| 「きゃぁぁぁぁ-----------------ッ!」 静謐な空気と冬枯れの様な静寂が支配していた宵闇のホグワーツに、年端も行かぬような幼い子どもの悲痛な叫びが木霊した。 警報でも鳴り響いたかの様、寮のゴースト達が一斉にホグワーツ内の教員・生徒・生在るもの無いもの問わずに事実を告げる様に駆けずり回っては、動く吼え メールの様に事実を告げて回った。 「大変です、大変です!レイブンクロー寮5年生の…えーっと名前は判らないけど確かに女の子が一人、首を括ったわ!」 檳榔子の春
![]() 一番最初に異変に気付いたのは、レイブンクロー寮憑きのグレイ・レディ。 何時もの様にホグワーツの自分の寮を鼻歌交じりに見回りしていた彼女は、普段使われていない空き部屋が僅かに空いている事に気が付いた。 もしや無断で部屋を抜け出した生徒が隠れて何か悪巧みをしているのではないだろうか。今減点されればレイブンクローは確実に学年最下位に成り果てる。 案じたグレイ・レディは半透明の身体を扉に押し付け室内に侵入すると、息を殺した。其の瞬間、同じゴーストだからだろうか、ある違和感に気が付いてしまっ た。 古びた机とベット、朽ち果てかけた椅子が静かに置かれた部屋の中心、グレイ・レディの眼前に。 グレイ・レディはゴーストだ。生活習慣からか、高い位置から生徒やホグワーツを見下ろす事が多い。この度も変わる事無く、上方から視線を僅か下方にずらし た視界の端に、何かが引っ掛かっている事に気が付いた。 一体、何? 思いながらふらりと身体が揺れ、起きた風に連れられ、引っ掛かっていた何かがぐらりとグレイ・レディの方向へと向き直る。 ベットシーツで首を括り、薄汚れた羊皮紙を左手で掴んで、ガクリと首が垂れた惨い様の女子生徒の白銀の瞳と視線が克ち合った瞬間、グレイ・レディは事の重 大さに気付いた様に絶叫した。 【もう、疲れたの。期待に沿う様に必要以上の努力をす ることも、血筋を護る為に望んでも居ない婚約をすることも、親の為だけに生きているような自分を演じるのは、疲れたの。だから、ごめんなさい。そして、あ りがとう、さような ら】 首を括った少女が握り締めて居た遺書から、死は自殺だと告げられた。 グレイ・レディが見付けた際は既に、一日以上前に心臓も躍動を留め、苦痛に歪んだ侭の表情は乾き切っていた。 何故にもっと早く見つけてあげられなかったのか、気付いてあげられなかったのか。嘆く校長の声付きで号外が出されたホグワーツ新聞は、翌日にならずとも其 の日の内に全生徒に配布され、事実は皆が既知とするものになった。 そんな折。 立ち入り禁止と為った部屋に祀られた死体を一目見ようと野次馬根性丸出しの生徒に混じる事無く、返却期間の差し迫った図書を持って動く階段に足を踏み乗せ 掛けた時、見知った声が後方から投げられた。 「あ、トム。図書館の待ち行列に一緒に並ぶなんて珍しい。」 振り返れば、紫色の乳鋲が打たれた革張りの図書二冊を腕に抱え、薄紫の瞳を大きく見開いたが居た。 華奢な身体で魔法薬学辞典三冊分はあろうかと云う図書を抱える姿は酷く滑稽で、動く階段の気まぐれな行動に振り回されれば、まっさかさまに下方へ図書を自 殺させることだろう。 いや、図書だけなら問題は無い。幾ら次期シーカー候補と云う類稀なる運動神経の持ち主であっても、何処か脳みその足らない風変わりな少女のことだ。図書と 一緒に其の華奢な身体も落下しかねない。 「はい、交換。はこっち持って」 そう遠くない未来を案じ、リドルは自分の手にした厚さ3cm程の冊子をに持たせると、強制的にが手にしている図書を剥ぎ取った。 リドルの行為に一瞬呆気に取られた様な表情をしたが、直ぐ、「有難う」、そう柔らかく微笑んでくれるように為ったのは何時頃からだろう。 以前ならば、「フェミニストな王子様FANの女の人に呪い殺されろって言ってる?」そんな科白と共に、剥ぎ取った図書を真横からかっ攫われていた。大いな る進歩である。 「あ、でも貸しとか無しだよ?」 こんな言葉も早めに相殺してくれると、嬉しいものなのだが。 思いながらリドルは、自分の意思では決して動かす事の出来ない動く階段に其の身を任せながら、と図書館を目指した。 途中なか、高みの見物とばかりに無駄に人が集まる一室を動く階段が通り過ぎた。云うまでも無い、昨夜に起きた自殺騒動の渦中の人物が眠る部屋だ。 興味が無い、とばかりふいと逸らした視線の先で、痛嘆する様な薄紫の瞳と克ち合った。 「悲しいの?」 リドルが聞けば、吐いた息が白く色づく。 春に為ったとは言え、ホグワーツは未だ冬の名残を色濃く残して居る様な低気温が続いていた。 平静を装おうとしても隠し切れていない動揺が、薔薇色に染まったの頬を緩ませた。 「トムは、死にたいと思った事は無いの?」 殊更綺麗な表情で、まるで花でも愛でている様な眼差しで、そんな残酷な質問をしないで欲しい。 不安感、孤独感、喪失感、虚無感、絶望感、無力感、必ずしもある人間の闇、そんなものに飲み込まれた人間が辿る末路。 死にたいと思った事は無い。人を殺したいと思ったことはあるけれど。 だが敢えて其れをリドルはに告げる事は無かった。 早過ぎる。リドルがそんな事を心 の片隅で思案している事を悟られる事も、を手放してしまわなければ為らない未来を迎える事も、に全身全霊で拒絶される明日を迎える事も。何もか も、未だ早過ぎる。 だからリドルは紅蓮の双眸を眇め、清穆に笑んだ。 「無いよ、死ぬのは悔しいからね。」 「負けず嫌い。死ぬ事が誰かに負ける事なんだったら、誰に負けたくないの、トム・マールヴォロ・リドル貴公子は。」 (母を見殺したマグルの父に、負けたく等----------) 「其れは、」 言い掛けて、口を噤んだ。 の言葉は、明後日の方向を見ながら独り言の様に呟いた科白だった。別にリドルの返答を求めて居た訳では無いらしい。空気からそう悟ったリドルは、何事 も無かったかの様に、一段一段動く階段を踏みしめる。 「大丈夫、悔しい人は自分で死を選んだりしないよ。」 「じゃあ僕は、そう簡単には死なないって事かな。」 「リドルは頭の上に地球が降って来ても笑顔で生き延びるゴキブリみた いな強靭な力を秘めてそうだから大丈夫だと思う。」 ああ、またこうなると内心で呆れた。 何時もそう、とリドルのシリアス話は絶対に5分間と持たない侭、話の腰を折る様にによって幕引きされて終る。 リドルが機嫌を損ねたように眉間に皺を寄せても、は気にする事無く乾いた空気を震わせる様に実に楽しげに闊達に笑うのだ。 其の笑顔は、水が引き波に攫われ海に還るように、自分が何に悩んでいたのかを喪失してしまう位、心に染み入っては全てを消してくれる様な錯覚に陥る。 「酷いなぁ、。僕ってそんなにウザがられるの?」 「ううん、違う。ゴキブリとトムが似ているところは、トムは誰よりも人を寄せ付けている様で、誰よりも人を嫌ってそうなところだよ。ほら、ゴキブリって群 がっている様でも実は一匹狼じゃない?」 声の出し方を忘れたように、絶句する。連ねていた仮面を根底から剥ぎ取られた感覚が全身を這いずり回り、 全身を支配するのはに全てを悟られてしまうかもしれぬ事の焦りと不安だけ。 けれど其れ以上の感情は不思議と芽生えては来なかった。例えに全てを悟られて居たのだとしても、この不可思議な少女は最後まで自分に変わらぬ笑みを浮 かべてくれるような気がしたから。 「もしそうだとしても、君だけは嫌わないよ、。」 「光栄ですわ、スリザリンの貴公子様。」 リドルの唇から漏れ零れた言葉に、は自信満々に笑ってみせた。 酷く純粋無垢な笑顔は、なんて綺麗なんだろう。の云うよう、誰よりも他者を嫌悪している筈のリドルが、こんな感情を抱くなんて酷く滑稽な話。けれどリ ドルは、の笑みを唯、愛しいと、素直にそう思った。 「あぁ、そうだった!魔法史でレポート出されたんだけど、これがさっぱり意味不明で…」 「……さては、味を染めたね、。」 絶世の桜に出逢わせてくれた些細な礼とばかり、魔法史の再提出論文を手伝った事が在った。最初の内こそ、 「トムに教えて貰ったりしたら、私は今日を生きてい ら れないかもしれない」 と大真面目に言い切ったさまに苦笑しながら、懐かしい2年生の魔法史の教科書を眺めながらに教授して遣った。 結果は万事問題無し、当たり前だ、スリザリン寮主席が直々に講義しているのだから。 お陰では魔法史の教授から生まれて初めて"優"を貰い、天津さえ皆の前で褒め称えられたと意気揚々とホグワーツを疾走していた、と後にと同じ学年 の生徒から聞いた。 「高いよ?僕の家庭教師料金」 動く階段に揺られながら、苦味に満ちた笑みで云えば、文句の付け様の無い笑みが返って来た。 「私に払える額であれば、お安いものです。」 其の言葉、忘れないでね。君に何を代価に貰おうか、僕が教えてあげるんだ、其れ相応の等価交換が必要でしょう? リドルの紅蓮の瞳がゆっくりと邪気を帯びたことを、は未だ知る由も無い。 [ Back ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/21 |