*この話は 「 08 最後から二番目の真実 」の続編になっています。
  一読されてから読むことをお勧め致します。




心に響いてくるかの如き、遠い遠い記憶の断片を垣間見ているような錯覚に襲われた。
遠くで少女の笑い声が聞こえる。
ハッキリとその声色を確認する事が出来るほど、私の意識は持つことも無いだろう。
薄れ逝くその意識の中で聞いた少女の声は、酷く幸せそうで。
傍から聞いているこの私の表情さえも和らげてしまいそうなその声色。
何処か懐かしいようで、
何処か愛しいようで、
何処か切ないような、そんな声色。
私が意識を手離して再び瞳を開けることが叶うならば…その声色に起こしてもらいたいと、何故かこの時そう願った。






太陽がまた輝くとき








胸から喉奥に突き抜けるような鈍痛で、私は意識を取り戻していた。
胸倉を掴むように痛みを握り締めるように、無意識にその箇所を抑えこんで音の無い世界への扉を開いた。
ゆっくりと明けた瞼の先に映りこむのは地獄であろうと苦笑に塗れた感情を抑えつつ、自分の意思の元で開いた其処には、見慣れない景色。
頬を掠める涼しい風と辺りに立ち込める夜霧から、直に夜が明けるのだと客観的に悟った。
ヴォルデモートの屋敷に居た筈の己が、如何してこの様な場所に居るのかと思案する。
靄の掛かった意識と覚醒しきれない記憶の糸を辿ってみても、己が如何やってこの場所へ辿り着いたのかすら判らない。
寧ろ、ヴォルデモートは自分に何をしたのかさえも思い出せない。
唯覚えているのは、耳に残る卑下衆なヴォルデモートの科白と幼い少女の笑い声。










「 …また、私だけ残ってしまったというか。 」










予想出来た事態にその身が置かれた事を苦笑した。
以前も同じ様な状況で、私だけ取り残された。
今では明確に思い出せる刹那の情景が、混濁した意識の中からでも鮮明に思い出される。
あの日。
ヴォルデモートの愛した女であると忘れ去っていた私と、ヴォルデモートを忘れたが出逢った。
余興と嘲ったヴォルデモートの仕組んだ、この最大にして最悪の政。
それでも…、もう、三度目の奇跡は起こらない。
心が刹那にそう叫んでいた。
ヴォルデモートが己を生かすためにこの場に置き去りにしたのだとしたら、喜んでこの場で己の命で贖うと。
瞬間、使い慣れた杖が視野に飛び込む。
丁度良い、と痛む胸元を左手で掴みながらゆらりと起き上がり、無造作に草原に置かれた杖を手手繰った。










「 …悪趣味としか言いようが無い 」










意を決して足を踏みしめた途端に胸に激痛が走った。
呪いの楔でも打たれたか、と一瞬怪訝な表情を浮かべつつ、己の杖をその手中に収めた瞬間、空が空気が変わる。
それはヴォルデモートの邸宅に足を踏み入れた時と同じ状況を作り出し、眼下がぼやけ始めて夜霧が晴れる。
巨大スクリーンの如く揺らぐ蜃気楼に身を投じたヴォルデモートが、勝ち誇ったような笑みを湛えながら其処に、居た。
生かしておきながら、痛みを与えながら、自ら命を絶とうとした刹那に己が最後の息の根を止める。
ジワリジワリと弱きモノを甚振る悪魔の如き趣味を持つヴォルデモートならば、遣りかねないと私は失笑した。
見上げた其処には、嘗ての主が然も面白そうに此方を眺めるだけ。
最早、悪罵さえ吐く気力さえ残っては居なかった。











「 罪過を与えてやる、と言ったであろう?
 これから其れを見せてやろうと思ってな。 」




「 誠…戯れの悪癖が直らぬ事。 」











皮肉めいた言葉を吐き捨てれば、賛美の言葉とばかりにヴォルデモートがその表情を歪めた。
如何にして自身を屈辱と痛惜に落とすのかと、私はその冷徹な瞳を見据えた。
思えば、最初で最後であろうか。
此処まで死を覚悟して、死ぬことを主に懇願し、その瞬間を待つ己に悔い等無いと思い知ったのは。
愛する者を守れず死ぬことは赦せ無き事ではあるが、己の意思に反して生き続けようとは思わない。
許せ、
そう心で呟いて私はその命を捧げる為に何度目かの瞳を瞑る行為を行おうと意識する。
刹那、視界に飛び込んできたのは思いも拠らぬ光景。
その壮絶な光景に、私は小さく息を飲み込むしか出来ずに居た。











「 …失笑しろ、ルシウス。
 己が”我が君”と慕い敬ったこのヴォルデモートが、この様な愚態を晒す等… 」











言葉を吐いたヴォルデモートのその横で、私は己の瞳を疑う光景を見た。
荘厳な科白をつらつらと述べていた主が自分に向けて吐いたその言葉を肯定するかの如き様。
ヴォルデモートだけを映していたその蜃気楼は、やがて徐々に横に面積を増し、ヴォルデモートが言葉を言い終えると同時に蜃気楼は倍に膨れ上がる。
己が己を侮蔑したヴォルデモート。
その直ぐ真横に、寄り添う様にヴォルデモートの手に指を掛けた少女が、笑っていた。
然も、幸せそうにヴォルデモートを見上げながら、少女は唯微笑んでいた。











「 …コレが…罪過ですか、主よ。
 を幼子に戻したとでも仰りたいのですか。 」





「 …おいで、レイラ 」











私のその言葉に、ヴォルデモートは苦笑した。
その後で、少女を”レイラ”と呼び、腕に抱き上げて。
瞳を疑う光景が繰り広げられる最中、少女は至極幸せそうに微笑っていて。
未だあどけなさを拭い切れない程の幼さを全面に出し切った少女は、ヴォルデモートの首に小さな腕を回して甘える。
其れを叱咤もせず、寧ろ仕方ないという表情を零したヴォルデモートは幼い少女の頭を撫ぜる。
その柔らかかった瞳が己に向けられた瞬間、己が知る残酷無慈悲の”ヴォルデモート”の顔に変わった。











がお前に向ける笑みは、私では得ることの出来なかった心の底からの笑み。
 私は気づいていた。
 其れはお前に向ける為だけのモノであって、私に向けることなど出来ないと。
 知っていて、欲した。
 最初にを手にしたのが私で有るが故に…猜疑心を生んだのだよ、ルシウス。
 私は初めから、判っていたと言うに。

 だが、それでも、私に微かに残る自尊心が其れを許さなかった。
 は私のモノ。私だけがを愛し、は私だけを愛すれば良い。
 そんな子供染みた感情から思いついた余興が…最悪の結果を生んでくれた。
 途中から、己が己に気付かされる羽目に成るとはな。
 失笑すべきだろう、ルシウス。
 私を愛していたではなく…
 お前を愛していたを愛していた等と戯けた事 」











ヴォルデモートが乾いた空気の中で笑う。
己が己を失笑し、嘲る。
ヴォルデモート自身が選んだこの結末を、一番容認したくないのは紛れも無いヴォルデモートであることは誰の瞳にも明らかで。
ヴォルデモートの心の中に微かに残る「Tom Marvoro Riddle」がそうさせるのか、ヴォルデモート自身の出した結末か。
いずれにしても、予想外の結果に、言葉が出ずヴォルデモートが一人紡ぐ言葉だけを唯聞いていた。
嘘と本当の狭間で思い出されるのは、冷たい床に投げ出された少女に向けられたその哀しそうな表情。
アレが…少女に対する誠のヴォルデモートの感情だというのであろうか。











「 最初で最後、お前に罪過を与えてやろう。
 は最早、私の事は愚か、”Tom Marvoro Riddle”の事すら記憶に無い。
 ”初めから出逢わなかった”事に為っている故…今後二度とが私を思い出すことも無い。
 例えこの忌まわしき闇の世界に住まう者の名を聞こうともな。
 …お前の事以外、何も記憶していない。
 の中の”Tom Marvoro Riddle及びVoldmort”の記憶は全て、レイラに与えたのだからな 」




「 …改心でもしたと言うのか、この期に及んで戯れが過ぎる。
 を手離す気に成った等と…私が信じると思うか 」





「 信じる信じぬは貴様の自由。だがな、ルシウス。
 が私の元へ戻ってきて、泣くことは有っても一度も私の為に微笑った事など無い。
 私はを泣かせる事でしか愛を伝えられぬのだとしたら、其れこそ無意味。
 どれだけ深く愛しても手に入れられぬ微笑は…全て貴様の為に有るのだとしたら
 私はからそれを奪うことは出来ぬ。
 ”既に遅い”と罵倒するか? 」





「 その少女は…道楽だけで出来た少女の意思は如何なる 」





「 レイラが、望んだ。
 が貴様しか要らないとそう願った事同様、レイラも私以外は欲せぬと。
 誠、この様な愚弄者の何処が良いのか判らぬが…それでも…
 それでも私はレイラを手離すことは出来ぬのだろうな。
 貴様にとっての同様…私はこの少女の為なら命を捨てさえするのやも知れぬ 」











冷たく凍ったその唇から紡がれる言葉が、誠信じられずに居た。
これが本当に己が主と慕い絶対の忠誠を誓った男なのだろうかと。
幼子を腕に抱え、時折語り掛けるようにヴォルデモートに擦り寄る少女を怪訝する事無いその態度は驚愕を軽く超える。
闇の世界に身を置き、裏切り者への惨殺を繰り返す”ヴォルデモート卿”が、唯の男に成り下がるとは。
初めから、信じろというのが無理な話。
がヴォルデモートの記憶を消されていたのだとしたら、私の罪過は如何なる。
最後の最後で形勢が逆転するなど、日常にも溢れすぎた話。
そんなものに、私はまた踊らされるのだろうか。











「 忘れるな、ルシウス。
 貴様の記憶は死んでもその命に刻まれる。
 絶対の忠誠を誓った主を裏切ったその”裏切り者の烙印”を一生背負って貴様は生きて行く。
 誰にも理解して貰えず、愛しい者を腕に抱く時でさえ貴様の追憶は消えぬのだ。
 悔いても詫びてもその業罪から逃れることは出来ず、これから起こる私の醜噂を聞く度に思い出せ。
 …の罪過は許しても、貴様の罪過は論外だ。
 私はこれからも闇の世界に君臨する。私が滅びぬ限り、貴様の罪科も消えぬ。
 良いな、ルシウス…これが貴様の罪科だ 」











最後に見た嘗ての主は、絶対の忠誠を誓ったあの頃の荘厳なまでのヴォルデモートその人であった。
吐き捨てたその科白を最後に、蜃気楼は消え、胸の痛みもいつの間にか消え去っていた。
夢を見ていたようだと、錯覚さえする。
しかし、脳裏に焼きついたヴォルデモートの言葉が、私の心に刻み込まれる。
手にした杖を持ち直すと、もう一度眼下を見た。
漆黒の闇に映える緑の絨毯に、嘗ての記憶が蘇る。
この場所に、私は一度、来ていると。











確信すると、そのまま記憶を辿って只前に進んだ。
絡みつく足の長い草に目も暮れず、ローブに纏わり付く草木の胞子でさえ無視を決め込んで。
暫く歩いて森を抜けたその先に、絶壁に立つ廃墟が姿を現した。
崩れ落ち去ったその古城は、悠久の時を数えるように只静かに横たわっていて。
倒れた柱樹が綺麗に組まれたその下に、真っ白な薔薇が敷き詰められている。
その真ん中。
薔薇に抱かれるようにして、一人の少女が横たわっていた。











「 ……! 」











気付けば叫び、駆け出していた。
然程距離も無いというに、少女の元に辿り着くまでの時間が自棄に長くて。
小さなその身体をこの腕で抱き上げた瞬間、温かい体温に苦笑して、強く強く抱きしめる。
苦しい、と抗議の声を上げられる位にまでこの腕に抱き寄せたは、その苦しさからか重い瞳を開いた。
私の瞳を真っ直ぐに見る
それだけで、
唯それだけで、私は酷く幸せだとそう感じた。











「 …ルシ…ウス…?あれ?私…如何して此処に居るの? 」











聞こえた声は紛れも無く
大きな瞳をきょろきょろとさせ、辺りを見回すは、己の置かれた妙な環境下に疑問を抱く。
それでも、ヴォルデモートの言うとおりに、彼の記憶が抜け落ちているのか、不思議そうな表情で私を見るだけ。
屋敷で拾い上げたの髪飾りをその髪につけてやると、は愕いたように瞳を緩めた。
”有難う、ルシウス。私、庭に落としてしまったの”
その言葉に、私は心の中で苦笑した。











「 お前は此処に来て迷子になった…酷く心配した 」




「 …ごめんなさい。
 …皆も心配してるよね。帰ったら謝らなくっちゃ! 」





「 …帰るぞ、











差し伸べた手を、が微笑って掴んで握り返す。
帰るべき場所は唯一つ。
私との生活は、昨日までと同じであり、今日からも変わる事は無い。何一つ。
私の心に刻まれた"裏切り者の烙印"等、大した事は無い。
微笑うをこの腕で守りきれるならば、私は喜んでこの命を差し出すだろう。
私には、守りたいものがあった。
命に代えても守りたいものがあった。
己が忠誠を誓った主を裏切ってでも、守ってやりたいと思うものがあった。
もう二度と離すまいと心に誓い、記憶を無くした少女の小さなその手を取った。
暗闇に身を沈める己に光りと安らぎを齎した少女を、命に代えても守りたいとそう願った。
もう一度、巡り逢えたら次こそはこの手を離さない、と。
ヴォルデモートに奪われたをもう一度この腕に抱きしめることが叶うなら、もう二度と、この腕から逃しはしないと。
あの廃墟で再びに巡り逢えたのは、二度目の奇跡。
そして…三度目の奇跡は確かに起こった。











もう二度と、この廃墟に来ることは無い。
もう二度と、この手を離すことは無い。
もう二度と…の瞳にヴォルデモートを映すことは無い。
私の罪科で全て賄えるなら、死がこの身体を蝕んでも私は構わぬ。
が微笑ってくれるなら、が私を必要としてくれるなら、私は何度でも主を裏切るだろう。






手を取って、二人還るその道の地平線から、ゆっくりと橙の太陽が昇り始めた。
その翳り。
ヴォルデモートと幸せそうに微笑った少女が、確かに此方を見ていた事を、私は忘れることとしよう。





[ Back ] [ 総括的後書きへ ]


Copy Right (C) Saika Kijyo All Rights Reserved.