こう云うのが青春だって、僕は思うんだけどね。






青い春








襟足の短い髪の毛の様に伸びた冬梢の草木が、運ばれて来たから風に吹かれてクィディッチ 競技場丘に揺らめいた。
季節はもうじき春を迎え様としている。数日前までは着実に、冬の木枯らしに叩き付ける様な雪飛礫が舞っている空模様だったが、最近は春一番でも吹いたかの 様 に心地良い陽だまりが続き、膝上まで積もっていた雪は太陽の熱に溶かされ見る影も無い。

こう云う日こそ、講義を自粛するにはもってこい、急な体調不良だと云う事にして今日は一日緩やかな時間の流れの中で過そうか。テストも終了し、さし詰まっ た課題も抱えていない。何と絶妙なタイミング、開き掛けた妖精学研究室の扉から手を離し、逆方向に歩き出す。春麗、久しぶりにボイコットでもしようか。
一抹の考えが脳裏を過ぎった瞬間、クィディッチ競技場丘に寝転ぶ見知った秀麗な顔を見付け、リドルは自然と柔らかく笑んだ。

「 うーん、気持ち良いなぁ---------- っ! 」

リドルが見詰めた視線の先に、スリザリン寮2年の東洋の魔女と謳われている家の嫡子、其の名をと云う少女が居た。
太陽の熱を身体中に受け、聊かキツイ陽射しに薄紫の瞳を眇めたは、既に土を背にして日向ぼっこをする様にローブを着た侭クィディッチ競技場丘に寝転が る。
今日は外套さえも要らぬ程に気温が上昇している事もあってか、はローブの前を肌蹴た状態で透通る様な空を仰いでいた。周囲に誰も居ない事を範疇として の行動だろうか、風に靡くローブの隙間から、短めのスカートが酷く扇情的に煽られていた。

「 パンツ見えるよ、。 」
「 いいよ、運悪く見えた人が具合悪く為るだけだから。 」

声を掛ければ、此方を見る事も無い侭に空だけを仰いでは笑いながら言った。掛けられた声だけで、傍らに立つのがリドルだと判ったのだろう。リドルと紫 苑の対面は、何も此れが初めての事ではなかった。
柔らかく吹付ける春の香り乗せた風に遊ばれる髪を其の侭に、は唯蒼いだけの空を仰ぎ、そうして、

「 サボりですか、スリザリン寮監督生。 」
「 なに、その他人行儀な呼び名は。 」
「 自分は6年生だから敬意を払えって言っていたのは貴方じゃない、スリザリン寮監督生。 」
「 …君の言い方は敬意じゃなくて、僕を代名詞で呼んでいるだけだと思うけど? 」
「 じゃあ、サボりですか、麗しのスリザリン寮監督生、トム・マールヴォロ・リドル様。 」

如何だ、と言わんばかりの文句の付け様も無い端麗な笑顔を見せられ、リドルは嘆息に似た息を胸の中で吐いた。
トム・マールヴォロ・リドル。現在スリザリン寮6年生且つスリザリン寮監督生。教師は愚か、生徒に絶大なる信頼と情愛を寄せられる彼は、寮を分け隔てるこ と無く女子生徒からの絶対的な寵愛を受けていた。
勿論本人も好意は好意として受け取らんと、紅蓮の瞳を柔らかに細め、所属寮による特別扱いなど微塵も感じさせないポーカーフェイスでホグワーツを闊歩して いた。

だが、そんなリドルにも唯一、"特別"が有った。
今も聞こえる、本当に楽しそうに笑う幼い声、少々風変わりで何時も突飛な発言でリドルを困惑の淵に叩き込む、スリザリンの幼姫。

「 …其れって何だか安っぽい醜聞の批評みたいだよ。 」
「 んー、じゃあ、スーパーフェミニストキングリドル? 此れなら強そうじゃない? 」
「 ………………もう良い、リドルでもトムでも好きに呼んでよ。 」

此れでは何時まで経っても安っぽい代名詞から逃れられまい、妥協策は早めに打っておいた方が得策だ。特に、妙な字を付けられ、公衆の面前で呼ばれる其の前 に。

左手を絹糸の様な漆黒の髪間に差し入れ、風に舞い上げられて億劫に落ちて来る其れをかき上げる。秀麗な動作に、息を呑む女性は殊更多い。だからこそ、リド ルは女子に愛の言葉を紡がれ、恍惚とした眼差しで見詰められることに当然のように、慣らされてしまっていくことが多すぎた。毎日毎時間、良くも懲りずに這 い蹲 れるものだ、と驚嘆していれば、全く異なる人種のに出会い、純粋に興味を惹かれた。


「 今日は小春日和だね。 を見習って、僕もサボろうかな。 」
「 ご冗談を。 私を見付ける前からサボる気満々だった癖に。 」
「 まさか、スリザリン寮監督生である、この、僕が? 」
「 だって妖精学の教室に入り掛けて空を見上げて踵返した瞬間を、私は見たもの。 」

くつくつと笑っている最中も、はリドルを見ようとはしなかった。敢えて視線を違わせている訳ではない。が見詰める空の先、早過ぎる春の到来に感極 まって歓喜の歌を歌う真綿雪に似た色の鳥が居た。

「 見てたなら、声掛けてくれれば良かったのに。 」
「 掛けて無くても此処に来たんだから一緒じゃない? 」

クィディッチ競技場丘、此処はの気に入りのサボり場所だった。今日の様な晴天仰ぎ見られる澄んだ空が見える日は、決まって此処で空を見上げていた。一 年程前に其れをリドルが見付け、棚引く緑と銀のタイに眉根を寄せると、寮の減点対象にも為る行為に注意しようと声を掛けた。そうして返っ て来た言葉に脱力する。

------------------- トム・マールヴォロ・リドル? あぁ、あの"きゃ〜トムさまぁ〜"のヒト?

そう言って一頻り勝手に笑うと、傍にリドルが立っていてもまるで梢の影の存在であるかの様に、瞳を閉じ天津さえ微かな寝息を立てて眠って仕舞った。
其の時は怒りと屈辱の他には何も感じられなかったが、数日後にホグワーツ校内で擦違った時にはそんな感情は泡の様に消えていた。唯、リドルに興味を持とう としない4つも下の幼い子どもに、リドルが興味を持ったのだ。


---------------- あ。 」
「 …何素っ頓狂な声出してるの? 折角の可愛い顔が台無しだよ? 」
「 …スリザリン7年生とグリフィンドール1年生の逢引を発見してしまいました。 しかもスリザリン生はクィディッチのシーカーと来たもんだ。 」
「 え…、彼ってスリザリンに恋人居た筈なんだけど…、 」


が身体を起こして見詰めた先。 クィディッチ競技場丘正面には、決して立ち入っては為らぬとされている禁じられた森がある。 クィディッチ競技場丘の僅かな傾斜、深遠の森に囲まれた数十メートルの距離の先、周囲を憚る様にして抱き合う二つの影を認めた。
数メートルはあろうかと云う木々は外界から完全に彼らを隔離する様に視界の殆どを遮って、覆うように枝を伸ばしていた。揺らぎ、戯れる葉のさざめき、鳥の 僅かな囀り、其れ以外に残る音はない。確かに蜜月の逢瀬にはぴったりだろうが、生憎此処からだと丸見えに近い。

「 は-------------っ、青春だねぇ……… 」
「 何かオヤジクサイよ、。 」
「 いやでも、あれは正しく青春でしょうっ!! いいなぁ、春だな、青春だなぁ… 」

有名恋愛映画を見終わってエンドロールに浸り切る様な感慨深い声色で、青春謳歌爛漫中のカップルを見ては、何処ぞのオヤジの様にはしゃぐに緩い息を落 とした。
未だ12歳、青春だなぁ…等と口から零れ、憧れと寂寥を抱く様な年齢でも無かろうに。寧ろ、リドルよりもの方が青春駆け出し、此れから幾らでも青春は 謳歌出来よう に。

「 謳歌したいの? 青春。 」

独り言のように囁いて、すっと瞼を伏せる。 未だ交わる事の無い視線は何時になったら交わるだろうか、思いながら、リドルもを習って伸び始めた草を背に轢いた。

「 したいねぇ…春の到来前の未だ青臭い春を謳歌したいね。 」
「 …青臭い春って何さ… 」
「 桜の花が舞い散る様な青春じゃなくて、春なのに冬枯れの空気が漂うみたいな生温い青春をしたいって事だよ。 」
「 …言ってる意味が良く判らないんだけど、は今青春してないって言ってる? 」
--------------------- ホグワーツ卒業するときに、【青春】で思い出すのが今なら、青春なんだろうなぁ。 」

瞬き、見開かせた瞳を緩められたのも一瞬。次には、目の前の光景が瞬間的に飛ぶ。戦ぐ風に夜色の絹の様な髪を攫われ、投げ出した太腿の上を行き来するス カートの裾、それらを構う事無く濡れ落ちた様な薄紫の瞳がゆっくりと閉じられていくのが見えた。

あの日と同じ光景が広がる。何処までも透き通る様な蒼いあおい空の下、太陽に愛された様に陽だまりの中で転寝するを視界に入れて、自然と笑みが毀れ た。


「 幾ら暖かいと云っても、未だ春が来てないって事を自覚して欲しいな。 風邪でも引いたら如何するつもり。 」


春の到来告げる柔かな暖かい偏西風が運んで来た若草舞う中、リドルは自分の身体に羽織った外套を徐に引き下げ翻すと、白い柔肌の上に掛け置いた。リドルの 呼び掛けにも応じず、浅い呼吸を繰り返して束の間の睡眠を貪るの頬を掌で撫ぜても、拒否反応どころか身動ぎすらしなかった。
こんな短時間で本当に寝てしまっただろうか。まさか自分と喋るのが苦痛に為っての逃げの一手、寝た振りでは無かろうか。一抹の不安過ぎるリドルは若草に掌 を付き、太陽を仰ぐ様にして瞼を閉じたの小さな顔を覗き込む様に見詰め、太陽光を隔絶する。

「 起きないと、襲うよ? 」

引き寄せる唇柔らかい耳朶直ぐ上、陥れる様に低く透る声で囁いた。過去の経験上、一瞬で瞼抉じ開け、リドルを強姦魔呼ばわりした挙句に頬を一発二発張る位 の事はするだろう。避け様の無い咄嗟の事態も考慮に入れつつ、力を入れれば折れてしまいそうな華奢な首に一つの口付けを。
其れでもは瞼一つ震えさせずに。

「 僕がアプローチしたにも関わらず無視だなんて、此れは僕に対する侮辱と捉うるべきかな。 」

首筋から唇を無理やり引き剥がしたリドルは、春風に棚引くスリザリンの紋章刻印されたローブを見遣り、相も変わらず安らかな睡眠貪るさまに苦笑して懐から 講義で開かれる筈だった妖精学の文献を取り出した。明日教授に提出する反省文と銘打ったレポートの糸口程度を掴む為。

「 あーぁ、気持ち良さそうだね。 」

花の馨りでも混じっているのではないかと錯覚する程色付いた風が、瞼上に落ちる前髪を攫い掛けては引き戻すよう、軌跡を描く様に流れていく。折角だから、暫く転寝をさせてあげようか。こんな無防備な姿曝した侭のを、此処に放置する訳には行かない。この少女は自分で気が付いていないだけで、 賛美に値する程整った容姿と婀娜花に似た身体を持っている。其処等の輩に穢されて堪るか。


水平線は橙に爛れ始め、東の空は一瞬にして鮮やかな薔薇色に染まった。
本日の講義終了の鐘の音が鳴り響くまで起きる事の無かったの傍には、飽く事無く黙した侭読書に勤しむリドルの姿が在った。眠たげな薄紫の瞳を抉じ開け たは目覚めて尚隣に居たリドルに愕いたようで、

「 何してたの、トム。 」
「 君が寝ている間? そうだな…---------------青春、かな。 」
「 え、何それ、何独りで面白そうなこと遣ってるの!? 」

そう言い募っては先程のデジャブの様、オヤジクサイ台詞を吐きながら羨望に暮れた。
「ちょっと如何云う青春を経験したの、教えなさい、トム・マールヴォロ・リドル!」そう劈く様に叫ぶに、柔かな紅蓮の麗眸、微苦笑浮かべ、

こう云うのが青春だって、僕は思うんだけどね。

言い出しかけた言葉は澄み切った青い春の空に消えた。




























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(C) 2002-6 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2006/3/18