春が始まり、柔らかな風がホグワーツを包み込み始めれば、クィディッチ競技場丘で転寝するを探し出す事が天才的に巧くなった。
リドルはスリザリン寮監督生だけあって、一週間に最低三回は講義をサボるの様な不良生徒の真似は出来ない代わり、講義を終えたら真っ先にクィディッチ 競技場丘へと足を運ぶ。
勿論は惰眠を貪りながら小さな寝息を立ててのお昼寝真っ最中の為、が起きるまで其の日出されたレポートを書き上げながら、彼方の空に沈む太陽を ゆっくりと眺めているだけなのだが。



今日も変わる事無くは眠りに落ちているだろう。
思いながらなだらかな丘陵を登りきれば、隔てを失い流れ込む清涼な空気闇色の髪を梳かれ、深まりを見せ始めた橙の光りを浴びながら何やら模索している が居た。


「珍しいね、こんな晴れた日に君が起きているなんて。」


言葉を投げれば、はその答えを予想していたかのような風情で苦く微笑した。

「トムが来る様な気がしたから。………………なーんて、唯寝すぎてちょっと頭痛くて。風に当ってただけ。」

柔らかな黒髪を照らす、霞み掛かった蒼と色味を増した橙の空から降る陽の光は、若草色に染まった丘に沿って床に伸び、リドルが立つ位置までは届いていな い。双方橙に染まった視界からは、両者の面持ちなど幾らも窺えない。
虚をつかれた様に表情を呆気無く崩したリドルにとって、少しばかり奇妙な安堵感を齎した。



(翻弄される度、乱れる心、痺れる身体。貴方は気づいてる?)








正真紅の春








「あ、、麗しのスリザリン貴公子の愛梟。」
「何だろう、珍しいな、こんな時間に飛ぶなんて。」

橙に染まった空の彼方から、リドルの性格に酷似した人当たり良さそうな面構えの梟がゆっくりと両羽をはためかせながら、此方へと向って来る。
鋭い嘴に草臥れた焦香色の羊皮紙で出来た封筒を咥え、軌跡でも画いている様に真っ直ぐに主の元へと羽ばたく様に、はリドルと梟が確かに感応しているの だなぁと人事の様に思った。

低く旋回する様に一巡してリドルの肩に留まった梟は、小さく会釈をする様に頭を下方へと垂らしてリドルの掌に封筒を乗せた。
有難う、言葉の代わりに三度ほど喉を撫でて遣れば、梟は小さく低い声で咆哮して来た道を引き返して行った。

「差出人の無い手紙?……間違いじゃない……---------------っ!」

表を仰ぎ見ても裏を返してみても念を押してみても一向に現れない差出人の名に一抹の不信感を覚えたリドルが小さく呟き、だが中身を見ない事には何も始まら ないとばかり、上方を無理矢理指で引き千切ろうとしたリドルは僅か走った痛みに眉根を寄せた。
1/3程度アンバランスに切り取られた羊皮紙の端、リドルを見れば、彼の人差し指に一筋の線が走り、紅が走っている。
掠れた音と共に顰めた眉から、指を切った事が予測される。


---------------------カミソリレター?愛されてますね、トムさま。」
「何を如何解釈すればカミソリレターを贈りつけられる様な相手が愛されてるの。
紙で手を切っただけだよ。魔法で開封しておけば良かった。」
「……カミソリが毀れ出てくる前に証拠隠滅出来るから?」
「……思ったよりも深く切れて血が止まる傾向に無いからだよ。」


ほら、と差し出されたリドルの人差し指。
が想像していた以上に傷は鋭利で深く、切れた指先からは綿が水を吸い込む様にじわりじわりとと血が滲みだす。
針で刺した様な傷跡なら血は半楕円状に緩く形成され、暫くすれば固まるだろうが、鋭利な刃物で切った場合と同じ様に縦にスパッと切った状態であるため、血 が溢れ出し筋の様に指を伝う。

「…痛い?」
「痛くは無いけど、面倒だね。」

こんな事なら、一回寮に帰らずに其の侭来れば良かった。杖を置いて来たのは迂闊だったな。

そんな微々たる後悔の念を走らせながら、どうせ下は草原だ、思う存分鉄分取って成長してくれ、とばかり血飛沫を下方へと垂らそうか。
ちくちくと潜熱に似た痛みが走る事には別段耐えられそうだが、此の侭放って置けば確実に手首辺りまで流れ落ちてくるだろう。血が付いて乾いた服の後始末ほ ど面倒なものは無い。
さて、如何するか。朧気にを映せば、は傷口を見詰めた侭、視線を逸らす気もないように只管に何かを摸索している様子だった。

「トム、ちょっと失礼します?」
「え、何で疑問系?」

一瞬、ふわりと香り濃く柑橘の香りが踊った。
人一人分以上は間隔を空けていたが此方側に近付いたのだと悟った瞬間と、リドルが息を呑んだ瞬間は奇しくも同じタイミングだった。

(なっ…)

リドルの指を見詰めた侭何かを摸索し続けていたは、徐にリドルの手に自分の手を添えると、小さな紅い舌を僅かに出して零れ落ちるリドルの血を舐めあげ た。
次いで、の髪が降り掛かって来て、柔らかい口唇の感触に人差し指が包み込まれ、気付けば咥内でざらりとした舌に傷口を撫でられた。

---------------------っ!」

刹那、背を駆け抜けたぞくりとした甘い痺れに、リドルは咄嗟にの唇から指を引き抜いた。
不味い。如何し様も無く堪え切れない程に心臓が早鐘を打ち鳴らし、甘い感触残る指先が意識の矛先に向かい、艶めいた唇を舐めるの仕草でさえリドルの生 理的欲求を直球ストレートでぶち抜いた。

「ごめん、痛かった?」
「…い、いや、…大丈夫、有難う」

声調が僅かに乱れた事に内心で舌を打つ。こんなこと、在って良い訳が無い。
仮にもリドルはスリザリン貴公子と呼ばれ、上はホグワーツ卒業生から下は1年生まで、余る所無く女性の心を鷲掴みにしては優麗な笑みと共に快楽に溺れる振 りをしては、自分に溺れさせて居た位だ。
片や男を知るどころか初恋すらも未だ未経験の様な乳臭い4つも歳が下の子どもに、指を舐められた程度で官能を擽られるとは。男として、失格だろう。

「昔、お母さんがしてくれたなーと思って。」

感服だ。大方にこの行為の意味は有っても意図は無いのだろう。自覚が無いとは酷く恐ろしいものだ。
慌てて指を引き抜いたリドルに不思議そうな表情を零しながらも、礼を言ったリドルに言葉を零して微笑んだは、それを意に介した風もなく、続けざまに言 葉を紡いだ。

「もう大丈夫?」
「大丈夫、続きは寮に帰ってから空ける事にするよ。」
「今読まなくても平気?緊急事態とか?」
「緊急事態なら梟便じゃなくて直接ホグワーツに通達が来るよ。じゃあ、僕はもう行くね。
天文学の教授に呼ばれていたのを思い出したから。」
「今度は草で手を切らないようにね」


(切ったら君が、また消毒してくれるかい?)

言い掛けた言葉を慌てて喉奥に押し込め、リドルは踵を返しに背を向け歩き出した。
リドルが自分で頑なに信じていた理性と云うものが、案外脆いものだったことを、自覚する。何とか全身から理を掻き集めて、表情すら変わらないように抑え込 もうとしたが、無駄だった。
今現在、リドルの心を一番に占めるのは、歳が4つも下の女とは到底言い難い子ども。
スリザリンの貴公子と銘打たれ、寄る女の数は知れず、女を組み敷いた時でさえ優等生の仮面は被った侭動じたこと等一度も無い。
故に、今までの人生、こんなに焦った事はあっただろうかという程だ。いや、覚えている限りでは無い。だからこそ逃げる様に傍を離れたのだ。何も知らぬ自分 に好意さえ抱かない子ども相手に躍起になりそうな壊れた自分の未来が髣髴として。

だが、其れでも日増しに君を手に入れたいと願う望は心の中で渦を巻き欲は増すばかり。
あぁ、如何し様、来るもの拒まず去るもの追わず、なトム・マールヴォロ・リドルが唯独りの年端もいかぬ少女の為に悩むなど--------------------


「今はただ、君を想い続ける事にするよ」

リドルは薄く笑みを引いた。
冬が朽ちて次第に春の気配が息づき始める、そんな日の夕暮れのことだった。
































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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/28
title by CLAIR (翻弄される度、乱れる心、痺れる身体。貴方は気づいてる?)