「な、おい、聞いてるか、トム?」

魔法史の教室からの帰り道、スリザリン寮の友人と共に返されたばかりの羊皮紙を手に持ちながら、夕食の時間まで如何余暇を過ごすか閑談しながら廊下を歩い ていた際、突然ぐいと腕を真横に引っ張られた。
其の瞬間、覚醒した様に自分が今友人と共に廊下を歩いている真っ最中だと云う事実を認識した。

「あ、あぁ、ごめん、ちょっと考え事をしてた。…で、何だっけ?」
「おいおい、またかよ?お前最近可笑しいぞ?具合でも悪いのか?」
「いや、何でもないよ」

努めて明るく言えば、リドルの友人は不可思議な表情を浮べつつも、仕方ない、と呟きながら先程の話だろう出来事を繰り返してくれた。
それを右から左に雑音の様に聞き流し、適当に相槌を打ちながら、リドルは脳内では全く別の事を考え、視線は何時の間にか対路面に位置する 大聖堂へと向う廊下の一端に釘付けに為っていた。

(しかめっ面で、何してるんだろう。)

リドルが見詰た廊下の一端、其処に居たのはリドルが前々から一方的に好意を寄せつつも悟られない様に適当にからかっているスリザリンの幼姫と 謳われた少女が居た。
下級生と講義が一緒になる事は稀にあるとは言え、4つも年齢の離れたとリドルの講義が克ち合うことは類稀なる事で、今まで一度として講義 終了後のに廊下で鉢合わせた試しは無い。
だからこそ、中庭を挟んでの両対面に位置する廊下で見掛けるだなんて、何と言う偶然だろう、とリドルの注意は完全に対岸のに向いていた。

(羊皮紙?…闇の魔術に対する防衛術で出された課題の答案と睨めっこ?)

生憎と、リドルと反対側に太陽が傾いている為、真っ向から太陽の強い陽射しに視線をぶつける羽目に為り、の若干の表情は伺えるものの朧気にし か映りこんでは来ない。
可愛らしい顔を拉げた豆の様に歪ませ、半ば睨み付ける様に羊皮紙を見詰る其の姿を、よもやリドルが見詰ているだなんて知る由も無いのだろう。

「……ム、……トム……、トム・マールヴォロ・リドル!!」
「え、あ、あぁ、ごめん、」
「ごめん…、-------じゃねぇよ!一体さっきっから何見て…」
「ごめん、僕用事思い出したから、後で夕食のときに。じゃ、」
「ちょ、ちょっと待て---------------、おい、トム!!!!」

気に為り出したら坂道を転げ落ちる石礫みたいに、思考回路に歯止めが利かなくなっていた。
気付けば友人なんて其処に存在していないかの様な振る 舞いで完全に無視していたリドルは、此の侭友人と共に居続けても一文も自分の得にはなら無いだろうと判断する。
為らば膳は急げとばかりに踵を返したリドルの背に友人の怒声が叩き付けられるが、リドルは一瞬も振り返る事無く、未だ羊皮紙と睨めっこしているの 元へと優麗に歩いていった。







猩々緋の春








「…今回の出来は今までに無いものだったのに、如何してよ…」

の声は透明感と精彩が在るが、綺麗に交わる様に独特の音の低さを持って言葉を紡ぐため、耳打ちする様な小さな声は聞き取り難い。
の真後ろ5M地点にまでリドルが差迫っているというのに、は気付くどころか廊下の隅で只管に羊皮紙と睨み合っている。後方に居るリドルには、独り 言の様な呪文に似た小さな言葉が聞こえるだけ。

気に入らない。
こんなにも僕が傍に近づいているのにも関わらず、まるで無関心を装う様、リドルになんて興味関心がありませんとばかり後方の気配に気付かない事が許せな かった。
態と足音を響かせて近付いてあげたというのに、何だ、この感心の無さ。そんなにも大事な羊皮紙だとでも言うのか。

だったら真後ろからキッチリと拝んであげよう、僕よりも大切だと云う、その羊皮紙を。

そろりそろりと忍び寄り、突然言葉を投げ掛ける。それも耳元、直ぐ、傍で。


、何してるの?」
「どぅわぁぁあああああっ!でたっ!!!」

色気の欠片も無い声がから上がり、突然の声にビクリと両の肩を震わせたは手にした羊皮紙が皺になるのも構わずに左手で握り潰すと、振り向き様に背 後に隠した。そうして何事も無かったかの様に殊更綺麗に笑う。少々笑顔が引き攣って見えるのはこの際突っ込まない方向で行こう。

が羊皮紙を拉げる其の一瞬前、何をそんなにも熱心に羊皮紙を見詰めているのかと興味深げに眺めていたリドルには、右隅に赤で書かれた文字だけが鮮烈に 見えた。

「……人を化け物みたいに言わないでくれるかな、流石に僕でも傷付くよ?」
「い、いやですね、トム・マールヴォロ・リドルさま、貴方がその、後ろからいきなり声掛けて来るから、、」
「…君が僕をフルネーム、しかも敬称付けで呼ぶ時ほど何かあるんだよね。 ------------ 学習したら?」
「余計なお世話っ、あ゛------------------------!!!」
「はいはい、色気の無い声で叫ばない。」

注意散漫。
隙を見ての左手から拉げた羊皮紙を奪い取って見れば、口惜しそうに顔をくしゃくしゃにして、唇が僅かに震わせ、菫色の瞳は脅えたように睫を揺らしてい る。
きっと音が立ちそうな位に大きな瞳を鋭利にしたが必死になって取り返そうと飛び跳ねるが、リドルは羊皮紙を頭の上遥か上方に掲げた為、頭二つぶん位は あるだろう身長差にが敵う訳が無い。

(あーぁ、必死だねぇ)

其れでも無理して口惜しそうに唇を一文字に掬んだ侭飛び跳ねている姿、そんな姿まで可愛らしく綺麗だなんて卑怯だと、リドルは素直に思った。


って魔法薬学苦手なの?」
「………………得意です、拍手喝采が沸き起こる位にスーパー大得意です。」
「へぇ、素直じゃ無いね。駄目だよ、僕は素直じゃない子は嫌いだよ?」
「得意だって言ったら得意なんです!いいから、それ返し…っ」

に付け込む様な真似をしているつもりは無いが、4つも歳が下の子どもに勝ちを譲って遣れるほど大人でも無い。
苦笑と絶対の麗を形作った笑みと共に聞かせてくるリドルの声は、がどう足掻いても、持ちようのない大人の態度に見えて仕方が無い。
はそんな風にリドルに構われる事が悔くて仕方なかった。 だから勇敢にも、持てる術と働く思考回路、闊達な舌を振るうも、

「えーと、スリザリン寮2年、、上期魔法薬学再々提出論 文課題、
"魔性生物から取得する茎と西欧野草の関係"における点数は、」
「だぁぁぁぁぁぁ、ごめんなさい、許して下さい、神様、仏様、トム・マールヴォロ・リドル様!私は魔法薬学がこの世で一番苦手です!!」

玉砕した。
大声で羊皮紙の中身を読み上げ始めたリドルに何としてでも点数だけは読ませまいと、高飛びの先取並に上方へ羽ばたくも、魔法を使っていないがリドルの 身長に敵う訳が無かった。
点数を読み上げる刹那前に、は屈服し、頭を垂れる。反動で、柔らかそうな漆黒の髪が猩々緋色の紐で無造作に結ばれ、後れ毛がほっそりとした背中に零れ 落ちた。


「…宜しい。じゃあ行こうか?」
「………行く?何処に?」
「勿論、図書館。まさか君、再提出に再提出を重ねた論文が、君の力だけで奇跡を起こして"優"が貰えると思ってる?」
「………………………………………………………………………………地球が崩壊しても無いと思います。」
「だよね。僕が教えてあげるんだから、"優"取れなかったら一週間デザート抜き。」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!」

遠目にも鮮やかな、彫りの深い美貌に似合った焔の様に紅い瞳がゆっくりと眇められた。
訝しげに上目遣いで見上げてくるを気にする事無く、リドルは歩きながら黙々との書いた羊皮紙に眼を通す。
時折見当外れも良い処な解釈に当ったのだろうか、噴出す様に笑いを堪えるリドルをやや上方に睨み上げながら、は如何にして一週間分のデザート獲得権を 護ろうか、そればかりが脳内に渦を為していた。

「はいはい、睨まない。眉間に皺が寄ってしまうよ?…折角可愛い顔なんだから、」

低い、空気に良く通るリドル声は心を捕らえる為に、あるのだろう。
だがに取ってリドルの甘い科白よりも、夕食の蜜柑ゼリーに心を奪われているのだろう、必死に今夜のデザート獲得に向けて脳内の魔法薬学関連の雑記を掘 り起こしている。

リドルの甘い科白がの心に届くのは、未だ当分先の話。相変わらずデザート死守に向けて思索に耽り続けているを横目で見ながら、リドルは確かに柔ら かく笑んだ。



























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/19