ほら、花弁が空から降って来るみたいでしょ?
マグルの世界にもね、こんな綺麗なモノが咲くなんて、知らなかったでしょ。
春の宵、綿菓子みたいな花弁が空から絶えずに降り注ぐ中、君を抱き締めたいと切望した事は未だ心の中だけに仕舞っておこう。
桜燭の春

「 ねぇトム、今暇? 暇だよね、ちょっと付き合おうよ 」
時は宵闇、場所はスリザリン談話室、読書に没頭していた僕に声を掛けたのは珍しくもスリザリンの幼姫。珍しいこともあるものだ、が自分から僕に話し掛
けてくるだ何て珍事だ、明日は季節外れの大雪に為るかもしれない。
思いながら文献から紅蓮の双眸引き剥がせば、嬉々とした薄紫の瞳と克ち合い、良からぬ悪を企てている様な笑みに意味も無く引き笑いを起こしそうになる。
「 暇か聞いておきながら勝手に僕を暇人扱いしてまで、何処に付き合えば良いの。 」
小さく音を立てて閉じられた文献、どうせ寮から抜け出すのだろうと隣に置いた外套を手手繰れば、は無言で首を左右に振った。そうして劫火燈らぬ暖炉脇
まで来ると、フルーパウダーを一掴み。周囲に誰も居ない事を確認すると僕の袖を掴んで無理矢理暖炉の中に引っ張り込んだ。
「 何処、行くのって僕は聞いたんだけど。 」
「 教えない、教えたらリドルは獅子に追い掛けられた小鹿みたいに全速力で私の元から逃げ出してベットで布団に包まって出てこないから。 」
悪戯げな光を薄紫の瞳に宿らせて、は微苦笑する。大方実際に僕が逃げ腰で自室に駆け込む姿を想像したのだろう、莫迦莫迦しい。何処まで僕を莫迦にすれ
ば気が済むのか。行き先が地獄の果てだろうと、が行けと云うのなら喜んで道連れにした侭三途の川を渡る位の覚悟も度胸もある。
「 逃げないよ、だから教えて 」
色褪せた灰色の煉瓦に向かってフルーパウダーをぶちまける瞬間、が僕の腕を一際強く握る。まるで行き先を告げた瞬間に僕が逃げ出さない様にでもするか
の様に。
小さな子どもじゃないんだから、そう言い掛けた矢先、が放った言の葉に思わず腕を振り解いて暖炉の中から駆け出しそうになった。
「 ちょっと、マグルの世界まで、一時のランデブーと行きましょうか? スリザリンの貴公子様。 」
声が、近すぎる距離で聞こえた。僕は行かない、抗議の声をあげる暇さえ無い瞬く間に、ダイナマイトが爆発した様な薄墨色の空気が舞い、時空転換する独特の
感
覚に身体が引き裂かれていた。
強靭な魔力に抗うことも出来ず、取り敢えず目的地に着いたら一発雷を落してやろう、心に誓いながら開かれた視界の先で息を呑んだ。
---------------------- サクラ、だ。
眼前に雄大に広がるは、数を数える事すら億劫に為る位の何百本と並ぶ大木、降り積もった雪が溶けない侭木立に覆い被さっている様な純白に似た花の山。
近寄って観なければ薄紅色だと判らぬ柔らかな白の花が、地平線の轍の様に真っ直ぐに引かれた石畳の端に対を為して咲き誇り、其々の樹の上幹に備えられた情
趣ある橙灯が幽かに映し出し酷く幻想的な桜の暗路を形成していた。
「 ようこそ、私の郷里へ。 」
細い両手を一杯に広げ、冷気を若干含んだ夜風に深い夜色の髪を靡かせながら、降りしきる桜の花弁を抱き締めるように慇懃に一礼した。
言葉に、あぁ、橘家は純血一族ながらに東洋の島国を根城にしていたのだった、と思い出した。何を好き好んで穢れた血が犇き合うマグルの世界なんかに居を構
えるか、今更ながらに昔競り上がった疑問が脳裏を支配した。
「 此れを観るために、態々此処へ? 」
「 そう。 偶には綺麗なものでも見て心を浄化しないと。 リドルの心は日持ちしない卵みたいなんだから。 」
「 …腐って悪臭放つって言いたい? 」
「 そうそう、腐った卵は収拾付かないからね〜リドルの心も腐ると収拾付かなそうだから。 」
通い慣れた道か、歩き慣れた道か、初めて歩く道か。
の後を負い掛ける様に数歩離れた後ろを黙として歩く僕には趣など一切無視した言葉を吐きながら、独り花明かりの中を歩いていく。
宵闇にやんわりと浮かぶその優麗な後ろ姿に視線を馳せれば、の漆黒の髪が時折桜に撒かれて美しく闇に馴染んでいた。
春風に乗って華奢が滲む肩に気配も無く花弁が落ちていき、気を逸らせば闇に溶け込んでしまいそうなローブの波間に頼りなく浮かび、舞い上げられる様に漂
う。
灯源の橙を受け、薄紫の双眸が揺らめきを映し、映画のワンシーンの様に桜の花弁がひらりと舞った。春風を受け微かにざわめく大気、花の枝が囁くように鳴
り、仄かに彩なす欠片を剥離させる。
眼前に舞い散る桜を一片掴み、まるで赤子でも抱いている様に柔らかく包み込むと、慈しむ様に口付けを落した。
「 散らない桜は、誰も愛でない。 また来年も美しく咲き誇れ、 」
宵闇に艶を孕んで映える白い微笑、眼差しを絡め取られたことを認識した時には、もう手遅れだった。
儚く消え逝く桜の花弁の様な希薄さを兼ね備えたに酔い痴れる。気付けば腕を引き寄せ、細い腰を抱き寄せたい衝動に駆られた。
「 …凄く、綺麗だ。 」
はらはらと音無く散り逝く夜桜に酔い痴れ、春宵の嵐に吹き攫われた無数の花弁に抱かれたに唯、感嘆の言葉を漏らす。綺麗なものを目の前にした時に出て
くる言葉なぞ、酷く在り来りで単純な言葉。
其れ以上も其れ以下も無い、唯自然と出てきた言葉に、がゆっくりと振り返る。
「 でしょ? マグルの世界も悪くないな、って思わない? 」
脈略無く連ねられた問い、僕は桜よりも君のほうが綺麗だって言ったんだ、呟き掛けた言葉は抑揚と趣に掛けた言葉に消し去られた。
「 最初は唯の紙屑みたいな花だなーって思ったんだけどね、今となっては大好物。 」
まるで食べ物の好き嫌いを話す様に笑いながら語るの言葉は、僕を呆れさせるには充分に余りあった。
「 桜を目の前に言う科白じゃないよ、 」
「 私に情緒を求めちゃ駄目でしょ、花よりだんごな女なんだから。 」
「 じゃあ、お弁当でも持って来れば良かったかな 」
「 あ゛---------------------! 」
「 なに、持って来る予定ですっかり忘れて談話室に置きっぱなしとか? 」
在り来りな未来を脳裏に描き、しっとりと水気を含んだ髪に目を留め、紅きその双眸をすっと細める。
だが、
「 魔法史の再提出論文、今日中だったのを今思い出した… 」
「 ………一気に現実に引き戻してくれる言葉を有難う。 」
しょうがない、絶世の桜に出逢わせてくれた君に感謝の意を表して、魔法史の論文を手伝ってあげようか。
偶にはマグルの世界も悪くは無いな。仄明かりに揺らぐ夜桜の路を歩きながら、僕は先行く細い影を追う。
来年も君とこの桜を見ることを、心に留めながら。
[ Back ]
(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/4/1