| 一度だけ、の前で煙草を吸った事が在る。 暇潰しでも無ければ、ホグワーツ魔法魔術学校と云う学び舎への反抗でも無い。唯何かに気を紛らわせれば、灰濁した濁り塵の様なアンバランスな心の平穏が保 てるのかもしれない、と。 何かを忘れたかったとか、何かに縋り付きたかったとか、何かを糧にしたかったとか、そんな気持ちは無かった筈だ。少なくとも、僕はそう、思い込みながらあ の日最初の煙草を燻らせた。 灰み紫の春
![]() マグル学の講義の際、一般的マグルが嗜むと云う煙草花を加工して作成された とされる煙草の香りと味を数瞬だけ味わってみる、と云う一風変わった講義だった事を記憶している。 初めて口にした煙草の味は鉛の様に重く、肺全体を侵食でもするかのような鈍痛と粉雪みたいな微粒の灰塵に咽頭が焼け付く様な感触を味合わせてくれた。 そう、あの日。講義終了後に返却を余儀無くされた煙草花を何かに使えるかもしれないと思い立ち、ローブの内ポケットに密かに忍ばせた。結果的、煙草花は煙 草にしか為ってはくれず、証拠隠滅とばかり、禁じられた森の近くで紫煙を燻らせていた。 「空はこんなにも蒼いのに、如何して僕の瞳はこんなにも紅いんだろう」 絵の具でも落し込んだかの様な蒼鉛の下、禁じられた森の中に適当に座れる場所を見付けて自堕落に腰を降ろし、少しばかり傾げて細い円筒の先端を口先で銜え る。 懐に仕舞いこんだ杖で火を起し、紙切れみたいな筒の先端に点す。微弱に揺らめく橙に吸い付けば、細かな葉屑と巻紙が緋色に蕩け始めた。 「この味、癖になったら夏に沢山仕入れて来ようかな」 深呼吸でもするみたいに深く息を吸い込み、紫煙を肺の中に沈めた。 自作の煙草だから、タールだとかニコチンだとかそんな物がどれ位入っているのかは判らない。だが、微かで確かな酩酊感に混じって、煙草花特有の覚醒作用が 徐々に働き始める。 (あぁ、此の侭意識を手放してしまえたら楽なのに。) 心中だけで呟き、肺に溜まった二酸化炭素と煙草の有害物質を溜息に似た仕草で吐き出す。まるで心の中の戯言も一緒に吐き棄てる様に。 煙草花の所為で揺らぐ思考の果て、真っ向から太陽に向かって紫煙吐いたリドルの視界に、幼い影が揺らいだ。 「ホグワーツ就学規則に、煙草を吸って良い年齢って書いてあったっけ?」 聞こえる筈の無い足音。けれど背後から掛けられた声に馴染みは有った。 如何してこの少女は易々と自分の居場所を探し当てる事が出来るのだろう、迷宮の様に広いホグワーツで。 思いながら首根を反らせ上目で仰ぎ見れば、やはり知った顔が其処に在って、何故かリドルは安堵の笑みを零した。 「さぁ…別に良いよ、就学規則なんて守らなくても。遵守しても、到底良い事なんて無いんだからね」 密やかに平坦な返答が零れ、言葉と共に吐き出された紫煙が緩やかに空気に拡散した。 チリチリと焼け焦げるフィルターが時と共にリドルの側に近づき、比例する様にリドルの唇から漏れる紫煙が茫洋たる青空に吸い込まれていった。 「監督生が言う科白じゃないよ、トム。」 「そうだね、僕が監督生って云うのも本当は…間違っているのかも知れないね、。」 吹き込んできた風に攫われる様に微かに睫毛を震わせ、揶揄を滲ませた薄い笑みを作って見せた。 相も変わらずリドルの背後に立った侭此方に来ようとしないにリドルは背後を振り返ってやりはしなかった。だが、後ろの少女は其の微細な変貌に気づいて いたことだろう。 「煙草、其れが最後?」 禁じられた森でマグルの品を燻らせる事を咎める事すらしないは、緩く弧を描いて立ち上る灰紫の煙を見詰めながら、唯其れだけを聞いた。 「そう、此れが最後」 言葉と共に吐き出される紫煙はけぶる様な木漏れ日を汚辱するかの様に揺らいでは次第に霧が晴れる様に消えて行く。消え行く煙を見詰ながら、は鋭利な太 陽光にする様に眩しそうに瞳を眇めた。 「残念、あるなら貰おうと思ったのに。」 「なに、食べる気だったの?」 清流が流れるかのようにさらりと煙草を所望したに、リドルは回り始めた思考の片隅で思う。 自分が知らないところでは煙草を口にしていたのだろうか、食べるだ等とつまらない冗談が現実的で無い事は知っている、だからといっての口から吸っ ている事実を聞きたくは無かった。 煙草を吸うなど、リドルは知らない。煙草だけに飽き足らず、リドルはリドルが既知している以外の彼女を驚く程に知らなかった。 事実に気付き、何だか妙に莫迦莫迦しくなって、まだ半分も焔の走らない煙草を惜しげも無く地に捨てる。ジリジリと焼け焦げる苔に気を使う訳でも無く、緩く 立ち上る煙を浄化する様に魔法で水をかけ落とした。焔は音も無く消える。 どうせ遊び半分で作った代物だ、二度と吸えなかろうが問題は無い。 其れより何故が煙草を所望したか。未成熟な身体で煙草を吸えばどれだけ害が及ぶかを判っているのだろうか、この娘は。 「それとも吸う気だった?残念だけど、君が吸ったら背は伸びない上に胸が萎むよ。」 普段そうするよう、大人が子どもをからかう様に揶揄しながら振り返り様に微笑めば、其処に在った哀を帯びた表情に息が詰まった。 如何して君が鈍痛を食らった様な痛嘆した表情をする。煙草を吸いたくなる程溜まったストレスでもあると云うのか。 だが、問おうとした言葉より、が返してきた言葉の方が若干早かった。 「棄てて上げようかと思って。リドルが忘れたいものと一緒に、全部。ほら、煙草は別名"忘れ草"って云うでしょ?就学規則破ってまで忘れたい事があるな ら、手伝ってあげようかと思って。」 感情の欠片が音も無く落剥する。何か忘れたい事でもあった?そう軽々しく聞かない辺り、らしい、と妙に笑いが起きた。 この娘は本当に僕を愉しませてくれる。稀に見る検眼だ。 慰めるとか嘘偽りの言葉だけの同情を並べるとか、そう云う類の事が嫌いなのか出来ないのか。いずれにしても、他人に心の中を土足で踏み込まれたくない僕と しては願ったり叶ったりだ。何も喋らず何も考えずに唯甘えれば良いのだから。 そう思ったら、何が切っ掛けで、何が心の中で燻り焔を噴出し掛けて煙草に手を出したのか、其れすら…、 「忘れちゃったよ。"何"を忘れたかったのか、ね。」 「トム…其の歳でボケ?ボケ防止には卵、レバー、大豆、椎茸、胡麻、葱、青魚が効くらしいよ。あ、トム青魚嫌いそう。あのキラキラした背から発せられる オーラが僕にはダメだ、見たら全てのやる気が減退するとか言って夕食で避けてそう。」 指折り数える様にボケに効くらしい食材を一つ一つ並べては何時もの様に薄紫の瞳を和らげ、楽しそうに笑って見せた。其の様はまるで、泣けないから笑ってい るかのような薄倖な笑みではなく、心からの笑い。 柔かな陽だまりみたいな笑顔を向けられ、吐かれる言葉が好意的なもので無かったとしても、其れでも灰色掛かった雲を敷詰めた様な暗鬱な僕の心は綺麗に晴れ 渡ってくれた。 (君が居るから、僕は闇に飲まれ切らないのかもしれな いね) 「は牛乳と卵と大豆を取った方が良いよ、背は伸びるし胸も大きくなる。」 「トムって見掛けに寄らず巨乳好き?」 「見掛けに寄らずってなに、見掛けって」 「トムは"来る者拒まず去る者追わず巨だろうが微だろうが貧だろうが乳ならOK!"みたいな感がある。」 転がる様に微笑いながら、座った侭のリドルを尻目に、ホグワーツ校舎の方へと歩き出した。 後を振り返る事をせず、リドルが自分の後を追い掛ける様に付いて来る事等一切望んでない様な素振で一陣の風を切る。時折吹き込む春風に夜を切り取った様な 漆黒の髪靡かせて歩くを視界の端に留めながら、名残惜しむ様にリドルは瞳を眇め、ゆっくりとに背を向け歩き出した。 (有難う、) 今日は此れ以上君と一緒に居たら慰み者の様に抱き締めてしまいそうだから、今日は大人しく僕は帰るよ。 柄にも無い事を考えながら、 (拙いね、本当に君に堕ちそうだ。) リドルは囁く様、だが確かに、呟いた。語尾は消えかかる程細く、既に遠く影が伸びているの耳には到底届かない。寧ろ、届いてはいけない、とさえ思いな がら呟いたのだ。 風に流れる前髪を怠慢気味に指でかきあげ、業と嬲られる様にローブを翻してクィディッチ競技場へ向かって歩き出した。 取り敢えず今日は、今朝梟便で届いた文献を自室で読み耽ろうか。 「僕が余暇に女を求めないなんて、末期?」 呟かれた自問自答に解を成す者は、今のところ誰も居ない。 未だこの頃は双方恋に堕ちているとも気付かずに、終焉など想像すらしない生温い世界で唯、目覚める事の無い様な薄命に似た想いを燻らせていた。 [ Back ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/5 |