冷え切った空気の中を何かが移動するような気配がして、意識を闇の淵から掬われた。
酷く怠惰だ、と身体が訴えるのを無視し、重い眼瞼を押し上げて双眸を緩く繰れば、穏やかに微笑む愛しい女の姿があった。
寝着に身を包み、仄暗い室外を真直ぐに見据えていた薄紫の瞳を眇めて、彼女はヴォルデモートが身体を沈めるベットの淵に腰を落とす。
「未だ夜中よ、如何したの、厭な夢でも見た?」
いや、眼が覚めただけだ、と寝醒めの掠れた低音が響く。
なら良かった、と言葉を返してきた彼女、のその麗容な相貌を横臥したまま仰ぎみれば、ほろほろと零れる墨汁に似た濃い漆黒に甘やかな燐が浮かぶ髪が流れる。
「少しだけね、魘されていたみたいだったから、若しかして厭な夢でも見ているんじゃないかって……うわっ、」
傍らに丁寧に畳まれたブランケットを手手繰ろうとするの腕を掴み、ブランケットごとヴォルデモート卿はを腕の中へと捕える。
捕まえたブランケットとからふわりと香る太陽の匂い。
さらさらと流れる漆黒の髪からは洗い立てのシャンプーの馨が戦ぎ、誘われるよう、半ば無意識に指を伸ばした。 柔らかな飾燈の燈火に照らされて光る髪に触れていると、指先が濡れているように錯覚する。
逃さぬようにと抱き寄せれば、何処か優しい匂いが鼻腔から侵入して、仄かに胸が温かくなるような心地になる。
これは、脇目も振らずに恋人を貪るときとは別の充足を、齎してくれる。
「夢は見ていた気がするが、忘れてしまった」
「良い夢じゃないなら、忘れて仕舞った方が幸せです」
目覚めたばかりの感覚に障らないよう、音量と声色を抑えた声ではヴォルデモートに囁きかける。
指に髪を絡ませたまま夜の空気に冷えた膚をゆるりと撫で、また思い出したように指先を髪へ戻せば、仄かに残る温もりの感触が心地良くて、再びヴォルデモートは眠りに攫われそうになってくる。
「私が……誰かを殺めた罪を再認識させられる夢を見ても、か?」
他愛無い会話のつもりで告げた言葉。
僅かに見開かれる菫色の双眼をしばし見つめ、ヴォルデモートは苦笑を浮かべる。
「最後の最期――――見る夢にが出てくるならば、其れまで幾ら夢で魘されても構わぬ」
最後の最期だけで良い、君と幸せで在れる夢の中で永遠の眠りに堕ちれるのならば、悪夢を見ようが罪に苛まれようと構うものか。
今が例え、どんな夢に捕われたとしても、最後に感じるのが君がくれる温かく優しい温度であるならば。
微睡みに身を添わせ佇むなかで、
君は良い夢を、と。
何処か困った色を滲ませた顔を見せるに、半ば眠りにとろけた風情でヴォルデモートは呟いて、抗うこと無く眼瞼を閉ざした。
そろそろと伸ばされたのか細い指が、色味を欠いたヴォルデモートの頬をゆっくりと撫ぜ、子供にするようなおやすみの接吻を落とす。
彼が見る夢もどうか―――――良い夢であるようにと願いを籠めて。
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