幾許の漆黒に彩られただけの夜を過ぎ、蘇る事の無い君を想っては全てを否定しながら百に も似た遠き夜を越え、全てを棄て去りたいと自暴自棄に陥る位千にも似た夜が過ぎる其の最中。
記憶から抹消しようとも、其れでも誰に知らせる由無く心の中では朝も昼も夜も絶ゆる事無く戀い願っていた。
忘れようにも、忘れ難き、其の姿を。その声を。其の微笑みを、其の温もりを。
唯一無二だからこそ、全ては尊いのだとあの日初めて痛感した。
今まで己はどれ程の人間の命を殺ぎ、其の人間を愛しく思う人間が同じ様な痛嘆にくれただろうか。
思い出すだけでも悍ましく、今更思うことが烏滸がましい。

【喪われた命】は決して購えないのだと、昔確かに教えられた筈が・・・其の言葉の真意を、判ろうともせずに。
全て鋭利な刃物として心に突き刺さって、知る。本当に大切なものは喪って初めて、其の大切さと価値に気付くのだ、と。


望まなくとも暗い夜は明け、朝が遣って来る。
其れと同じ様、次に確かに世界が開けたのは、の声を、姿を、温もりを感じた時に。
現実から眼を背け罪から逃げ続けるのか、此れから先共に過した思い出さえも忘れてしまうのか、そう言わんばかりの言葉を間接的に投げられた気がして、けれ ど知ったところで其の償い方さ え思い浮かばない侭。
に再び出逢え、そして想いを知ったこと。其れは果たして希望に繋がるのか、更なる絶望に繋がるか。


視界と共に感情が、意識が明瞭になっていくのを感じた。真っ黒に塗りつぶされていた世界が、少しずつ薄闇になっていき。そうして陽の光を初めて感じ取っ た。
あの時は唯切に名を、忘れずにいなければ、と必死で思った。
そして今、呼ぶ事の叶った愛しい者の名を呼ぶ事に一瞬の躊躇い無く、心にも記憶にも深く深く刻み込んだ想いを。





再び出逢える事だけを切に祈って燈を消した君に、君を忘れてしまった僕は...如何償えば赦して貰えるだろうか。







scar episode 7





「 ねぇ、リドル。 私ずっと探して居たんだよ、ずっと、ずっと… 」





数時間前、あの奇妙な出来事が起こる前の己が屋敷の中で繰広げられた会話の再現の様な言葉が、突然上から降って来た。
見渡した世界に何一つとして変わった点などは無く、屋敷内に存在し得ない点で変わった点といえば、夢現の世界で観たが其の当時の侭にこの場所に存在し ているということ。
の傍で彼女の身体を押さえ付ける様に退けている死喰い人達は、ヴォルデモートが数時間この屋敷から消えていた事等有り得ないと口を揃えて言うだろう。
現に、この状況下で死喰い人は誰一人としてヴォルデモートに疑問 すら投げてこない。
実際過去に飛んだあの数時間は記憶と意識だけが瞬間的に飛び、実際は刹那以下の僅かな時間にも満たないものだったのだろうか。
それとも、本当はを想うリドルの心が生み出した幻映像だとでも。
いずれにしても、一つだけ云える事がある。
記憶を辿る前とは確実に違うこと、其れは眼の前で古の名を呼ぶ少女が嘗てのと相違無いと云う事であり、もう一度出逢えるとそう言い残した其の言葉の真 意。


忘れないでね、リドル。
忘れたらもう二度と…出逢えなく為っちゃうから。





「 …、もしかして、本当に... 」

「 リドル…やっと、やっと逢えた… 」





呼び掛けた声を切っ掛けに、の表情が嬉々としたものに変わった。
そうして其の瞬間に確かに思い知る。
呼ばれる銘こそが、リドルはの物だということ、想い出に囚われて現実を変えてしまう位に想っていたのだと知らしめている。
弦楽器の様な透明な声。
その声で呼ばれれば、確かに甘く響く。愛しむ様に名を呼ぶ声に篭められた想いが。





、如何して君が此処に、この世界に… 」

「 リドルにあげたあのオルゴール、あれがあればもう一度出逢える。
 あの日、リドルがホグワーツを去ったあの日消えることが判っていた私は魂だけ50年後のこの世界に。
 ヴォルデモート…貴方が復活したその時に傍に入れるように…
 もう一度出逢えるから、だから忘れないでね、って。 」

「 若しかして、僕が君の最後を看取った時の事を君は憶えているの? 」

「 最初から最後まで、私は貴方をリドルって呼んだよね。
 本当は眼の前に居るのはヴォルデモート卿だって知ってた…でも如何してもあの場では呼べなかった。
 私がヴォルデモート卿と出逢うのは、今この時だもの。 」





小さな子どもが両親と逸れて泣きそうな表情を顔に貼り付けて俯いて。
ようやっと両親との再会が果たされ喜びの感情を、感情と呼べるのかすらも認知しない内に全面に押し出して微笑む様に、が微笑った。
昔見慣れた其の微笑み、もう二度と手に入れる事は叶わないのだと思い知らされた愛しい者の存在、告げる事すら出来なかった想いを悔やんでは吐き出す事さえ 出来ない侭に。
だからこそ、再会が叶った其の暁には真っ先にこの想いを君に。
叶う事は無いと思っていた再会、望んでも果たされないと諦めていた出逢い、届かず欲したその温もり。
伸ばせば直ぐに届く距離にあって、手を伸ばし掛け、一瞬たじろぐ。


褐色を含んだ夜色の空、何処までも黒に溶け込む様なの漆黒の髪が幾条にも溶けて霞むさまを、リドルは声も出せずに見とれた。
あの頃と何一つとして変わらない、存在。
それだと云うに、嘗てTom Marvoro Riddleとして生きた人間はその面影残す事無く闇の支配者ヴォルデモート卿へ。





「 …リド…ル? 」





声も発せず物思いに耽った様に口を噤んだリドルを不思議に思ったか、が屈み込むように表情を伺って問うて来た。
自分はまだリドルと呼ぶことを赦されて居るだろうか。勝手に50年後の未来に蘇った事を怒ってはいないだろうか。
逢いたい、ともう一度同じ世界に生まれ生きたいと切に願ったのは自分だけだっただろうか。
闇の帝王ヴォルデモート卿と恐れ慄かれている存在に対し、軽率な口を利いて良いものか如何なのか。
ヴォルデモートと為ったリドルにしてみれば、今の自分の存在は唯邪魔ななだけに終るのでは無いだろうか。
それならばいっそ、再会等 -----------


瞬間、ふわりと風が舞う様に空気が替わった気配がした。
ヴォルデモートがその身に纏う空気、鋭く怜悧なものである事は間違い無いが、確実に昨日までの彼とは何処と無く冷たさの種類が異なる様に感じられる。
そうして、暗黙の内に其れ等を瞬時で悟ったのはヴォルデモートでもなければでもなく、長年主と仰ぎ続けてきた死喰い人たちだった。
尋常ではない空気を悟った彼等は、一人また独りと煙の様に広間から姿を消して行き、仕舞いには広間にはとヴォルデモートの二人だけが残される。





、もう一度…出逢う事が叶うなら如何しても君に伝えたいことがあるんだ。 」





何度も夢に見た瞬間は、意外な程に呆気無い方法で終わりを告げた。
考えても考えても満足な言葉一つ見付からず、声にも言葉にもする事なく、只管に想っていた事を思い出し。
あの頃告げられなかった想いを、唯言葉で、音で表現すれば良いだけのこと。其れだけなのに、次の言葉が、出ない。
それは何時の事だったのか。ホグワーツに居た頃既に、他者を気にかけることなど無縁でしかなかった。
何者も寄せつけず、誰に触れられることも厭わしく、其の名を呼ばれる事を至極嫌い。
愛想笑いなら、幾らでも出来た。上辺だけの言葉なら、別れを告げる言葉も愛を告げる言葉も区別する事無く言えただろう。
最初は、どんなに振り払っても懲りずに何度でも心を手繰り寄せる様に伸ばしてきた。
幼く華奢な手は一瞬の間宙を彷徨い、何事もなかったかのようにまた此方へと伸びて、やがて諦念にも似た思いで触れることを許し、そして。

気付けば傍らに置き、伸ばされたその手を己の方から掴んだ。其の時の想いを唯、告げれば良いだけだというに。





「 逢いたかった。 …、唯君にもう一度… 」





拒まれる事を恐れるばかりで、浮かんできた戯言に似た偽物の言葉、そんなもの、告げるよりも ----------





触れた温もりは、あの日の侭変わる事は無かった。
腕に抱締めた愛しい人の温もりは冷める事無く、躍動する己の心の音と同じ音が肌伝いに木霊して、確かに【生きて】居る事を教えた。
指先は解かれることなく繋がれたまま、柔らかい髪の香りが鼻先を擽り、閉ざされ続けた世界がゆっくりと音を立てて開かれた気になる。
キツク抱き寄せて、もう二度と離しはしない、そう告げて遣れない言葉の代わりとばかりに何時までも其の温もりを欲した。
この温もりを知ってしまえば、もう二度と手離すことは出来ない。何を犠牲にしても、護り抜く。
あの日誓って叶わずして敗れた願いは今になって漸く日の目を。
きっとこんな気持ちを抱くのはこれが最初で、最後だろう。もう二度とこんな風に溺れる事はない。
だから、最初で最後 ------------- 愛しい者を傍に置くのも悪くはないだろう?





「 ねぇ、リドル。 お互いの、罪滅ぼしが出来るかな? 此れから、長い年月が掛かるかもしれないけど… 」





はリドルの心に傷跡を残し、リドルはの心に傷を残した。
傷は誰かが作り、そして其れを癒すのは傷を付けた本人で無ければ意味が無い。
はあの日、リドルがあの場所に戻ってくる事を知っていて、敢えてあの場所に居た。
ヒトの記憶に自身を深く鋭く鮮明に刻み込みたいのならば、一番良いのは起きた事を全て否定し現実を直視出来ない程の痛みを与えること。
忘れたように見えても所詮其れは見せ掛けだけで、脳裏に過ることさえ無い記憶は、心の奥深い所で誰にも知られること無く其れでも確かに根付き息づいて。
そう云う記憶の方がより鮮明で、何時か思い出した際の反動は計り知れない程大きく痛烈で。
忘れる事が一瞬の出来事ならば、思い出すのもまた一瞬の出来事。





、僕はもうリドルじゃ… 」

「 関係ないよ、全然関係ない。 私が求めたのは貴方である事に変わりは無いんだから…
 そうじゃなければ、出逢える事はもう二度と無かったから。 」

「 この先、僕がどれだけ多くの人の命を殺ごうとも、其れでも ----------





君は微笑って居てくれるだろうか。


そう問いたくて、けれども答を聞く事が恐ろしくて。
如何伝えよう、如何話そう。其ればかりが螺旋の様にぐるぐると脳内を徘徊しては満足な答え一つ見出せないまま。
君を護るとそう決めたあの日から、変わったものは何だろう。
己を指し示す銘と姿と、声と…それから。
根本的には何一つとして変わっていない、少なくともと共に在る時だけは嘗てのTom Marvoro Riddleとして。





「 だって、【約束】したんだよ? 二人だけの約束。
 次ぎに出逢えた其の時は、ずっと共に在ろうね、って。 」





君はまだ、憶えてくれているだろうか。
忘れようと努力を講じてみても、何の効果も得られない呪縛に長年蝕まれ、気付けば君の姿を何時も探していた。
ねぇ、君は未だ忘れないでいてくれている?
あの日、二人だけで交わした約束を。
散り逝く命をこの腕に抱締めて、愛しい人間独り護ることの出来ない愚かな自分。
君を手放すこと、覚悟はあった筈なのにいざとなれば、恐れが先立った。
だからこそ、あの日君の元へと引き返し、そして愚かだった事を痛烈に実感した。
喪われた全てを、取り戻したいと願う心があったから、此処までやってこれた、それだけは確かな事実。
そうして其の中には、の言葉が、二人だけの約束が確かに在った。


共に、在ろう。


冷たくなったに告げた言葉、君は其れを何処で聞いていたのだろうか。
いや、今更そんな事は議論する余地も時間も無い。唯一つだけ云えること、其れは





「 …、僕と、未来を…共に。 」




人を殺める其の寸前、思う事がある。
此れが自分の愛した者だったならば、自分は如何して居ただろうか。そう、例えばだったなら、リドルは如何しただろうか。
喪って気付く其の大切さ。喪ったからこそ悔やむ事が有って、愛おしい人間がこの世界にまだ生きているのならば、持てる限りの力を尽くして、全てを叶えてや ろう。決してこの腕から離さない。
血臭と殺戮だけを繰り返してきた愚かな存在に護られる等、望む事も無いだろう、けれど、其れでも仮に望まれたとしたならば…
有り得ない可能性に、自嘲の笑みしか湧き出ては来なかった。
全ては藻屑と消え失せ、リドルはヴォルデモートのまま君臨する筈だった。つい、昨日までは、確かに。




--------------- 他の誰でもない、…君を愛して居るからこそ、共にこの地獄の中微かな希望を。




喪われた全てを取り戻せば、其処に残るのは一握りの希望と確かな愛情と、闇に塗れた地獄だけ。
其れでも言わずには居られなかった、この気持ちはエゴに為るだろうか。
がもう二度と傍を離れる事は無いと知りながら、手離すことをしないと判っていながら、決して自分が手離すことが出来ない事を判っていながら、そんな浅 ましい考えを、抱かずにはいられない。
あの時のよう、離れてしまうのを恐れる、この気持ちは醜く、愚かしかった。





「 大丈夫、私はリドルの傍に居るよ、此れからもずっとずっと ------------




抱締めた腕に更なる力が籠められる。
もう二度と手離すことは無いだろう、拒まれても手離すこと等出来やしない、如何なる手段を講じても、傍に。





半月はもう随分と傾いていた。


始まりを告げたばかりの夜は未だ深く、琥珀の月が幻のように色薄まれば、漆黒に閉ざされた夜が明ける。
払暁を越え、網膜を灼く陽が昇り、終わりの刻が来るのだ。ヴォルデモートに恐れを為す人間は皆、朝が来るのを心待ちにしているという。
何が、終わるのか。態のいい逃避だ、どうせまた夜は望まずとも遣ってくる。


望まなくとも、明日は遣ってくる、例え愛しい人が傍に居なくても。


何度も何度も確かめるように其の温もりを欲して指を絡め、手を繋いで。
誰にもした事のない態度、此れから先も一人にしかしないであろう。素直にそう思えることが何故か愚かであり、また嬉しかった。
多分、昔廃屋で見た写真にこう云う暖かさを、知らずに過してきたくせに欲して居たんだろう。
そうして見つけた、掛け替えの無い愛しい人間、唯一無二の存在。
ずっと欲しかった。

唯ただ、欲しかった。




「 ずっと傍に居るよ。 もう二度と、君を離したりはしない。 」






其の日を境に、から貰ったオルゴールは音を奏でなくなった。
自身がの変わりだとでも云うように、昨日までは確かに音を紡いでは毀れる兆候等何一つとして見付からなかった、それなのに。
見た目は変わらない、毀れた箇所さえ判らない、原因が何かも定かではない。
魔法を掛けても小さな箱からはもう二度と透明で転がる様な旋律は聞えて来る事は無い。
役目を終えたとばかり、静かな眠りに付いたオルゴールは螺子が巻かれる事無くサイドテーブルの上に鎮座している。
知る人だけが知る、ヴォルデモートの部屋から洩れ聞えていたオルゴールの音色は何時の日からか、透明な弦楽器に似た少女の声に変わり。
そうしてそれは、絶ゆる事無い日常茶飯事の出来事と為った。


それから先、ヴォルデモート卿と彼が愛した少女の詳細を知る者は居ない。
愚かにも語ろうとする輩が居ないからだけなのか、本当に誰も知らないのかは定かではない。
しかし、一つ云えるのは、をヴォルデモートを繋いだオルゴールは今も音を紡がぬ侭静かな眠りについているということだけ。






サヨナラさえ上手に伝えられなかったのは、また逢える様な気がしたから? 其れとも...
今日も何処かで出逢い、解り合えた者達 別れゆく物語 繰り返されます...















■  後書  ■

リドル&ヴォルデモート連載夢【scar】を読んで下さった皆様、ありがとうございました。
ちょっとした思い付きから始まったこの連載…4話の短期連載とか言いながら気付けば既に7話。
本当はもう一話位続きそうな勢いだったんですが、無理矢理纏めてしまいました(汗)
今回の連載のテーマはズバリ【オルゴール】と【scar】だった訳ですが、このタイトルの【scar】は時折出てきた(そして最後にも出てきた)歌詞で判 るように浜崎あゆみさんの曲です。
私がこの曲を聴いたのはもう大分前に為るんですが、この切なさが忘れられず…今回のリドル夢のタイトルに使いたい!と思った瞬間から、夢の内容にも少し混 入させてしまいました(笑)

先ず、ヒロインなんですが…一応一回死んでます。
どうやって蘇ったかは思いっきりの割愛で申し訳ないんですが、リドルが日記に記憶を封印したのと同じ様に、ヒロインはオルゴールに魂を籠めたとでも思って 頂ければ…。
より詳しい背景や状況等を書いていったらやはり10話は確実に超えますね…(汗)
そう考えたら短編連載よりも長期連載の方が良いのでしょうか…色々と勉強させられました。

今回の連載夢、本格的リドル夢への序章(というか小手調べ?)なので、こんな贋物リドルでも愉しんで頂けた方は次回もチラリと覗いて遣って下さいませ。

2004/06/20〜2004/07/19





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