| 青い薔薇は不可能の象徴とされている。其れは魔法を生業とし生活の根底に置く魔法一族にとっても不偏のものであった。白い薔薇に青の色彩材料を加えたり、 魔法や薬学の力を以ってして色付けた偽りの青い薔薇ではなく、純粋に自然に青い花弁を付ける薔薇は現存せず、未だ誰も見たことが無いとされていた。 自然界の律に於いて、薔薇が青い色素を以って咲くと云う事実は初めから無い。 薔薇には赤色や橙色を作る「赤色遺伝子」と呼ばれる遺伝子存在するが、デルフィニジンを作る「青色遺伝子」は無い。其の為、純粋な青い薔薇を自然に作り上 げる事は不可能であり、交配や遺伝子組み換え等で青い薔薇を作り上げる事は出来るが、そんなものは"青い薔薇"とは到底云えない。 「ねぇ、トム、青い薔薇の花言葉って何かご存知?」 「………不可能?」 「でもね、今は品種交配や遺伝子組み換えで簡単に青い薔薇が製造出来るらしいの。 青い薔薇を見付けて珍しいなぁって思ったから、貴方にあげるわ、トム。」 「僕に…?有難う。」 (品種改良した青い薔薇なんて、希少価値どころか花言葉の意味さえ履き違えているだろうに) 思いながらも、リドルは読み耽っていた古書を閉じ、律儀にも礼の言葉を述べて少女から青い薔薇を受け取った。 リドルに花を渡した女性はタイの色から見てハッフルパフ寮所属の7年生。深いコバルトブルーの海に似た蒼い色の瞳と髪を持ち、カカオに似た茶褐色の肌に柔 かな笑みが非常に似合う少女だ。二・三度、リドルも少女を見掛けた事は在れど、話す機会は若しかしたら此れが初めてかも知れない。 少女が自らリドルに話しかけて来て居ないのだとすれば、其れは確固たる確信に変わる。 自ら進んで話し掛けて来ない人間に対してリドルが興味を持ったのは、ホグワーツ中を探し当てたとしても、該当者は独りしか居ないのだから。 「僕よりも、君が持っていた方が似合わないかな。」 憂いを含んだ柔かな笑みで告げれば、少女は蒼穹に似た麗を持つ瞳を和らげ、 「貴方が追い掛けている"不可能の象徴"に差し上げて」 表情には出さないが、リドルは内心で心臓を掴みあげられた様な心地がして為らない。 自分の心中奥底に隠し込んだ想いは何時露見したのだろうか。好きだとか愛してるだとか恋しいだとか、そんな類の想いにまで発展しているとは思えないが、近 しい処まで到達している事は紛れない事実。其れを眼前の少女に悟られているのだとしたら、一大事だ。此処は一つ、誤解の無い様に言い訳染みた否定をしてお こうか。 小さく息を吸い込んだリドルとは対照的、問答無用とばかり一輪の青い薔薇をリドルに手向けると、少女は小さく一つ咳をして踵を返した。 追い掛け様にも既に少女の姿無く、図書館には古書と青い薔薇を持ったリドルだけが独り残され、さて青い薔薇を如何しようかとリドルは連綿と思考する。よも や、青い薔薇を持ったまま図書館を出る訳にも行くまい。 「あぁ、そうか、今日は金曜日か。」 重い腰を上げ、普段は到底人など立ち入らない図書館の最奥、隠された様に静謐な空気に包まれる閲覧禁止の棚へと足を運べば、時を忘れた様に読書に没頭する の姿が在った。 蒼花の春
![]() 「おはよう、。今日は若しかしてずっと此処に居たの?」 剣呑な言葉で軽い挨拶を述べながら、リドルは先程無理矢理持たされた青い薔薇を背後に隠す様に置くと、の隣へは座らずに上から見下ろす様な体勢で語り かけた。 本の虫状態、正に没頭しているという言葉がピタリと当て嵌まる位に古書に視線を送っていたは、リドルの存在に気付いて尚視線を剥そうとはしなかった。 「まさか。今日は相変わらず私を捕まえようと切磋琢磨する魔法薬学教授の為に講義に出席しました。」 「へぇ、珍しくも偉いね。」 「そう?だって魔法薬学で"マグルの高級マスクメロンの味がする薬草を煎じて飲む"って言うから。」 羽の如き柔らかそうな漆黒の髪は風で靡くと柑橘の優しい香りを運んできて、リドルの鼻腔を擽れば、凄く優しく穏やかな気分に為れる。 多くの女性が我先にとリドルの眼に留まる為だけに様々な香水を付けてはぴったりと寄り添ってくるので、リドルにしてみれば、から自然に馨るシャンプー の香りは新鮮で安らぎを与えた。何時もと変わらぬの香りに、リドルは何時の間にか自然に頬が緩み、柔らかく笑んでいた。 「…………前言撤回、やっぱり君らしい。」 言いながら、リドルは先程少女から貰った青い薔薇の茎を、背後で器用に親指と中指で拉げ、音を立てぬ様にリドルの掌程度の長さに切り落とした。 最初から切花だったのだ、茎を短くしたとて問題ないだろう。それ以前に、真っ当に花を咲かせた薔薇ですらないのだ、リドルが茎を拉げ成長を妨げたとて、同 情するだけ意味を為さない虚無な時間に為るだろう。 「そう言えば、面白い物を貰ったんだ。」 「面白いもの?」 「そう、----------------------青い、薔薇。」 言葉の最後に、漸くが古書から視線を引き剥がしてリドルを顧みた。表情からは何かを言いたげだったが、その唇は固く紡がれていた侭其れ以上言葉を発す る事無く、リドルが見せるだろう青い薔薇に視線が向いている。 そんなに、リドルは魔術師の様に人差し指と中指で茎を挟み込んで差し出す。 ふわりと柔らかく薔薇独特の芳醇な香りが周囲に一瞬舞い、透通る様な深海に似た濃い紫みの青い薔薇が一輪、気高く花弁を一杯に広げて咲いていた。 「あげるよ、君に。」 他の女なら眼にハートを浮かべて顔の前で両手を組み合わせ、花咲く乙女の様な井手達で喜び勇んで掌を差し出す事だろう。だが、は困ったような表情をし て小さく頭振り必死に否定する様な拒絶をして見せた。 他の女から貰った花だから、は受け取るのを頑なに拒絶しているのだろうか。こんな事態に為る事が予測範囲内の出来事で在ったなら、自分で製造ったのだ と偽れば良かった。 胸の中で爆発しそうな感情に圧迫され、息が留まった。だが、リドルの憤慨感情を更に逆なでする様な、悲しげな笑みがから零れた。 「ねぇ、トム。青い薔薇の花言葉、知ってる?」 「勿論-----------、」 "不可能" そう言おうとして、息を短く吸った瞬間、リドルの言葉よりもの言葉のほうが聊か早く紡がれた。 ぽつりと呟くように紡がれた言葉は、静謐な空気によく溶け込み、本当に当たり前のように響いた。 ---------------------- 永久の愛。 駄目だよ、そんな想いを以ってして貴方に花を贈った人の思いが詰まったものを誰かにあげるなんて。 誰かの代わりに泣いているとでも云う様な、悲しいほど綺麗な笑顔で告げたを視界に入れれば、胸奥から凄まじい密度の衝撃が塊になって競り上がる。 呆気に取られた様に大きく瞳を見開いてしまうのも無理は無い。リドルはが案じた薔薇を差し出した少女の想いを蔑ろにしたから感慨深く胸内燻る感情に左 右されているのではない。 「貴方が追い掛けている"不可能の象徴"に差し上げ て」 僅か見上げるようにして、リドルがを見る。互いの視線が触れ合い、曖昧に浮かべられる微笑みに、永遠に変わらないかもしれないなにかをリドルは見た。 吹き込む筈の無い風に乱れる様に、漆黒の艶髪を鬱陶しそうに掻き上げた紅蓮の双眸には、明らかに詰責の色が浮かんでいる。 誰に、に?いや違う、自分自身に、だ。 「さて、スーパー絶倫キングリドルにもうひとつの花言葉。青い薔薇は"永久の夢"って云う意味もあります。」 「……だから何処で覚えてくるの、そんな言葉。」 「え?うーん…風の噂?其れよりトム、トムは如何思う?青い薔薇」 「馬鹿馬鹿しいね、自然に咲く筈の無いモノを追い求めるだけに飽き足らず、人の手で捏造したものを青い薔薇だなんて僕は認めない。青い薔薇を咲かせる事が 出来ないなら、花言葉の意味通り"不可能"でいいだろうに。」 「…でも、不可能だから人は可能を欲して追い求めるんだよね。初めから、【簡単に手に入るもの】なら、誰も興味なんて惹かれないし躍起にも為らない。あ---------、 だからトム・マールヴォロ・リドル様は幾数多の女の人が躍起になるのか、そうかそうか…」 非の打ち所が無いほどに綺麗に微笑む紫玉を見詰めながら、 リドルは再確認した。 の云うように、簡単に手に入らぬモノだからこそ希少価値は高くなり、比例するように興味も高まってゆく。興味が高まれば高まるだけ欲が出て、気付いた 時には後戻りが出来ない程に渇望している。 君が、欲しいと、心が渇望する。 認めてしまえば、きっとどれほど自分がを欲しているか何て容易く判ってしまうのだろう。 胸内燻るこの感情に名前を付け認知する事は簡単だ。だが、認めれば其処から全てが崩れ変貌してしまうだろう。 君が好きだと認めれば、君は僕を好きだと言ってくれるだろうか。今まで相手にしてきた女とは色々な意味で種類の異なる4つも歳が下の子どもに振られでもし たら、浮かぶのは後悔か、懺悔か。 「やっぱりこれは君にあげるよ、僕は不可能を可能にして見たくなったから」 さらりと音を立てて流れ落ちそうな絹髪を耳に掛けたに花を添えるよう、青い薔薇を髪束に差し込んで有無を言わさずに微笑んだ。 夜の帳の様な深く濃い黒にはとても似合うとは言えない蒼が其処に在って、思わず小さく噴出しそうになるが、突っ返してこないに少しばかり安堵する。 決めたよ、僕は。きっと君を手に入れる。 言葉には出さず、柔和に哀気な微笑みを形造りながら只管に心の中だけで告げる様は、酷く綺麗なものでしかなかった。 [ Back ] (C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/30 |