随意の侭過去へ行こうと思った。
嘗ての幼少の頃の姿を垣間見て、実際は如何云う子どもだったのか、其れがそもそもの切欠だった。


放課後の魔法薬学研究室、魔法薬学教授の許可を貰って、魔法省へ提出する論文の課題と偽って数本の薬瓶を掴み取る。怒髪した様な紅蓮の焔上がる暖炉に引っ 掛 けた魔法鍋の中に手際良く薬剤を投げ入れ、最後にタイムターナーの砂を一握り掴んで放り投げた。

ばふん、とダイナマイトが爆発した様な大きい音と白煙が上がり、周囲が靄に包まれる。


「魔法薬学研究室に防音魔法施して置いて良かった、事が露見したら僕の立場が危ういからね。」


出来上がった鶸萌黄色の液体を魔法鍋から取り出し、凝固魔法を施すと、小さな苺程度の大きさの塊がリドルの掌に置かれた。この世に生を受け、初めて作っ た、【時を遡る】薬。 成功しているのか失敗しているのかは判らないが、自分で試す以外に手段が無い。
一瞬の躊躇無く、リドルは其れを咽喉奥に流し込んだ。魔法薬学の腕など、誰よりもリドル本人が自覚している。失敗など有り得る筈が無かった。






鶸萌黄の春








「あなた、だぁれ?」

身体が引き裂かれる様な感覚が走った一瞬後、白い靄に覆われていた視界から一転、真夏の蒼い空に放り出された様な青が瞳いっぱいに飛び込んできた。
其れだけで、あぁ、成功したんだ、と確信する。更に現実味を味合わせてくれたのが、リドルが良く知る薄紫の瞳の少女に良く似た、けれど幾分も幼い舌っ足ら ずな幼い声。
声がした方向に身体を向ければ、突然空から降って来た様に沸いて出たリドルに吃驚している様な表情を浮かべつつも、幼心の好奇心が走るか、興味津々な笑み を貼り付けた幼いが居た。

「こんにちわ、僕はトム・マールヴォロ・リドル。君は?」

幼い少女の背丈に合わせてやる様に腰を折って目線の高さを合わせて態とらしく問えば、眼前の少女はリドルの良く知るスリザリンの幼い姫と謳われた同様 に、大きな眼を眇める様に柔らかく 微笑んだ。

。お兄さん、何処から来たの?」

あぁ、やっぱり。ホグズミードに無理矢理に連れて行った幼い少女と同じ容姿と声色の少女は、今はクィディッチ競技場脇で惰眠しているだろうの、幼い頃 だ ろう。
今以上に大きな薄紫の瞳をいっぱいに見開き、普段他人との接点を持たない子どもの様に突然現れた未知の人物に興味を抱いている。普段の素行からは考えられ ない様な興味をリドルに抱く幼いに、リドルも興味を抱いた。

「未来だよ。が12歳になっている未来から、僕はちょっと探しものをしに来たんだ。」
「未来?12歳のを知っているの?」
「うん、知ってる。君は僕と一緒にホグワーツに通ってるよ。」

さらりと風に靡く、夜の帳に藍を織り交ぜた様な柔らかいの髪。
撫でる様に掌を頭に添えて、上目遣いに訊いて来たの言葉に答えを返せば、は一瞬驚いたようにリドルの方を見て、その後で小さな頭を垂れた。

「…ホグ、ワーツ?」
「ホグワーツ魔法魔術学校。君は純血一派だ、知らない訳じゃ、無いよね。」
、ボーバトン魔法アカデミーに入るって、お父様とお母様が言ってる。」

俯き、薄っすら菫の瞳に水膜張った向こう側、涙に濡れた様な困惑した瞳に写り込んでいる自分の姿を見詰め、リドルはにっこりと笑って見せた。

「駄目だよ、はホグワーツに入学するんだ。入学して、僕に出逢わなくちゃいけない。」
「出逢う?あなたに?どうして?」

幼い子どもはリドルの言葉の意を図り切れて居ないらしく、困惑に困惑を上塗りした形で問うて来る。
自分よりも頭の良い子どもは好きに為れないが、想像以上に頭の悪い子どもも好きには為れない。だが、リドルの目の前でリドルを真っ直ぐに見詰める菫色した 瞳の少女はであって、ではない。
未だリドルに出逢う前の、未だリドルと云う存在を知る前の、リドルの知らないだ。

其の事実が、抗えぬと判っていながらも、出逢っていないのだから仕方が無いと知りながらも、自分を全く知らぬにリドルは言い様の無い苛立ちを覚えた。


「君が僕に、教えてくれるから。一人じゃないってこと、未来の君が未来の僕に教えてくれたんだよ。」

母と云う糧を失ってから、リドルはずっと、一人だった。
其れから長い年月ずっとずっと、何年も前から本当の意味で他者を望み受け入れる事を必要とすることなく、唯父を滅し父と同じ卑しい血の流れるマグルを殲滅 するためだけに生きていた。
まるで幼い子どもが何も知らずに植え付けられた記憶を頼りに成し遂げんとするように、リドルはそれ以外に興味対象を移す事無く生きてきた。今までも、此れ からも、其の予定だった。
リドルが追い求め、叶えんとする野望の矛先、向かう先は、ずっと前から唯一つ。リドルが求めた絶対の願いは純粋に闇に巣食い、着々と後の世界に形を持って 実現されるというところまで来ていた。確かに、望んだ未来はやがて訪れる、確信は在った。だから別に独りでも良かった。良いと思っていた。

君に、出逢うまでは。


「ん-------------- 、じゃあ、ホグ、ワーツに入学する。リドルに、出逢う!」

子ども特有の甲高い声。次いで、躊躇いもなく、戸惑いもなく、迷いもなく、ただ真っ直ぐに嬉しそうに小さな顔が笑った。
普段の横暴なスリザリンの幼姫から紡がれる小さな声音の独特な甘さに、嫌になるほど酔わされた。

「じゃあ、約束、しようか?」
「約束?」
「そう、約束。僕と君が将来、ホグワーツで出逢えるように。」

の小さな頭に添えた掌を靡く髪に滑らせる様に撫で、疑問符を無数に貼り付けたの紫の瞳に映り込む様に持ってくると、小指だけを残して後の指を隠 す。
食い入るようにリドルを凝視していた可憐な容姿は、僅かに驚いたような表情を見せたが、直ぐに華が咲き零れるような愛らしい笑顔に変わった。

「指きり!」
「良い子だね、。」

重なる小さな小枝の様な細い小指と、無骨な男の小指。
聞こえる歌はマグルの約束歌だろうか、思いながらリドルが様子を伺えば、の国にそう言った習慣が無いのかが知らぬだけなのか、二・三度空を上下に 舞ってからゆっくりと離される。
指きり拳万とは到底言い難い小指と小指の約束が、為された。

「じゃあ僕はもう帰ろうかな。」
「もう帰っちゃうの?探しものは?」
「あぁ、探しものは-------------

この期に及んで、口から咄嗟に出た虚偽だとは言えない。
さて、如何しようか。心底心配そうに、覗き込んできたに、幾許かの罪悪感がリドルの胸中を駆け抜ける。
如何しようか、子どもを欺くのは至難の業だ。相変わらず逸らす事無く向けられる紫の視線を、何処か心地よい諦観に捕われながら、不意に邪気を浮か べた。

と話をしていたら、探しものをする時間が無くなっちゃった。」
が話し、掛けたから?………ごめんなさい。」

犬の仔が親に叱られ耳を垂れながら項垂れる様に、は瞳に涙筋を浮かべながらリドルに向けて頭を垂れた。
此れが未来のならば、桜色の頬を思い切り膨らませた侭、
「私は悪くない、話しに乗ったトムが悪い」
そう吐き棄てられ、笑いながら彼方へと走り去るだろう。そんな未来が過るリドルにとって、幼いのこの反応は新鮮で在る事この上ない。
未来の絵図とは少々異なるかもしれないが、間違い無く彼女はの幼い頃なのだ。

「大丈夫だよ、見付けられなくても誰も僕を叱ったりしないから。」
「………本当?」
「本当。だからもう、泣かないで?」

言いながら、なんと卑怯臭い、と自嘲した。
大丈夫だと言い聞かせた幼いはリドルの言葉に、涙混じりなのに輝くように明るい笑顔を見せて、「もう泣いてない」と言い切った。

段々と時が差し迫って居る事が、リドルの身体を時折襲う時空転移の引き裂かれる様な痛みによって告げられる。
あと一分と持たないだろう。観念して、リドルはもう一度幼いの小さな頭を撫でる様に髪を梳いて、

「じゃあ、ご褒美あげるね。」

小さな身体を引き寄せるよう、きょとんとした表情の薄紫の瞳を真っ直ぐに見詰めながら、柔らかな夜色の前髪が掛かる額に唇を落した。
ほんの一瞬だけ額に唇の感触を残しただけの口付けは、幼いにとって未だ何の意味も持たず、何をしたのか、聞こうとが前方を見れば其処に既にリドル の姿は跡形も無かった。

リドルが現れる前と同じ、静寂に満ちた広大な家の庭。
切り取った様な蒼い空から流れ落ちる眩しい陽射しに、穏やかな春の風が微かな音を立てて、の髪を攫った。





「やっぱり唇にキスしておけば良かったかな?いや、未来で僕と君は恋人だったと法螺吹いておけば良かったかな」

未だ白い靄の立ち込める魔法薬学研究室に戻ってきたリドルは、一瞬だけ触れた唇を人差し指でなぞり、小さく苦笑した。


























[ Back ]

(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/16