*この話は 「 17 裏切り者の烙印 」の続編になっています。
  一読されてから読むことをお勧め致します。





最後から二番目の真実








「 愚かな…気でも違ったか 」











瞳を見開いたヴォルデモートはそう問う。
けれど、頑ななまでに瞳に意を宿したルシウスはその問いに答えることはない。
脳裏に浮かぶのは、眼下で幸せそうに表情を和らげたの姿だけ。
一瞬でもその瞳に己を映してはくれまいかと願うも、それは海の藻屑の如き消え去るだけで。
光りを宿さぬその瞳がゆらりとヴォルデモートを捕えた時、彼は静かにその細い腕を、指先を伸ばした。
空気が一瞬で凍る。











…お前と過ごせた時間…私は、幸せだった 」











静寂の中、最後にその眼にを映し込んだルシウスはゆっくりと瞳を閉じた。
嘗ては絶対の忠誠を誓った主に命を奪われるならば本望だと。
堕落してゆく結果が浮かぶだけの人生を、無しに送ること等最早無意味だと。
生涯を掛けて守り抜こうと誓ったを守りぬくことが出来ないのならば、
のその心に映すモノが己で無いのであるならば、
この生涯、最早無意味以外のなにものでもないと。
生涯しか愛さぬのならば、この瞳に、この心に誰も映す事等は無い。
を想って死ねる等…至極幸せの窮み。











けれど、張り詰めた空気は一瞬で解き解された。
何時までたってもこの身体に痛みが起きる事も無く意識が飛ぶわけでもないルシウスは、怪訝に瞳を開いた。
ヴォルデモートが己が命を奪う気が無いのであれば、自ら望んで自らの手でこの命を消そうと。
ゆっくりと瞳に視界が映りこんで来た矢先、ルシウスの瞳に真っ先に飛び込んできたのはヴォルデモートでもでも無い。
その姿を認めたルシウスは、小さく息を呑んだ。
瞳に映るは、小さな身体でルシウスを守るように、両手を目一杯広げて庇う様に立つ少女の姿。
それは紛れも無い、ヴォルデモートが”レイラ”と呼んだ宙に浮く少女であった。











「 …レイラ、此処には入ってはいけないとそう言った筈だ 」











冷たい言葉を投げられるのは初めてなのだろうか。
口を開いたヴォルデモートがそう吐くと、小さな身体が恐怖に震えた。
それでも、ルシウスを庇う様に両手を広げたまま、その場から離れようとはしない。
何故自分が少女から庇われなければ成らないのかを理解出来ていないルシウスは、佇む少女に言葉を投げる。
それは、全てを絶望し切ったルシウスの最後の願い其のもの。











「 …良い。私が主に命を奪われることを望んだのだ。
 咎めを受けぬ内に去った方が良い。 」











その言葉に、少女は唯首を横に振った。
さらりと流れるその美しい髪が、静寂に包まれた空気を振動させる。
呆れた様に、溜息とも取れる息を漏らしたヴォルデモートはその腕を下ろした。
それに乗じて、少女もゆっくりとその腕を下ろす。
張り詰めていた空気が、ゆっくりとその氷を溶かしだす。
ヴォルデモートは自分を一心に見据えた少女を、もう一度呼ぶ。











「 …レイラ、この部屋から出なさい 」











それでも、少女は頑なに首を振った。
遠目からでもヴォルデモートの怒りが伝わって来る様な空気に、ルシウスは唯息を飲む。
何も言葉を吐かぬままかと思われた少女は、震える指先を胸の前で組むと、小さく唇を震わせた。
消え入る様なか細い声が、その細い喉奥から紡がれる。











「 …泣いてるの…私が、辛いって泣いてるの… 」











大きなその瞳から、幾つもの雫が頬を伝った。
涙を溜めながらもヴォルデモートを一心に見据える少女は、肩が震えている。
やっとの思いで言葉を紡いだであろうその少女の言葉に、初めてヴォルデモートが驚愕する。
何を口走っているのか、という言葉をそのまま映し出したかのようなその表情を垣間見たルシウスは示唆する。
己が結婚式で見たあの紅い瞳の少女は、この少女であると。











「 …如何云う事か説明願いたい。
 如何して少女が辛いと泣くのかを。
 如何して少女が、…貴様を慕うのかを。 」











その言葉に、ヴォルデモートは声を上げて笑った。さも、愉快差ながらに。
よもやルシウスの高貴なる唇から、己に向けて”貴様”等言う愚弄其のものの言葉を聞く事になろうとは。
想像すらしなかったその事態に、ヴォルデモートは酷く不愉快でもあり愉快でも有った。
冷たく冷え切った室内に、ヴォルデモートの乾いた嘲いだけが響く。
堪えると言うことを知らないこの男は、侮蔑を混めた嘲いを慎む事無く言葉を吐き出した。











「 レイラは…もう一人のだよ、ルシウス。
 あの日…貴様が私を裏切りと共に逃げた日に、私はその少女を拾った。
 両親と共に配下に殺されうろつく魂をこの手中で愛してやったのだ。
 何時か貴様に素晴らしい余興を届ける為の糧として、私はレイラに命を授けてやった。
 …私をリドルと慕っていた、嘗てのの感情をそのまま移植してな 」





「 …が貴様を覚えていなかったのは… 」





「 私が抜き去ってあげたのだよ。
 僅かに手がかりとなる感情だけを残して、私を愛していたをレイラに授けた。
 面白いだろう、ルシウス。
 その少女もなのだよ…人格を切り離してはいるが、紛れ無くお前と私が愛した女。
 直にレイラも消える。私の元にが還って来たのだから、不要なものは排除有るのみ 」





「 …卑下衆という代名詞は正に貴様の為に存在するものだな、主よ。 」




「 最大にして最高の賛美だよ、ルシウス。
 目的の為なら手段を選ばない狡猾な精神…スリザリンの心を忘れたか。
 私が欲するのはのみ。他には何も要らぬ 」











酷く愉し気に笑ったヴォルデモートは、傍らに身を寄せたの髪を撫ぜる。
それを見つめる少女の瞳は酷く哀しそうで。
触れれば壊れてしまいそうに幼い少女は、瞳に涙を溜めたまま、愛し気にを見つめるヴォルデモートを見つめていた。
少女はヴォルデモートを…愛していた。誰よりも、何よりも。
それでもヴォルデモートの心はのもの。
それは誰よりも己が知っている。
の”リドルを慕う心”で作られたその人格が、ヴォルデモートを欲するのは当たり前であるかに思える。
しかし…、の人格から形成されたとは言え、少女の中でヴォルデモートを慕う心が愛情へと変わらない可能性は無い。
少女は何時も、ヴォルデモートが自分の奥にを見ていたことを知っていた。
手を伸ばしても届くことの無い位置に居るヴォルデモートが生涯、愛しているのは自分の中に在る「」であって「レイラ」では無い。
幼いながらに引き裂かれそうな心が、それでも構わないとヴォルデモートを愛し続ける。
一生涯、その愛が偽りの物でしか手に入れることが出来なかったとしても…それでも、少女はヴォルデモートからの無常の愛が嬉しかった。
出来ることなら…を必要とせずに、自分だけをその傍に置いてくれるように、と。
叶うなら…がヴォルデモートの元に戻って来る日など訪れなければ良いと。
時は無情にも、それぞれの幸せの日々に終わりを落とした。











「 …歯車は廻ってしまったのだよ。もう誰にも止める事は出来ぬ。
 貴様が望む未来は来ない。
 未来は私の為だけに存在し、私がこの手で作るのだということを忘れるな 」











パタン、と軽い音を立ててレイラが床に横たわる。
その表情から完全に色は消えていた。
握り締めたその小さな手には、遥か昔、ヴォルデモートがに贈った髪飾りが有った。
力の抜け落ちたその小さな掌からカタンと音を立てて零れ落ちたその紅い髪飾りが、冷たい床に転がる。
骸の様に動かなくなった少女を一瞥したルシウスは、同時に一切の身体の自由が利かなくなる。
指先すら動かすことが侭ならず、力を込めた筈の腕にも感覚が無い。
遠のく様な意識の中で、ルシウスは視た。
ヴォルデモートに抱かれたが、色を無くしたその瞳から雫を毀しながら自分を見ていた事を。
無情とも言える判断を下したヴォルデモートは最後に、曇った表情で床に転がる少女を視た。
小さなその手で己を抱きしめて、無邪気に”大好き”だとそう告げるその少女の微笑を、もう二度と見ることは無いのだと。











「 …最後に貴様に罪科を与えてやろう。
 君恩と受け止め…精々己の罪過を痛惜することだな。 」











最後のヴォルデモートの科白をそう、ルシウスは耳に言葉を留めた。
瞬間、光りが辺りを照らし、全てが闇に包まれる。
その言葉を最後に、ルシウスはその意識を手離した。
静寂が辺りを包み込み…唯、唯静かに暗闇がゆっくりとその腰を落とした。













□ あとがき □

次回ついに連載最終回です。
突っ走ってやってきましたが、残り一作にて完全完結いたしますので、もう暫しお付き合い下さいませ。
最終回で完結しましたら、ダウンロードページを作成しようと思っています(笑)
そして、今回を機に、前後のお話にリンクを貼りましたので、少しは見やすくなったかと思います。
幽霊少女の正体…判りにくい…!と自分でも思ってしまいました。
上手い言葉の表現が出来なくて申し訳ない次第です。



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