---------------私はトムが誰を好きで、誰を抱いても構わないわ、だって貴方は私だけのもの じゃないし、私もトムだけのものじゃないもの。


風戦ぐ小麦の穂に似た完璧な金色を携えた女性が、紅い口紅引いた唇から言葉を漏らした。
聞き分けの良い女、物分りの良い女、扱いやすい女、割り切った女、付き合い易い女、自分の事を何より理解してくれる女。
形容詞は其々異なるものだが内面的に指し示すことは一つ、スリザリン貴公子・トム・マールヴォロ・リドルに嫌悪されぬよう、彼が求めた時にだけ応じ彼の邪 魔をせずに重荷に為らない女で居続ける、と公言しているのだ。
他人に対し厳重な仮面を被り外面を作り上げ、求められる事に慣れすぎているリドル本人は誰かに猛烈に愛されようが嫌われようが興味も無い上に、物分りの良 い女(この場合で言えば台詞を吐き出した彼女、だが)を欲して居るわけでもない。
貧欲に求めさえせずにリドルの掌の上だけで都合良く動き回って定期的に愛を差し出す女が楽かと聞かれれば、リドルは嘲笑するだろう。

そもそも、欲しいと云う欲求自体が無いのだ。リドルが欲しているのはそんなものではない、自分が望まずとも手に入ってくるような愛はもう要らない、欲 しいのは唯ひとつ、心を奪われたあの子どもだけ。



「ねぇ、如何して…?私はこんなに愛しているのに、如何してトムは私だけのものになってくれないの?」


雨が降れば水が地面に染み渡り地盤が揺らぐ、そんな当たり前の出来事の様に、彼女が云う。
愛を惜しみなく注ぎ、求められれば安易に身体を差し出し、リドルの邪魔に為らない様に生きてきた。出逢ってから今まで--------そ れこそ、6年もの長い間、ずっと彼だけを見続けていたのだ。
なのに如何して彼は毎日違う女の子を隣に侍らせ、全ての女と自分を分け隔ての無い平等な態度で扱い、紅蓮の相貌で見詰め秀麗な笑顔で言葉を返すのだろう。
ワカラナイ、ワカリタクナイ。言わなくても気付いてくれると思っていた、いつか、は私だけを見てくれるのではないか、と淡い期待だけを胸に抱いて6年間想 い続けてきたのだ。


「如何してって…君が最初に僕に公言したんだよ、"僕は君だけのものじゃない"って」

「だって…だってトムが他の女と同じ様に私を見るから、だから…」


沈黙は長くなかった。終いに廊下に泣き崩れて仕舞った彼女を見下ろし、リドルは腹内失笑しながら、普段と何等変わりの無い柔かな声で問う。
そんな台詞を吐く位なら、初めから僕に期待なんて持たずに居れば良いのに。如何して人はこうも自堕落で自己勝手な生き物なんだろう。出来ない約束なら最初 からしなければ良い、最終的に覆るような誓いなんて要らない。


「…じゃあ、君と僕の周りに居る女の何が違うのか、僕に教えてくれる?」

言外に嘲りの意味を滲ませる。独り言のような言葉は、静かに薄い笑いに混じった。

「………其の前に、私に、あのと私の何が違うか教えてくれる?」


彼女の口からの名が紡がれた瞬間、リドルはあからさまに表情を不機嫌なものへと摩り替えて、眇める様に見遣った。彼女の口からの名が紡がれた事が 如何しても我慢為らなかった。自然と表情に怒りが滾るのも仕方ない。
さも面白くないものを見下げる様な眼差しを向けるリドルに真っ青になり、慌てて弁論謝罪の言葉を述べ様と口を開けど、リドルは無言を貫き通した侭座り込ん だ彼女を置き去りに廊下を後にした。








戀 情の春








「ねぇ、君は如何思う?心変わりってそんなに頻繁に起きるものかな。」

春風を纏った柔らかい昼間の空気は嘘のように冷め、宵闇が無数の星を纏ってホグワーツの大地を覆っている、そんな夜もすがら。
もうじき消灯のを告げる鐘の音が鳴り響く。其れでも構う事無くリドルとは、相変らず代わり映えが在る様にも思えない星空をクィディッチ競技場丘で寝転 びながら唯、眺めていた。
脈略無く投げられた問いには星を眺めた侭視線も寄越さずに答える。


「"心"の語源って知ってる?」
「語源?さぁ…聞いた事は無いけど。」


リドルがに質問を投げたにも関わらず、別の質問を投げ返されたことに責める響きは無い。
は相変わらず空を眺めているが、トムは隣に寝転んだの横顔を見詰めながらそう答えた。実際、ものの名前には全て語源があるとされているらしいが、 一つ一つ覚え記憶していけるほどものは少なく無い。
だが仮に心に語源が在ったとして、今一体何の解決方法に為るだろう。尤もリドルは先程の出来事への打開策を見出したいが為に振った話題ではないのだが、必 然的にそうなってしまった。
彼女の行く末なら知れている、自分で話し掛けて来ようがきまいが、昨日までと何一つ変わらぬ生活が待っているのだ。敢えて避けるなんて面倒臭い事をリドル がする筈も無かった。


「心って、ころころかわるから、こころって言うんだって。」

空ばかりを飽きもせず見上げていたがゆっくりと優麗な顔をリドルへ向ける。濡れた様な艶の黒い髪と淡い紫の両眼。暗闇では紺混じりに見える其の色が、 リドルだけを捕らえ、真っ直ぐに見据えてくる。

-----------------心なんてもの、変わり易いってことか。」
「其れにつまんないよ?もし仮に永遠に変わらない"こころ"なんかが在ったとしたら。」
「詰まらない?」
「例えば仮にトムが誰かを好きだとする。うーん…そうだな、折角だから血みどろ男爵にしておく?
血みどろ男爵を好きで好きで仕方ないトムが何時も何時も同じだけ好きだったら詰まらないじゃない。
こころが変わるものなら、もっともっと好きに為れるかもしれないし、逆に大きらいに為るかもしれない。
でもね、其れって仕方ない事だと思うんだよね。何も悪い方向へばかり変わるとも限らないし、時には心変わりしてみたりすれば自分の本当の気持ちにも気付け るかもしれない。
私は心が不変のものだったら…きっと詰まらなくて死んじゃうかも。」


如何して僕の恋人が血みどろ男爵なんだ、せめて性別だけでも女にしてくれ。


最初に言い出しかけた言葉はの真摯な言葉に文句一つ言えずに閉口してしまった。
穏やかな月明かりの下、紅蓮が切なさを籠めてを見詰める。 心の語源が如何だとか、が思う心変わりの定理だとか、そんなもの全て纏めてリドルは思考する。
リドルとて、人の心が変わりようの無いものだとは思っていない。この世に不変のものなど在りはしない。常に何かに影響され流され、感銘を受け触発され、そ うして自分の心を自分で育て上げていく。

だからこそリドルは「絶対の愛」や「永遠の愛」を言葉だけ並べた様に片っ端から口に出す人間を信用する気には到底為れなかった。


「其れに…ね、トム。
ほら、もしこころが変わらなかったとしたら、一番最初に好きになった人をずっとずっと好きで居るわけじゃない?
良いよ、其れが本当に大人になって素敵な人に巡り逢えたんなら………
もし仮に魔法を掛けられて姿変えたトロールに恋でもしたら如何する?
私きっと一生、恋は盲目の侭不幸と仲良しこよしだよ。
ちょっと待って、もしかして私に未だ"青い春"が来てないのって、其の所為--------------!?」

はそっと微笑んだ。一重に咲く華のように、とは良く言ったものだけれどもその笑顔は本気で質が悪い。
最近良く微笑むように為ったを見ながら、幾許かの未来への期待と、幾つかの絶望と悲しみと愛しさと。
最近は競り上がる感情を一体如何表したら良いのか分からなかった。 唯、溢れようとする戀情を堰き止めるのに必死で、何度も何度も歯噛みした。


「大丈夫だよ、僕のこころは変わったからね。
僕の初恋はもう何年前に為るのかな……思い出せもしないけど一つだけ言えるのは、もう名前も顔も思い出せないってこと。人の心は変わる、でも変わって当然 なんだ。
心なんて不安定で確定要素が一つも無い曖昧な感情だけで出来てるんだから。」

「………何か哲学者被りっぽい、トム。頭良さそうに見える、偉大そうに見える、知らない人に見える。」
「偉大かどうかは兎も角として、頭は良いと思うよ、一応主席だから。」


真面目に答えれば、乾いた笑い声が降って来た。
は勢いを付けて起き上がり、ローブに付着した若草を手で払い除けながら、見納めとばかりにもう一度空を仰いだ。
空の向こうは宵闇に向けの薄黒に染まりつつあり、それが次第に濃くなっていく。もうじき消灯の鐘が鳴るだろう。其れまでにせめて談話室にまでは到着してい なければ為らない。習って、リドルも腰を上げた。


---------------帰ろうか、


は空に瞬く星を見ながら帰路を歩き、リドルは終始危なっかしいを加護する様に隣を歩く。
二人が共に歩く事は在っても共に手を繋ぐ事は未だ無い。急激に距離を縮める事に、他でも無いリドルが躊躇っていた。以前は引っ切り無しに競り上がる恋情零 れ出す情壊の想いに押し潰されそうに為る度に、一秒でも早く自分だけのものに、と。
けれど自然と縮まりつつ在る距離を眼の前にすれば、驚くほど如何して良いか判らなくなる。相手の気持ちさえも明確に判らぬ侭、こんなにも長く二人きりでい るのは、生まれてきて数年も経つ今が初めての事かもしれなかった。

そう、先日から「トムが居れば其れで良い」と言われた。其の日から、あの日の記憶だけは鮮明に蘇る。
後何年、僅かに縮まってきた距離を縮めていく事になるのだろう。何時かは距離が縮まり、何の違和感無く拒絶される事も無く、に触れる事が出来るのだろ う。
もう誰も要らない、今まで得てきた全てを失っても良いとさえ思う心がある。心に野心抱えたサラザールの血を引くリドルにすれば、弱さや脆さに繋がるのだろ うか。
けれど、其れでも------------- 答えが出ない事ばかりを考えても、仕方ない。唯、闇雲に似た祈りを籠めて願うしか、なかった。


「あ、トム、鐘鳴ったよ、鐘!!ヤバイよ、今日ってスリザリン寮監の見回りだよ…」


置き土産の様に捨て科白だけを残して走り出したの後ろを、リドルが見据える。視線の先。何を思っているのか、零れ落ちそうな、薄紫の両眼を脳裏に侍ら せ、大人びた静かな笑みを浮かべた。


誰かとが違っているんじゃない、が特別な訳じゃ無いんだ、きっと。
唯僕がに心を奪われた。其れこそ、移り易くも無く頑なに人を乞う事をしない意固地な心が知らぬ間に勝手に奪われたんだ。如何遣って僕の心を奪ったか、 なんて…今更だ。誰かに心落ちるなど、後から気付かされた。
如何にもならないだろう、落ちたんだから。


去り行く二人の背に、一筋の星が静かに流れた。




































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/6/23