| 「実家のお母さんがね、送ってくれたんだけど、破滅的な量があるから、トムにお裾分け。」 籐籠に溢れんばかりに摘み入れられた真っ赤に熟れた林檎をずいと差し出したに、リドルは呆気に取られた。 此処はスリザリン寮談話室。 押しの強いグリフィンドール寮一年生の子どもからの強制的な口付けを貰い、リドルは憤慨寸前のところで理性を針と糸で繋ぎ留めて帰寮したばかりだった。 「マグルの世界の寓話、白雪姫は確か、継母の仕組んだ毒入りの林檎を食べて死んだんだよね。」 リドルは散漫する思考を繋ぎ止めながら、籐籠から一個林檎を掴み取る。 其れは韓紅色に色づき、掌に乗せれば蜜の重量感を想像させる程ずっしりと重く、仄かに林檎特有の甘い香りが鼻を突く。 御伽噺の中の白雪姫は、継母の仕組んだ罠によって、永遠とも思える眠りの淵に落されました。 けれど眠りに落ちた白雪姫を口付けで救った王子様が居ます。白雪姫と王子様は末永く幸せに暮らしましたとさ。 でもね、白雪姫を王子様が見付け出さなかったら、如何なっていたでしょう? 韓紅色の春
![]() 「…でも、王子様が通り掛って白雪姫に口付けを落せば、白雪姫の飲み込んだ 筈の欠片がぽろりと落ちて、白雪姫は息を吹き返しました。」 掴み上げた林檎を上方へ放り投げては掌で受け取る、そんな動作を飽きもせずに繰り返したリドルは、腕を伸ばしてから籐籠を受け取った。 林檎は嫌いじゃない。偶には果糖も摂取した方が良いだろう。疲労回復には糖分を補給するのが効果的だ。 「もし、王子様が白雪姫に口付けなかったら------------- 如何為っていたと思う?」 邪気の無い柔らかな笑み。 紅蓮の双眸を眇め、リドルと同じ瞳色をした林檎を一瞥し、同じ様に熟れた果実の様なの唇を見た。 君がそう、毒林檎を食べて仕舞った憐れな白雪姫だとして、僕が君を助けに来た王子様だとする。けど僕が君に口付けるのを拒んで見捨てたとしたら、君なら如 何する? そんな意図を以って放った質問。別段答えを期待していた訳ではない。寧ろ、先程の理不尽に浮き上がってきた怒りを静める為の時間稼ぎに悪戯にと話をし たいだけだった、其れだけ。 グリフィンドールの少女はリドルに唯一言、"私は貴方を慰めたいだけなの"、そう言って無理矢理に口付けてきた。 思い出しても吐き気がする。僕の事を知りもしない癖によくもそんな同情染みた真似が出来るものだ。僕を慰められる子どもなど、今のところ一人しか存在して いないのに。 --------------暫く、僕を慰めて。 如何してか他の女には容易く吐ける筈の言葉が、の前では心を縫い付けた様に吐き出す事が出来ない。 だから相反する言葉を以ってしてでも、何の脈略が無くとも話に乗って相手をしてあげる。リドルが相手をして貰っている訳ではない、あくまでリドルがの 相手をしているのだ、そう言い聞かせる。 酷く身勝手で、我侭な感情だと思った。けれども如何しようもない、一度思考を向ければ止め処なく溢れ出す。 だが、相手はスーパー鈍感娘、別名家御令嬢。 脈略無く、の回答など一切求めていなかったリドルは手にした林檎を頂こうと口を開いた刹那、口付けられるのかと思う程近くにの端麗な顔を見た。 カシッと林檎を齧る音がして、其の時初めて呪縛が解かれた様に、が何をしたのかを知った。 「…何、してるの。」 本気で口付けられるのだと思ったリドルは呆気に取られ、僅かに走った緊張の糸を無理矢理解き解した。 冷静に考えても見れば、この娘が自分から口付けて来る等と云う行為をする訳が無い。それどころか、誰とも口付けた経験など無いのだろう。 勿論直接聞いた訳では無いが、普段の素行が物語っている。 「ん?だってこの林檎に毒が入っててリドルが白雪姫になったら王子様が困るでしょ?やっぱり男が男にキスするのは見てて気持ちが宜しいものじゃないから、 事が起きる前に却下してみただけ。」 手早く言うならば毒見、と言ったところだろう。 殊更真面目な声色で告げたの言葉に、リドルは瞠目する。何処まで真摯に僕の言葉を受け止めるのだろう、この娘は。 下手な恋愛感情抱いてリドルに"私は貴方の為なら何でもするわ"と口先三寸でほざく女よりもよっぽど信用味が在る。 「じゃあが白雪姫に為ってたら、如何するつもりだったの?」 だから少しだけ、本当に少しだけ意地悪をしてみたかっただけなのだが、 「そしたら通りすがりの王子様が気付いて口付けてくれるの待っとく…と思ったけど、そんな物好きが居なそうだから、予め校長先生に相談してお く。」 笑いながらそう言って、は咥内の林檎を噛み砕きながら、自室へと戻っていった。 何時もそう、は必要以上にリドルの傍に居座ろうとはしない。がリドルの処に遣って来るのは必ず何かしら用事が在っての事で、其の用事とやらを済ま せると何事も無かったかのよう去り際大変宜しくは踵を返す。 今日も今日で変わる事無く、小さな手をひらひらと振りながら鼻歌交じりに消えていった。 其の去り姿を、リドルは少し微笑んで、酷く優しい顔で見詰める。 「君が白雪姫だったら、僕が其の通りすがりの王子様になってあげるよ。光栄だろう?僕が口付ける白雪姫は、君だけなんだから」 既に消えたに向けて放たれた言葉を聴いていたのは、リドルの手に残された林檎たちだけ。 行く先無沙汰だった掌の林檎を敢えて180度回転させ、リドルはの齧った後を自分の口付けで消す様に、齧る。 一欠片の林檎から、恋の始まりを告げる、甘酸っぱい味が咥内一杯に広がって消えた。 [ Back ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/9 |