二年生だからホグズミードに行けない、街に行くのに年齢制限があるなんて、詐欺じゃん!!

可愛らしい桜色の頬を風船の様に膨らませ、破裂するのかと思わせる限界ギリギリまで剥れたは、ホグズミードへと旅立とうとするリドルの外套を引っ張っ た。
酷く珍しい事もあるものだ。と出逢って今までホグズミードに行った回数は数知れず、だが一度だってホグズミードに行きたがった事は無い。

「そんなに行きたいの?今日は独りで行く予定だったから、が良い子にしてるならこっそり連れて行ってあげるけど?」

何気無く吐いた一言に、溢れんばかりの笑顔を撒き散らしたは、心急くようにリドルの外套を掴んだ侭大きく頭を振った。今まで散々小生意気で突拍子も無 い事を言ってはリドルに等興味無い素振りで玩具に飽きた子どもの様に傍を離れていった子どもが、何かを強請るような甘えた行為に及ぶとは。

「いいよ、じゃあ一時のアバンチュールと行こうか?」
「あばんちゅる?何それ、新しいお菓子か何か?」

魂が抜けそうになって、思わず顔を反らせて苦い笑いを押し殺す。如何やら今日は楽しい一日になりそうだ、今日は破天荒な吹雪にでも為るかもしれない。
こうして、リドルの一日が始まった。








氷晶の春








「…何で私が推定年齢6歳児に大変身しなきゃならないの?トムってもしかし てロリコン?」
「違うよ、君が其の侭の姿で行ったらみんなにバレて退学処分になるだろう?此れなら誰も、だとは気付かない」
「あ、なーるほど。相変わらず余計な事には頭回るんだね、トムは。」
「…余計な、は余計だよ」

ホグズミードに行く間際、に成長退化魔法を施して6歳児にまで時を遡らせたのは、余興だけでは余りあった。
別にを年上の女性に仕立て上げても其れは其れで良かったのだが、大人に為った姿など此れから幾らでも見れる。だが幼き日のを見る事はもう二度と叶 うまい。叶わないとあらば、力ずくでも叶えてみたいと抗ってみたく為った。
そんな些細な思い付きから施した退化魔法が再現してくれた6歳児のは、リドルが知っているようで全く知らない子どもだった。

「ねぇ、どこに連れてってくれる?」

成長自体が退化した為か、言葉も少しばかり舌っ足らずな喋り方に為っている。
柔らかな陽だまりに透けて朝露の様に輝く漆黒の髪は、春風に溶けて靡く柔らかな繊髪。普段よりも更に小さく華麗な容姿には、まるで零れ落ちてしまいそうな 程に大きな、薄紫色の瞳。
それこそ上から下まで、丸くて柔らかくて小さくて頼りなくて、其れで居て太陽に愛でられた花の様に可愛らしい。

「そうだね、取り敢えず…何がしたい?」

の行ってみたい所でも良いよ、言ったリドルの声が頭二つ分以上下方にあるの頭に落下し、そうして耳方まで流れていくのかと思う。
普段でさえ頭一つ分以上の身長差の所為で自分の言葉はこれから先もきっと、舞い上げられる事は無く滑り落ちる様にに落下するのだろう。
自分よりも4つも下の子どもに背を抜かれる不安は無い、人より飛び抜けた長身だとは思わないが、人並み以上に背が伸びている自負はある。だからこそ、此れ からもリドルはを見下ろし、はリドルを見上げながら会話することだろう。
そうリドルが連綿と思考すれば、が眼を離せば直ぐに自分の元から飛び去ってしまいそうな雛鳥の様、酷くひ弱で希薄な存在に思えて来た。

「…逸れると困るから、手、繋ごう?」

そう言いながら掌を差し出したのは、真意だった。
この広大なホグズミードで逸れられ、何かの拍子で魔法が解けでもしたら、間違い無く他の生徒に気付かれ咎めを受けるだろう。唯でさえもはリドルが傍を 許した唯独りの女であり、リドルが自分から好んで接しようとする少女なのだ。
本人に意思があれ無かれ、はホグワーツにおけるトム・マールヴォロ・リドル様FANの女には有名人の様に名が知れ渡って居る。

だが、あの、だ。子ども扱いするなと怒声を浴びせて走り去るかもしれない。だが、懸念された事態への解答、は。

「うん。」

普段は憎まれ口を叩いても、可愛い、で許されるほど愛らしく純真なその姿は、童話に出てくる天使や妖精を連想させた。その恐ろしくあどけない表情の侭何時 も の様に微笑い、そうして小さな掌を重ねてきた。

驚くほど小さく頼りない、子ども特有の温かい手。

離さない様に強く握り締め、リドルとは雑踏の中を歩き出した。




「あ、あれ、食べたい!あれが良い!」
「あれってアイスクリーム?確かハニーデュークスの新作だった気がするけど…」

が頼りない指先で指した方向に見えたのは、新作アイスクリーム売り出し真っ只中のハニーデュークスの軒先。
赤、青、黄色、紫、緑、橙、桃、あげたらキリが無い程多種多彩な色と味に染め上げられた氷砂糖の結晶は、店先を通り過ぎる女の子の心と視線を巧い具合に掴 み 取って離さない。
現に、普段以上に盛況しているハニーデュークス店内は座って菓子を楽しもうと待ち侘びる人で長蛇の列が出来上がっていた。

「食べても良いけど、歩きながらでも良い?あれを待つのは正直疲れると思うから」

「やっぱり良い、歩くなら食べない。」

視界にハニーデュークスを入れた途端、反射的に物欲した心を其の侭言の葉に落したみたいに叫んだが、次の瞬間には要らないと言う。それも、歩くなら食 べない、とどこぞの躾厳しい貴族令嬢の様な科白を添えて。

「歩きながら食べたく無いって、そんなに行儀良かったっけ、。」

脳裏に泡沫の様で、記憶を再構築した情景が浮かび上がる。
晴れた青空の下、風で捲れるスカートの裾を気にせずクィディッチ競技場丘で大爆睡してみたりだとか、動く階段脇のユニコーンを模った銅像の上に跨って本当 に走りはしないかと魔法を掛けてみたりだとか、あぁ、星が欲しいとか言って箒に飛び乗って上昇気流に張り飛ばされた事もあったかな。
思い出せば思い出しただけ破天荒な御転婆振りを疲労してくれた姿しか思い浮かばない。この少女なら、歩きながらアイスを食べたとて、何の抵抗も無いだろう に。

そう思いながら隣に置いた子どもに視線を投げれば、酷く真摯な声と表情で、

「トムが歩きながらアイス食べてたら、きっと想像以上に恰好悪いし、似合わないよ?」


一瞬訳がわからなくて瞳が止まった。
子どもが何かものを欲する要求を強い遂げてまで、心配されていたのは他者の眼に映るトム・マールヴォロ・リドルと云うしがない人物像だったという新事実。 が自分の事を案じてくれた、と云うにリドルは喜びに似た感情に支配されつつも笑えない、曖昧な感情が湧く。
普段何気なく傍に居て、リドルを取り巻く女や周囲の人間に興味無い態度を取りながらも、リドルは4つ上のスリザリン寮監督生。諮らずとも、大人と子供とい う距離感に気付いているのだ。
時々物凄く年寄り染みた言動をしたり、子ども扱いするなと機嫌を損ねたり、クィディッチでは次期シーカーかと噂されるほどに長けた運動神経を持ち合わせて 居る癖に、4つも歳が下の子どもという自覚を今は持っている。


それとも、6歳児と云う今の環境が無意識ににそう感じさせるのだろうか。の云うよう、確かにアイスクリーム片手に歩くリドルの姿は妖艶な雰囲気を 纏うリドルには不似合いだ。
見抜いて、リドルは柔らかく微笑んだ。

「いいよ、に買ってあげる。」
「私に?リドルは要らないの?後で見返り寄越せとか言わない?」
「言わないよ、だから一口だけ僕に頂戴。」

小さな手を引き、人気が疎らになったハニーデュークスの路面に並び、空色のアイスクリームをに買い与えて遣る。
途端に綻ぶ幼い顔。アイス一つで此れ程までに歓喜するのか。そう思えるほど喜びを全面に浮き立たせて微笑んだを見て、あぁ、甘いな、とそう思う。


「要る?」
小さな言葉と共に差し出された空色の物体を一口含めば、途端に咥内に甘い砂糖の味がくまなく広がって、其れだけで胃が満腹だと訴える。
如何やら甘い物を好む人間が喜びそうなテイストに仕上げているらしい。普段余り甘味物を好んで摂取しないリドルにすれば、甘過ぎた。自分の分を買わなくて 良かったと純粋にそう思う程に。

「トムには甘い?」

顰めた表情、其れをが見逃す筈は無い。
甘いものを不得手とするリドルが表情に出さぬように気を付けたつもりが、所詮つもりだけで終わったらしいことに、眉根を寄せた後で気が付いた。

「甘いね。でも嫌いじゃないよ、甘さが、似ているから」
「似てる?なに?母乳とか?」
「…………アイスの原料って牛の母乳じゃなかった?」
「え?じゃあ何に似てるの?」

真夏程ではないにせよ、陽だまりのような柔らかい陽光の恩恵を受けゆっくりと溶け始めるアイスを小さな舌で懸命に掬い上げながら、がリドルを見上げ た。
上目遣いとは到底言い難い、大きな硝子球に似た薄紫の瞳で見詰られ、不覚にも心揺らぐ。こんな年端もいかぬような、幼い子どもに。
だが気付けば、胸の内の言葉が自然と声に出ていた。

「君に、似てる」

見詰め下ろす様に紅蓮の相貌に笑みを置いて手を繋いだ子どもを見下ろせば、鳩が豆鉄砲食らった様な表情を返された。一体何を言っている、其れは如何云う意 味だ。暗黙の言葉が表情から読み取れる程感情豊かに表現してくれたは、終いに一つの答えに行き着いた様に可愛ら しい顔を顰めて見せた。

「乳臭いってこと?」

本気でそう問うてくるに、普段通りの溜息が自然と心の中に漏れた。あぁ、そうだ、この娘に回りくどい言葉で感情を告げたところで、真意が伝わる筈は無 いのだ。
思考回路の螺子が一・二本外れた侭成長している子どもの様、ストレート直球の言葉を投げてやら無い限りは気付くまい。芽生え始めたこの、淡い想いには。

だが、其れも其れで良いかな、と思う。

「…良いよ、は判らなくても。」


アイスクリームのまどろむ様な柔らかい甘さ、其れは恋の一番最初に味わう甘さに、似ている。
触れれば指先の熱で震える様に溶け落ち、舌に乗せた瞬間には同じ様に溶け落ちる癖に脳髄まで染み渡る様な甘味を添えてくれ、脳が拒んでも本能で更に求め る。
恋の最初は甘いもの。恋に恋する心理と同じ様、甘い事だけが遣ってきて、暫くすれば嘆きや怒りや悲しみを呼び込み作り上げて しまう。終いには、裏切りや虚偽、嫉視や妬みまで。
だが、

「じゃあ今度は甘くないアイス食べに行こう?」

「いや、良いよ。君には甘いアイスが似合う。」
「…トムには青汁のソフトクリーム送りつけてやる」

投げられた声は、不満ありという響き混じったものだった。
年相応の可愛らしい小さな顔でぶすっと膨れたの顔を眺めていれば、笑いが込み上げそうになる。
馬鹿にするつもりで言った訳では無い、寧ろ其の逆、だと。しかし表面上はそんな考え微塵も見せぬまま、長い腕を伸ばし、引き寄せる様に距離を近付け、柔ら かい小さな手を引いてホグズミード散策を再開した。



僕が与える愛なんて、所詮は甘味料伴わない無糖の愛だ。砂糖に塗れた様な君の甘い愛があれば、丁度良いと思わない?


呟いた心の声は隣に置いた子どもに到底届く筈は無く、泡沫の様に霧散した。




















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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/8