何かしらの発見があって面白いといえば面白い。其れに伴うリスクは勿論山の様に上から降ってくるのだが、魔法省重役からの厳しい監視に遭いながら、降格される事はないまま、女性の身で今の地位を維持するのは並大抵の事ではない。
ルシウスの一日は、そんな彼女、長官の部屋へ決済済みの書類を引き取りに行くことから始まるのだが、今日は何時もと違っていた。

「失礼致します。昨日お渡しした書類――――…、」

其処まで告げて面をあげたルシウスは、絶句する。
この瞬間に、冒頭の「厄日」と云う二文字がルシウスの脳内を物凄い勢いで駆け抜けたのだ。今日は何かある、絶対に何かある、槍どころの騒ぎではない、ホグワーツ特急でも突っ込んでくるのではないか、とルシウスは焦燥した。

「あぁ、」

ルシウスの掛けた声に、外を眺めて居たが振り返り、ゆっくりと微笑んだ。
変わらないのは、整いすぎた秀麗な顔と、ローブの上からでも判る、歳相応の均整の取れたその姿。胸元に添えられた厭味なほど高い地位を示す階級章。

「書類は其処に在る、他のものも序でに持っていけ。…それとな、ルシウス――――」

普段は未処理の書類が軒を連ね、急ぎの処理済の書類は未処理の山から探し当てて直々に目の前で印を押して貰うしか術がないような、荒れ果てた机の上。
モノの見事に整理整頓され処理済みの羊皮紙の山ばかりが鎮座している。
其れを見て、ルシウスは今自分がこの場所に立っている事態に酷く狼狽し、今直ぐに敬礼して退出したい様な心地にさせられる。如何にも妙な胸騒ぎというヤツが働いたのだ。
一体なんだ、今日は彼女の誕生日か、と見据えるように視線を向けた。其れが、間違い。



「脱げ」

唯の一言。
色気など皆無、唯冷えた双眸で射抜くように冷えた単語が紅唇から紡がれ、ルシウスは一歩後退する。

「…長官、私の服装に何処か問題でも――――」

問えば、諮るようには目を眇めてくる。
隠しようもない鋭さを突きつけながら、ゆっくりと自分に視線をくれた。そうして、


「お前の今日の服装は何時も通り何の問題は無い、厭味な程にセンスが良い。だがな、脱げ。此れは上官命令だ、ルシウス」

有無を言わせぬ圧力でもって釘を刺しやられ、ルシウスは小さく歎息すると、手に持つ書類を来客用ソファーの上に置く。
外套を手早く捨置き、上着を同じように外套の上に放ると、ワイシャツのボタンに指を掛ける。
一つ、また一つと無言の侭外されていくボタン。其の所作を、は終始無言で見詰め、熱い眼差しは如何見てもルシウスのシャツの内側に向けられていた。


「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」

シャツの上からボタンを外し、ズボンの中に仕舞っておいた裾を引き摺りだして、最後のボタンにまで指を掛けた時。
裾を引き抜いた反動からか、肩の布がずるりと下方へ垂れ、上半身は見事に陽の目に晒され腰もとのボタン一つでシャツが留まっていると云う姿を晒したルシウスの眼に飛び込んできたのは。

「………長官、」
「何だ」
「………人を半裸に剥いておいて物凄く興味が無さそうな顔をされるのは何故か教えて頂けますか」

意気揚々と籤を引いたら見事に大凶を引き、一気に冷めたような、酷く期待はずれだと云う表情。
加えて、がっかりだとでも言いたげな重い溜息が一つ。
溜息を吐きたいのはこちらの方だとルシウスは思う。出社早々半裸に剥かれ、掛けられた言葉など何一つ無く溜息とは如何云うことか。
同じように吐きたい息を堪え、最後のボタンに手を掛け外そうとすれば、「もう結構だ」と言われる始末。
新しい玩具に飽きた様な貌をされれば、此方とて面白い筈も無い。

だが、答えが帰って来ないからといって待っていられるほど暇でも無い。
用事が済んだのならば、長居は無用、この後会議に回す書類の回収が残っている。今は何時だったか、と思いながら外したボタンをもう一度はめ直していれば。


「今日私は早朝出勤で其の侭会議、さっき終わり掛けに階下に珈琲を飲みに行ったんだ。そしたら面白い噂話を聞いてな」
「噂話し…ですか」
「あぁ、お前の家から見事な金髪美女とお前が朝早く、人目を凌ぐように出てきたのを秘書の子が目撃したそうだ」
「…痕が付いているかを確かめる約束でもしたのですか?」

最後のボタンを掛け終わり、引き抜いたタイを締めなおしながら問えば、ルシウスを半裸に剥いた当の本人は至極やる気の無さそうな顔をしながらルシウスが置いた書類に目を通していた。
二枚・三枚を眼を通しながら、思い出したように顔をあげて、

「いや、賭けをした。痕が付いていれば私が昼にシャトーローゼスのベリーパイをご馳走に為れたんだが、残念だ」

わざとに作られた、冗談まじりの口調。
幾ら色男とはいえ、魔法省高官、次期マルフォイ家当主。見映えの悪い疵をプライベートでつけてくれるなと口を酸っぱくして言われている事位は知っているだろうに。
少なくとも、明らかに情事の後を髣髴とさせるような濃く走るあからさまな鬱血痕など、魔法省高官が誇れるようなものでは無い。
だが、

「…、一つ宜しいですか」
「何だ」
「其の賭けは、私が「金髪美女と早朝若しくは昨晩情事を行った」事が前提になっているのですが」
「何だ違うのか?」

タイを結わえる手を止めていることを疑問と取ったのか、その矛先を逸らそうとするかのように、は羊皮紙をひらひらと舞い踊らせつつ愉しげに微笑を落としてみせる。
今度こそ、ルシウスはその流麗な眉に深く苦渋を湛え、溜息を零した。

「彼女達が見た金髪美女とは多分私の母の事でしょう。今朝共に家を出ましたので」
「お前は自分の母親の腰に手を添えて道を歩くのか?」
「母は如何も私を父と勘違いしている部分が多くある様で。もう昔からの癖です」
「――――――そうか。捺印する書類は此れで全部だな、少し待っていろ」

薄紫色が薄く、綺麗な綺麗な弧を描いた。
怜悧な美貌を更に冷たく冴えわたらせ、外套を靡かせると、袖机から羽ペンを引っ張り出し流麗な文字を綴る。
部下のプライベートな情事に首を突っ込む気は更々無かったが、序でに他の家の事情にまで首を突っ込みかけ、は自分で自分に苦く呆れが滲む。
その心の裡を察したのかどうか、落ちた沈黙を繕うように、外套を羽織って詰襟を調えたルシウスが口を開いた。

「今日のお昼ご一緒頂けませんか。シャトーローゼスのベリーパイは微糖美味だと私も聞いておりますので」
「…………お前、ランチ取る時間なんかあるのか?」

は吹き出すのを堪えて苦しそうな吐息が、口唇の端から漏れて。
しかし言を継ぎ、頓着する風もなくルシウスは応える。

「ご一緒できるならば時間など幾らでも」
「あぁ、ならば私も正午の鐘の音と共に此処を出られるように善処しようか」

くすくすと愉しそうな笑み息を零したはそうして、ルシウスが持って来た2巻きの羊皮紙の紐を解きほぐしながら、自分の仕事に精を出し始めた。
一礼しの部屋を出たルシウスの規則正しい足音が廊下の端に消え聞こえなくなると、の口唇から溜息が漏れた。


「母親――――か。あれは如何見てもナルシッサ・ブラックだったんだがな」


まぁいいか、と呆れた吐息を放ち呟く台詞はもはやぼやきに近い。だが、は手持ちの仕事を片付けることだけを脳内にインプットした。
マルフォイ家からルシウスと共に出てきた女性がルシウスの母であっても、
其れを偶々見かけたのが秘書の子であっても、
今日のランチをルシウスと共に過す事だけは真実なのだから。