不可視な未来




昼の暗い部屋で軋んだ音を立てるベッド。

薄明かりに浮かぶのは男女の影。

女の呼びかける男の声は掠れ、されど言葉だけの愛を囁いていた。

。愛している、 。」





貴方の肩越しに見える見慣れた天井。

崩れそうなほどに古いのにそんな気配はなくて。

揺すられて溺れていって霞んでいくのもいつものことで、

それが段々と機械的な動作へとなっていく。

私の中へと吐き出されたものが奔流となって意識を遮った。





が気がついて時計を見ると次の授業まで30分を切っていた。

目の前にある広い胸は愛するはずの慣れた男のもので

はその胸に手をつくと気だるげに身を起こした。

繋がっていたままの体がずるりと粘着質な音を立て、

はその感覚に小さな声を漏らす。

「んあっ……。」

甘い声はスネイプの耳に響き、彼は の知り尽くした体を引き戻す。

「このまま。」

言いながら の中へと戻した自身が立ち上がる。

更に甘い声を上げ、 が抵抗するようにその身を翻す。

体だけでは効き目がなく非難の言葉を投げかけた。

「次の授業に出ないと単位落してしまいます。」

聞き入れようとしない彼は軽く言う。

「もう一年残れば良い。」

何かを言おうと口は開いたが結局 からの返答はなく押し黙って彼を突き放した。

その徒ならぬ様子にスネイプは拘束を緩める。

未練もなく体を離した が何も身に纏わないままにベッドを降りる。

「シャワー借りますね。」

いつもならば軽く笑うように帰ってくる他愛もない台詞だったはずなのに、

深刻な話題ではなかったはずだった。

二人にとっては。

何を言いかけたのか、何故言わなかったのか。

スネイプは が見せた一瞬の切なげで困ったような顔が離れなかった。



はシャワーを浴び残された情交の跡を拭い去りながらほんの少し流れた涙を水に溶かした。

余計なことを口走らなかった自分に安堵しながら考えるとまた目が霞んでくる。

口に仕掛けた言葉はあまりに自分勝手で呆れ、言うことが出来なかったのだ。

卒業しないということはもうしばらくこの関係を続けていたいというスネイプの意思表示で、

さりとて卒業してまで彼女といる気がないという裏返しでもある。

この関係を続けるには互いに無理になりかけているのか。

はほんの少しだけ夢を見た時期があった。

彼と共に一緒に暮らす夢を。

だけれどもスネイプ先生が望んでいるのは生徒として都合のいい彼女なのではないかと、

本気で彼が を望むとは彼女は考えもしなかった。

ましてや彼の態度からは想像することは難い。

彼の口が紡ぐ言葉だけは への愛を語らっているのに、

彼がその言葉を紡ぐのは だけだとわかっているのに、

どうしても信じられなかった。

「愛している。」

囁く彼の言葉が。

。」

彼の呼ぶ名前が。

それだけの言葉しか彼は約束しないから。

それでもなお彼の傍から離れられなかった。

今だけでも傍にいらられば良かったから。

今だけでもその言葉が欲しかったから。

だから卒業したら素直に身を引こうと決めていた。

考えながら手早やに身支度を整える。

見えそうなキスマークを化粧で隠すのも随分と慣れた。

制服に包まれた自分が生徒の顔へと戻っていくのを鏡で確認する。

笑顔を作ってその顔で寝室を覗く。

スネイプはまだベッドの中で何かを考えているようだった。

「夕食後にまた来ますね。」

その姿に言い残すとそのまま授業へと向かう。

先程までの女がまた子供へと戻ったような錯覚と、

悩んでいたような姿は何処にも見えなくて、

余計にスネイプはわからなくなっていた。

あれほどの顔がいとも簡単に消え去り、そして何故笑えるのかが。

そして、自分の何が にあんな顔をさせたのか。

スネイプは悩んでいた。

何の結論も出ないままに時間は過ぎていく。

広間でみんなの前にいる の様子は一介の生徒達と何ら変わらなかった。



約束通りに はやってくる。

いつもと変らずにほんの少しだけ甘えたような彼にだけ見せる姿で

スネイプの膝へと上ってくる。

彼女が顔を寄せてきて、いつもならばそのまま口付け会うのにスネイプがその習慣を破った。

の顔を両手で挟み込み見つめあい問う。

「先程お前が言いかけたことは何だ。」

あからさまに目を伏せその視線を避ける

「別に大したことじゃないです。」

その言葉に彼は彼女がずっと考え続けていたのだとわかった。

「即座に何のことだか思い当たるというのにか?」

その顎を捉えたスネイプは無理矢理に視線を合わさせる。

「本当に大したことではないんです。」

の手がスネイプと同じように顔へとまわされる。

「大丈夫ですよ。先生には何の関係もないことですから。」

スネイプは の細い手首を掴み取るとその口調を激した。

「ならば何故あんな顔をする。関係ないのならば……」

がまたあの時のような顔をし、

その目に涙が浮かんだのを見て取ったスネイプがそれ以上続けられなくなる。

掴んだ手を弛め、言葉を濁らす。

「いや、…大人気なかったな。」

彼の手を振り解いた が背を向けると必死で涙を拭いながら心を落ち着かせる。

「ごめんなさい。今日はもう帰ります。落ち着いたら……。」

それでも震える声は止まらなかったけれど彼女は必死だった。

現状のままの関係を続けたかった。

そのためには泣いてはいけなかったし、話してもいけなかった。

だから彼女はここにいてはいけなかった。

帰ろうとした彼女をスネイプはその腕に閉じ込めることによって引き止める。

「ダメだ。」

スネイプはこの場で を帰してしまったらいけないとわかっていた。

ずっと自分の言うとおりに動いていた が感情らしきものをようやく見せたのだ。

この機を逃す気はさらさらない。

「何を言いたかったのだ?」

後ろから抱きしめて懐柔するように甘い声で囁いた。

肌を撫でさすってその口唇は首筋を滑る。

悪戯に耳をくすぐるようにわざと言葉を掛け、その声を吹き込む。

「逃げようとしても無駄だ。」

頑なに強張らせていた の体から力が抜け、スネイプへと身を預けた。

それでも肩の震えは止まらないまま溜まっていた涙が零れる。

黒いローブへと落ちた涙がより濃い黒を作り消えていく。

「話すんだ、良いな?」

泣かせてしまいつつも、

それほどまでに心に溜めていたことをスネイプは気がつけなかった己自身に苛立っていた。

関係が終わってしまうと思うだけで感情は溢れるのに、

その場から逃げることができずに囚われる。

体だけでなく。

「私が卒業したら……。」

何を問いたいのだろうか彼女は、

それでもそれ以上の言葉を発することはなく必死で堪えている。

抑えきれずにその喉がヒクついて掠れる呼吸を供に嗚咽を溢した。

零れた涙を自分で拭い、彼に目を合わせない。

「残ればいい。」

振り返り彼の目をじっと見つめる。

それは半分怒りに満ちていた。

もう半分はやりきれない悲しみだけで。

「卒業してもここへ。我輩の傍に。」

突き飛ばすように腕を伸ばす を封じる。

彼もまた彼女を見つめたままだった。

「どうし…てそういうことを…言うんですか……。」

涙声でも必死に は抵抗しようとする。

腕を伸ばし彼から逃げるように少しでもその距離を離すように。

「何…で今頃そんな…そんな優しい事言うんですか。」

それは期待しないでいようと決めたはずの心にひびを入れる。

一人で道を決めて一人で生きていくと決めたはずなのにいとも簡単に突き崩す。

その指でその腕でその声でその視線で。

そして何よりもその心で。

「ここにいるんだ。」

の道はスネイプの傍にいるにはかけ離れ過ぎていた。

傍にいるつもりがないのなら無理矢理にでも置かせるつもりだった。

それが の未来を潰す事だとしても。

何を思うのか がスネイプへと口付ける。

自ら求めるように激しく。

それを答えとするのかそれとも問題を先延ばしにするための手段なのか。

からの答えはなくてただひたすらにスネイプを求めるばかりだった。

やがていつもの彼の言葉が紡がれる。

。愛している。」

愛する彼女の名前と愛するための言葉。





が我輩に合わせその声を上げる。

我輩を見ているようで見ているのかわからない目で喘ぐ。

されど自分とて に溺れていってわからなくなる。

それでも達するときは同じ時だった。

我輩はそれを望む。今までもこれからも。





彼方の未来はいまだ見えずいまだ来たらず。

選ぶのは己か彼か選ばせるのは己の望み。

望ませるのは彼の望み。









言い訳と同義のあとがき
キリ番89999番の稀城彩歌様へ
リクエストは「「教授×生徒」「言葉攻め」『裏』」でした。
いつの間にかシリアスっぽい話に……ある意味言葉攻めって事で。
ほら、結局しゃべってるし…。










抹茶さんへvv

 あり、ですよ、抹茶さん!!
 こう云う言葉攻め、大好きです(爆
 やっぱり何だかんだで、教授の優しいバリトン声と独特の口調で諭されたら…落ちます(笑
 見えない未来だろうと、教授に誓ってしまう勢い…いえ、謹んで誓わせて頂きます!!
 超個人的には…
 「ここにいるんだ」
 「居させて頂きます!!貴方がそう望まない日が来たとしても!!」
 ぐらいの勢いですから(爆
 
 今回も無茶なお願いをしてしまって済みませんでした。
 それでも、願望どおりのドリームを書いて下さって有難う御座いますvv
 抹茶さん、素敵なドリームを有難うございましたv