レプリカエデン




#06:破壊者の為に生まれ出でた、嘆きの花嫁







「さて、昌浩。そろそろ月が翳る。朝焼けを迎える前に、聞きたい事が在るなら聞くが?」



言われ、格子から安倍家を覆う空を見上げる。
空は、灰色の雲が黴の様に幾重にも連なって覆い、透明な空気に沈殿しているかのようにゆっくりと重厚に垂れ込めていた。
夜叉が顕現していた時とは裏腹、泥の様に濁った雲が東側から絶えず風に揺られ表面を波打たせながら、這いずる様に此方へと向ってくる。

「昌浩、先程の疑問は良いのか?」


明日は雨に降られるだろうか、星見が出来ないと有っては、敏次殿に申し訳が立たない…等と思案しながら空を見上げる昌浩を、平坦な声が呼んだ。


「あぁそうだった、えぇと…」


昌浩はその声の主、勾陳の言葉に漸く思い出したように空から視線を引き剥がし、湯飲みを片手で掴んだ麗容な神に眼を向けた。
蝋燭の僅かな灯かりが燈る晴明の部屋。無彩にも等しい光景の中、胡坐をかいて両の掌で粗茶を嗜む神の、その仕草に伴って揺れる漆黒糸の束が鮮やかに目を惹いた。
揺ら揺らと蝋燭の焔が戦ぐ様に流れる髪に彰子と同じ幻影を重ねながらを見据え、何かを決意するように表情を固くして、昌浩は口を開く。



「勾陳から、が昔【人間】だったって聞いたんだけど…其れ以上は教えて貰えなくて。あ、あのね、今関係ないことだから別に聞くまでも無い事なんだけど、そのなんていうか…―――――」



単純に理由無く気になっただけなんだけど、と軽口も言えない後ろめたさから、伏し目がちになりながら語尾は消えた。
案の定、青龍の鋭い双眸が何よりも先に眇められるが、大方予想の付いている昌浩は青龍を振り返ることなく僅かに苦笑した。今日一日だけで何度も似たような経験をしている、此れで学習能力が付かないと為れば相当救い様の無い者に為る。
自分とて、如何に場違いな発言ばかりを繰返しているのかは、自負しているつもりだ。や青龍に、呆れたように苦笑される事も覚悟の上。
だが、が六合や風音と共に話をしている合間に聞いた、勾陳からの衝撃の事実。神である筈のが人間だったなどと有り得て良いものなのだろうか、若しかしたら特別な事情が…と、気になってしまったのだから致し方ない。
は話してくれるだろうかと、昌浩の双眸が細まり、視線が畳に落ちる。

数瞬して、艶のある心地好い低い声が届き、昌浩は視線を上げた。



「此れから話すことは、【神の理】だ。良いか昌浩、私の口から其れを聞くと云う事は如何云う事か心得ているか?」


心得ては居ない。だが、判る、のは本能だ。
身体に余す事無く流れる安倍晴明が継ぐ天狐の血が、直接精神に教えてくれているのかもしれなかった。
神の理、其れを一介の人間が聞くと云う事は、其の内容を生涯死して尚他者に漏らしては為らない、という暗黙の契約だ。契約を破れば其れ相応の罰が降掛かってくるのは必然。
だから「が昔人間だった」と云った勾陳は、其れ以上の多くを語ってはくれなかったのだろう。
今から自分は、神に、誓約する。眼奥に、揺るがない決意を灯して昌浩は真直ぐに金眸を見詰めて首肯した。


僅かな沈黙を以って、話せば長くなるんだがな、と静かな口調で口火が切られる。
詞を噤んだ昌浩の鼓膜から、一瞬にして、の言葉以外の余計な音が遠のいた。
衝撃的な叙事詩から、物語は始まる。
遥か遠い昔から生き続けている神の伝承、語部など不必要、其れは親から子へと受継がれる語り。
天竜を守護する神たちの掌から譲り受けてきたガラクタは、何故か、の口唇から語られると別のものへと変貌を遂げてしまう。


は細く細く息を吸い、昌浩は真っ直ぐに見据える。





――――――――― 天界に住まう神、そして其の一族の半分は嘗て「ヒト」だった。



深く深く瞑目して、息をする事を忘れたように、昌浩の咽喉奥が微動した。
格子型の嵌め込み障子から差し込んだ穏やかな月光からは傾いた月明かりが長閑に差し込んでいて、月を背中にしたは薄い翳になって、どんな表情を浮かべているのか伺う事も出来ない。
滔々と零れ落ちる月光、降りた空白の合間を縫って、の昔語りが始まった。





「天界に座する【神】と呼ばれる血を継ぐ者は、基本的には子を成す事は無い。先程も言ったとおり、天界に住まう神の約半分はヒトと呼ばれるものだ。此処で三つの疑問が生まれる。
一つは、何故【神】は子を成さないのか。
一つは、何故子を成すことの無い神に、子が存在(あ)るのか。
一つは、何故天界に住まう神の約半分は、ヒトなのか。
先ずは順番に説明しよう、昌浩。

我等【神】と呼ばれる種族が、子を成さない、と云うのは半分合っていて半分は間違っている。
人間界の理と同じでな、天界に於いても、神が同族で交わる事は禁忌とされている。人で云えば近親相姦に近いな。禁忌を犯した者は魂諸共現世から来世に渡って消滅させられる。
だが神もヒトと同じで、より濃くより正当な血を持つ者に【神】の名を継がせたいと、そう願っている。
我等阿修羅一族とて其れは同じ、より濃密な阿修羅の血…つまりは、守護する天竜の血を次ぎの王へと受継がせなければ為らない。だが、同族配偶が禁忌とされている故に、他の種族との間に子を成さねばならない。
だが、他の種族と交われば血は薄れ、他の種族の血も引き継ぐ子が生まれれば、正当な阿修羅の血は穢れ廃れる。
神は其々己が守護する天竜の血が濃ければ濃いほど、其の力を十二分に発揮する事が出来る。
だから天竜八部衆の血を継ぎ王と為る者に、他種族の血が混ざった実例は無い。
そして――― 霊力と同じで、女神より男神の方が、より濃く血を継げると、語り継がれている。
まぁ、語り継がれているだけで実際はその者の力量の問題なのだがな。」



表彩の一切を削ぎ落とした怜悧な面立ちで、その太陽のような黄金の瞳に昌浩の顔だけを映しこんで、昌浩のためだけには語る。
七十年前の晴明を髣髴とさせる真直ぐな眼差し、其れを凌駕する程の力を兼ね備えた子どもはあと何年経てば晴明を超え、平安の世の希望と為るだろうか。昌浩は間違いなく晴明を上回るだけの力を使いこなし、歴史に名を馳せる人物になるだろう。
視線の先、未来を想像すれば、の口の端が愉しげにつり上がった。



「二つ目と三つ目。此れは異なっているようで、実は同じ意だ。
そして…神に如何して私のような後継者が存在するのか、此れが昌浩、お前が疑問に思った事への回答だ。
他種族との交わりを拒絶し、己の守護する天竜の血をより濃く残したいと願う傲慢な神々どもは、考えた。人も神も生きる世界が隔絶してなど居なかった、もう、太古の昔の話だ。

子が成せぬならば、子を攫ってくれば良い、そうして血を継がせる、此れが結論だ。
現在王として統治する神が、次の世代へと王位を継がせる事を考え始めると、人界へ降りてヒトの赤子を攫う。
赤子が生きていようが生きて居まいが関係ない、重要なのは性別と入れ物だ。男であり、庶民であればあるほど神に好まれる。
神に好かれたヒトの赤子は、すぐさま魂と血を殺がれ、神から其の魂と血を分け与えられる。
こうして、"器"はヒトの子と同じだが、"中身"は、万の単位をヒトの一年と同じように生き抜く、正統な天竜の血だけを継いだ神の子が生まれる。
私を含めた、天竜八部衆のうち5人は嘗てはヒトだ。
我等は濃く天竜の血を残すためにヒトを媒体として生まれ、そうして天界の力の均一をはかる為に、神々同士で子を成す事は無い。」



「―――――為らば、他の二人の媒体は?」


研ぎ澄まされた刃物のように、どこまでも澄んだ清流のように、薄く閉じた蒼い双眸が鋭く眇められる。
誰しもが具に感じた疑問がよもや青龍の口から紡がれるとは、昌浩でさえも思って居なかった。
驚いたように視線を青龍に投げるが、青龍は真直ぐにを見据えている為に、視線は交錯すらしない。有り難いことだ、と口が裂けても言えない感想を胸に抱いた昌浩は慌てて脳内から思考を消し、室内に静かに響く玲瓏な声に意識を再集中させた。




「生理的に「ヒト」を媒介として子を成す事に嫌悪感を抱く種族が居る。夜叉王率いる夜叉族と天帝だ。
天界には「ヒト」を媒介としない彼らの為に、ヒトでも無ければ神でも神属でも妖でもない、血と魂すら存在しないNameless(花嫁)と呼ばれる種族が存在する。
彼らは文字通り、神との子を成すためだけに生まれ、神の子を産み育てるためだけに存在する種族だ。
「花嫁」と称されるが、欲するのが男ならば男にでも女にでも為る事が出来、ヒトを使わずに唯一正統に血を継がせる事の出来る種族。
彼等に【意思】は存在しない。人格や感情は有り、見た目は我等神ともヒトとも似通っている。唯、【意思】だけが欠落している故、彼等に「神と子を成す」ことへの拒否権は存在しない。
そして子を産んだら最後――――生きている者は多くない。夜叉を産み落とした【花嫁】である者は、夜叉の手によって消滅させられた。
夜叉とは………そう云う男だ」



は過去の何かを思い出したように沈鬱な表情で、最後に「最低な男だ」とそう零した。
に投げた三つの質問のうち、既に三つの回答が為された。口籠もったが再び唇を開く気配が感じられず、視線を泳がせる様に格子を見れば、雲泥は糸が切れたような唐突さで闇に呑まれる。
燃え尽き欠けた薪を補充するように幾度目かの薪を足許に置き、昌浩は手持ち無沙汰を紛らわす為にも右手を伸ばして新たな薪をその指先で抓んだ。


瞬間。



(……………………、?)



強烈な違和感が、不意に背筋に走った。薪を掴んだ瞬間に走ったのだから、この薪に何か問題があるのだろうか。
思いながら昌浩は、焔の雫に注がれていた双眸をゆるりと指先の方へ仰向けた。
何の変哲も無い、唯の薪。長さ30センチ、大人の腕二本分程度の太さしかない、薪。強いて云うなら、昨日じい様に無理矢理斧を持たされ裁断したばかりの真新しい薪。
やっぱりもう二日ほど乾かしてから使った方が良かったのだろうか、と安穏と考えながら焔にくべれば、ジ…と、墜星の残響がかそけく響いて。
焔の中で乾いた音をたてて薪が弾け、全く問題など無く新しい焔を燃え滾らせる。
なんだろう、薪じゃ無いなら、一体…と正常なはずのこの空気に強烈な違和感を再び感じた。
なんだろう、今までとは、数秒前までとは違う、明らかな異常は何処にも無い筈だのに本能が違和感として異常を伝える。
一体なんだろう、と三度考えたとき、紅唇が咽喉を微かに震わせ綴った。




「悪いな、晴明。如何やら厄介者がもう一人増えそうだ」
「…………御子の、お友達に御座いますか?」

穏やかに微笑む晴明につられる様に、角を歪ませるような、笑み。

「友達…か、そう言ったらアイツは喜ぶのか」



語る口調に滲む笑みが微かに苦く、深く色合いを変えた。
丁度其の時だ。が現れた時とも違う、夜叉が現れた時とも違う、異質の空気が安倍家を包み込む。
無音に近い室内に響く空気の軋む音が、遠くから聞こえ徐々に近付いてくる。はた、と気付けば今度は障子の近くから。
一体なんだ、今度こそ本当に妖か、と懐の札に手を伸ばしかけるも、晴明は飄々とした表情を崩さないまま茶を啜る。
と言うことは、また何処かの神でも降りてくるのか、「カミサマ降臨デー」なのか今日は、と溜息を吐き掛ければ。最後に総ての翳を反射する磨かれた床を渡る、硬質な音が鼓膜を劈く。
ずさっと砂ずれの様な異音が響き、物凄い速度で何かが昌浩の髪の横を滑り降り、幽かに馨ったパルファンに疑問符を乗せた瞬間。


「………………っ!!」


息飲む小さな音と、ガツン、と柱に何かがぶつかる音がする。
一体何が如何した、と昌浩が音する方向へ視線を上げる頃には、昌浩の眼の前で悠然と胡坐を組んでいた筈のが、背丈の小さな子どもに押し倒され小さな頭を強かに柱へと打ちつけていた。




「お帰り、おかえり、。俺心配したんだぞ、お前が目覚めるのをずっと待ってたんだぞ!」



やや短めの亜麻色の髪を揺らし、と似たような井出達の薄碧色の服を身に纏った身形の小柄で童顔な子どもが、の首に両腕を絡めてぎゃあぎゃあと喚きながら口唇を尖らせている。
が盛大に柱に後ろ頭を打ちつけていることなどお構いなし、半ば馬乗りになる形で抱きつき離れようとしない。
空からいきなり降って沸いて出た…10歳程度の少年に昌浩は文字通り言葉を失う。
序でに、柱に頭を打ちつけたままのの状態が大丈夫か、と云う自体もすっかりと忘却し、開き掛けた口が塞がらない。
一体此れはなんだ、と昌浩が考えるより先に、昌浩の身体脇をす、と逞しい腕が通り過ぎる。
其の腕は容赦無くの首を掴んでいた少年の服を掴み上げ、から引き剥がすように持ち上げると、問答無用で横に打ち棄てる。


台所で見付けた虫を地面に棄てる様な仕草を、若しかしたら神かもしれない人物に対して行う座り肝に、昌浩の心臓は確かに鼓動を打つ。


「……ってぇ、オイコラ何すんだよ!!」


畳に身体を打ち付ける前に音も立てずに身を翻し、埃など付いている訳も無いだろうに掌で服を払った少年は、自分を掴みあげ棄てた存在――――青龍を真直ぐに睨みあげ吼えた。
真っ向問い詰める瞳は鋭利とは言い難い、子どものそれ。ビー球の様な大ぶりの瞳は着衣と同じ薄碧色で、睨むことよりも無邪気に笑っているほうが何倍も似合うだろう。
毛を逆立てる獣のように、警戒しながらもう一声吼えようと口を開くも、先に硬質な言い聞かせるような声の響きがかぶさる。



「お前はを殺す気か。」
「ァんだって…?」


見てみろ、と顎をしゃくれば、打ちつけた後ろ頭に痛みを覚えたのか軽く左手で撫ぜながら上体を起こすが視界の端に映る。絹か何かで出来ているような見事な漆黒の髪が無残にも散らされていた。
お前の所為だろう、と決定打を投げつければ、少年はわずかに目を見開く。
そうして慌ててに駆け寄ろうとした少年は、眼の前のが発した一言に、其の挙動を静止した。
「いや、良いんだ、宵藍」
台詞を聞いて、少年の視線はから、宵藍、と呼ばれた男へと引き戻される。視線が再び鋭いものへと変化して、少年は頬に血が上っていくのを感じた。知っている、覚えている、此れは【怒り】だ。
あの時と同じ、伴うように閃いたのはの最期の情景だった。



「…………お前が、宵藍か」
「勝手に呼ぶな、殺されたいか」


重ねて問えば、青龍は本当に射殺しそうな双眸で少年を睨み上げる。
ぐっ、と堪えるように奥歯を噛み締めた少年は、低い怒りの感情に身を任せ低く低く言葉を返す。


「お前が…――――――――っ、」



タンッ、と軽快に少年が畳を蹴り、怒りを孕んだ碧の双眸が太陽の黒点に似た温度で真直ぐに青龍を見据えている。
一体何が起きるんだ、と慌てて少年を視線で追った昌浩は、少年の手に鈍く銀色に光る物体が在る事に気が付いた。小ぶり包丁の様な切っ先が酷く鋭利に研がれている刀のようなものを青龍に向け、少年が青龍に切り掛かる。
慌てて懐に手を差し入れたところで既に遅い。
青龍は少年の刃を受け入れるつもりなのか身動き一つせず、武器を出そうともしない。
薄闇の中で光を発する刀に目を吸い寄せられつつも、如何しよう如何すれば、と昌浩は狼狽した。だが、




「――――――止せ、朔(さく)。宵藍を傷つけることは、私が赦さない。」



あと、数センチ。
の淡々とした声色に全身がそそけ立つほどの恐怖が走ったのだろうか、ビクリと少年が竦み、微動だにしない青龍の眉目間際で其れは静止した。
すく、と軽い所作で立ち上がり、は先程とは程遠い不機嫌そうな表情。額に散った暗い髪をかきあげながら、青龍の前に立つ朔と呼ばれた少年に近づいてくる。
一歩、また一歩とが近付く度に少年の細い肩がビクリと揺れるがお構いなし、ゆっくりとは少年との距離を縮める。
少年は背後に死んだように冷えた気配を感じ、つと碧の双眸を上向ければ、無言では少年の頬にしっとりと貼りつく亜麻色の髪を指先で掬う。
落とされる両眼の金色は深く、少年にはそこに某かの感情を定めることは出来なかった。だが、殺されるかもしれない、と生まれて初めて目の前の神に対して恐怖を覚えたのは確かだ。



「赦してやってくれ、宵藍。この子も悪気が有った訳じゃない」
「――――――別に構わない。其れより今度は何処の男だ?」



青龍が真顔で問えば、驚いたようなの表情の後で、眼の前の少年の既に熱を失って白く血の気の無い頬が赤く染まる。
羞恥ではない、怒りの所為で紅く孕んだのだ、と知ったのはぷるぷると小さく震える掌を握り緊め、抉るような怒りに双眸に焔を走らせた様を見てから。
其れを抑える事無く、少年は青龍の肩から垂れ下がる布を引っ掴むと、怒号宜しく再び吼えた。




「誰が男だ、俺は正真正銘の女だ!!名前は朔、良いか、二度と男と間違えでもしたら今度こそお前を―――――」

「…朔、其の言葉遣いと格好じゃ、誰しもがお前を男だと思うだろうよ。」



くつくつと笑いゆっくりと手を伸ばして、亜麻色の髪に触れる。
愛しむ様に撫ぜながら、「言葉遣いは兎も角、せめて髪、伸ばせば良いのにな」とが告げれば、目を覗き込むように、近づく距離。指先が額に触れる。触れて、静かに、離れた。
が困っている、と昌浩が勘付いたのは其の時だ。表情を見れば解る、今までの人生、こんなに困った事はあったかという程。嘗て紅蓮と同じよう、子どもを慰める言葉も方法を知るわけがない、本当はかなり不器用なのだと直感で悟った。




「要らない、アイツが俺を見ないなら、そんなもの要らない」


流石にと顔をあわせて言えるような言葉じゃない。
そう言い切る少年の言葉こそが、半分本当で、半分が嘘だ。髪を伸ばし女の格好をしても尚、彼に拒絶されたら生きている意味を無くしてしまう。役目も果たさず生きている意を無くしてしまったら、あとは如何すれば良い?誰もそんな事は教えてくれなかった。きっとそう、此れからも。
そう思ってか、肩に置いていた手を回して、の首筋しがみついて、その表情を隠し切る。
襟足にかかった髪が揺れ、今にも泣き出しそうな声色が漏れてくる。
昌浩は深く呆れた。一体何だというのだ、突然現れたかと思えばを柱へ激突させるわ青龍に刀を向けるわ、男じゃないと叫んだ挙句にに抱きつき涙堪えたまま離れない。
晴明の部屋に居る全ての存在共通の疑問に答えるよう、角度を変えれば冷たくも見える繊細な陶磁の面が、ちらりと口元を綻ばせて色を変える。



「こいつの名前は朔。あぁ、丁度さっき話していただろ、朔は夜叉王の【花嫁】だ。


―――――ところで朔、お前何をしに態々晴明の家になんて降りてきたんだ?」



なるべく声は柔らかく、きついと自覚ある視線は緩ませて、は問う。
すると、翡翠に蕩けた双眸が水分を多く含んだ薄い膜を張り、緩やかに髪を撫でるの指に頭が擦り付けられる。
月闇に碧の残像を作り出した少年…もとい、朔は首に回していた腕を解き、炭酸の抜けた曹達水に似た仄かに甘い吐息を吐いて、吼え足りない小さな口唇が限界にまで開かれると色気の欠片もない大きな溜息を、ひとつ漏らす。
次いで吐き出された台詞に、絶句した。




「なぁ、俺今度は三番目なのか?」


媚を知らぬ純粋な眼差しが真直ぐにへ向けられる。
息の掛かる距離、此れが女で無ければ青龍の両断が間違いなく小柄な子どもの身体に刻み込まれていた事だろう。くわばらくわばら、と勾陳は背に垂れる確かな汗に心の中で呟いた。
艶とは程遠いが列記とした「女」の言葉を吐いた朔は、目も頬も耳も、鼻まで真っ赤にして、しゃくりあげながら、もう一度に告げる。



「夜叉(アイツ)が………人間の女を連れてきたんだ。」

子どもは堰を切ったように、一気に胸の内を明かしてきた。怒鳴っているのか、涙ぐんでいるのか、どちらでもないのか。唯、感情入り乱れた声で、胸のうちを吐瀉する。


と同じ、真っ黒い髪をした凄い可愛い女の人だった、…なぁ、俺は今度は、三番目なのか!?」





予想外の言葉だった。朔の口からその話題が出てくるとは思っていなかった面々は呆気に取られ、未だ涙に頬を濡らす子どもを食い入るように見据えた。涙に濡れる声、朔が恐る恐る瞳を開ければ、やはりすぐ隣に金色の瞳はあった。
誰しもが脳裏に描いた事実は一つ、だが皆一様に口を糸と針で縫合したように噤んで、何も問おうとはしない。察するに、今この子どもに対して何かを問うたとして、以外の他者からの質問は全て排除されてしまうような気がしたからだ。
だから興味の無い振りをしながら、聴覚だけは最大限に研ぎ澄まし、二人を見入る。


「お前は三番目でも二番目でも一番目でもない。朔は朔だ」

の言葉に、はっとしたように朔はあどけない顔を見せてくる。繕わない子ども本来の表情は、こんなにも幼い。
が着流した群青の外套の端をぎゅっと掴む小さな両手に手を添え、もう片方の指先で、あっという間に頬を伝う水滴を拭う。
険しくされたの表情、けれど瞳が哀しげでさえあったので、何かを告げようとしていた筈の声は言葉をなくす。



「夜叉が連れてきた子は名を【彰子】と云う。彰子は夜叉の【花嫁】じゃない、其処に居る昌浩の【花嫁】だ」

の言葉に一斉に全ての視線が昌浩に注がれ、言葉につまった朔は、何度も嗚咽を飲み込みながら「本当なのか」と視線だけで昌浩に問う。


「えっ、い、いや、あ………彰子はその、なんていうか……ね、もっくん!?」


【昌浩の花嫁】との言葉にどきっとなって、昌浩は顔を跳ね上げた。
勿論彰子が眼の前に居る訳も無いのだが、其れでも自分の顔が普段以上に赤くなるのを感じ周囲も視線を一気に浴びた事に酷く慌てて、心臓は大きく跳ね上がる。
そうして、の告げた言葉の意味を飲み込んだ途端に、末端貴族のしがない末子である昌浩が藤原の一姫を嫁にするなどと言う在っては為らない事態に、昌浩は歓喜よりも恐怖に近い感情を覚え。
が座していた場所で未だ丸くなる物の怪に救いの言葉を求めるも、完全に彼は寝た振りを決め込んでいる。


見方は最早誰も居ない、と昌浩は気後れと戸惑いを抱えたまま、項垂れた。





















































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(C) 2002-7 The fanfictions are written by Saika Kijyo. update 2007/5/21