少女は、棚引く緑と銀のタイを春風に揺らしながら、宵闇に咲く不吉な小さな花の様に唯、其処に在った。
呆れた様な息を吐いたリドルが少女の元へと気だるげに歩くに従って、少女の冷たい美貌が明らかになり、リドルは端麗な容姿に大きく瞳を見開く。
と、ふいに少女がゆっくりと閉じられていた瞼を開いたのを確認したリドルは、敬虔な気持ちで自分の名を名乗る。

名乗りながらリドルは、何時も通り、幾数多の少女がそうするだろう、慌てて飛び起きて頬を染める様を脳裏に描いた。
しかし、

------------------- トム・マールヴォロ・リドル? あぁ、あの"きゃ〜トムさまぁ〜"のヒト?」

菫色した硝子球の様な大きな瞳を携え、夜の帳の様な深く昏い色味の絹髪を背に垂らした少女は、真っ向から向き合う太陽の強い陽射しに瞳を眇めながら思い出 した様に言った。
言葉に柔かな笑みを以ってして返そうとしたリドルがす、と息を吸い込んだ刹那、喜劇でも見ているかの様に懐疑的な笑い声を少女が零した。

「初めまして、トム・マールヴォロ・リドルさま。そして、お休みなさいませ」

にっこりとリドル顔負けの優麗な笑みを零した少女は一言述べると、リドルが其処に居る事に何の興味関心すらも持たない、例えるなら周囲を漂う空気か 塵と同じ価値であるかのように存在を無視した。太陽を抱く様に、クィディッチ競技場丘上に寝転んだ侭、静かに長い睫に影を落として瞼を閉じる。

己に対して好感を持たない生徒は愚か、リドルに話し掛けられて尚一方的に会話を打ち切る様な女に出遭った試しの無いリドルは置かれている状況に一瞬困惑 し、 時の経過と共に自分がこの少女にとって無の存在である事を認識し始めれば遣り過せない憤りが噴出して来た。

「…ちょっと、君、こんな処でサボっているのを見られたら減点されてしまうよ?」

リドルの吐息さえも感じる程の至近距離で囁こうとも、閉じられた瞳は錠でも落したかの様に一向に開く気配無く。
覗き込む様、顔直ぐ近く、憂いて伏せられた長く濃い睫毛が、華麗な容姿に繊細な影を落としていた。小さな顔からすべらかに連なる細い首筋は春風に舞い上げ られた絹髪に見え隠れし、酷く艶かしい。 まさに眩暈がするような、無防備な姿だった。

(………寝てる)

一定間隔で紡がれる安らかな寝息を耳に入れた瞬間、秀麗な美貌には、ゾッとするような凄艶な笑みが刻まれ、何かがリドルの中で吹っ切れた。
そう言えば魔法史の教授に呼ばれている途中だった、思い出したように踵を返したリドルは少女がリドルにそうしたように、何も見なかった事にした。

(全ての始まりはここだった、本当にちっぽけなことからだったんだ。)








はじまりの春








スリザリン寮談話室。
珍しく自室ではなく暖炉に焔がくべてある仄暖かな空気に包まれる小さな空間に、リドルは数名の女を従えて明日のホグズミードでの外遊経路を話し合ってい た。
…と言っても、略一方的に周囲の女が分刻みのスケジュールを組み上げていくのを表面上は文句の付け様の無い笑みで見詰めながら、適当に相槌を打っているの だが。

「じゃあお昼はハニーデュークスで取りましょう!ね、いいでしょう?トム。」
「なによ、自分が甘いもの好きだからって!お昼は三本の箒って決まってるのよ!」
「自分が甘いもの嫌いだからってその言い方は無いでしょ!大体、如何してハッフルパフの貴方が…っ」
「そう云う自分はグリフィンドールじゃない!」

リドルと如何行動するか、其れは取り巻きの様に従えている女の子たちが自由に決める事であって、リドル直々に判断を下す事は先ず無い。
毎度毎度の様に繰広げられる敵意剥き出しオブラート包みの中傷口論。だが、今の今まで柔らかに穏やかに笑っていたリドルの表情から笑みが消えると、沸騰し ていた彼女たちの脳内 温度は、一気で絶対零度まで急速降下した。

「お昼は三本の箒に行って、おやつにハニーデュークスに行こう。…ね?」
「そ、そうね、トムがそういうならそうしましょう!」

声を揃えて微笑んだ少女に笑みを返して遣りながら、リドルは脳内で悪態の溜息を零していた。

(あぁ全く、仮面を被り続け本心を根底に縛り付ける様に表面上だけで微笑む優等生面を演じるのは疲れるよ。)

心中で吐かれた言葉を記憶上から抹殺しながら、ホグワーツ特急に乗り込む時間からホグワーツへ帰り着く時間までを事細かに書かれている羊皮紙を眺めていれ ば鼓膜が微かに何かを捉える。 凝らしてみれば、静謐を縫うように遠く、講義を終えた生徒が絵を潜りながら話をする音を鼓膜が捕らえた。




振り返ったのは偶然だった。普段ならば開かれる扉の音にも全く興味が無いとばかり、話し掛けられなければ自分から音のする方向になど向かないリドルが、何 の気は無しに偶々扉の開かれた一瞬前方に視線を投げた。

(あの時の…スリザリン生。)

小柄な少女が動く事で生じる微かな風に靡いて揺れる長い夜色の髪は、艶やかに人工の陽光に透けて舞い、華麗な容姿を一層美しく引き立てていた。
均等の取れた華奢な体躯に上質な黒のローブをごく自然に着こなす姿からは、如何見ても上流貴族の匂いがする。
数冊の教科書を抱えながら歩くだけのさまに何処か品があるのは、洗練された知性と血統が齎すもの。そして何より目を引くのが、夜闇色の艶やかな髪から覗 く、白皙の美貌。朝露の様な柔らかな光放つ、菫色の瞳。

昨日見た少女が、其処に居た。


「ねぇ、リドルってば、一体如何したの?さっきから話掛けてるのに全然答えてくれないじゃない。」

左から聞こえた酷く不快な声に、先方が気付かないのを良い事に少女が女子寮へと消え去るまで眼で追っていた事に気が付いた。普段のリドルであればすぐさま 着慣れた笑顔を貼り付けて"何でもない"といって見せるのだが、今日ばかりは違った。
爽やかな笑顔を貼り付けて、隣に置いた女に、別の女の話を吹っ掛けた。リドルの自史上、前代未聞だ。

「あぁ、ごめんね。ちょっと気に為る事があってね。
昨日魔法史の教授に呼ばれて大広間を歩いていた時に前を歩いていた子が落した書き掛けのレポートを拾ったんだけど、声を掛け様とした時には姿が無くて途方 にくれていたんだ。
さっき通った女の子…えーっと一番右側の子かな?名前を知っていたら教えてくれる?レポートを届けたいんだ。」

嘘も方便、だが此処まで完璧に仕立て上げ雄弁に問えば、立派な言い訳に早代わり。
案の定、相変わらずトムは優しいのね、言いながら笑顔を作った少女はリドルの言葉を100%信じきっているのか、脳内データベースの検索に直走り、行き着いた答えをご丁寧にも自分の恋する男に教えてしまう。


「えーと…確か、東洋の純血一族、家の令嬢…名前は、そう、
現在スリザリン寮1年生、新入生よ。」
「そう、有難う。それにしても7年生の君が知っているなんて、そんなに彼女は有名なのかな?」

透き通る様な蒼い空を抱き締める様にして眠っていたを脳裏に侍らせながら、リドルにしては酷く繊細な問いかけだと思った。だが、律儀に彼女は答える。 例え対象が他で在ったとしても、自分に話し掛けてくれたという事実だけで少女は胸がいっぱいなのだろう。

「結構有名よ?
何でも、トップでボーバトン魔法アカデミーに入学出来る筈だった程魔法能力に長けているにも関わらず、
如何云う訳かホグワーツに入学を希望した挙句、帽子を被ってカンマ数秒で組分け帽子がスリザリンを明示したの。
可笑しいでしょう?あの可愛らしい容姿、人当たりも良いし、天衣無縫だって言われているのに。」

流石は7年生。他人の容姿と自分の容姿を比べる事しか能の無い下級生とは違う。

「有難う、助かったよ。」

凄絶に美しい紅蓮の貴石が眇められた。リドルは刹那の時であるかを思わせる様なそうなかそけしさを有しながら、こうやって眼差しひとつで彼女達の心を陥落 させてしまうのだ。
案の定、リドルが視線を投げた少女は、リドルの視線を一心に受けている事を悟ると化粧を施した頬を薄紅に染め上げ、恥ずかしさの余りに俯いた。


(…、良いね、僕に興味を持たない女、中々面白くなりそうだ。)




週が明けて最初の月曜日。土曜日は女子生徒とホグズミードを散策する野暮用が在ったが、日曜日は只管レポートを書く振りをしながら愛梟にスパイもどき の 真似をさせ、の一週間の行動を洗い出した。
月曜日は講義終了後必ず図書館で勉強し、火曜日は天文学の講義でしか立ち入ることを許されない塔の上で天体観測をし、水曜日は校長室で校長とお菓子を食べ ながら 歓談し…と、此処まで来れば立派なストーカーになること間違い無しと言われる位まで、詳細にの行動をリドルの梟は告げてくれた。
そして、一週間の時折、教科は特に決まっては居ないが、思いだした様にクィディッチ競技場丘や禁じられた森で昼寝に勤しむ事も判明した。

梟が告げてくれたの情報を脳内で復唱しながら動く階段を登り、閲覧禁止の棚付近で読書に勤しむと言うを探すため、図書室の扉を開いた。瞬間、ノブ を伝って違和感がリドルの中に流れ込んできた。
誰かが仕掛けた魔法の残滓がリドルの指を伝ったが、瞬発に無効化魔法を唱えた為大事には至らなかったが、闇の魔術でしか使用されない様な魔法を、一体、誰 が。


思いながら足音を完全に消し去って図書室の中を徘徊すれば、閲覧禁止の棚付近で捜し求めていた少女を見付けた。
音一つない空間、静寂の中では何かを求めるような眼差しで、閲覧禁止の棚を見上げる。今にもノブに手を掛けそうな勢いを察知したリドルは、普段の監督 生らしい表情を貼り付けて問うた。


「……きみ、何してるの?」
「こんにちわ、トム・マールヴォロ・リドルさま。見て判りません?------------------- 昼寝です。」


"閲覧禁止の棚に侵入するんです"
当然返ってくるだろう言葉を期待したリドルを驚かせたのは、予想を裏切る科白と真っ直ぐに見上げられた美しい紫球の瞳。其れは遠い昔に見たような、どこか 透明な瞳だった。

「…もう少し、まともな嘘を吐いた方がいいと思うけど?扉に鍵まで掛けて人払いした図書館で昼寝?
如何考えても可笑しいよ?」
「うーん、そう言われても…今日はちゃんと特注ブランケット持参してきたのに。」
「特注ブランケット?」
「そう、実家から取り寄せたお気に入りの大判サイズ。聞いて驚く無かれ、おやつ携帯隠しポケット付き!!」

リドルを感嘆させたあの優麗な笑みを以ってして、は背後から大人一人が優に使用出来るだろう象牙色のブランケットを取り出すと、ご丁寧にも隠しポケッ トの位置まで披露してくれた。
ばさっと洗濯物を広げるようにブランケットを空に広げた反動で、ハニーディップを沢山塗り込んだマカロンと数個のキャンディが床に零れ落ちる。

綺麗に放物線を描いて尚も零れ出すお菓子を慌てた素振りで拾い上げた矢先に、が投げ置いたブランケットから新しいお菓子が零れ出す。
お菓子に遊ばれているとしか思えない光景に、リドルは思わず笑った。


「きみ、本当に此処で昼寝するつもりだったの?」
「…きみ、じゃないよ。私は。ひとの名前はちゃんと呼ばなきゃ、トム・マールヴォロ・リドルさま。」
「如何して初めて逢ったばかりの僕に敬意を表するの?」

「だって、
"スリザリン寮が誇る無敵のシーカー、スニッチを奪略するさまは怜悧透徹。幾数多の教授から、魔法に於ける才は他を圧し際立つばかり。女が羨む程の光沢を 帯びた目映いばかりの漆黒の髪、此れ以上手の加えようの無いほど精巧かつ芸術的に配置された目鼻立ちは女性的な優美ささえ湛え、焔の様な紅の瞳は…以下省略"
な、スリザリンの貴公子、トム・マールヴォロ・リドル監督生さま、でしょう?」

「…物凄く厭味っぽく聞こえるのは気の所為かな。」
「私の昼寝を邪魔する気なら、幾らでも厭味は言いますが?
"手を出した女の数は三桁じゃ足りず、三歩歩けば女達が後ろに列を成し、我先にと、きゃ〜トムさまぁ〜"」

其処まで聞いて、堪らずリドルは小さく噴出した。
リドルにしては心外な言葉、も 決して馬鹿にして言った言葉ではないのだろうが、眼前の男に対して罵倒ににた言葉を吐きながらはしっかりと柱に身体を預けてブランケットを引っ被って いる。
如何やら本当に寝るらしい。それが、リドルにこの場を去らせる為の一時の余興に過ぎなくとも、リドルにとっては充分だった。


「どれ位?」
「何が?」
が欲する睡眠時間。此処を出る時に魔法を掛け直していってあげるよ。」
「んー…、講義はサボっても夕飯は食べたいから…二時間くらい?」
「了解しました。じゃあ、おやすみ、また…ね。」


蕩ける様な甘い声で囁き、穏やかな笑みを浮かべたリドルに対し、既に眠りの境地を彷徨い始めているには 最早リドルの言葉は届かない。
そんなにリドルは紅蓮の双眸をすっと細め、ローブを翻した。


「透明な光を弾く、美しい紫玉。いいね、面白いものを見付けた。」


振り返った秀麗な美貌に見た事も無いような綺麗な笑みを刻み、リドルは既に講義が始まっているだろう妖精学教室へと独り歩き出した。


----------------惹かれていくと哀れにも気づかず、恋に落ちると愚かにも知らず、初めて心堕 ちると嗟嘆にも思わず。


だが確かに、後に運命と云われた出逢いは、為された。





























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/24
title by CLAIR (全ての始まりはここだった、本当にちっぽけなことからだったんだ。)