Basic interval 中編
夢だと思いたかった。
否、寧ろ今までが夢オチに支配されていた様な人生を送ってきた
にとって、今回の一件も其の可能性が低いわけではない。
実際問題、昨日本当に酷く紳士的なルシウスに肩を抱かれながら家路に着いたのかさえも曖昧なまま。
唯疲れていた為に、多少の記憶の相違や妄想が脳内で模られ抑え切れずに実写版としての幻影になったのならば話は判る。
如何言う訳か曖昧すぎる記憶の果てで、深い眠りから覚醒しようとしていた
は、其の眠りから完全に目覚める前に驚愕を超えた驚を伴った家族の叫び声とも言える声によって覚醒する。
叩き起こされると言うよりは既に、張り飛ばされると言った表現の方が正しい様な気さえ起きる。
虚ろに空を彷徨わせて居た
の瞳と脳を完全に覚醒させたのは、冷や汗を掻き死神にでも遭遇した様な形相の両親が発した”マルフォイ家のご子息がお迎えに…!”との
言葉であった。
無論、其の言葉の刹那に
がベットから飛び上がったのは説明する程でもないだろう。
取り敢えず寝起きのままで出る訳にも行かず、すぐ様身なりを整えて駆け出すように家の門を通り抜けたのは起こされてから既に15分程度経過した頃合。
家族からは”マルフォイ家のご子息をお待たせして…云々”と散々言われ、言われなくても充分に其の身に弁えてると思いながらも、
は門外に一人立つルシウスに何と弁明すれば良いのかすらも頭を抱える程。
夢現であったとは言え、本当にルシウスが自分を迎えに来てくれるのかすらも疑問で有った為に寝坊した等とは口が裂けても言えない、言えるはずが無い。
「 済まない、如何やら私が早く来すぎたようだ 」
「 い、いえ、私が悪いんです!寒い中待たせてしまって済みませんでした…!! 」
「 …大して寒くも無いがな 」
己が謝るべき所であるに、事もあろうにルシウスは慌てて駆け寄ってきた
の姿を確認し傍に近づいた際にそう告げていた。
申し訳無さそうな表情を浮かべる訳ではないが、ルシウスの口から紡がれたその言葉は酷く優美に耳に入る。
其の言葉に負けじと謝った
ではあるが、昨夜とは違った服装のルシウスに見とれてしまい上手く言葉が出てこない。
が真っ先に瞳に入れたのは、魔法省で見かけた姿とはかなり異なった印象で燦然と輝く太陽の陽を浴びたルシウスの姿。
さらりと流れる銀糸は太陽の光を余すところ無く包み込む様に透けている。
うっとりと見惚れてしまう様なその光景に心を奪われつつ紡いだ言葉が、ルシウスの脳裏に止まったらしく僅かな苦笑と共に反意語のように返された。
はたと気付けば、もう季節は秋だと言うに秋だと言う事を感じさせない程に今日の気候は暖かであった。
「 すみません…!夏が戻って来た様な気候だと言うのに… 」
「 …
。
昨夜の約束をもう忘れたのか? 」
「 あっ… 」
一瞬で思い出す、昨夜交わした会話内容。
”敬語は必要無い。仮にも恋人として行って貰うのだからな”
あの甘美なる音域で紡がれた単語を繋ぎ合せただけであろう言葉を、脳が思い出した瞬間に全身が火を被った様に熱くなる。
初めて恋と言うものを経験した幼いあの感情を髣髴とさせるようなそんな胸の高鳴りが走り抜けるのを悟った。
それでも、これは決して恋ではなく…寧ろ、恋等と言う単語を己がこのお方に対して吐いては為らぬ言葉であると身に楔の様に突き刺さりさえする。
場違い等誰よりも己が判り切っている
の気など察する事も無いように、ルシウスは昨夜と同じ様に
の肩を柔らかく抱き、促す様に己が乗って来たであろう馬車に乗せる。
中世西欧を思い起こさせるそれは酷く高級なものであり、乗り込む事を躊躇う気さえ沸き起こるがそれはこれから起こる出来事に比べたら序の口だと
は後々知る事と為る。
「 済まないが時間が無い。
私も支度を終え迎えに来る故、この者に付いて行きなさい。 」
馬車が着いた先は、疎い
ですらも耳にする事が有る有名高級装飾店。
噂に寄れば、各界の著名有名人や高貴な魔法使い、貴族等が御用達とする高級衣類専門店でもありマルフォイ家のローブは全て此処から買求められているとさえ
聞く。
馬車から降りて真っ先に瞳に飛び込んできたのは、ホグワーツも真っ青顔負け状態の西欧仕立て風の大理石の城。
装飾店というより最早大貴族所有の城と云う雰囲気を髣髴とさせる其処から、馬車が着いたと同時に数名の従業員が出迎える。
城も城なら、従業員も従業員で清潔感有れど決して高級感を損なってはいないその仕草と表情に、貴族御用達の意図と配慮が伺えた。
エスコートする様に
を馬車から降ろしたルシウスは、眼前に立ち並び規則正しく一礼をする上品気な従業員達に言葉を吐く。
「 二時間で迎えに来る故、最高の淑女に相応しい衣装に。 」
その言葉に、従業員達は声を揃えて”かしこまりました”と一礼した後に述べた。
背に柔らかく手を添えたルシウスが、
をエスコートするように従業員の元に促してその様を崩さぬ侭に先程乗ってきた馬車に乗って来た道を戻って行く。
ルシウスを乗せた馬車を見送った
は大変な場所に一人置いて行かれた…と心で叫びたい気持ちを殺しながら城と向き直る。
如何見ても上流階級の貴族に見えない自分に、従業員達の反応は如何変るのだろうかと少しばかり期待しているもそれはすぐ様に破られる事と成る。
が向き直ったと同時に、ルシウスにした其れと同じ様に深い礼をした従業員は、先程と何等変り無い態度で
に接する。
何時かテレビのブラウン管で垣間見た紅い絨毯の上をよもや自分が歩く事に成ろうとは思っても見なかった
は、眼下に広がる絨毯の上に汚れているであろう靴を乗せる事を躊躇う。
其ればかりか、招かれる様に中に入った
の視界に飛び込んで来たのは外観を遥かに上回る内装。
ざっと見渡しただけでも上流階級の貴族の家並の作りであるだけで無く、様々に装飾された店内は何処に何を用いているのかが理解不能だが確実に形成するその
一つ一つが高級品であることだけは間違い無い。
唯置かれただけの花瓶も良く見てみれば、凡人の
でも名を記憶に留める程の有名彫刻家の作品。
圧巻と言うよりも拍子抜けと言うほうが正しい。
この様な場所、金輪際立ち入る事等生きているうちには無いだろう。
「 レディには原色系よりも淡色が似合いますね。 」
「 でしたら此方の淡水色のドレスは如何でしょう? 」
「 あらまぁ、此方のロングドレスもお似合いになりますわ。 」
先程から延々繰り返されるドレスの着せ替え人形と成った
に掛けられる賛美の言葉。
それが本心からなのか、得意先であるマルフォイ家子息の連れの機嫌を損ねない為の世辞かは察するまでも無い。
己の服装に等一切興味関心の無い
にとって、この場で願うべき事は唯一つ。
とても歳相応には見えぬこの外見を補い且つ、マルフォイ家子息の同伴の名を傷つけぬ存在にまで手が掛かる様に。
可愛らしくでは無く、美しく。
出来るならば歳相応に見える様にして貰いたいと言うのが
の願い。
其れを暗黙の内に察しているのか、
が彼是と注文を付ける暇すらなく、身形の綺麗な従業員達が
を何処等の貴族令嬢に仕立て上げて行く。
実際、全身を映し出しても未だ遥かに余る程の大鏡の前に立った際に視界に入った己は、自分が見てきた19年間の中で一番綺麗で一番歳相応に写る。
プロの手に掛かれば自分もこの様に変身する事が出来るのだと妙に納得させられる。
そんな矢先、流れる様に過ぎた時間はルシウスとの約束の時間となり、その旨を従業員が告げる。
翻るドレスローブの裾のタグを丁寧に鋏で切り取った従業員は、そのまま
をエスコートしてルシウスの元へと届けようとする。
その際に
が見たのは、己の給料の何倍以上もの値段が明記されたタグ。
此れがレンタルなのか売値なのかすら皆目検討が付かないが手が届かないことだけは確か。
「 あ、あの…このドレスの支払い… 」
「 其れ等は全て事前にマルフォイ様から頂いております。
さぁ、レディ。マルフォイ様がお待ちですよ。 」
如何して従業員は、ルシウスが私を今日此処に連れて来ることを知っていたのだろうか。
ふと脳裏を過った小さな愚問を問う前に、大広間の玄関へと降り立った
の眼前には数名の供の者を連れたルシウスが居た。
否、正しくはルシウスらしき人が、である。
二時間程前に別れたばかりであると言うに、再びあわられた今この時、ルシウスは酷く美麗で。
”あのマルフォイ家の子息”と言う噂以上の信憑性が有ると頷く程に容姿端麗なその姿は、より一層際立ったものへと変っていて見惚れている従業員に混じって
もその心と頬を朱に染め上げた。
隣に立つ事ですら躊躇ってしまうこの状況下を察したのか否か、ルシウスは唯立ち尽くすだけの
の腰に柔らかく腕を回して連れ立って歩く。
遠くに聞こえる”いってらっしゃいませ”と云う言葉に、夢現から漸く現実に舞い戻った
。
今度は眼と鼻の先に有るその美麗な顔を直視する事が出来ず居て、一度その蒼青の瞳と克ち合えば頬は見る見る朱に染め上げられる。
「 如何した、私の顔に何か付いているか? 」
「 いやあの…相変わらず綺麗だなぁ…って 」
「 綺麗?私が、か?お前は相変わらず可笑しな事を言う。 」
柔らかく笑んだ様に哂ったルシウスの表情が、心に焼き付いた。
時を止めた時計の様に硬直したままに思えたその瞬間に、
の心は助けてくれと言わんばかりの悲鳴を上げる事と成る。
蒼青の瞳が唯真っ直ぐに
の黒曜石の瞳を見据え、世間の女性が聞いたら卒倒モノの科白をさらりと厭味なく吐いた。
− お前の方が私よりも遥かに綺麗だ −
甘く官能的な低い旋律が耳を掠めた時には、この強靭な心臓でさえ一気にその鼓動を止めてしまうかとすら思う程。
次第に高鳴るばかりの鼓動を抑える術すらも会得していない稚拙なその心は、唯時が過ぎ行きてその早い律動を消してくれる様にと祈るばかり。
けれども、馬車内に立ち込める芳しくも気高く高貴なルシウスの薫りが更なる拍車を掛けて
を襲った。
もうこれ以上自然治癒を待っていられないとアラユル別な事を脳裏に侍らせるも、それらは全て大した効力も発しないまま浮かんでは消えてゆく。
「 誠、百面相を見ているようだ。 」
「 いえ、好きで百面相をしている訳では… 」
「 すまない、其れは失礼な発言をした。
、二・三質問をしても? 」
「 いや、あの…えっと、何でしょうか? 」
謝られるのは
ではなく寧ろ百面相等をしてルシウスを困らせた己が謝るべきだとそう感じるも、ルシウスが促した次の科白との関連性を見出せなくて如何
も上手く詞を吐けない。
仕方無しにそのまま思ったことを口に出せば、小さな子供が言葉をどもらせた様にしか聞き取れずに更なる恥の上塗りになる。
如何してこうも自分は稚拙で幼稚なのかと呆れたくなるも、それら反省会は全てが終って部屋に帰った際にでも行えばいいとそう言い聞かせた。
もしも此れが長い夢−或いは一夜限りの夢物語であるなら、それは其れで構うことは無くこの一瞬を楽しみながらルシウスとの時間を過ごそうと思い起こす。
「 初めは何故にあのダームストラング校の教師になったか理由でも聞こうと思ったが…止めた。
聊か
に興味を持ったのでな。君の事が知りたい。 」
「 私の事…?如何しましょう、笑い話なら幾らでも 」
「 どの様な内容でも私は構わない。 」
それからの時間、高級な内装の馬車の中、微かに笑むルシウスと天真爛漫に話を紡ぐ
だけの時間が流れた。
現実世界から綺麗に切り落された別世界に身を置くかの様に、楽しい一時はゆったりと流れる。
が話す内容は別段ルシウスの興味を引くものばかりでは無いけれど、淑女の名に恥じぬその外見に変身を遂げた
はそれでも内面に蔓延る天真爛漫な無邪気さを全面に押し出して。
ルシウスの周りには事欠くその存在に初めて興味を惹かれた様に、唯暗黙と
の話を聞くルシウスも時折その表情を崩して見せた。
永遠に続いてもいいかと思える程の楽しい時間は、無常にも馬車が歩みを止めた時点でお開きとなる。
然して長くも無い道程をのんびりと走っていた馬車が止まった先は、同じ様に数台もの馬車がその身を置いている。
使いの者が馬車の扉を静かに開けたと同時に差し込んでくるのは太陽の日差しではなく、ライトアップされて闇夜にやんわりと浮かび上がる大豪邸。
先程歩いた物と同じ深紅の絨毯が馬車の手前まで引かれているのが見え、周囲にはルシウスや
と同じ様に正装をした男女が続々と扉の奥へと姿を消して行くのが見える。
聞いたことは有るが一度も行った事は無い舞踏会。
話にだけは聞いていた其れが、正に眼前でこれから行われるのだと
は初めて知る。
「 では、行こう。 」
ルシウスが柔らかく
の細い腰を抱く。
本日数えて三度目を迎えてもやはり成れないこの感覚に叫びたい心境を何とか堪え、
はゆっくりと心の中で深い深呼吸をする。
如何考えても場違いなこの場所に、道場破りの覚悟で乗り込まなくては成らない、と。
促される様に深紅の絨毯に一歩踏み出せばもう、後戻りは出来なかった。
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