【今宵23時より、閲覧禁止の棚付近特別席にて、残月のお月見会を開催したいと思います】



破り切り取られた羊皮紙に認められた一文が、自室の窓を開け放った侭手持ち無汰で監督生日誌を書くリドルの元へ届けられたのは、実に三時間程前。
乾いた風が舞い込む窓辺でひらひらと揺れる招待状を手にとって、保護魔法を掛ける。別に妙な所で往生際が悪い訳では無いが、何故に深夜にお月見、となかなか素直に誘いを受け入れる気になれない。

だがしかし、思い返せば、あの破天荒な少女から何かの誘いを受けたのは此れが初めてでは無かろうか。
今までは偶然と偶々を装い、何気ない顔でリドルの方から彼女へ接近していたのだ。
初めて貰った彼女からの、「逢いたい」とも取れる誘いの言葉。
招待状など名ばかり、所詮はレポートの切れ端に書き殴った文章でしかない。更に加えて、秋など遠くに過ぎ去った今時分に月見などして何が楽しいか、思わなくも無かったが、如何せんリドルは暇だった。


「……それにしても、消灯時間を過ぎた23時に監督生を呼び出すなんて、良い根性だよね。」


普段は何処からとも無く猫撫で声で遣って来る女子生徒の相手をするのだが、珍妙な事に今日は何故かそんな気分にも為れず、リドルは早々と自室に籠もっていた。

(まぁ、明日は講義が休みだし、都合の良い事に監督生日誌は書き終わったし)

何より暇だしね。
寂しく独りごちるよう自分に言い聞かせながら、先日出逢ったばかりの希有な子どもに誘われて、残月のお月見会とやらに参加してみた。
それは初春の柔らか仄暖かい空気が心地好い、月夜独特の薄蒼い闇が忍び寄る夜天光の下のお月見会。



今思えば、出欠の是非を問うような文面が何故無かったのか、そんな事にすら気づかずに。






花残月の春








既に寮監督によるホグワーツの見回りが行われ、寮憑きゴースト以外の生徒の影や気配は一切見当たらない、深夜22時50分。
リドルは襟元を僅かに正し、ベットに放り投げた外套を掴んで寮を一歩出る。
群青色をした夜天の下、天使の階にも似た幽光な月光が斜めに射られ、昏く眩し い天光が石畳に反射して暗鬱とした大理石の廊下に色を与えていた。


今日の月は確かに見事かもしれない。
其れだけで充分一種独特な壁画に見え得る情景、静かな感慨と、わずかな感傷と共に窓の外に広がるその景色を見詰る。
幾分速度を落としながら自堕落に歩いたリドルは、お月見開始時刻の30秒前に錠の落とされた図書室に辿り着いた。


「………っ、」


扉を開き、、と呼掛け様とした呼気を嚥下する。
不気味な程の静謐な空気に包まれ静寂を守り切る図書館に、以外の人物の存在が紛れ込んでいる可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではない。
慎重に慎重を上塗りしながら足音を殺し、図書館の最奥、指定された閲覧禁止の棚付近まで足を進める。


「………?」


一瞬逡巡したが、リドルは彼女の名を口にした。
辿り着いた待ち合わせ場所、壁面に大きく取られた窓から天の階段が眩く降る其処に、彼女の姿は無い。
唯、見慣れたスリザリンのローブとリドルのものより幾分小振りな杖が、主を失くしてひっそ りと佇んでいた。
ローブと杖は在る、と云う事は図書館の何処かには居る筈だ。では何処に、と眉を上げ、躊躇う事なくリドルがもう一度呼ばおうと薄い唇を開 きかけた時。


「お待ちしておりました、スリザリンの王子様?」

玲瓏な声が真上から降り落ちてき、繊細な糸の様な黒髪が揺れて、呼ばれたリドルがゆるりと振り仰ぐ。


「……そんな所で何してるのさ?」
「お月見」
「…態々馬鹿みたいに高い書架の天縁で?」
「窓から見てたら誰かに見付かるかもしれないし、誰かが図書館に入ってきても 一目瞭然だし、それに…此処から見た方が、ずっと空に近いから綺麗だよ。トムも早くおいでよ。」


書架の高さゆえにの表情までは垣間見れないが、至極嬉しそうに弾んだ声ががらんどうの図書館に反響する。

「……おいでよ、って、如何遣って登ったの?」

リドルの傍ら、冷えた大理石のターンテーブルには、のローブとポケットに刺さったままの杖が置かれている。
魔法を使って上まで登り、ローブに杖を刺して地面へ放ったとは到底思えない高さを誇る書架、一体彼女は如何遣って数メートルはあろうかと云う書架へ登ったのか。
習った様に外套を置き、呆れたように倣えば、視線も寄越さず透明な声で「書架に足を引っ掛けて登った」と呟きが返る。


「…登ろうって云う気になるような高さじゃないよね。(…まるで猿だな)」


幸い、最後の感想だけは音をして洩れる事は無く、くつりと笑んだリドルは杖を 取り出し自分自身へ浮遊魔法を施し空へ舞い上がる。
保護魔法の施された木製の古びた書架の天辺によじ登り、ご丁寧にブランケットを敷いた上にブラブラと足を遊ばせていたは、持参したらしい純白の陶器ポ ッドから暖かな珈琲を酌むと、同じ種類のカップに注いで無造作な仕草でリドル に差し出す。


「残念ですが、砂糖とミルクはありません」
「要らないよ。其れより、最初から此処でお月見する予定だったの?」
「…ちゃんと特別席、って書いたよ。」
「僕が高所恐怖症だったら?」
「トムだけ地面でお月見。…でも、スリザリン最強チームを統べる超天才シーカ ーリドル様が高所恐怖症の訳が無い」
「………まぁ、強ち間違いではないね」


薄闇の視界は仄かに紺が掛かってはいるが遮る物無く、降り注いでいる様に朧ろに翳る月明りがゆったりと這う。
まるで深く暗い深海の真下から地上を乞うて水面を見上げているような感覚。
昏い室内で目を惹く存在が、闇の中でも独自に発光するものに限られる所為も手伝ってか、酷く神秘的な感慨が競り上がった。


「図書館にこんな特別席があったなんて知らなかったよ」


感嘆する様に呟けば、玻璃の様な菫色の瞳が月の光彩を浴びてゆっくりと微笑む 。
「でしょ?」
灯かりが完全に遮断され周囲から隔絶された様な昏い図書館で、唯一自己主張をする存在。
漆黒のカーテンを引き落とした様な空間に犇き合う星達に、更なる輝きを与える様に光放つ乳白色の月程度しかない。
暗鬱とした図書館自体も、古びた古書の数々も、月光を受けて翳る人間二人も、全て確認するまでもなく、闇と同色のものばかりだ。
全て、漆黒の闇と同化する。
そうしてチラリとリドルが隣を盗み見れば。の透る様な白磁の肌が月明かりに照らし出され、観賞用の女神像を想わせる薄蒼に染まっていた。


「何時も此処で一人で月見?」
「そう。意外と誰も知らないみたい」

小さく息を吸ってリドルにカップを渡しながら、それからは少しだけ、微笑んだ。
「ありがとう」と受け取って一口飲もうと近づければ、挽き立ての珈琲豆の強烈な香りと柔らかい湯気が鼻に当たり、やや大人向けの濃密な珈琲が咽喉に流し込まれていく。
さっきも自室で珈琲を飲んだけれども、乾いた空気の中を歩いてきた所為か、想像以上に咽喉が渇いている。癒す分には丁度良い濃さと温度だ。


がブラック珈琲を飲むなんて意外だな」
「……最近飲める様になった。」
「飲み過ぎると不眠症になるから気をつけた方が良いよ」
「まだそんなに飲めないから、平気」


見れば確かにのカップの珈琲の減り具合はリドルの1/3程度のペースだ。無類の甘党だと記憶している彼女が何故、ブラック珈琲なんかを、と聞いてみたい気もするが、聞いたら最後だという事もわかっている。
無理に、自分に合わせたのだろう。さもなくば、この見事な月を見る為に送った招待主が、来客の到着を待つ前に眠ってしまう事を恐れてか、どちらかだ。為らば此処はそ知らぬ振りをしておくのが一番の正解と言える。

「…そう。」

静かな口調で、柔らかく目を細めて、を見ながらリドルは言葉を返す。
話題の打ち切りを促すような言葉が間に下りると、それから暫く珈琲を啜る音が静まり返った空間に拡がっていく。


「…あ、そう言えばトム。お茶菓子は持ってきた?」
「昨日ハニーデュークスで買った糖蜜パイで宜しければ」
「流石は麗しの貴公子…!!これで激辛ペッパーとか持って来たら棚から突き落としてたよ」
「……此処から蹴り落とされるのは遠慮願いたいね」


ならば本気で数メートルの高さから問答無用で蹴り落すだろう、と引き攣りそうな表情と声で紙袋を手渡せば、主催者であるは歳相応の満面の笑みを零す。
普段とのギャップに自然と笑みが口元に浮かんでくるリドルに構う事無く、濃い珈琲を一気に細い咽喉奥に嚥下して、時間は限られているとばかり糖蜜パイ半分に割って、片方を口いっぱいに頬張る。

「半分要る?」
「いや、要らないよ。僕には甘過ぎるからね」


昔一度だけ食べた糖蜜パイの殺人的な甘さを思い出して、思わず拒絶の言葉が走った。
すると半分に割られた糖蜜パイを持ちながら、が訝しげな表情で、聞いてくる。


「…自分で食べないのに買ってきたの?」
「まさか、ハニーデュークスに綿飴ペンを買いに行ったらおまけで貰ったんだよ」


なんだ、そっか、食べもしないものをトムが買ってきたのかと思った。
そう零すに、リドルは内心ドキリとさせられる。
まさか、「君に渡そうと思って買って来た」だ等と本心曝け出す事が出来る訳も無く(なにより、リドルのプライドが許さない)、さも偶然貰ったかのように告げるしか出来ない。

「じゃあありがたくーっ」

リドルが食べないと公言した所為もあってか、は紙袋の中の糖蜜パイを文字通り幸せそうな表情零しながら平らげていく。
同じスリザリン寮とは云え、とリドルの学年は離れすぎている。その所為か、が無類の甘党だという事に気が付くのに、かなり時間を要した。
ホグズミードに一緒に行ける年齢でも無い為に、必然的にリドルは取り巻きの女子生徒と共にホグズミードへいく羽目になり、ハニーデュークスへはすっかり常連客だ。
が甘党だと知った次ぎの週末、まさかハニーデュークスで自分がの為に菓子を買うなど考えられなかった。だが気付けば綿飴ペンと一緒に糖蜜パイを手に取り、何食わぬ顔で代価を手渡す始末。
買った手前、さてどうやって渡そうか、と思案していた矢先の招待状。偶然とはこんなにキレイに重なるものなのか、思いながら眦を細める。


「ほんほ、おふぁねわたふから、……お菓子買ってきて?」


糖蜜パイを頬張りながら会話をするのは流石に難しかったのだろう。途中まで言い掛けたものの、珈琲で一気に糖蜜パイを消化して、心なしか早口に、息もつがずに言って来る。
如何やらスリザリンの破天荒な姫君はハニーデュークスのお菓子に惚れ込んだらしい。


「良いよ、お金は要らない。その代わり、月に一回はお月見会に誘ってくれればね」


驚いたように眼を見開き、それから縋るように大きく頷く。普段の異常なまで強情さはすっかりなりを潜め、子どもの素直さが顕著に出ているのが物珍しくも可愛らしい。
ほとんど愛おしさに胸を突かれ、こんな月明りに照らされながら子どもの顔をいきなり披露する事もあるまいと思いはしたが、それは口にする事無く揶揄の言葉も出す事無く苦笑を浮かべるに留まる。
公然と月に一回はからの誘いが来るのか、其れも悪くない、近くなった距離にリドルは口の端が緩むのを抑えられそうになかった。


「こう云う月見会も中々楽しいね。……図書館の書架の上、は流石に情緒は無いけど」

忘れては居たが、此処はホグワーツの図書館、其れも閲覧禁止の棚間際の書架の上。
月日と共に降り積もった埃が層を成しても何等不思議は無い場所。

「でも誰にも邪魔されたりしないよ。」
「まぁ、確かに。見付かれば一週間は講義以外の外出を禁じられるだろうね」
「………、リスクを犯して見る価値はあるよ?」


月明かりの下で闇に溶け込む髪を棚引かせ、アメジストに光を溶かし込んだような菫色の双眸はやわらかに細めて、微笑みを向けられる。
仄かに白く琥珀めいた月明りは、人の心を狂わせる。そんな言い習わしを教えてもらったのは孤児院時代だっただろうか。


――――――――君と一緒なら、どんなリスクでも背負ってあげるよ。


認識を改めさせるように、目を惹かれ、心奪われる。
月に魅せられたのだ、と。もっと上手い言い訳でも考え付けば良いだろうに、巷の女を虜にしスリザリン寮監督生を務め上げるトム・マールヴォロ・リドルにしては、馬鹿な回答だ。
ゆるゆると息を落とす。手を伸ばせば届きそうな、残月と、未だ女とも呼べない君と。
そもそも思い返せば、あの招待状に参加可否の旨を告げる一文など無かった上、強制力も無かった。なのに、タイミングを見計らったように今日に限って飛んできた招待状に、参加した理由も見えない、浮かばないのだ。
此れが一番最初の、きっかけを作ってしまったのだろうと、予感はあった。


次回のお菓子は何にしようか?子どもが好みそうな甘いあまい物、幸い、ツテは腐る程持っている。
リドルは、そっと瞳を伏せて窓の外を眺めていたの横顔を見詰めながら、そんな事を考えて。小さく、吐息だけでふわりと微笑みを向けた。








































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/1/28